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第二章「長沢の戦い」

第八話「長沢」

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三河国 長沢 

岡崎城に入城し、今川からの独立を果たした松平元康公。織田信長と同盟を結んだ事により西側の脅威は無くなりました。そして、東の今川領を攻めるべく東三河に侵出。この長沢の地においても、松平と今川の家臣団が壮絶な戦いを繰り広げておりました。
「はああぁぁー!」
拙者が槍を大きく振り回すと、周囲におった足軽たちは恐れをなして、そそくさと逃げて行く。足軽たちの後ろ姿を眺めながら拙者は一人呟く。
「足軽を相手にしてもつまらんでな~」
拙者は手頃な相手がいないか辺りを見渡しておると、今川の甲冑武者と鍔(つば)迫り合いをしておる一人の見知った若武者を見つけました。本多平八郎忠勝。
平八郎と甲冑武者は一進一退の攻防を繰り広げておりましたが、勝敗は平八郎
が制しました。
勢いよく相手を押し倒す平八郎。そして、止めを刺すべく甲冑武者に詰め寄るが、甲冑武者は地面の砂を掴み平八郎の顔めがけて勢い良く投げつける。
「くっ」
砂が目に入ったのか、後退(あとずさ)りをする平八郎。
甲冑武者はすかさず立ち上がり、平八郎の胴に蹴りを入れる。
「ぐあっ」
堪らず尻餅をつき倒れる平八郎。攻守一転、今度は平八郎が危機に陥る。
拙者が助けに入るべく足を踏み出したその瞬間、一人の武者が甲冑武者に向かって体当たりを仕掛けた。その武者は、甲冑武者と組み打ちを行いながらも平八郎に声をかける。
「大丈夫か、平八郎?」
本多肥後守忠真(ひごのかみただざね)殿。平八郎の叔父に当たり、赤子の頃に父親を失っておる平八郎にとっては、肥後守殿が父親のようなものでございました。戦場では常に一緒で、此度の戦でも平八郎は肥後守殿の軍勢に属しておりました。
「うぐっ!」
甲冑武者が痛烈な悲鳴を上げる。
肥後守殿の太刀が甲冑武者の鎧の隙間に突き刺さった。すると、肥後守殿は再び平八郎に声をかける。
「平八郎、今じゃ!この首を取れ」
「・・・」
しかし、平八郎は微動だにしない。
「どうした?早うせんか、平八郎!」
肥後守殿の言葉に、平八郎は立ち止まったまま落ち着いた口調で答える。
「・・・叔父上、某は人の力添えで功名を立てたくはありませぬ」
そう言うと、平八郎は振り帰り敵陣に向かって駆け出して行く。
「待て平八郎、一人で突き進んでは危険じゃ!」
肥後守殿の制止も空(むな)しく、平八郎の姿はすぐに見えなくなる。
肥後守殿は甲冑武者に止めを刺して立ち上がるが、平八郎の行った方向を見詰めたままで追おうとはしない。追いかけたくても追いかけられない。一軍の将として無闇に敵陣に突き進む訳にはいかない。そんな肥後守殿の心中を察し、拙者は声をかける。
「儂が行きまする」
その声に振り返る肥後守殿。
「半蔵・・・すまんな。あやつは、未だに首級がないのを焦っておる。無茶をせんとよいのだが」
肥後守殿は心配そうに敵陣の方を見詰める。
首級、か・・・儂は初陣で我武者羅に戦っとるうちに初首級を上げちまったで、平八郎の気持ちはわからんが・・・しかし、死んじまったらそこで終わりじゃ、平八郎。
拙者も平八郎を追いかけ敵陣へと向かう。
戦況は松平方が優勢。敵陣近くに進んで行くが、味方の数はそう少なくはない。しかし、そんな中で突如、大勢の味方がこちらに向かって逃げ帰ってくる。
「どうした!?」
拙者が大声で尋ねるも、通り過ぎる足軽たちは逃げることに精一杯で誰一人拙者の問いに答えようとはしない。拙者は不思議に思い前方をよく見てみると、行く手の先に六、七尺はあろう大男がこちらに向かって歩いて来ておりました。
拙者は逃げて来た足軽一人を無理矢理引っ捕まえて尋ねる。
「誰じゃ、あいつ?」
「お、小原藤十郎じゃ。い、今川随一の剛士と言われておる」
足軽が怯えた声でそう言うと、拙者は足軽から手を離す。解放され、そそくさと逃げ帰る足軽。拙者は立ち止まり藤十郎の方をじっと見詰める。
「小原藤十郎・・・」
すると、向こうもこちらに気づいたのか視線が合わさる。
そして、ぽつりと呟く藤十郎。
「お前に決めた」
・・・何が?
と、口に出して言う間もなく藤十郎は拙者に向かって突進してくる。
「今はそれどころじゃないんじゃがの~・・・」
拙者は苦笑いを浮かべながらも藤十郎の突進を躱(かわ)し肩口に槍を突き刺す。
「でかい分、動きが鈍いんじゃ。ぼけが!」
・・・しかし、びくともしない藤十郎。
「でかい分、丈夫なんじゃ。ぼけが」
野太い声でそう言うと、反撃に移る藤十郎。
拙者は急ぎ槍を引き抜き、反撃を避けて間合いを取る。
「『今川随一の剛士』か・・・名前だけではないらしいの」
その時、突如どこからともなく甲高い声が聞こえて来る。
「ふははははは。お主が藤十郎に勝とうなど百年早いわ、田舎侍が!」
藤十郎の背後、そこには全身甲冑に身を包んだ小柄な武者がおりました。
拙者は槍を向け、その武者を睨みつける。
「誰だ、てめぇは?」
拙者の言葉に、その武者は鼻で笑う。
「口の聞き方がなっておらんな。これだから三河の田舎侍はいかんのだ」
「あぁん?」
拙者の眉が吊り上がる。
「まあよい。某は今川氏真(うじざね)様より、この地の守りを仰せ遣わされた糟屋善兵衛」
糟屋善兵衛と名乗ったその武者はさらに言葉を繋げる。
「さて、某は名を名乗ったぞ。今度はお主の番じゃ」
高慢な奴じゃの・・・。
拙者はそう思いながらも渋々と名を名乗る。
「松平家家臣、渡辺半蔵守綱」
善兵衛は拙者の名前を聞くと何かを考え始める。
「渡辺半蔵守綱・・・聞いた事ないな、聞いて損したわ」
・・・この野郎。
拙者の眉がさらに吊り上がる。
「まあよい。どんな輩であろうと、最後には藤十郎の刀の錆(さび)になるだけじゃ。行け藤十郎」
「おう」
藤十郎は再度拙者に向かって突進してくる。
「上等じゃ」
拙者もそれに合わせ勢いよく駆け出す。
どんどん間合いが詰まり両者がぶつかり合う直前、拙者はぎりぎりのところで藤十郎の突進を避けると、その横を通り過ぎる。
「んあ?」
間抜けな表情で振り返る藤十郎。
拙者の狙いは・・・。
「ぬ!?」
善兵衛の表情が急に強張り、太刀を抜いて構えようとするが・・・時既に遅し。
拙者は飛び上がり善兵衛に向かって槍を突き出す。
「ぐあぁっ!」
間一髪のところで善兵衛が避けたため、槍は急所を外れ右腕に突き刺さった。
「腕が、腕がぁ!」
大声で悲鳴を上げ悶え苦しむ善兵衛。
大げさじゃの~、そんな深手でもないと思うが・・・。
拙者が槍を引き抜いて善兵衛を見下しておると、そこへ藤十郎が勢い良く迫って来る。
「よ、よくも善兵衛をー!」
突進しか能がないのか、こいつは・・・。
拙者は再度、藤十郎の突進を避けると同時に今度は足の甲に槍を突き刺し捻りを加える。
「うぐっ!」
さすがにこれは堪えたのか、藤十郎は膝をつく。
すかさず拙者は槍を引き抜き、藤十郎の喉元をめがけ槍を薙ぎ払う。
「前言撤回、やはりお主は名前だけじゃ」
血飛沫(ちしぶき)を上げながらゆっくりと前のめりに倒れる藤十郎。
その光景に善兵衛が大声を上げる。
「と、藤十郎が、藤十郎がやられたー!」
慌てふためく善兵衛、立ち上がるや否や一目散に逃げ始める。
「た、退却じゃ。急いで退却するんじゃー!」
善兵衛の声に他の今川兵たちも狼狽(うろた)えながら退却を開始すると、味方の兵たちからは歓声が上がる。
敵が退却を始めた事で拙者も一息ついておると誰かが背後から声をかけてくる。
「半蔵、大丈夫か?」
本多肥後守殿でござる。
拙者は肥後守殿の顔を見るや、あやつのことを思い出す。
「儂は大丈夫でござるが・・・」
その時、一人の若武者が手に兜首を携えて拙者たちの前に現れました。
その姿を見て拙者と肥後守殿は安堵の表情を浮かべる。
「・・・平八郎」
肥後守殿の言葉に、平八郎は手に持った兜首を自慢げに持ち上げる。
その光景に拙者と肥後守殿は目を合わせ笑みを浮かべる。
そして、拙者は平八郎に声をかける。
「おめでとさん」
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