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ヒトのキョウカイ5巻 (亡霊再び)

01 (深海を進むクジラ)

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 光さえ届かない…深度500mの深海…。
 その真っ黒な世界を1頭のクジラが通り抜ける。
 全長100m…世界最大のシロナガスクジラが30mなので、その身体は かなり大きい。
 その流線形の身体をよく見て見ると、サメのような ザラザラとした肌を想起させられる循鱗じゅんりんが付いていて、海をどの魚より早く駆け抜けてく…。
 炭素繊維強化プラスチックで構成されたクジラの腹の中では 一人の男がクジラを操作していた。
 資源探査潜水艦、Deepディープ Blueブルー Whaleホエール…。
 濃い青の海を進むクジラの名前もつそれは原子力電池潜水艦…。
 大戦時から脈々と繋いできたこのクジラは 今日も海中探査を行っていた。

 光さえ届かない深海では目は全く役に立たず、音によるソナーが目になる。
 海中を進み 資源を探し当てる事は 自給自足が前提の今の時代には必須だ…。
 そんな中、ここ1ヵ月程やっている任務は ワームの本拠地…ネストの探索だ。
 ワームが地球に来てからと言うもの その個体数が爆発的に伸びており、しかもワームは敗因を学習して 自分を強化する特性を持っている為、時間が長引けば長引くほど こちらの戦術や兵器に対応され、手に負えない存在になってしまう…。
 なので今は 母艦の護衛を緩《ゆる》め、少し遠出してまでネストを探している…。
 そして このデータを元に作戦を立てて、1個連隊の圧倒的な物量で一気にワームを殲滅《せんめつ》し、学習される前に決着をつけるのだ。
 今日も深海を中心にワームの位置と進行ルートをマッピングして母艦に情報を送る作業をひたすらやっていた。
 ワームは その重さから海を泳げず、海中を走って進んでくれる為、ある程度 海底から離れていれば まず襲われる事は無い…。
 海中から飛び出して来たミサイル型ワームがいる危険性もあるので気は抜けないが、今の所そう言った個体は見つかっていない。
「ワームの数が増えて来てるな…。」
 ワームは一定の数が集まり、個々のスペースが狭くなると移動する習性を持っている。
 その為、数が多い所にはワームの繁殖を行うネストがあるはずだ。
「そろそろ母艦と離れ過ぎるな…。」
 デパート艦 Sealandシーランド…。
 シーランド王国が所有する長さが500mもある大型輸送艦で、氷河期を生き残った海上都市の物流と娯楽を支えるのが任務だ…。
「母艦に戻る…深度300まで浮上」
『深度300で浮上、進路を母艦にAyeアイSirサー。』
 艦長の命令を『副長』と呼ばれるコパイが復唱し、機体が旋回を始める。
 今の時代…機体の操作はAI任せで この艦には私とメカニック用のドラムが12体しか乗っていない。
 大戦時には 50人もこの狭い中に閉じ込められ、船内ストレスは相当な物だったが、人員を最低限まで減らし AI操作する事で むしろ広々とした空間を使用出来るようになっている。
 そもそもこの艦は完全ステルスでDL2個中隊…24機を目的地に運搬する為に設計された物だ。
 その為、DLが搭載されていない今は かなりの余剰スペースがある。
 今回 艦隊に戻ったら、コイツに物資を満載にして、海上都市に届ける任務に移る…。
 大型船であるシーランドは足が遅いし、入港に時間がかかるので こちらに物資を積んで届ける『海のシートラック』の任務だ。
『艦長…ワームの密度が高い場所を発見…ネスト候補こうほです。』
「分かった。
 タートルを海面に出し、母艦に送信」
『アイ、タートルを海面に出し、ネスト候補データを母艦に送信』
 タートルは スクリューが付いた亀形のドローンだ。
 そのタートルは有線でディープブルーと繋がっていて潜望鏡と母艦への通信機、艦が動けないステルス戦での情報収集…敵の魚雷を回避する為のデコイなど様々な使い方が出来る。
『タートル海面浮上…通信開始…。』
 通信距離はギリギリ…タートルの光学カメラから水平線ギリギリに シーランドへの中継を担当している早期警戒機に改造されたエアトラS2が かろうじて見える。
 今の時代、衛星通信は使えないので母艦の通信距離がかなり短くなっている。
 これが量子通信が使えればラグ無しで どんなに離れていても通信できるのだが、この国では まだ小型化した上で正確に情報を送る技術が確立しておらず、デパート艦のシーランドに大型のワールドネット用が1基があるだけだ。
『送信完了…続いてワームの群れから離脱…安全圏に入りました。
 ステルス推進から高速推進に切り替えますか?』
「許可する…速度、最大船速」
『アイ、高速推進に切り替え、速度、最大船速…。』
 高速推進時でのこの艦は 潜水艦には致命的な雑音を周囲にまき散らし 敵への発見リスクが上がるのだが、魚雷並の高速で移動できるスーパーキャビテーションを搭載しているので母艦との合流はすぐに出来る。
『ネストの情報…当たりだと良いのですが…。』
 女性の声のAIの副官が艦長に話す。
「ここら辺だと言う事は確かなんだ…焦ってもしょうがない。」
『アイサー』

『艦隊に合流…陣形位置につけます。』
「浮上…海面に出る。」
『アイサー』

 デパート艦シーランドを護衛している6隻の空母『ドロフィン1』に戻り、艦長室に向かう。
「トライトン…お手柄だよ…」
 ドロフィン1艦長がトライトン…ディープブルー艦長を褒《ほ》める。
「それでは?」
「ああ…当たりだ…指定海域のネストは3ヵ所…総ワーム数は100万…。」
「予想より多いですね…。
 1個連隊1800機ならDL1機辺り550程度…装備出来る弾の数より多いです。」
 DLが装備出来る弾の数は 左右の腰部に120発マガジンを1つずつ。
 ボックスライフルの1マガジンも含めて360発が基本だ。
「可能な限り弾を持たせる…両肩に2マガジン追加で計600発…。」
「ギリギリですね…。」
「ああ…だが 今回のネストへの攻撃は エレクトロン1個中隊が担当する。
 私達が陽動する個体数は70万と言った所か…。」」
「12体で30万ですか…。
 流石 機械人…。」
 私はあった事が無いがエレクトロンは、各都市に数体駐留ちゅうりゅうし、核抑止ならぬ『エレクトロン抑止』が働いている事で、この500年間 概《おおむ》ね平和にやってこれた。
 そんな相手だ…さぞかし強いのだろう。
「戦闘が始まったら周辺海域には 私達は一切近寄れない。
 確実にネストを潰す為、最悪 核融合のよる殲滅せんめつも計画されている。」
「海洋資源で生きている私達には致命的ですよ…。」
 ドロフィン1の艦長にトライトンは言う。
 周りが海水だから放射線はそこまで広がらないとしても、周辺海域の水質に大きな被害を出すだろうし、魚やクジラを獲って生活している私達には致命的だ。
 私達は アーコロジーのように完全循環が出来ず、海に生かされて生活している。
 それを破壊すると言う事は 海上都市に住む人の心情としても到底 受け入れられる物ではない。
「ああ…でもここで奴らを食い止めなければ、ワームが全海域に拡散されて完全に潰せなくなってしまう。
 残された我々は宇宙に逃げる他、生き延びる道は無くなるし、そうなれば…その前に共食いが始まる。」
 軌道エレベーターや エアトラS2のような 宇宙に行く手段が確立されていると言っても、リソースは限られ、地球人口10億人を短時間で宇宙に送る事は不可能だし、スペースコロニーの受け入れ先を10億人分確保する事も不可能だ。
 そして そんな状況になれば、その地球脱出権をめぐり戦争が起きる…。
 戦争が起きればワームへの対応が遅れ、投入戦力も少なくなる為、ジリ貧を避けられなくなってしまうだろう。
「エレクトロンも 海洋資源の重要性は理解している。
 『ネオアース』を消滅させたのも彼女らだからな…我々の気持ちは理解出来よう。」
「ええ、最後の核から550年…核の封印を解かない事を祈りましょう。」
 トライトンはそう言った。
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