上 下
24 / 90
第五章「掛川城攻め」

第二十三話「両半蔵」

しおりを挟む
「うおっ!」
拙者は、思わず起き上がる。
「はぁはぁはぁ」
拙者は、息を整えながら自分の胸元を見る。
そこには貫通はしておりませんが、大きな銃弾の痕がありもうした。
「鉄砲で撃たれて気を失っておったか・・・」
拙者はそう思いながらも、まだ自分が生きておる事に安堵を感じもうした。
「後できっちり責任を取ってもらわんとな・・・朝比奈殿」
拙者が周囲を見渡すと、今川の兵たちが続々と掛川城へと退却しておりました。
「いかんな、倒れたままでは終われんぞ」
拙者は急ぎ足を進め、近くにおった甲冑武者一人に槍を突き刺す。
「せいやぁ!」
勢い良く背中から倒れる甲冑武者。拙者が槍を引き抜き、次の相手を探しに行こうとした時、誰かが拙者の名前を呼ぶ。
「おーい、半蔵」
声のする方に振り向くと、そこには拙者の見知った顔がおりました・・・鷹見弥平次。弥平次は、こちらに向かいながら再度、拙者の名前を呼ぶ。
「おーい、半蔵。聞こえとるのか?おーい、半蔵」
弥平次があまりにもうるさいため、拙者は大声で怒鳴りつける。
「「何じゃ!」」
・・・ん?
すぐ近くで誰かが拙者と同じ言葉を放った。
拙者が横を向くと、そこには大きな槍を持った一人の武者がおりました。
拙者は、その者に声をかける。
「誰じゃ、お主は?」
「お主こそ誰ぞ?」
その武者もすかさず聞き返す。
両者は、どちらも身分を明かさないまま黙って睨み合う。
そんな緊迫した状況の中、先ほどの弥平次が呑気な表情で駆けつける。
「おい、半蔵・・・ん?」
弥平次は、拙者ともう一人の武者を交互に見るや、ぽつりと呟く。
「あ~半蔵が二人おったか・・・」
拙者は、弥平次に聞き返す。
「半蔵が二人?」
拙者が首を傾げると、弥平次は拙者に向かってその武者を紹介し始める。
「こちら、『鬼の半蔵』こと服部半蔵正成」
続けて弥平次は、同じように今度は拙者をその武者に紹介する。
「そしてこちら、『槍の半蔵』こと渡辺半蔵守綱」
両者を紹介し終えると、弥平次は再度二人を見返す。
「二人とも名前くらいは聞いた事があるのではないか?」
弥平次の質問に二人は何も答えず、ただただ相手をじっと見据える。
・・・こやつが、『鬼の半蔵』服部半蔵正成。
知らないはずはない。同じ名、そして歳も同じだったはず・・・嫌でも自ずと覚えてしまう。そんな相手が今、目の前におる。おそらく服部の方も似たようなことを考えておるに違いない。
しばしの沈黙の後、拙者は服部から視線を外し弥平次に移す。
「おい、弥平次。ところで何の用じゃ?」
「・・・何の用とは?」
弥平次は、とぼけた表情で聞き返す。
「お主、さっきから散々名前を呼んどったじゃろ」
「あ~」
弥平次は、そこでようやく思い出す。
「いや、今川方はもう退却を始めておるで、あまり深追いせん方がええぞと」
弥平次の忠告に服部が答える。
「余計なお世話じゃ」
服部の意見に拙者も同意する。
「まったくじゃ」
しかし、服部はそこに余計な言葉を付け加える。
「どこぞの半蔵と違い、儂は調子に乗って無謀な深追いなどせんでな」
その言葉に、拙者は眉を吊り上げながら服部を睨みつける。
「どこぞの半蔵とは、どこの半蔵のことかの~?」
拙者の質問に、服部はそっぽを向いて答える。
「儂でないのは確かじゃ」
・・・この野郎。
拙者の眉がさらに吊り上がる。
「伊賀の忍び崩れが調子に乗るなよ」
服部正成の父・半三(はんぞう)保長(やすなが)は伊賀の忍びで、家康公の祖父・清康公に認められ松平家の家臣になったという経緯がございまする。しかし、子の正成は忍びではなく侍として家康公に仕えておりました。
拙者の言葉が逆鱗(げきりん)に触れたのか、服部は声を荒らげる。
「何じゃと!?」
弥平次は、苦笑いを浮かべながら両者の間を取り持とうとする。
「まぁまぁまぁ」
一触即発の状況の中、突如掛川城から大きな鬨の声が聞こえて来ました。
その声に一同、掛川城の方に目を向ける。
また打って出て来るつもりか?
今川方の思いも寄らぬ行動に味方の兵たちも慌てふためく。
そんな中、一人の武将が大声を上げた。
「何か策があるのやもしれぬ。ここは深追いせず、一度退却じゃ!」
本多作左衛門重次殿。作左殿の言葉に、味方の兵たちも退却を開始する。
拙者たちの横を味方の兵が通り過ぎて行く中、拙者はある妙案を思いつく。
「・・・どうじゃ鬼半蔵。ここは一つ、ちょいと勝負をしてみんか?」
「勝負?」
鬼半蔵・服部正成は首を傾げる。
「そうじゃ、ちょっとした我慢比べじゃ」
服部は怪訝(けげん)な表情でこちらを見詰める。
「おそらくこれから、掛川城から今川勢がどっと打って出て来るはずじゃ。それまでの間、どちらが最後までこの場におれるか、勝負じゃ」
拙者の提案に服部はにやりと笑う。
「・・・おもしろい」
一方、二人のやり取りを聞いておった弥平次は不安そうな表情を浮かべる。
「おい、そんな危ない事止めえや。二人とも・・・」
拙者たちは、弥平次の忠告を無視し城門の方に目を向ける。
掛川城からは、今もなお鬨の声が上がっている。
「逃げるなら今のうちじゃぞ?」
拙者の言葉に服部は笑みを浮かべる。
「ふっ、戯(たわ)けが」
「ほだら・・・」
拙者は二、三間ほど前に進み後ろを振り向く。
「これならどうじゃ?」
拙者の行動に服部もすぐさま足を進め、拙者の前に躍り出る。
「それがどうした?」
「おい、二人ともよさんか・・・」
弥平次は、うんざりした表情を浮かべながらも渋々と一緒について来る。
そのようなやり取りを繰り返しておる内に、拙者たちはいつの間にか城門の目の前にまで来ておりました。
「・・・にしても」
拙者は開け放たれた城門を見詰める。
「さっきから鬨の声はするが、一向に出て来んな~」
「まったくじゃ」
拙者と服部が訝(いぶか)しげに城門を見詰めておると、そこへ弥平次が恐る恐る声をかけてくる。
「なあ、もういい加減戻らんか?」
弱音を吐く弥平次に対し拙者は冷たく言い放つ。
「なら一人で戻ればええじゃろ」
「う、うぅ」
今にも泣きそうな表情で肩を落とす弥平次。
そんな弥平次のことは気にもせず、拙者は掛川城の方を向いて大きく息を吸う。そして・・・。
「出て来るならさっさと出て来んかぁ!」
拙者の雄叫(おたけ)びに一瞬、城内の鬨の声が止むが・・・。
「出て来んな・・・これはもしや、はったりではないか?」
服部の呟きに、拙者は振り返る。
「何?」
「何か策があると見せかけて、攻めて来た敵を追い返す。よくある手じゃ」
「ほだら、儂らここにおってもしょうがないではないか」
拙者の言葉に服部は頷く。
「・・・勝負は、お預けって訳か」
肩を落とす拙者に対し、服部は苦笑いを浮かべる。
「ま、そういうことじゃな」
「な~んか納得がいかんが、仕方ないか~」
拙者が残念がっておると、弥平次が嬉しそうに声をかけてくる。
「そんなら、早う戻ろまい」
拙者は弥平次の頭を槍の柄で叩く。
「痛った!何するんじゃ!?」
頭を抑える弥平次に拙者はしれっと答える。
「八つ当たり」
「や、八つ当たりって、ちょい・・・」
拙者は、弥平次の言葉を聞きもせず掛川城に向かって再度大声を上げる。
「掛川城、絶対落としてやるで、よう覚えとけぇ!」
そして、拙者が掛川城に背を向けた直後、城の方から声が聞こえて来る。
「決意はできたのか、童(わっぱ)!?」
拙者は直ぐさま振り返る。
声の主はすぐに見つかりました。城門近くの物見櫓(やぐら)、立派な甲冑を身に纏(まと)い、相手を見下したような態度でこちらを見詰める武将。
「・・・朝比奈泰朝」
拙者は、にやりと笑い大声で答える。
「当然じゃ!」
そして、拙者たちは自陣へと戻って行きました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

忠義の方法

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
冬木丈次郎は二十歳。うらなりと評判の頼りないひよっこ与力。ある日、旗本の屋敷で娘が死んだが、屋敷のほうで理由も言わないから調べてくれという訴えがあった。短編。完結済。

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

厄介叔父、山岡銀次郎捕物帳

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

処理中です...