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第三話

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 屋敷から出て、乗り合い馬車に揺られること一時間余り。王都の教会前に到着して、銅貨数枚支払って馬車を降りた。
 堂々と入っていけば、誰も離縁の手続きにやって来た女だとは思わない。年配のシスターに訪れた経緯と手続きの旨を伝えると客間に案内され、神父が来るまでしばらく待った。

「お待たせしました」

 現れたのは白髪の神父だった。老人と呼ぶにはまだ早く、歩いてくる様は堂々として威厳があり、それでいて穏やかな雰囲気も持ち合わせていた。

「離縁の手続きとお伺いしておりますが、本日は貴方様お一人でいらっしゃいますか?」
「はい、私一人です」
「……本来離縁には双方の合意が必要となりますが」

 テーブルを挟んで向かい側の椅子に腰を下ろした神父は、マリアーナの姿をじっと見つめてきた。
 嫌な感じはしなかった。どこか心配そうに、注意深く様子を伺っているようだった。

「理解しております。同時に、白い結婚でしたら一方的に離縁の申し立てができるとも伺っています」
「………仰る通りです。成る程、承知しました。それでは手続きに移りましょう」

 まさか、白い結婚とは。そう思ったに違いない。けれど、神父は表情や態度を変えることなく、手続きの準備に一度席を立った。
 教会には様々な人種が多岐に渡って訪れて来る。どうしようもなくなって逃げ込んでくる者も少なくない。
 

 待っている間に渇いた喉を水で潤した。意外に緊張していたようだ。マリアーナは大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。気が張っているときは深呼吸が一番だ。

「失礼ですが、貴方は貴族様でいらっしゃいますか?」

 再び部屋に戻ってきた神父の両手には、小さな青いクッションに置かれた丸い水晶と、複数の書類が乗っていた。

「ええ、はい」

 隠していても仕方がない。平民を装っても、無意識に出てしまう貴族特有の仕草や口調は簡単には直らないだろう。

「左様ですか。貴族同士の場合、申請してから一月の間に相手様から異議の申し立てがなければ最終的に国王陛下が申請の許可を出されます」

 テーブルに書類を並べた神父は、丁寧に教えてくれた。まずはここにお名前を、と言われてペンを走らせた。
 ーーまだ離縁はしていないから今の名前よね?
 書き終わってペンを離すと、神父は僅かに眉根を寄せた。

「……クロークス、様…というと、旦那様は聖騎士団の騎士ではございませんか?」
「そう、だったかしら」

 訊ねられたマリアーナは書類から顔を持ち上げて神父を見た。

「聖女様専属の護衛騎士を任されている方の一人だったかと認識しております」
「お詳しいのですね」
「ええ、聖女様は神殿と同様にこちらの教会にも度々足を運ばれていらっしゃいますから」
「そうだったのですね」

 それなら面識があるかもしれない。
 なぜ夫が結婚した妻に見向きもしなかったのか。その一番の理由は仕事にあった。
 聖女の護衛騎士とまでは知らなかったが、夫は騎士として出世することに熱を上げていた。
 しかし、その一方で貴族としての義務が彼にはあった。
 先代の伯爵が病で療養しなければいけなくなり、爵位を譲るのと同時に、仕事にしか目を向けない息子に結婚相手をあてがった。それがマリアーナだ。
 マリアーナの実家もまたマリアーナをお払い箱にしたくて嫁ぎ先を探していた。
 好意を寄せるどころか顔も知らなかった女と結婚させられた夫はさぞ不敏だっただろう。
 今は好きな相手ができて本当に良かったと思っている。

 それにしても聖女様の護衛とは。
 聖女とは、王族よりも高い魔力を秘め、治癒の力を持ち、魔物の放つ瘴気を抑える役割を担う。
 国に安寧と安泰をもたらす聖女は、国の頂点に立つ国王陛下より貴重で尊い存在だ。
 だが、聖女の力が及ばない毒気の溜まった場所には彼女自ら数ヵ月に及ぶ遠征に赴かなければいけない。
 夫が長く屋敷を留守にしていたのは遠征についていったからだろう。会話らしい会話もしたことがなかったから詳しくは知らない。

「しかし、そうですか…聖女様の騎士殿が」

 神父は神妙な面持ちで呟いたが、手続きの途中であることに気づいて書類の説明に戻った。


「それでは最後に」

 そう言うと、目の前に水晶を差し出された。

「こちらは真実を映す水晶となります。ご記載いただいた内容に嘘や偽りがないか確認させていただきます」

 つまり嘘発見機というやつだ。魔力のこもった水晶に触れると真実が暴かれるという代物だ。
 マリアーナは「はい」と返し、躊躇なく水晶玉に手を乗せた。すると、水晶の中央が白く輝いた。

「ーー問題ありませんね。これで手続きは以上となります」

 水晶のおかげで白い結婚ということが認められた証拠だ。マリアーナは肩の力を抜いてようやく口許を緩めた。
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