67 / 90
第十二章「本能寺の変(裏)」
第六十一話「安土」
しおりを挟む天正十年五月十七日戌の刻 近江国 安土城
この年の三月、織田信長殿は長年の宿敵であった武田家を滅ぼしました。また、各地の反信長勢力も徐々に鎮圧され、一時の安寧が訪れたのでありました。
そこで信長殿は、この機に家康公を歓待しようと我ら徳川勢を安土城へと招待したのであります。それに応じた家康公は三十名弱の手勢を引き連れ、信長殿の居城・安土城へと参りました。
安土での我らへの持て成しは殊の外素晴らしく、幸若舞や猿楽などの催しを行い、また信長殿が自ら配膳し菓子を作るなど至れり尽くせりでございました。
安土城に滞在し数日。この日の饗応も終わり、拙者は服部半蔵と二人で自分の寝屋に帰るべく歩いていると、隣を行く服部が急に声をかける。
「お主、此度の遊覧どう思う?」
「ん?何がじゃ?」
ほろ酔い気分の拙者がそう返すと、服部は落ち着いた口調でさらに質問する。
「少数で織田領を廻るなど危険だと思わんか?」
その問いに拙者は何も考えず即答する。
「大丈夫であろう。徳川と織田は同盟関係にあるのだぞ」
拙者の言葉を受け、服部は溜め息混じりに答える。
「お主は気楽じゃのう」
拙者は酒のせいもあり笑顔で服部の肩を叩く。
「何じゃ、この遊覧中に織田が我らを襲うとでも言いたいんか?安心せい、お主も連日のあの饗応を見ておるであろう」
「だがな・・・」
不安な表情を浮かべる服部に対し拙者は悠悠と答える。
「お主は心配し過ぎなのだ。それに先月、信長殿とて今の我ら同様、少数で我が徳川領を廻っておったではないか」
先月、織田信長殿は甲斐国にて武田攻めの論功行賞を終えると、富士山見物と称し少数で諏訪を発し徳川領の駿河・遠江を経て安土城へと帰って行ったのでありました。
「我らは襲う気がなくとも、向こうはわからんぞ」
「考え過ぎじゃ。慣れない土地で疲れているのではないか。今日はゆっくり寝りん」
拙者の言葉に服部は少し考え静かに頷く。
「・・・そうかもしれんな。今日は、ゆっくり休むとしよう」
その後、我らはお互い自分の寝屋に向かうべく別れました。
そして、一人になった拙者はふと考える。
・・・同盟関係にある織田が徳川を襲う、か。
拙者が空を見上げると、そこには綺麗な月が夜空を照らしておりました。
つい先ほどまで話をしていたせいか、それほど眠気はない。
眠くなるまで、しばし月見とでも洒落込むか。
拙者は、そう思うと庭へ出る。
織田と徳川。同盟を結び約二十年、思い出せば色々なことがあった。姉川や長篠での共闘。どちらもお互いの力がなければ勝てなかった戦であろう。しかし、いい事ばかりでもない。水野信元殿や信康様の件もある。徳川内部でも織田に敵意を持っておる者も少なくはない。この同盟関係はこれからも続くのであろうか、それとも・・・。
そのような事を考えているうちに、自然と時間が過ぎて行く。
「・・・へっくしゅい!」
拙者は堪らずくしゃみをする。
月も大分傾いてきたな。風邪をひく前に戻るとするか。
拙者は庭先から出ようとすると、まだ明かりのついている部屋を見つける。
ん、まだ起きとるもんがいるのか。
拙者は気になってその部屋に近づいて行くと、聞き覚えのある声を耳にする。
この声は・・・左衛門殿?
誰かと話をしているのだが、何を話しているのかまではわからない。
こんな夜更けに誰と話をしているんじゃ。
拙者がさらに近づこうとすると次の瞬間、突如その部屋の戸が開かれる。
!
拙者は驚いて思わず草陰に隠れる。
おっと、体が勝手に動いちまったわ。
隠れる必要はないと思いながらも、拙者は草陰から部屋の方を盗み見る。
最初に出て来たのは酒井左衛門殿、それに続き家康公も姿を現す。
殿と二人で密会か?二人で何を企んで・・・。
そう思った矢先、部屋の中から意外な人物が現れる。
あれは・・・明智光秀殿?
明智殿は、この日まで徳川の接待役を務めておりましたが、信長殿によりその任を解かれ、居城の坂本城に戻る事となっておりました。
明智殿が何故ここに?
そして、明智殿の奥からさらにもう一人現れました。
・・・長岡藤孝殿?
長岡藤孝殿は織田信長殿の家臣で武芸はもちろんの事、和歌や茶道なども嗜み、一子相伝の古今伝授も受け当代随一の教養人と呼ばれた方でございまする。明智光秀殿とは、互いの子どもを結婚させるなど親しい間柄にございます。
殿に左衛門殿。そして、明智殿に長岡殿・・・。
思いがけない人物たちに拙者が困惑する中、四名は別れの挨拶をすますと、それぞれ別の方向へと帰って行く。
一体何を話しておったのだ?
拙者は草陰に隠れながらしばし思案する。
拙者が聞こえたのは、ほんの二言だけ。
『本能寺』
『織田信長』
この言葉は何を意味するのであろうか。
拙者は戦の前のような胸騒ぎを感じました。
何かが動こうとしている・・・。
夜中の冷たい風が拙者の体を包み込む。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
国殤(こくしょう)
松井暁彦
歴史・時代
目前まで迫る秦の天下統一。
秦王政は最大の難敵である強国楚の侵攻を開始する。
楚征伐の指揮を任されたのは若き勇猛な将軍李信。
疾風の如く楚の城郭を次々に降していく李信だったが、彼の前に楚最強の将軍項燕が立ちはだかる。
項燕の出現によって狂い始める秦王政の計画。項燕に対抗するために、秦王政は隠棲した王翦の元へと向かう。
今、項燕と王翦の国の存亡をかけた戦いが幕を開ける。
狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)
東郷しのぶ
歴史・時代
戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。
御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……?
※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)
他サイトにも投稿中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
妖刀 益荒男
地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女
お集まりいただきました皆様に
本日お聞きいただきますのは
一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か
はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か
蓋をあけて見なけりゃわからない
妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう
からかい上手の女に皮肉な忍び
個性豊かな面子に振り回され
妖刀は己の求める鞘に会えるのか
男は己の尊厳を取り戻せるのか
一人と一刀の冒険活劇
いまここに開幕、か~い~ま~く~
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる