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手記
消失と対立
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翌朝目が覚めた時は疲労があからさまに残っていた。
重い足取りで監視室へ向かうと、夜番の隊員らが揃いも揃って険しい顔をしていた。
何があったのか尋ねてみた。
すると同僚の一人が答えた。
「なにもないんだ。国からの通信も、救援に向かった奴らからの報告も、全て」
これは大きな謎だった。国の全通信装置に強力なジャミングが使われているか、通信衛星が全て破壊されたか、通信を行える者が一人も居なくなったか。
簡単に考えられる理由はこの三つだが、どれも考え難いものだ。人間相手ではまず有り得ない。
しかし人間相手でない現状ではどれも可能性があると思うと、途端に不安が心臓を掴んだ。
もしかすると家族も友人も皆既に殺されているのかもしれない。
ぼくを形作るものの一部がなんの実感も得られない形で既に崩壊しているのかもしれない。
そう考えた時、色の無い小さな塊が胸の内に現れた気がした。
その塊はぼくに苦しさと焦りをもたらし、それを誤魔化すために業務の引き継ぎを急いだ。
国や救援部隊からの通信が無い以上、こちらで出来ることはとても限られていた。
戦時配置として警備部隊全員が索敵、交信に従事していたが前述の通り成果は皆無。
とりあえずの作業として数日前まで遡ってレーダーや通信記録に異常が無いか、未確認生命体と思しき兆候が無いかを調査することになった。
勿論これまで確認したことのない敵なのだからどれがその兆候なのかなどわかるはずもなく、ただエラーやバグと見分けのつかない表示異常やノイズを虱潰しに確認することになる。
全く以て不毛な作業に感じられたが、胸の内に現れた何かを忘れるにはちょうど良かった。
午前十二時丁度、糧食班が昼食を運んできた。
加工肉を挟んだ簡素なハンバーガーを胃に入れる間、いつもやかましい仲間たちの誰も声を出さなかった。
皆、ただ黙々と栄養を補給しながら耳や目に流れ込む情報を精査し続けている。
きっと誰一人として何かを見つけられるとは思っていないのだが、この正体のわからない何かを調べることで胸の内に現れた負の感覚を抑え込んでいたのだろう。
この時のぼくらには不毛であろうとやれることが必要だった。
しかし、皆が皆そんなもので心を欺き続けられるわけはない。
作業を始めて二日後の朝のことだった。
誰かの心から蓋をしていたはずの不安が溢れ出した。
それは瞬く間に伝播し嵩を増して、多くの者を飲み込んで溺れさせた。
結果として要塞の中で一蓮托生の身であったぼくたちは二分されることとなった。
不安に溺れた者たちは、連絡が取れない状況において我が国が優勢であるはずがないのだから、自分たちも修復した予備装備で国に帰り加勢するべきだと主張した。
一方でまだ不安を抑え込んでいたい者たちは、連絡も取れない現状では無策に動くことは危険であると主張した。
ぼくは後者の集団にいた。それは前者の意見があまりに無謀に思えたからだ。
国どころか救援に向かった部隊とも連絡が取れない状況で何を頼りにどこへ戦力を向わせるのか、作戦の立てようがない。
乗用車なんかとは比べ物にならないほど巨大な船舶や航空機が間もなく修理を完了するが、通信という手段を失えばレーダーの外側を攻撃する手段は存在しない。
そうなってしまえば兵器の効果などはあまりにも矮小で、国土の大きさを考えれば沿岸部だけを支援の対象にしてもまともに対応できないのは明白だ。
たしかに家族や友人を失ったのかもしれない。だがもしそれが事実と確定しても、ほぼ一〇〇パーセント死ぬであろう戦闘で仇を討とうとは思えなかった。
この対立がより明確になったのがそれぞれの主導者が決まった時だ。
前者帰還派はこの要塞の司令官が旗を持った。
後者残留派はぼくら警備部隊の部隊長が旗を持った。
どちらが優勢になるかは考えるまでもなく、当然上官である司令官側に就くものが多数派となった。
しかし残留派も簡単に切り捨てられるほど少数ではなく、互いに勢いを持ってぶつかり合った。
「祖国が絶体絶命の危機にあるにも関わらず出撃を拒むなど愛国心も無ければ軍人としての誇りも無い。そんなことが許されると思うのか貴様ら!」
司令官が怒気の篭った荒々しい声でぼくらを屈服させようとしていた。
「今は国だなんだと言えないほどの未曾有の事態でしょう。事実他国の船舶、航空機共にあの日を境に全く現れていない。奇跡的に攻撃を受けていないここから出てしまえば我が国のみならず地球上どこに行ったとしても死ぬ可能性が高まるだけだ」
部隊長は冷静に答えていた。
双方の態度は対極と言えたがお互いに引く気は全く無かった。
この要塞に残された者たちが取れる行動は二者択一であり、互いに確固たる意思がある。
命が掛かった選択であるために数日に渡って意見がぶつかり合ったが、平行線が交わるはずはない。
長い話し合いは浮動票を消滅させ、より対立を明確化した。
そして彼らは行動を起こした。
重い足取りで監視室へ向かうと、夜番の隊員らが揃いも揃って険しい顔をしていた。
何があったのか尋ねてみた。
すると同僚の一人が答えた。
「なにもないんだ。国からの通信も、救援に向かった奴らからの報告も、全て」
これは大きな謎だった。国の全通信装置に強力なジャミングが使われているか、通信衛星が全て破壊されたか、通信を行える者が一人も居なくなったか。
簡単に考えられる理由はこの三つだが、どれも考え難いものだ。人間相手ではまず有り得ない。
しかし人間相手でない現状ではどれも可能性があると思うと、途端に不安が心臓を掴んだ。
もしかすると家族も友人も皆既に殺されているのかもしれない。
ぼくを形作るものの一部がなんの実感も得られない形で既に崩壊しているのかもしれない。
そう考えた時、色の無い小さな塊が胸の内に現れた気がした。
その塊はぼくに苦しさと焦りをもたらし、それを誤魔化すために業務の引き継ぎを急いだ。
国や救援部隊からの通信が無い以上、こちらで出来ることはとても限られていた。
戦時配置として警備部隊全員が索敵、交信に従事していたが前述の通り成果は皆無。
とりあえずの作業として数日前まで遡ってレーダーや通信記録に異常が無いか、未確認生命体と思しき兆候が無いかを調査することになった。
勿論これまで確認したことのない敵なのだからどれがその兆候なのかなどわかるはずもなく、ただエラーやバグと見分けのつかない表示異常やノイズを虱潰しに確認することになる。
全く以て不毛な作業に感じられたが、胸の内に現れた何かを忘れるにはちょうど良かった。
午前十二時丁度、糧食班が昼食を運んできた。
加工肉を挟んだ簡素なハンバーガーを胃に入れる間、いつもやかましい仲間たちの誰も声を出さなかった。
皆、ただ黙々と栄養を補給しながら耳や目に流れ込む情報を精査し続けている。
きっと誰一人として何かを見つけられるとは思っていないのだが、この正体のわからない何かを調べることで胸の内に現れた負の感覚を抑え込んでいたのだろう。
この時のぼくらには不毛であろうとやれることが必要だった。
しかし、皆が皆そんなもので心を欺き続けられるわけはない。
作業を始めて二日後の朝のことだった。
誰かの心から蓋をしていたはずの不安が溢れ出した。
それは瞬く間に伝播し嵩を増して、多くの者を飲み込んで溺れさせた。
結果として要塞の中で一蓮托生の身であったぼくたちは二分されることとなった。
不安に溺れた者たちは、連絡が取れない状況において我が国が優勢であるはずがないのだから、自分たちも修復した予備装備で国に帰り加勢するべきだと主張した。
一方でまだ不安を抑え込んでいたい者たちは、連絡も取れない現状では無策に動くことは危険であると主張した。
ぼくは後者の集団にいた。それは前者の意見があまりに無謀に思えたからだ。
国どころか救援に向かった部隊とも連絡が取れない状況で何を頼りにどこへ戦力を向わせるのか、作戦の立てようがない。
乗用車なんかとは比べ物にならないほど巨大な船舶や航空機が間もなく修理を完了するが、通信という手段を失えばレーダーの外側を攻撃する手段は存在しない。
そうなってしまえば兵器の効果などはあまりにも矮小で、国土の大きさを考えれば沿岸部だけを支援の対象にしてもまともに対応できないのは明白だ。
たしかに家族や友人を失ったのかもしれない。だがもしそれが事実と確定しても、ほぼ一〇〇パーセント死ぬであろう戦闘で仇を討とうとは思えなかった。
この対立がより明確になったのがそれぞれの主導者が決まった時だ。
前者帰還派はこの要塞の司令官が旗を持った。
後者残留派はぼくら警備部隊の部隊長が旗を持った。
どちらが優勢になるかは考えるまでもなく、当然上官である司令官側に就くものが多数派となった。
しかし残留派も簡単に切り捨てられるほど少数ではなく、互いに勢いを持ってぶつかり合った。
「祖国が絶体絶命の危機にあるにも関わらず出撃を拒むなど愛国心も無ければ軍人としての誇りも無い。そんなことが許されると思うのか貴様ら!」
司令官が怒気の篭った荒々しい声でぼくらを屈服させようとしていた。
「今は国だなんだと言えないほどの未曾有の事態でしょう。事実他国の船舶、航空機共にあの日を境に全く現れていない。奇跡的に攻撃を受けていないここから出てしまえば我が国のみならず地球上どこに行ったとしても死ぬ可能性が高まるだけだ」
部隊長は冷静に答えていた。
双方の態度は対極と言えたがお互いに引く気は全く無かった。
この要塞に残された者たちが取れる行動は二者択一であり、互いに確固たる意思がある。
命が掛かった選択であるために数日に渡って意見がぶつかり合ったが、平行線が交わるはずはない。
長い話し合いは浮動票を消滅させ、より対立を明確化した。
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