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第五話
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神殿で受ける『祝福』とは、神に祈りを捧げた後、啓示を授かることにあった。中身は、自身の魔力量や魔法の属性などの開示だ。
他にも、能力者によって鑑定することも可能だが、測定ミスや改ざんなども少なくなかった。
その点、神殿だったら間違いがない。渡される鑑定証は最も信用のおける身分証にもなった。
ただし金貨一枚の対価が必要となり、祝福を受けに来るのは大半が貴族だ。金貨一枚は、平民の家族が一ヶ月暮らしていける金額に相当する。
とくに貴族の間では魔力が安定した十歳になると、両親と共に祝福を受けるのが一種のステータスとなっていた。
ーーまぁ、私の場合忘れられていたというより、期待されなかったのよね。
神殿の前に辿り着いたマリアーナは、白い円柱が連なった美しい神殿の建物を見上げ、感嘆の息を漏らした。
これが神殿か。
教会とは違って、入るのに躊躇ってしまう。神殿の入口には魔術師によって、敵意ある者は弾かれると聞いた事がある。
ゴクリ、と唾を飲み込んだマリアーナは、神父から渡された手紙を握り締めて、神殿の門をくぐった。
貴族が子供の頃に祝福を受けるのには意味があった。その鑑定によって、より良い縁談を結ぶ為だ。
貴族は、平民から比べると魔力も高く、高度で繊細な魔法が使えた。マリアーナの両親が政略結婚したのもそこにある。
侯爵家の令嬢だった母親は治癒能力に長け、聖女候補と言われていた。
けれど、自由気儘な母親に聖女という大役が務まるわけもなく。そこで侯爵家は、魔力量が桁外れに高い名門の伯爵家に嫁がせ、子供をもうける義務を与えた。
そこで生まれたのがマリアーナだ。生まれた時はさぞ期待されたことだろう。
しかし、マリアーナは魔力を持っていなかった。
母親がマリアーナを残して出て行ってしまったのは、自分が責められるのを避けたかったからかもしれない。
子供の時から見向きもされず、漂う空気のように生きてきたマリアーナだったが、実は魔力がなかったわけではなかった。
神殿に入って金貨一枚を差し出し、祝福の申請をするとあっさり奥へ通された。
「こちらでお願い致します」
案内されたのは五角形になった部屋で、中央には十字架の乗った祭壇が置かれていた。祭壇には白い服を着た若い神官が立っており、マリアーナを祭壇手前に促した。
ゆっくりと歩いて祭壇の前に来たマリアーナは赤い絨毯に跪き、両手を組んで祈りを捧げた。
どうか、この先も自由で平凡な日常が訪れますように。
深く祈りを捧げたマリアーナはスッと立ち上がり、祭壇の十字架に触れた。刹那、眩い光が放たれ、見守っていた神官が息を呑んだ。
マリアーナには魔力があった。それも溢れんばかりの魔力が。
ただ、あまりに膨大すぎる魔力に子供の器では耐えきれず、年齢が上がるにつれて少しずつ魔力が体を巡るようになったのだ。
治癒が使えるようになったのは結婚してからだ。その治癒のおかげで、どんな毒や怪我を負わされても死に至ることはなかった。
それを誰にも気づかず使っていた。一人寂しく過ごすマリアーナにとって治癒は、治す箇所がなくても自身を優しく温めてくれる癒しになっていた。
「……貴方、様は」
「あの、鑑定証はすぐに用意できますか?」
驚く神官を他所に、マリアーナは訊ねた。仕事を探すなら早い方がいい。治癒能力が認められれば、働き先はすぐに見つかるはずだ。
「…鑑定証は、遅くても七日はかかります」
「そうですか」
しかし、鑑定証がなければ動くこともできない。教会で手紙を書いてもらったのは正解だった。
「あの、ではこちら…教会から渡された手紙になるのですが」
中身の内容を知らされていないマリアーナは、躊躇いがちに手紙を差し出した。手紙を受け取った神官は、早速封を開いて手紙に目を通した。
すると、みるみる神官の顔が青ざめていくのが分かった。今にも倒れそうな顔色にマリアーナは慌てた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
神官を支えるように両手を伸ばしたマリアーナは、しかし神官が片手を上げて首を振った。
「…大丈夫です、ご心配をおかけしました」
心なしか声も震えている。本当に大丈夫だろうか。不安になったが、神官は手紙を封にしまって何事もなかったように取り繕った。
「それではマリアーナ・クロークス様。次の住まいが見つかるまで神殿で過ごされる、ということで宜しかったですか?」
「え、ええ…なるべく早く出て行くようにしますが」
「いいえ! そのようなことはお考えなさらず、是非とも落ち着くまでこちらでお過ごし下さいっ」
手紙にどんな事が書かれていたのか気になったが、力強く言い切られ頷くしかなかった。
そのまま神殿の敷地にある住居に案内され、市井の宿より豪華な部屋を用意された。
お礼を伝えたマリアーナは、洗い立てのシーツがかかったベッドに腰を下ろした。
今日一日で様々な事があった。
思い返せば有り得なすぎて笑ってしまいそうになる。きっと普通じゃない。
でも、胸がドキドキして満ち足りている。これからのことを考えると不安にもなるが、跳び跳ねてしまいたいほど興奮していた。
マリアーナは落ち着かず、仰向けのままベッドに倒れ込んだ。沢山動いた体は疲れているのに、まだ休みたくない。
これじゃあ冒険に行く前の子供だ。
「冒険…そうね、冒険よね…」
ずっと屋敷でひっそりと生活してきたマリアーナにとって、今日は冒険してきたと言っても過言じゃない。
それなら、冒険はこれからも続くだろう。
明日も、明後日も。
この世界では当たり前の冒険が、マリアーナにも訪れようとしていた。
他にも、能力者によって鑑定することも可能だが、測定ミスや改ざんなども少なくなかった。
その点、神殿だったら間違いがない。渡される鑑定証は最も信用のおける身分証にもなった。
ただし金貨一枚の対価が必要となり、祝福を受けに来るのは大半が貴族だ。金貨一枚は、平民の家族が一ヶ月暮らしていける金額に相当する。
とくに貴族の間では魔力が安定した十歳になると、両親と共に祝福を受けるのが一種のステータスとなっていた。
ーーまぁ、私の場合忘れられていたというより、期待されなかったのよね。
神殿の前に辿り着いたマリアーナは、白い円柱が連なった美しい神殿の建物を見上げ、感嘆の息を漏らした。
これが神殿か。
教会とは違って、入るのに躊躇ってしまう。神殿の入口には魔術師によって、敵意ある者は弾かれると聞いた事がある。
ゴクリ、と唾を飲み込んだマリアーナは、神父から渡された手紙を握り締めて、神殿の門をくぐった。
貴族が子供の頃に祝福を受けるのには意味があった。その鑑定によって、より良い縁談を結ぶ為だ。
貴族は、平民から比べると魔力も高く、高度で繊細な魔法が使えた。マリアーナの両親が政略結婚したのもそこにある。
侯爵家の令嬢だった母親は治癒能力に長け、聖女候補と言われていた。
けれど、自由気儘な母親に聖女という大役が務まるわけもなく。そこで侯爵家は、魔力量が桁外れに高い名門の伯爵家に嫁がせ、子供をもうける義務を与えた。
そこで生まれたのがマリアーナだ。生まれた時はさぞ期待されたことだろう。
しかし、マリアーナは魔力を持っていなかった。
母親がマリアーナを残して出て行ってしまったのは、自分が責められるのを避けたかったからかもしれない。
子供の時から見向きもされず、漂う空気のように生きてきたマリアーナだったが、実は魔力がなかったわけではなかった。
神殿に入って金貨一枚を差し出し、祝福の申請をするとあっさり奥へ通された。
「こちらでお願い致します」
案内されたのは五角形になった部屋で、中央には十字架の乗った祭壇が置かれていた。祭壇には白い服を着た若い神官が立っており、マリアーナを祭壇手前に促した。
ゆっくりと歩いて祭壇の前に来たマリアーナは赤い絨毯に跪き、両手を組んで祈りを捧げた。
どうか、この先も自由で平凡な日常が訪れますように。
深く祈りを捧げたマリアーナはスッと立ち上がり、祭壇の十字架に触れた。刹那、眩い光が放たれ、見守っていた神官が息を呑んだ。
マリアーナには魔力があった。それも溢れんばかりの魔力が。
ただ、あまりに膨大すぎる魔力に子供の器では耐えきれず、年齢が上がるにつれて少しずつ魔力が体を巡るようになったのだ。
治癒が使えるようになったのは結婚してからだ。その治癒のおかげで、どんな毒や怪我を負わされても死に至ることはなかった。
それを誰にも気づかず使っていた。一人寂しく過ごすマリアーナにとって治癒は、治す箇所がなくても自身を優しく温めてくれる癒しになっていた。
「……貴方、様は」
「あの、鑑定証はすぐに用意できますか?」
驚く神官を他所に、マリアーナは訊ねた。仕事を探すなら早い方がいい。治癒能力が認められれば、働き先はすぐに見つかるはずだ。
「…鑑定証は、遅くても七日はかかります」
「そうですか」
しかし、鑑定証がなければ動くこともできない。教会で手紙を書いてもらったのは正解だった。
「あの、ではこちら…教会から渡された手紙になるのですが」
中身の内容を知らされていないマリアーナは、躊躇いがちに手紙を差し出した。手紙を受け取った神官は、早速封を開いて手紙に目を通した。
すると、みるみる神官の顔が青ざめていくのが分かった。今にも倒れそうな顔色にマリアーナは慌てた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
神官を支えるように両手を伸ばしたマリアーナは、しかし神官が片手を上げて首を振った。
「…大丈夫です、ご心配をおかけしました」
心なしか声も震えている。本当に大丈夫だろうか。不安になったが、神官は手紙を封にしまって何事もなかったように取り繕った。
「それではマリアーナ・クロークス様。次の住まいが見つかるまで神殿で過ごされる、ということで宜しかったですか?」
「え、ええ…なるべく早く出て行くようにしますが」
「いいえ! そのようなことはお考えなさらず、是非とも落ち着くまでこちらでお過ごし下さいっ」
手紙にどんな事が書かれていたのか気になったが、力強く言い切られ頷くしかなかった。
そのまま神殿の敷地にある住居に案内され、市井の宿より豪華な部屋を用意された。
お礼を伝えたマリアーナは、洗い立てのシーツがかかったベッドに腰を下ろした。
今日一日で様々な事があった。
思い返せば有り得なすぎて笑ってしまいそうになる。きっと普通じゃない。
でも、胸がドキドキして満ち足りている。これからのことを考えると不安にもなるが、跳び跳ねてしまいたいほど興奮していた。
マリアーナは落ち着かず、仰向けのままベッドに倒れ込んだ。沢山動いた体は疲れているのに、まだ休みたくない。
これじゃあ冒険に行く前の子供だ。
「冒険…そうね、冒険よね…」
ずっと屋敷でひっそりと生活してきたマリアーナにとって、今日は冒険してきたと言っても過言じゃない。
それなら、冒険はこれからも続くだろう。
明日も、明後日も。
この世界では当たり前の冒険が、マリアーナにも訪れようとしていた。
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