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第十章「長篠の戦い」
第四十三話「奇襲」
しおりを挟む長篠城に籠る奥平貞昌の家臣・鳥居強右衛門(すねえもん)は、長篠城が武田軍に包囲され窮地にあるという旨を岡崎城の徳川家康公に報告。この時、すでに武田を討伐すべく援軍として岡崎城に駆けつけていた織田信長もこの報を受け、急ぎ長篠城へ向け出立。そして、徳川・織田連合軍は数日後、長篠城の西方に位置する設楽原(したらがはら)へと布陣致しました。
天正三年五月二十日夜 織田軍本陣
「あぁ?」
南蛮の鎧を身に着け、床几(しょうぎ)に腰を掛ける鋭い目つきの武将―織田信長の苛立った声が周囲の空気を一変させる。
設楽原に着陣後、徳川・織田連合軍は馬防柵を設置し、最強の騎馬軍団を有する武田軍を迎え撃つ準備を整えておりました。これに対し、武田軍も長篠城に抑えの兵を残し設楽原へと進軍、両軍は連吾川を挟んで対峙致しました。
後は武田軍がこちらに攻めて来るのを待つばかり。しかし、如何(いか)にして武田軍の方からこちらに仕掛けさせるか、それを検討する軍議の最中の出来事でした。
皆、目を伏せ気まずい雰囲気が辺りに漂う。信長殿の視線の先、そこには酒井左衛門尉(さえもんのじょう)殿がおりました。
左衛門殿は、気まずい雰囲気など何の其の信長殿に話を続ける。
「ですから、長篠城を包囲している武田軍の要所・鳶之巣山(とびのすやま)砦を奇襲し、まず長篠城を救援すらば、武田軍は退路を断たれた上、さらには長篠城との挟み撃ちとなり、慌てて我が軍へと突撃に出るは・・・」
左衛門殿がそこまで言った時、信長殿の蹴りが左衛門殿に襲いかかる。
「そんな愚策を言うがためにわざわざ口を開いたか、このたわけが!」
信長殿の足蹴りを食らい転倒するも、すぐさま起き上がり頭を下げる左衛門殿。
「も、申し訳ございませぬ」
「儂に意見するならば、もっとましな策を考えい」
苛立つ信長殿は再び床几(しょうぎ)に腰掛けると、その場にいる者たちに下知を下す。
「軍議は一先ず解散と致す。今後の事は追って沙汰する」
その言葉に頭を下げる一同。各々席を立ち軍議の場を後にする中、信長殿は我らの方を見詰めぽつりと呟く。
「・・・三河衆、うぬらは残れ」
信長殿の冷たい言葉に、再び辺りの空気が凍り付く。
日に日に残虐性を増す信長殿。我々はもとより信長殿の家臣たちですら、いつ何時信長殿の怒りを被(こうむ)るか恐れをなしておりました。それ故、この後も一体何をされるのか、拙者を含め三河の者たちは冷や汗をかいておりました。
信長殿は他の者たちがいなくなったのを確認すると、立ち上がり左衛門殿に近づいて行く。そして次の瞬間、信長殿の口から意外な言葉が発せられました。
「左衛門尉、先ほどはすまなんだな」
驚く一同を余所目(よそめ)に、信長殿は言葉を繋げる。
「うぬの策、中々の上策である。故に、策が漏れたら奇襲にならんでな」
そこで、にやりと笑う信長殿。
なるほど。それ故、先ほどは芝居を打ったという訳か。しかし、その為とはいえ左衛門殿を容赦なく足蹴(あしげ)にするとは・・・織田信長、やはり恐るべき男なり。
「左衛門尉、儂の馬廻衆をうぬに付ける。うぬが指揮を取り、鳶之巣山(とびのすやま)を奇襲して参れ」
信長殿の言葉に、左衛門殿は頭を下げる。
「御意」
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