259 / 815
となりに居た君へ
となりに居た君へ3
しおりを挟む「辰様……」
「陽葉瑠、探しました。無事でよかった……。でも、どうしてここへ……?」
辰様のほうへ行こうとしたが、風名に腕を掴まれてしまい、あと数歩のところで立ち止まった。
緑の瞳を見上げる。
「教えてください。青帝が風名さんを愛しているのであって、辰様が彼女を愛しているわけじゃない。そうですよね?」
「え、ええ……そうですが……?」
辰様は戸惑うように、眉をひそめた。
胸がどきどきしている。息が苦しくて、浅い呼吸を素早く繰り返す。
辰様と風名が天界に還れば、この世界から夜魔はいなくなる。辰様も毎年別の神様を食べるという罪をおかさずにすむ。
でも、風名は辰様を愛しているわけじゃない。死んでも構わないとさえ思っている。辰様は風名を愛しているわけじゃない。私を愛してくれている。
いいやもうそんな理屈なんてどうでもよかった。
そばにいたい。離れたくない。もうほかの女性なんて抱かないでほしい。風名と寄り添うところなんて二度と見たくない。風名の嫉妬で光の雨を使わされて、死んでいくところなんか見たくない。
だから私は罪をおかす。
あなたを苦しめることになるかもしれないとわかっていても。
衝動が私を突き動かす。いま手を伸ばさないと永久に失われてしまうものが目の前にあって、私は何よりそれが欲しい。迷いはまだある。そのくせ自分を止められない。
「私は辰様に命令します」
辰様が驚愕に目を見開く。
あなたに捧げた私の血が、きちんとあなたを縛りますように。強く強く念じながら、言葉を発する。
「風名さんを愛さないでください。風名さんと天界に還らないでください」
「陽葉瑠……っ!」
「これは命令です。私だけを、愛してください」
これは世界を滅ぼす呪いの言葉となるのかもしれない。
「辰様、私はあなたが思うほど優しくもなければ、正しくもありませんでした。私も……醜い」
もう既に後悔で胸が苦しい。言わなければ良かった、でも言わずにいられなかった。目が熱い。苦しい。心がぐちゃぐちゃだ。
「はは……は……」
辰様は目を真っ赤にして泣きながら笑っていた。胸を押さえて、大声で叫ぶように笑う。時折痙攣したように肩を震わせ、喘いだ。口から唾液を垂らし、手の甲で口元をぬぐった。
「は……はは……あはは! 私の気持ちがわかりますか。ふふ、自分が壊れてしまいそうなほど嬉しくて、……っふ、自分が壊れそうなそうなほど絶望しています。ああでも、いいのです、全ての罪は私が背負いましょう。陽葉瑠が私の愛を欲しがってくれた、それだけで私は幸せすぎて死んでしまいそうです。永遠にそばにいます、陽葉瑠!」
碧の目は異様にぎらつき、ひきつった笑みを浮かべる口元はこれから起こる凶事を予感させた。風名は異様なものでも見るような目つきで私と辰様を見た。
「嘘でしょう、私と天界に戻ってくれるわよね? ねえ!」
風名の叫びに辰様は冷笑を返した。
「私はもう天界には還りません」
「そんな、どうして……だって、あなたは青帝なのだから……神の血の制約なんて無視できるはずでしょう?」
「いいえ。青帝と私では私のほうが優位なんです。ですので私が縛られるものは何であれ青帝も縛られます。残念ですが諦めてください。私も青帝も、あなたを愛することを禁じられてしまいました。もう風名に心動かされることはない」
「そんな……」
風名はがっくりと頭を垂れた。
「痛っ……」
私の腕を掴んだ爪が肉に食い込んでいる。離そうとしたが、力が強い。この小さな手の一体どこからそんな力が湧くのか。
ゆらり、顔を上げた。美しく整った童顔であるがゆえに、怒りや嫉妬といった感情が不釣り合いで、まるで別人のように人相が変わってしまっていた。
「許さない、こんなの……絶対に許さないわ……!」
「……っく!」
腕を引っ張られて、地面にたたきつけられた。とても人間の力とは思えない怪力だ。腰を打ったけれど、でも爪が食い込む痛みから解放されてほっとする。
彼女は一歩、一歩、大地に呪いをかけながら歩くかのようにじわじわと進んだ。
「風名、どこに行く気ですか」
辰様は立ちふさがり、両手を伸ばして、行く手を遮った。
「行かせるわけにはいきません。あなたがやろうとしていることが私にはわかります。それだけはいけません」
しかし、風名は目にもとまらぬ早さで身をひるがえし、手を広げた辰様の横をすり抜けた。
「私を裏切ったあなたたち二人が幸せになることだけは、許さない!」
振り返りざまにそう吐き捨てると、広場のほうへ駆けていった。
辰様は追いかけようと数歩駆け出したものの、すぐ引き返してきて、私の肩を掴んだ。
「あまり時間がありません。これから言うことをよく聞いてください。風名はおそらく神産みの箱に入る気です。でも天界に戻るためじゃない。強力な夜魔を産むために入るのです」
「どういうことですか……」
「相手を乗っ取って自分のものとする夜魔の力を使い、神産みの箱を乗っ取る気なのです。あの箱は夜魔を生む装置に変えられてしまう。それもただの夜魔ではなく、箱の中で眠っている次なる神々と合体させた夜魔、つまり私のような者を産む気なのです」
「辰様と同じ者ならば、心配はいらないのでは……」
辰様はかぶりを振った。
「夜魔は風名の支配下にあります。半分が神であっても、風名が命じるままに人々を殺そうとするでしょう。ああ、安心してください、私は支配を受けません。私は特殊なのです。青帝と一体化しているから風名の力は及びません。でも、ほかの神たちはそうはいかない……私たちは天女より格下ですから」
「夜魔に侵された神様が、これから人を襲うと……」
「ええ。神の喜びごとが、凶事に変じ、人々に災いが降りかかるのです」
ことの重大さが飲み込めてきた。
あの緑色の神秘の箱が、恐ろしい災いの元にされてしまう。
それと同時に、これか、と思った。以前、紅飛斗長が予感していた、神産みの箱に迫る危機。
紅飛斗長が感じた不吉な予言は……おそらく現実になる。
「陽葉瑠。これから話すことをよく聞いてください」
嫌な予感がした。
「陽葉瑠、探しました。無事でよかった……。でも、どうしてここへ……?」
辰様のほうへ行こうとしたが、風名に腕を掴まれてしまい、あと数歩のところで立ち止まった。
緑の瞳を見上げる。
「教えてください。青帝が風名さんを愛しているのであって、辰様が彼女を愛しているわけじゃない。そうですよね?」
「え、ええ……そうですが……?」
辰様は戸惑うように、眉をひそめた。
胸がどきどきしている。息が苦しくて、浅い呼吸を素早く繰り返す。
辰様と風名が天界に還れば、この世界から夜魔はいなくなる。辰様も毎年別の神様を食べるという罪をおかさずにすむ。
でも、風名は辰様を愛しているわけじゃない。死んでも構わないとさえ思っている。辰様は風名を愛しているわけじゃない。私を愛してくれている。
いいやもうそんな理屈なんてどうでもよかった。
そばにいたい。離れたくない。もうほかの女性なんて抱かないでほしい。風名と寄り添うところなんて二度と見たくない。風名の嫉妬で光の雨を使わされて、死んでいくところなんか見たくない。
だから私は罪をおかす。
あなたを苦しめることになるかもしれないとわかっていても。
衝動が私を突き動かす。いま手を伸ばさないと永久に失われてしまうものが目の前にあって、私は何よりそれが欲しい。迷いはまだある。そのくせ自分を止められない。
「私は辰様に命令します」
辰様が驚愕に目を見開く。
あなたに捧げた私の血が、きちんとあなたを縛りますように。強く強く念じながら、言葉を発する。
「風名さんを愛さないでください。風名さんと天界に還らないでください」
「陽葉瑠……っ!」
「これは命令です。私だけを、愛してください」
これは世界を滅ぼす呪いの言葉となるのかもしれない。
「辰様、私はあなたが思うほど優しくもなければ、正しくもありませんでした。私も……醜い」
もう既に後悔で胸が苦しい。言わなければ良かった、でも言わずにいられなかった。目が熱い。苦しい。心がぐちゃぐちゃだ。
「はは……は……」
辰様は目を真っ赤にして泣きながら笑っていた。胸を押さえて、大声で叫ぶように笑う。時折痙攣したように肩を震わせ、喘いだ。口から唾液を垂らし、手の甲で口元をぬぐった。
「は……はは……あはは! 私の気持ちがわかりますか。ふふ、自分が壊れてしまいそうなほど嬉しくて、……っふ、自分が壊れそうなそうなほど絶望しています。ああでも、いいのです、全ての罪は私が背負いましょう。陽葉瑠が私の愛を欲しがってくれた、それだけで私は幸せすぎて死んでしまいそうです。永遠にそばにいます、陽葉瑠!」
碧の目は異様にぎらつき、ひきつった笑みを浮かべる口元はこれから起こる凶事を予感させた。風名は異様なものでも見るような目つきで私と辰様を見た。
「嘘でしょう、私と天界に戻ってくれるわよね? ねえ!」
風名の叫びに辰様は冷笑を返した。
「私はもう天界には還りません」
「そんな、どうして……だって、あなたは青帝なのだから……神の血の制約なんて無視できるはずでしょう?」
「いいえ。青帝と私では私のほうが優位なんです。ですので私が縛られるものは何であれ青帝も縛られます。残念ですが諦めてください。私も青帝も、あなたを愛することを禁じられてしまいました。もう風名に心動かされることはない」
「そんな……」
風名はがっくりと頭を垂れた。
「痛っ……」
私の腕を掴んだ爪が肉に食い込んでいる。離そうとしたが、力が強い。この小さな手の一体どこからそんな力が湧くのか。
ゆらり、顔を上げた。美しく整った童顔であるがゆえに、怒りや嫉妬といった感情が不釣り合いで、まるで別人のように人相が変わってしまっていた。
「許さない、こんなの……絶対に許さないわ……!」
「……っく!」
腕を引っ張られて、地面にたたきつけられた。とても人間の力とは思えない怪力だ。腰を打ったけれど、でも爪が食い込む痛みから解放されてほっとする。
彼女は一歩、一歩、大地に呪いをかけながら歩くかのようにじわじわと進んだ。
「風名、どこに行く気ですか」
辰様は立ちふさがり、両手を伸ばして、行く手を遮った。
「行かせるわけにはいきません。あなたがやろうとしていることが私にはわかります。それだけはいけません」
しかし、風名は目にもとまらぬ早さで身をひるがえし、手を広げた辰様の横をすり抜けた。
「私を裏切ったあなたたち二人が幸せになることだけは、許さない!」
振り返りざまにそう吐き捨てると、広場のほうへ駆けていった。
辰様は追いかけようと数歩駆け出したものの、すぐ引き返してきて、私の肩を掴んだ。
「あまり時間がありません。これから言うことをよく聞いてください。風名はおそらく神産みの箱に入る気です。でも天界に戻るためじゃない。強力な夜魔を産むために入るのです」
「どういうことですか……」
「相手を乗っ取って自分のものとする夜魔の力を使い、神産みの箱を乗っ取る気なのです。あの箱は夜魔を生む装置に変えられてしまう。それもただの夜魔ではなく、箱の中で眠っている次なる神々と合体させた夜魔、つまり私のような者を産む気なのです」
「辰様と同じ者ならば、心配はいらないのでは……」
辰様はかぶりを振った。
「夜魔は風名の支配下にあります。半分が神であっても、風名が命じるままに人々を殺そうとするでしょう。ああ、安心してください、私は支配を受けません。私は特殊なのです。青帝と一体化しているから風名の力は及びません。でも、ほかの神たちはそうはいかない……私たちは天女より格下ですから」
「夜魔に侵された神様が、これから人を襲うと……」
「ええ。神の喜びごとが、凶事に変じ、人々に災いが降りかかるのです」
ことの重大さが飲み込めてきた。
あの緑色の神秘の箱が、恐ろしい災いの元にされてしまう。
それと同時に、これか、と思った。以前、紅飛斗長が予感していた、神産みの箱に迫る危機。
紅飛斗長が感じた不吉な予言は……おそらく現実になる。
「陽葉瑠。これから話すことをよく聞いてください」
嫌な予感がした。
10
お気に入りに追加
278
あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!


黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる