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第十四章「関ヶ原の戦い」
第八十話「桃配山」
しおりを挟む慶長五年九月十五日 美濃国 関ヶ原
その日、関ヶ原は早朝から深い霧に包まれていました。両軍合わせ、およそ十五万の軍勢が対峙する関ヶ原には重苦しい静寂が訪れていました。
寅の刻、上方勢の布陣はほぼ終了。石田三成は、関ヶ原が一望できる西側の笹尾山に陣を敷く。それより南に島津、小西、宇喜多、大谷らが布陣。南側、松尾山山頂には小早川秀秋一万五千が布陣。その前面に脇坂、朽木、小川、赤座の各軍勢。東側の南宮山には、毛利勢二万が布陣。上方勢八万が鶴翼の陣構えで徳川勢を待ち構えておりました。
一方の徳川勢七万は卯の刻に布陣を終了。左翼に福島正則。右翼に黒田長政。中央に細川、加藤、筒井、田中の各軍勢。その背後に井伊直政、松平忠吉、そして織田、古田、金森、生駒が陣を敷く。左翼福島隊の背後に藤堂、京極、寺沢が構え、後方には本多忠勝が陣を敷く。そして、南宮山に布陣する敵に対し山内一豊、池田輝政らが布陣。徳川家康公は三万の軍勢を率いて南宮山の北にある桃配山に陣を敷きました。
「桃配山・・・そもそもは壬申の乱の折、後の天武天皇がここで兵達に桃を配り戦に勝利したと言われております。殿も今から桃を配りまするか?」
葵紋の陣幕に囲われた徳川本陣、拙者は家康公に笑いながら尋ねる。
「半蔵、この状況でよく冗談が言えるな」
家康公は苦笑いを浮かべながら答える。
「この状況、冗談も言いたくなりまする。いくら小早川と毛利が内通しておるとはいえ、敵の数は向こうが上。もし、小早川と毛利が寝返らずこちらに攻めてきたら我らは一網打尽ですぞ」
「わかっておる」
「秀忠様の指揮する山道組三万が来れば、数の上でもこちらが上。策を弄する事もなかったでしょうに」
この時、徳川秀忠様の指揮する山道の徳川本隊は真田昌幸、信繁が籠る上田城攻めに時間を費やし関ヶ原に向かってくる最中でした。
「それを言うのであれば敵も一緒だ。京極高次が守る大津城には上方勢一万五千が攻め、細川幽斎殿の田辺城にも同じく一万五千が攻めておる。それらがここに来れば我らの方が一網打尽よ」
「ではこの戦、五分五分と見ますか?」
「そうだな。故にこの戦、小早川と毛利の動きにかかっておる」
「毛利勢。いつ南宮山を下りてこちらに攻めてくる事か・・・」
拙者はすぐ南に位置する南宮山に目を向けるが深い霧で何も見る事ができない。
すると、そこへ一人の男が現れ拙者と殿の不安を払拭する。
「大丈夫じゃ」
「平八郎」
本多平八郎忠勝。
「己の軍は大丈夫なのか?」
拙者の問いに平八郎は答える。
「いや、本陣の殿が心配でしてな」
平八郎の言葉に拙者はにやりと笑う。
「なあに、殿の事は儂に任せときん」
拙者の答えに平八郎も口元に笑みを浮かべる。
「そうだな。殿の御側には天下の『槍半蔵』様がついておるから心配はいらぬか」
「おうよ」
「しかし、先ほどのお主の言葉はどういう意味じゃ?」
拙者の疑問に平八郎は南宮山の方を見ながら答える。
「いや何、もし毛利勢に戦う意志があれば山の上ではなく下に陣を敷くはず。ただそれだけの事」
「しかし、本当に毛利は南宮山に陣を敷いとるのか?霧で何も見えんぞ」
拙者は目を見開いて南宮山を見るが、やはり霧で何も見えない。
「もし下に陣を敷いておれば、すでに山内や池田と戦いが始まっておるはず。何も聞こえんという事は、上に陣を敷いておるに違いない」
「なるほどな。やはり、徳川の軍神様の言う事は違うの~」
そう言って拙者は平八郎の方に向き直る。
「では本陣は『槍の半蔵』殿に任せ、儂は持ち場に戻るとするかな」
下がろうとする平八郎に拙者は声をかける。
「儂にも活躍させろよ」
拙者の言葉を平八郎は笑い飛ばす。
「お主が活躍するという事は本陣が危ないという事だ。不吉な事を言うでない」
笑い返す拙者。平八郎は殿の方に向き直る。
「では、失礼」
平八郎は殿に一礼すると、本陣を後にする。その背中を眺めつつ、拙者は誰に言うでもなく言葉を放つ。
「さてさて、天下分け目の大戦じゃ」
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