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第七章「姉川の戦い」
第三十一話「真柄」
しおりを挟む「いくつやった?」
拙者は服部と背中を合わせるや、すぐに討ち取った敵の数を聞いた。
「八」
「な、負けとる・・・」
悔しがる拙者を余所(よそ)に、服部は拙者に声をかける。
「おい、槍の」
「何じゃ?」
拙者は、周囲の敵に目を向けながら聞き返す。
「大分競(せ)ってはおるが、数では向こうが上、このままでは儂ら危ういぞ・・・」
「確かに」
先ほどから拙者たち徳川軍と朝倉軍は、姉川を挟んで押しつ押されつの一進一退の攻防を繰り広げておりました。
「・・・ん?」
そんな中、拙者は南側の徳川軍の一陣が奇妙な動きをしておることに気がつく。
「どこぞの隊じゃ?」
服部もそれに気がつき、そちらに目を向ける。
「白地に黒の源氏車・・・あれは、榊原小平太の隊ではないか?」
拙者たちが小平太の隊に注目しておると、その一陣は敵のいない西側へ平然と向かって行く。
「な!あやつ何しとるだ、勝てんと見て逃げる気か!?」
拙者が堪らず小平太の隊の方に向かおうとするのを服部が声で制する。
「槍の、放っときん!」
「しかし・・・」
拙者が反論しようとした直後、でかい図体の武者が拙者たちの前に突如吹っ飛んで来た。
「おっと!?」
拙者は後方に下がり、どこぞの武者が現れたのかとその者に目を向ける。
大きな鹿角の兜をつけた武者。
「平八郎!?」
拙者は思わず名前を呼ぶが、平八郎は片膝をつき息を切らせながら真っ直ぐ前を凝視して動かない。
「はぁはぁはぁ」
本多平八郎忠勝・・・珍しいな、こやつがこんなにも苦戦しておるとは。
「おい、平八郎。どうし・・・」
拙者が声をかけようとした矢先、拙者は平八郎の背中越しに敵の姿を確認する。
「・・・な、何じゃ、あやつ?」
余りの事に動揺する拙者。そこには、身の丈六尺を越える大男がおりました。
黒塗りの鎧に一見兜を着けていないかのように見える総髪形兜。しかし、それ以上に注目すべきは、そやつの持っておる刀―五尺はあろう大太刀・・・あんなもので斬られたら一溜まりもないでございましょう。
呆然とする拙者に一人の武者が声をかけてくる。
「真柄十郎左衛門直隆・・・『北国一の剛勇』と呼ばれておりまする」
拙者は、その武者に目をやるも拙者の知らぬ顔でございました。
「見ん顔じゃな。誰じゃ、お主?」
「遠州磐田郡、匂坂(さきさか)式部と申す」
なるほど、遠州の者か。どうりで知らん訳じゃ。
この頃より、徳川家中において三河の出身でない者も増えていきました。此度の戦でも徳川の第二陣は元今川方の小笠原与八郎信興殿が務めておりました。
拙者は、改めて十郎左衛門の方に顔を戻す。
「『北国一の剛勇』か・・・」
拙者がそう言って冷や汗を垂らしておると式部の背後より二人の武者が現れる。
「我が弟、五郎次郎と六郎五郎でございます」
顔立ちは若いが、体つきはがっちりとしておりました。
思いがけない加勢に拙者はにやりと笑い、十郎左衛門の前に出る。
「余裕があらば、一騎討ちもおもしろそうじゃが・・・本日は生憎、余裕がないでな。多勢で悪いが、仕留めさせてもらう」
そして、拙者は槍を構える。
いくら剛勇の者とて六人が相手とならば、早々に倒せるじゃろう。
・・・そんな甘い考えを持った拙者が間違いでございました。
十郎左衛門が、ゆっくりと口を開く。
「ふん、たった六人で我らに向かうはいとかわゆし」
「ん・・・我ら?」
すると十郎左衛門の背後から、これまた大きな男が現れもうした。十郎左衛門を一回り小さくしたような大男、こやつもまた五尺近い大太刀を持っておりました。
「十郎左衛門の息子・・・真柄十郎三郎隆基」
匂坂式部が答える。
「・・・化け物親子が」
拙者が苦笑いを浮かべる一方で、十郎左衛門は太刀を大きく上段に構える。
「うぬら皆、我らの大太刀の錆(さび)にしてくれるわ」
そう言うと十郎左衛門は、拙者たちに向かって太刀を振り下ろす。
「うおっと!」
拙者たちはその攻撃をうまく回避するが、先ほどまで拙者たちがおったところの地面が大きくえぐれる。
あんなもん直撃したら一溜まりもないの・・・。
拙者は冷や汗をかきつつも、服部に冗談を飛ばす。
「おい、服部。お主、試しに今の食らってみりん」
「阿呆か!」
真剣に怒る服部。拙者と服部がそんなやり取りをしておると、息子の方・十郎三郎がこちらの方に近づいて来た。
「父上、この頭の悪そうな二人は拙者が相手致しまする」
「儂も一緒にするな!」
服部の叫びを余所に、会話を続ける真柄親子。
「うむ。では、まかせたぞ」
十郎左衛門はそう言うと、平八郎と匂坂兄弟の方へと向かって行く。
相手は決まったか。
拙者も平八郎たちに声をかける。
「ほだら、親父の方はお主らにまかせるわ。餓鬼の方は儂と服部で何とかする!」
拙者の言葉に、十郎三郎は眉を吊り上げる。
「餓鬼じゃと・・・ならば、お主たちを地獄道に落としてくれよう」
そう言うと、拙者たちに向かい駆け出す十郎三郎。
「上等じゃ」
拙者は、にやりと笑う。
「ぬおぉー!」
十郎三郎の薙ぎ払いが拙者に迫る。
拙者は身を屈めて攻撃を避け、反対に十郎三郎の太腿(ふともも)に槍を突き刺す・・・が、びくともしない十郎三郎。直後、にやりと笑い下から大太刀を振り上げる。
拙者が身を翻(ひるがえ)し十郎三郎の攻撃を辛うじて避けると、今度は服部が十郎三郎に槍を突きつける。しかし・・・。
「くっ!」
眼前で服部の槍を見事に掴む十郎三郎。
そして、腕を捻り簡単に服部の槍をへし折る。
「!」
その光景に驚きつつも、服部は槍から手を離し十郎三郎との間合いを取る。
「こりゃ~ちと長丁場になるかの~」
拙者の言葉に、服部は刀を抜きながら答える。
「かもしれんな・・・」
拙者と服部が十郎三郎を囲むように身構えておると、そこへ鎌槍を持った一人の武者が駆け寄って来る。
「青木所右衛門一重、加勢致す!」
拙者は一瞬、横目でその武者を見る。
身の丈も高く、がっしりとした体格。しかし、兜の下に覗かせるその面立ちは、とても若く見えました。
「・・・かたじけない」
知らん顔じゃな・・・こやつも遠州の者か?
青木所右衛門と名乗ったその武者は、十郎三郎に向かって勢いよく斬り掛かる。
ま、加勢であるならばどうでもええか。
所右衛門と交戦中の十郎三郎に拙者は槍を突きつける。
「くっ!」
辛うじて避ける十郎三郎。さらに、そこへ今度は服部の刃が十郎三郎を狙う。
三対一・・・これならば、そう長くはかかるまい。
十郎三郎の劣勢は目に見えて明らかでありました。
「ぐああぁ!」
十郎三郎は堪らず拙者たちを払いのけるように大太刀を振り回す。間合いを取る拙者と服部に対し、所右衛門は隙をついて十郎三郎の右腕を斬りつける。
「ぐがぁ!」
十郎三郎の大太刀が地面に落ちる。
拙者は、すかさず間合いを詰め槍の石突で十郎三郎の顔面を強打する。
「ぐおっ!」
そして、拙者は槍を半回転させ十郎三郎に止めを刺そうとするが・・・。
「くっ!」
十郎三郎は、拙者の右腕を掴み力強く捻り上げる。
堪らず槍を手放す拙者に、十郎三郎はさらに頭突きを食らわす。
「ぐはっ!」
顔のどこかを負傷したのか、血の味が舌を伝う。
十郎三郎は片手で拙者を持ち上げると、空いた手で脇差を抜き放つ。
「まずは一匹」
十郎三郎の発言に、拙者はにやりと笑う。
「何がおかしい?」
「残りの二匹はどうするだ?」
拙者の言葉の直後、十郎三郎の背後から威勢の良い声が聞こえて来る。
「せいやぁ!」
服部の刀が十郎三郎の腰に突き刺さる。
「ぐおぉ!」
苦悶の表情を浮かべる十郎三郎でありましたが、脇差を逆手に持ち替え背後にいる服部に突きつける。刀を手放し素早く後退する服部。
「く、小賢(こざか)しい虫けらめ・・・ぐあぁ!」
十郎三郎は苦痛のあまり拙者から手を放す。その手からは大量の血が流れておりました。拙者は十郎三郎の足下で膝をつきながら息を整える。
「はぁはぁ」
拙者は十郎三郎が服部に気を取られておる隙に自身の脇差を抜き、十郎三郎の手首に脇差を突き刺した次第でありまする。
十郎三郎は、凄まじい剣幕で拙者を見下ろす。
「小賢しいと言っておるだろうがぁ!」
十郎三郎は、脇差を振り上げ拙者に止めを刺そうとした瞬間・・・。
「っぐぉ!」
所右衛門の槍が、十郎三郎の喉元に突き刺さる。
十郎三郎は、口から血を吐き出しながらも声を振り絞る。
「ぐっ、最早これまでか・・・」
仰向けに倒れる十郎三郎。拙者は所右衛門に支えられながら立ち上がる。
「かたじけない」
そして、仰向けに倒れておる十郎三郎に目を向ける。
「真柄十郎三郎・・・お主の武勇、見事でござった」
拙者は、しばし十郎三郎の亡骸(なきがら)を眺めた後、もう一人の真柄の方に視線を移す。
そちらでは、匂坂兄弟が真柄十郎左衛門の首を落としたところでありました。
「あちらも決着がついたようじゃな・・・」
ここで一息ついて休みたいところではあるが、しかしまだ戦が終わったわけではない。現在も、あちらこちらで徳川勢と朝倉勢は一進一退の攻防を繰り広げておりました。しかし、そんな中で突如、朝倉軍の右翼が後退を開始する。
「あ?」
拙者が状況を掴めずに首を傾げておると、隣におる所右衛門が声を上げる。
「あれを!」
所右衛門が指を指した先、そこには朝倉軍の右翼を側面から攻撃する一群がおりました。
「あれは・・・榊原小平太」
服部が拙者の側まで来て呟く。
「逃げた訳ではないのか」
にやりと笑う拙者。服部も小平太の采配を賞賛する。
「迂回しての側面攻撃・・・あやつ、中々やりおるの」
右翼の後退を契機にどんどんと隊列が崩れていく朝倉軍。戦況は一気に徳川の優勢となりました。
「よっしゃ。この勢いで朝倉はもちろん、浅井勢も我ら徳川が叩く!」
拙者たちは先ほどまでの疲れはどこへやら、気を切り替えて敵軍に向かい再突撃を開始致しました。
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