【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子

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第十一話

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 男の人生は順風満帆だった。
 爵位が上の侯爵家から縁談の話が舞い込んできたとき、代々魔力量が高い名門の血筋であることを誇った。
 加えて侯爵家の令嬢は、聖女候補に選ばれる程の女性だ。治癒を扱える者は少なく、彼女ほどの高度な魔法は近隣諸国を併せても数えるぐらいだろう。
 魔力や魔法は両親の遺伝が強い。貴族が、優秀な子供を成すために好きでもない相手と婚姻を交わすのは至極当然。政略結婚は恒常化していた。
 まさに侯爵家からの申し出は、若くして爵位を継いだ伯爵にとってまたとない機会だった。
 侯爵令嬢は社交界でも華のある美人だ。身分差のある恋に溺れていると噂されていたが、お互い愛がなくても子供さえ出来ればいい。
 女児なら聖女候補、あるいは聖女になれるかもしれない。そうすれば大きな恩恵が与えられる。男は野心に溢れていた。
 
 しかし、生まれた女児は出来損ないだった。期待の子供は魔力を持っていなかったのだ。
 わざわざ高い金を払ってまで鑑定を持つ魔術師に視てもらったのに。残念ですが…と悲観する魔術師の顔は一生忘れられない。
 男は怒りに震え、出産を終えたばかりの妻に暴言を吐いた。本当に自分の子供なのかさえ疑わしい。使用人に止められなければ手が出ていただろう。
 しばらく顔も見たくない、と妻子共々会いにいかなくなると、妻は誰にも告げずに屋敷から出て行った。子供を残して。
 よけいな物を押し付けられたものだと嫌気が差した。それから子供は適当な名前をつけて使用人達に渡した。

 一年ほどは妻を探すふりをしたが、侯爵家には見つからなかったと伝え、侯爵が代筆するという形で妻と離縁することになった。
 数年後には後妻を向かえ、子供をもうけた。今度の子供は魔力を持っていた。
 時々思い出したように前妻の生んだ子供を遠目に眺めれば、自分に似ていることが分かった。だからこそ、魔力量の誇る我が伯爵家にあのような不適合者がいるのが我慢ならなかった。

 最低限のデビュータントに参加させたのは、結婚相手を探す為だった。
 屋敷から追い出すのは婚姻させて嫁がせるのが手っ取り早かったからだ。
 作戦はうまくいった。同格の伯爵家から、息子の結婚相手を探していると声が掛けられた。なんでも病気を患った彼は、近々息子に爵位を譲りたいのだという。その為に嫁を探していた。同じくこちらも早く嫁がせたかった。
 話はあっという間に纏まり、16歳になったみすぼらしい娘を執務室に呼び、嫁ぐように伝えた。顔を合わせたのはそれが最初で最後だった。
 屋敷から不要な者がいなくなり、ようやく安堵の息を吐いた。前の妻子には苦汁を飲まされたが、新しい家族は男に安息をもたらした。


「……そんな、馬鹿な」

 男は屋敷に入ってきた治安部隊の騎士に囲まれ、王家の紋章が入った通告書を手に、わなわなと震えた。
 ーーまさか、屋敷から追い出した娘が聖女候補になれただと?
 それ以前に魔力があったのか。
 それならなぜ鑑定では出なかったのか。魔力がないと言われたからこそ娘が10歳になっても、神殿の祝福には連れていかなかったのに。

「わ、私は何も知らないっ! 知らなかったんだ!」

 必死に無実を叫ぶが、国王陛下から派遣された騎士は表情を変えることなく「それは裁判でお話下さい」と取り合わなかった。
 連行される男の姿を家族が心配そうに見守っていた。
 なんということだ。こんなことになるなんて。一体、何が悪かったのか。
 鑑定ミスさえ起きなければ…。
 いや、それでは今の家族には出会えなかった。どちらにしろ自らが招いた末路だった。


 男は聖女候補の隠蔽と、育児放棄により幼い娘を危険に晒したことで罪に問われた。
 さらに娘が聖女候補に名乗りを上げなかったのは貴族の悪習によるものだと伝えられ、国は重く受け止めた。
 裁判の結果、男は爵位の剥奪を言い渡された。極刑にすることも上がっていたが、聖女が望まなかった。
 男は決して助けられたとは思わなかった。聖女の冷たく見下す緑色の瞳には、苦しんで生きろ、とそう言っているように思えた。
 男は平民となり、家族と共に王都を出て行ったという。

 
 その後、神殿で受ける祝福は貴族や平民に関わらず義務化とし、費用は国が負担することとなった。
 また祝福で渡された証明書は、家族以外の第三者に見せる場合、神殿かつ神官の同席の元でなければ開示が許されなくなった。
 少しでも望まない婚姻を減らす為の処置だった。
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