30 / 90
第七章「姉川の戦い」
第二十九話「内藤四郎左」
しおりを挟む「父を殺した情けでござるか?」
金ヶ崎の山中、拙者は隣で馬を駆る四郎左殿に問いかける。
「・・・何の事だ?」
四郎左殿は、前を向いたままぶっきら棒に答える。
「何って、殿軍を買って出たことでござるよ」
「・・・」
四郎左殿は何も答えない。
「一向一揆の折、止むを得ず敵となった我が父・源五左衛門を射殺した。その罪の意識か、儂を死なせまいと同情して今回の殿軍を買って出た・・・」
拙者の言葉に四郎左殿は鼻で笑う。
拙者は、軽くあしらわれたようで不快な気分になる。父の件もあるのでございまするが、拙者はどうも昔からこの方が苦手でございました。寡黙な方で、普段何を考えておるのか拙者には皆目見当がつきませなんだ。
ぎくしゃくした空気が両者の間を流れる中、突然拙者たちの背後から声が聞こえてくる。
「いたぞ!あそこじゃ!」
拙者が後方を見やると、そこには数名の騎馬武者の姿がありもうした。
「もう追っ手が来おったか。早いの~」
そして、拙者は前方を見る。騎馬武者たちを撒(ま)こうにも、まだ前には足軽たちがおるため先に進む事もできない。
・・・ここで食い止めるしかないか。
拙者は意を決して振り返ると、騎馬武者の一人がまっすぐこちらに向かって迫って来る。拙者は、その場を動かず騎馬武者をじっと見据える。
相手の槍がどこを狙うかはわかっている・・・拙者の胴。
揺れる馬上からでは、よほどの腕がない限り急所を狙う事は難しい。
徐々に両者の間隔が狭まり、騎馬武者が槍を構える。
狙いは・・・予想通り。騎馬武者の槍が拙者の胸元目掛け突き出された。
拙者は、敵の槍を籠手(こて)で捌くと自分の槍を相手の腰元に突き刺す。
「うぐぅ!」
勢い良く馬から落ちる武者。
正直なところ、拙者は通常の戦よりも殿軍の方が得意でございまする。
なぜならば・・・相手は必ず向かって来るとわかっておるから。向かって来ることがわかっておれば対処は容易。
拙者が先頭の騎馬武者を倒したのも束の間、二人目の騎馬武者が続いて向かって来る。拙者は抜刀し、先ほど同様、騎馬武者がやって来るのをじっと待つ。
そして、先と同じく拙者の胸元目掛け槍を突き出す騎馬武者に、拙者は槍でその攻撃を受けると同時に刀で馬を斬りつける。
武者を乗せたまま、悲鳴を上げて馬が倒れる。
拙者は、すぐさま倒れた武者のところに向かい止めを刺す。
しかし、その直後・・・。
「くっ!」
拙者は背中に激痛を感じる。
振り返ると、数間先に弓を持った騎馬武者の姿がありもうした。
背中に矢を射られたか・・・。
背中を確認したわけではないが、おそらくそうであろう。
拙者は直ぐ様、その騎馬武者に向かい足を踏み出そうとした瞬間・・・。
「うぐっ!」
騎馬武者の体に数本の矢が突き刺さる。
誰の仕業かは、すぐに見当がつきもうした。
「・・・かたじけない」
拙者が独り言のように呟くと、背後から四郎左殿の声が聞こえてくる。
「さすがは『槍の半蔵』といったところだが・・・ちと爪が甘いな」
拙者は一瞬むっとするが、そこはぐっと堪える。
四郎左殿は拙者を追い越して馬を止めると、振り返ってこちらを見る。
「・・・そうだ半蔵、先ほどの話じゃが」
先ほどの話?
拙者は何の事かと思い首を傾げるが、四郎左殿はそんなことを気にも留めず淡々とした口調で言葉を繋げる。
「儂は家康公に歯向かう者には容赦はしない・・・しかし、逆に家康公と志を同じくする者は、儂は命を賭けてその者を守る」
そして、四郎左殿は拙者をじっと見据える。
「ただそれだけの事じゃ」
拙者は四郎左殿を見返した後、にやりと笑う。
その直後、前方から荒々しい声が聞こえてくる。
「見つけた!こっちじゃ!」
声のする方には、新たな追っ手の姿がありもうした。
拙者は、四郎左殿から視線をそちらに移し槍を構える。
「ほだら、十二分に守ってもらいましょうかの~!」
拙者が四郎左殿を追い越し、大声を上げながら追っ手に向かって駆け出すと、その横を数本の矢が敵に向かって飛んで行く。
拙者は、ふと家康公の言葉を思い出す。
『槍の名手に加え、弓の名手もつかば百人力じゃな』
その後、拙者と四郎左殿は見事に殿軍(しんがり)を勤め上げ、徳川軍を無事に京の都まで帰還させました。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
1333
干支ピリカ
歴史・時代
鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。
(現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)
鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。
主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。
ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

夢占
水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。
伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。
目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。
夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。
父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。
ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。
夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。
しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。

大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)
東郷しのぶ
歴史・時代
戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。
御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……?
※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)
他サイトにも投稿中。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる