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第十章「長篠の戦い」
第四十九話「鬼美濃」
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しばしの沈黙が終わると、美濃守がまず口火を切りました。
「・・・さて、またお主ら兄弟か」
美濃守の言葉に拙者は答える。
「覚えてもらっていて光栄じゃな。我が渡辺家は、鬼とは縁があってな」
拙者の発言に美濃守は目を見張る。
「そうか。渡辺綱(わたなべのつな)の末裔と言う訳か・・・さすれば、儂は酒呑童子(しゅてんどうじ)の生まれ変わりと言ったところか」
そう言って槍を身構える美濃守に対し、拙者はにやりと笑う。
「ええのか?酒呑童子は討たれる宿命ぞ」
「ふん。少なくとも、うぬら二人ごときに討たれはせんわ」
美濃守のその発言に拙者は首を傾げる。
「ん、誰が二対一で戦うと言うた?」
美濃守は一瞬目を丸くするも、すぐにその意味を理解する。
「はっははは、儂と一対一で戦うと申すか。おもしろい、たった三年でどれだけ強うなったか。試してやるわ」
そこへ、同じく拙者の発言に驚きを隠せない半十郎も声をかけてくる。
「おい、相手はあの鬼美濃ぞ」
心配する半十郎に対し、拙者は美濃守を見据えたまま答える。
「たまには兄を信じろ」
その言葉に半十郎は苦笑いを浮かべる。
「ふん。ほだら、壮絶に死んでこい」
「上等じゃ」
そう言って槍を構える拙者を美濃守はじっと見据える。
「どこからでもかかって来るがよい」
「ほだら、遠慮なく」
拙者は美濃守に向かって駆け出す。
「はぁー!」
拙者は槍を大きく振りかぶる。
「うりゃあ!」
そして、美濃守の頭上に槍を叩きつけるが、美濃守は拙者の攻撃を槍で難なく受け止める。
「ふん」
そして、拙者の腹に蹴りを放つ美濃守。
「ぐっ」
拙者は数間ほど吹き飛ばされるが、片手をつき持ちこたえる。そして、すかさず美濃守に向かって再び駆け出し、狙いを定め槍を突きつける。
しかし、拙者の槍は美濃守の体をかすめ、代わりに美濃守が横薙ぎに払った槍が拙者を襲う。
「うぐっ!」
拙者の脇腹に美濃守の槍の太刀打部分が直撃する。
拙者は再び吹き飛ばされ地面を転がる。
「兄じゃ!」
半十郎の叫びに、拙者はゆっくりと起き上がりながら答える。
「まだまだ!」
・・・さすがは鬼美濃、相変わらずの強さじゃ。もう隠居しとってもええくらいの歳じゃろうに。
息を整えながら様子を窺う拙者に対し、美濃守は呟くように言葉を発する。
「もう終わりか・・・では、こちらから行くぞ」
そう言うと、今度は美濃守が拙者に向かって駆け出して行く。
「ふん!」
大きく振りかぶった美濃守の槍が拙者に向かって振り下ろされる。
「ぐっ」
拙者は自身の槍で受け止めるも、美濃守の力に圧倒される。
なんちゅう力じゃ・・・。
美濃守の力に耐えきれず、拙者の足が徐々に地面に埋まって行く。
「うぐぐ」
美濃守のように蹴りを放ちたくとも、片足を挙げた瞬間に美濃守の力に押しつぶされる事は間違いない。なので、拙者は体を捌き美濃守の攻撃を受け流す。
すぐさま、美濃守は槍を返し横から薙ぎ払う。
拙者は体と槍を合わせ、美濃守の全力の薙ぎ払いを受け止める。
「くっ」
拙者は思いも寄らぬ衝撃に吹き飛ばされそうになるが、足を踏ん張り何とか食い止める。
力の差は歴然か・・・。
拙者が力での勝負に諦めを感じたその時、再び美濃守の蹴りが拙者の腹を打つ。
「ぐっ!」
先ほどの蹴りほど威力はないにしろ、拙者と美濃守の距離が再び開く。
一筋縄では行かんか・・・。
拙者は意を決し、構えを解くと槍を地面に突き刺す。
「?」
拙者の不可解な行動に美濃守は首を傾げる。
直後、拙者はそのまま美濃守に向かって駆け出す。
「気でも狂ったか!」
美濃守はそう声を発しながらも拙者に向かって攻撃を繰り出す。
拙者は槍がない分、悠々と美濃守の攻撃を避ける。そして、美濃守の隙を見つけ、腰から鎧通しを抜き美濃守に突きつける。
「くっ!」
紙一重で拙者の攻撃を避ける美濃守。
ちっ、外したか。
渾身一擲の攻撃を避けた美濃守は拙者に槍先を向ける。
「これで終わりだ」
「くっ」
拙者は避けるのは困難と判断し、何とか急所を外すべく体を捻る。
「っ!」
美濃守の槍が拙者の左の肩口を貫く。
にやりと笑う美濃守に対し、拙者も不敵な笑みを浮かべる。
「?」
再び首を傾げる美濃守。拙者は美濃守の槍を持ち、さらに自分の方へ押し込む。
「本当に気が狂ったか!?」
驚く美濃守。拙者は、その一瞬の隙に美濃守の脇の下に鎧通しを突き刺す。
「ぐがっ!」
思わず槍を手放し間合いを取る美濃守。
「どうじゃ、初めて味わう傷の痛みは?」
「・・・肉を斬らせて骨を断つ、という訳か。しかし、お主の攻撃は儂の骨までは届かなかったようじゃな」
美濃守は、そう言うと太刀を抜き放ち拙者に向かって駆け出す。
「はああぁー!」
美濃守は、太刀を振りかぶり拙者に袈裟切りを放つ・・・が。
「何!?」
驚きの声を上げる美濃守。拙者は、左手で自身の肩に突き刺さった槍を持ち美濃守の攻撃を受け止める。そして・・・。
「うおおぉー!」
拙者は、右足を力強く押し出し美濃守の腹に鎧通しを突き刺す。
「うぐっ!」
美濃守は、すぐさま腹を抑え後退する。
「はぁはぁはぁ・・・まだまだ、これからよ」
そう言いつつも苦痛の色を隠せない美濃守。しかし、それは拙者も同様でございました。おそらく次の一撃で決着が決まる。両者そんな満身創痍の状況の中、一発の銃声が辺りに響き渡る。
「がっ!」
その銃弾は、美濃守の体を穿(うが)つ。そして、両膝をつく美濃守。
故意に狙ったものではなく、おそらく流れ弾でありましょう。
「鬼美濃・・・」
堪らず声を漏らす拙者。美濃守は俯き、苦笑を浮かべる。
「ふっ。いい加減、儂の武運も尽きたという訳か・・・」
すると、そこへ織田の足軽が美濃守を見つけ声を上げる。
「鬼美濃じゃ!」
その声に周囲の雑兵たちもこちらに視線を移す。
「しかも手負いじゃ。手柄を上げる機会じゃ!」
「なっ。おい、お主ら・・・」
拙者も半十郎も動く暇もなく雑兵たちの波に呑まれる。
当の美濃守は、その光景に高笑いを上げる。
「はっははは。徳川、織田の者たちよ。儂を討ち取り、名を上げるがよかろう!」
そして、美濃守は不敵な笑みを浮かべたまま、その波に呑まれて行きました。
「・・・」
拙者と半十郎は、その光景をただじっと見詰める。
『不死身の武将』と言われた男の呆気ない最期。拙者と半十郎は、目の前の光景が現実のものとは受け入れられませんでした。
・・・これで、武田も終わりか。
美濃守をはじめ、多くの武田の重臣たちがこの戦で命を落としているでありましょう。数年に渡って戦ってきた強敵が今まさに風前の灯火となっている。 喜ぶべきはずが、拙者はなぜかそこで寂しさにも似た感情を抱きました。
盛者必衰か・・・。
拙者の心とは裏腹に、周囲では徳川の兵たちが勝利に酔いしれ鬨の声を上げる。
しかし、今は此度の勝利を喜ぶべきであろうか。
初夏の風と共に未だ消えぬ硝煙の匂いが辺りを包み込む。
天正三年五月二十一日 未の刻
長篠の戦いは、織田徳川連合軍の大勝利に終わりました。
「・・・さて、またお主ら兄弟か」
美濃守の言葉に拙者は答える。
「覚えてもらっていて光栄じゃな。我が渡辺家は、鬼とは縁があってな」
拙者の発言に美濃守は目を見張る。
「そうか。渡辺綱(わたなべのつな)の末裔と言う訳か・・・さすれば、儂は酒呑童子(しゅてんどうじ)の生まれ変わりと言ったところか」
そう言って槍を身構える美濃守に対し、拙者はにやりと笑う。
「ええのか?酒呑童子は討たれる宿命ぞ」
「ふん。少なくとも、うぬら二人ごときに討たれはせんわ」
美濃守のその発言に拙者は首を傾げる。
「ん、誰が二対一で戦うと言うた?」
美濃守は一瞬目を丸くするも、すぐにその意味を理解する。
「はっははは、儂と一対一で戦うと申すか。おもしろい、たった三年でどれだけ強うなったか。試してやるわ」
そこへ、同じく拙者の発言に驚きを隠せない半十郎も声をかけてくる。
「おい、相手はあの鬼美濃ぞ」
心配する半十郎に対し、拙者は美濃守を見据えたまま答える。
「たまには兄を信じろ」
その言葉に半十郎は苦笑いを浮かべる。
「ふん。ほだら、壮絶に死んでこい」
「上等じゃ」
そう言って槍を構える拙者を美濃守はじっと見据える。
「どこからでもかかって来るがよい」
「ほだら、遠慮なく」
拙者は美濃守に向かって駆け出す。
「はぁー!」
拙者は槍を大きく振りかぶる。
「うりゃあ!」
そして、美濃守の頭上に槍を叩きつけるが、美濃守は拙者の攻撃を槍で難なく受け止める。
「ふん」
そして、拙者の腹に蹴りを放つ美濃守。
「ぐっ」
拙者は数間ほど吹き飛ばされるが、片手をつき持ちこたえる。そして、すかさず美濃守に向かって再び駆け出し、狙いを定め槍を突きつける。
しかし、拙者の槍は美濃守の体をかすめ、代わりに美濃守が横薙ぎに払った槍が拙者を襲う。
「うぐっ!」
拙者の脇腹に美濃守の槍の太刀打部分が直撃する。
拙者は再び吹き飛ばされ地面を転がる。
「兄じゃ!」
半十郎の叫びに、拙者はゆっくりと起き上がりながら答える。
「まだまだ!」
・・・さすがは鬼美濃、相変わらずの強さじゃ。もう隠居しとってもええくらいの歳じゃろうに。
息を整えながら様子を窺う拙者に対し、美濃守は呟くように言葉を発する。
「もう終わりか・・・では、こちらから行くぞ」
そう言うと、今度は美濃守が拙者に向かって駆け出して行く。
「ふん!」
大きく振りかぶった美濃守の槍が拙者に向かって振り下ろされる。
「ぐっ」
拙者は自身の槍で受け止めるも、美濃守の力に圧倒される。
なんちゅう力じゃ・・・。
美濃守の力に耐えきれず、拙者の足が徐々に地面に埋まって行く。
「うぐぐ」
美濃守のように蹴りを放ちたくとも、片足を挙げた瞬間に美濃守の力に押しつぶされる事は間違いない。なので、拙者は体を捌き美濃守の攻撃を受け流す。
すぐさま、美濃守は槍を返し横から薙ぎ払う。
拙者は体と槍を合わせ、美濃守の全力の薙ぎ払いを受け止める。
「くっ」
拙者は思いも寄らぬ衝撃に吹き飛ばされそうになるが、足を踏ん張り何とか食い止める。
力の差は歴然か・・・。
拙者が力での勝負に諦めを感じたその時、再び美濃守の蹴りが拙者の腹を打つ。
「ぐっ!」
先ほどの蹴りほど威力はないにしろ、拙者と美濃守の距離が再び開く。
一筋縄では行かんか・・・。
拙者は意を決し、構えを解くと槍を地面に突き刺す。
「?」
拙者の不可解な行動に美濃守は首を傾げる。
直後、拙者はそのまま美濃守に向かって駆け出す。
「気でも狂ったか!」
美濃守はそう声を発しながらも拙者に向かって攻撃を繰り出す。
拙者は槍がない分、悠々と美濃守の攻撃を避ける。そして、美濃守の隙を見つけ、腰から鎧通しを抜き美濃守に突きつける。
「くっ!」
紙一重で拙者の攻撃を避ける美濃守。
ちっ、外したか。
渾身一擲の攻撃を避けた美濃守は拙者に槍先を向ける。
「これで終わりだ」
「くっ」
拙者は避けるのは困難と判断し、何とか急所を外すべく体を捻る。
「っ!」
美濃守の槍が拙者の左の肩口を貫く。
にやりと笑う美濃守に対し、拙者も不敵な笑みを浮かべる。
「?」
再び首を傾げる美濃守。拙者は美濃守の槍を持ち、さらに自分の方へ押し込む。
「本当に気が狂ったか!?」
驚く美濃守。拙者は、その一瞬の隙に美濃守の脇の下に鎧通しを突き刺す。
「ぐがっ!」
思わず槍を手放し間合いを取る美濃守。
「どうじゃ、初めて味わう傷の痛みは?」
「・・・肉を斬らせて骨を断つ、という訳か。しかし、お主の攻撃は儂の骨までは届かなかったようじゃな」
美濃守は、そう言うと太刀を抜き放ち拙者に向かって駆け出す。
「はああぁー!」
美濃守は、太刀を振りかぶり拙者に袈裟切りを放つ・・・が。
「何!?」
驚きの声を上げる美濃守。拙者は、左手で自身の肩に突き刺さった槍を持ち美濃守の攻撃を受け止める。そして・・・。
「うおおぉー!」
拙者は、右足を力強く押し出し美濃守の腹に鎧通しを突き刺す。
「うぐっ!」
美濃守は、すぐさま腹を抑え後退する。
「はぁはぁはぁ・・・まだまだ、これからよ」
そう言いつつも苦痛の色を隠せない美濃守。しかし、それは拙者も同様でございました。おそらく次の一撃で決着が決まる。両者そんな満身創痍の状況の中、一発の銃声が辺りに響き渡る。
「がっ!」
その銃弾は、美濃守の体を穿(うが)つ。そして、両膝をつく美濃守。
故意に狙ったものではなく、おそらく流れ弾でありましょう。
「鬼美濃・・・」
堪らず声を漏らす拙者。美濃守は俯き、苦笑を浮かべる。
「ふっ。いい加減、儂の武運も尽きたという訳か・・・」
すると、そこへ織田の足軽が美濃守を見つけ声を上げる。
「鬼美濃じゃ!」
その声に周囲の雑兵たちもこちらに視線を移す。
「しかも手負いじゃ。手柄を上げる機会じゃ!」
「なっ。おい、お主ら・・・」
拙者も半十郎も動く暇もなく雑兵たちの波に呑まれる。
当の美濃守は、その光景に高笑いを上げる。
「はっははは。徳川、織田の者たちよ。儂を討ち取り、名を上げるがよかろう!」
そして、美濃守は不敵な笑みを浮かべたまま、その波に呑まれて行きました。
「・・・」
拙者と半十郎は、その光景をただじっと見詰める。
『不死身の武将』と言われた男の呆気ない最期。拙者と半十郎は、目の前の光景が現実のものとは受け入れられませんでした。
・・・これで、武田も終わりか。
美濃守をはじめ、多くの武田の重臣たちがこの戦で命を落としているでありましょう。数年に渡って戦ってきた強敵が今まさに風前の灯火となっている。 喜ぶべきはずが、拙者はなぜかそこで寂しさにも似た感情を抱きました。
盛者必衰か・・・。
拙者の心とは裏腹に、周囲では徳川の兵たちが勝利に酔いしれ鬨の声を上げる。
しかし、今は此度の勝利を喜ぶべきであろうか。
初夏の風と共に未だ消えぬ硝煙の匂いが辺りを包み込む。
天正三年五月二十一日 未の刻
長篠の戦いは、織田徳川連合軍の大勝利に終わりました。
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