76 / 815
二学期編
文化祭1
しおりを挟む「くっ、可愛すぎる……!」
エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。
万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………
「アレクシス、何かあったのか?」
オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。
「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」
頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。
「Pajrte, rütàs.」
その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。
「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」
この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。
「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」
クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。
「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」
ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。
それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。
「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」
故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
オレは顔を顰めて答えた。
「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」
ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
彼の考えていることは手に取るように理解できた。
「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」
先回りして口を開いた。
「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」
曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。
「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」
一つだけはっきりとしていることがあった。
ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。
「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」
きっと、それが何者であったのだとしても。
* * *
「ルノ」
「あ、アレクシス」
今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。
「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」
彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。
「あ、ルノくんの……!」
オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。
「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」
アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。
「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」
ケントが慌てたように礼をした。
ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。
あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。
それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。
「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」
アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。
「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」
先に答えた。
昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。
「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」
アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。
「じゃあな」
踵を返し、ケントに手を振る。
「ああ、また明日」
ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
もしかして嫉妬してるとか……?
自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。
それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。
「カリポリポリ……」
何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。
万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………
「アレクシス、何かあったのか?」
オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。
「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」
頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。
「Pajrte, rütàs.」
その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。
「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」
この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。
「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」
クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。
「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」
ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。
それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。
「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」
故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
オレは顔を顰めて答えた。
「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」
ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
彼の考えていることは手に取るように理解できた。
「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」
先回りして口を開いた。
「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」
曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。
「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」
一つだけはっきりとしていることがあった。
ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。
「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」
きっと、それが何者であったのだとしても。
* * *
「ルノ」
「あ、アレクシス」
今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。
「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」
彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。
「あ、ルノくんの……!」
オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。
「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」
アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。
「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」
ケントが慌てたように礼をした。
ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。
あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。
それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。
「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」
アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。
「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」
先に答えた。
昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。
「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」
アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。
「じゃあな」
踵を返し、ケントに手を振る。
「ああ、また明日」
ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
もしかして嫉妬してるとか……?
自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。
それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。
「カリポリポリ……」
何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
0
お気に入りに追加
278
あなたにおすすめの小説


【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる