上 下
5 / 17

第五話

しおりを挟む
 神殿で受ける『祝福』とは、神に祈りを捧げた後、啓示を授かることにあった。中身は、自身の魔力量や魔法の属性などの開示だ。
 他にも、能力者によって鑑定することも可能だが、測定ミスや改ざんなども少なくなかった。
 その点、神殿だったら間違いがない。渡される鑑定証は最も信用のおける身分証にもなった。
 ただし金貨一枚の対価が必要となり、祝福を受けに来るのは大半が貴族だ。金貨一枚は、平民の家族が一ヶ月暮らしていける金額に相当する。
 とくに貴族の間では魔力が安定した十歳になると、両親と共に祝福を受けるのが一種のステータスとなっていた。
 ーーまぁ、私の場合忘れられていたというより、期待されなかったのよね。

 神殿の前に辿り着いたマリアーナは、白い円柱が連なった美しい神殿の建物を見上げ、感嘆の息を漏らした。
 これが神殿か。
 教会とは違って、入るのに躊躇ってしまう。神殿の入口には魔術師によって、敵意ある者は弾かれると聞いた事がある。
 ゴクリ、と唾を飲み込んだマリアーナは、神父から渡された手紙を握り締めて、神殿の門をくぐった。

 貴族が子供の頃に祝福を受けるのには意味があった。その鑑定によって、より良い縁談を結ぶ為だ。
 貴族は、平民から比べると魔力も高く、高度で繊細な魔法が使えた。マリアーナの両親が政略結婚したのもそこにある。
 侯爵家の令嬢だった母親は治癒能力に長け、聖女候補と言われていた。
 けれど、自由気儘な母親に聖女という大役が務まるわけもなく。そこで侯爵家は、魔力量が桁外れに高い名門の伯爵家に嫁がせ、子供をもうける義務を与えた。
 そこで生まれたのがマリアーナだ。生まれた時はさぞ期待されたことだろう。
 しかし、マリアーナは魔力を持っていなかった。
 母親がマリアーナを残して出て行ってしまったのは、自分が責められるのを避けたかったからかもしれない。
 子供の時から見向きもされず、漂う空気のように生きてきたマリアーナだったが、実は魔力がなかったわけではなかった。

 神殿に入って金貨一枚を差し出し、祝福の申請をするとあっさり奥へ通された。

「こちらでお願い致します」

 案内されたのは五角形になった部屋で、中央には十字架の乗った祭壇が置かれていた。祭壇には白い服を着た若い神官が立っており、マリアーナを祭壇手前に促した。
 ゆっくりと歩いて祭壇の前に来たマリアーナは赤い絨毯に跪き、両手を組んで祈りを捧げた。

 どうか、この先も自由で平凡な日常が訪れますように。

 深く祈りを捧げたマリアーナはスッと立ち上がり、祭壇の十字架に触れた。刹那、眩い光が放たれ、見守っていた神官が息を呑んだ。

 マリアーナには魔力があった。それも溢れんばかりの魔力が。
 ただ、あまりに膨大すぎる魔力に子供の器では耐えきれず、年齢が上がるにつれて少しずつ魔力が体を巡るようになったのだ。
 治癒が使えるようになったのは結婚してからだ。その治癒のおかげで、どんな毒や怪我を負わされても死に至ることはなかった。
 それを誰にも気づかず使っていた。一人寂しく過ごすマリアーナにとって治癒は、治す箇所がなくても自身を優しく温めてくれる癒しになっていた。

「……貴方、様は」
「あの、鑑定証はすぐに用意できますか?」

 驚く神官を他所に、マリアーナは訊ねた。仕事を探すなら早い方がいい。治癒能力が認められれば、働き先はすぐに見つかるはずだ。

「…鑑定証は、遅くても七日はかかります」
「そうですか」

 しかし、鑑定証がなければ動くこともできない。教会で手紙を書いてもらったのは正解だった。

「あの、ではこちら…教会から渡された手紙になるのですが」

 中身の内容を知らされていないマリアーナは、躊躇いがちに手紙を差し出した。手紙を受け取った神官は、早速封を開いて手紙に目を通した。
 すると、みるみる神官の顔が青ざめていくのが分かった。今にも倒れそうな顔色にマリアーナは慌てた。

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 神官を支えるように両手を伸ばしたマリアーナは、しかし神官が片手を上げて首を振った。

「…大丈夫です、ご心配をおかけしました」

 心なしか声も震えている。本当に大丈夫だろうか。不安になったが、神官は手紙を封にしまって何事もなかったように取り繕った。

「それではマリアーナ・クロークス様。次の住まいが見つかるまで神殿で過ごされる、ということで宜しかったですか?」
「え、ええ…なるべく早く出て行くようにしますが」
「いいえ! そのようなことはお考えなさらず、是非とも落ち着くまでこちらでお過ごし下さいっ」

 手紙にどんな事が書かれていたのか気になったが、力強く言い切られ頷くしかなかった。
 そのまま神殿の敷地にある住居に案内され、市井の宿より豪華な部屋を用意された。
 お礼を伝えたマリアーナは、洗い立てのシーツがかかったベッドに腰を下ろした。
 今日一日で様々な事があった。
 思い返せば有り得なすぎて笑ってしまいそうになる。きっと普通じゃない。
 でも、胸がドキドキして満ち足りている。これからのことを考えると不安にもなるが、跳び跳ねてしまいたいほど興奮していた。
 マリアーナは落ち着かず、仰向けのままベッドに倒れ込んだ。沢山動いた体は疲れているのに、まだ休みたくない。
 これじゃあ冒険に行く前の子供だ。

「冒険…そうね、冒険よね…」

 ずっと屋敷でひっそりと生活してきたマリアーナにとって、今日は冒険してきたと言っても過言じゃない。
 それなら、冒険はこれからも続くだろう。
 明日も、明後日も。
 この世界では当たり前の冒険が、マリアーナにも訪れようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

処理中です...