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前の彼女
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残りの夏季休暇は一人というか、自分の家でゴロゴロと過ごした。
そして、仕事が始まって二日目。
私は完全に忘れていた。
富塚君の事で一杯一杯で忘れていた。
派遣の更新……その電話が来たのは仕事終わりの帰り道の途中。もうすぐで駅という所で、マナーモードにしてあったのに、何か来た? という虫の知らせでスマホを見たら、案の定、派遣会社からの電話。
それも私のこの仕事の担当さんから……。
出たくはなかったけど、出なくては仕事が……というかなりの怖さの中で出る。
ああ、それ以前の問題だった。
今回はちゃんとしてる……なんて思って、担当の人の話を聞く。
無事更新されました……と駅のホームに居た富塚君に報告する。
私ができることってこれくらいなのか……。
良かったね! と彼は言い、けど、そんなにはそう思ってなさそうで、本心はどう思ってるんだろう。
「ねえ、今日、家、行って良い?」
「え? したいの?」
何を? って言いたい。
「違います……。何か嫌だから」
「何が?」
「三十歳になった富塚君にいろんな人が『おめでとう』って言ってて、何か……」
「ヤキモチ?」
そう言って、富塚君が面白そうに笑った。
くそう、何でこんなにも楽しそうに笑えるんだ? この人。
「嬉しいな~、日下の誕生日、楽しみだな~、俺しか知らないでしょ?」
「え、うん、たぶんね」
「何か行きたい所とかないの?」
「誕生日に?」
「そう」
普通の人ならそこで豪華な食事とかサプライズプレゼントとか誕生日パーティーとかを所望するんだろうけど、私は。
「ケーキがあれば良い。あとは普段と変わらなくて良い。それが毎年の誕生日だから」
そう言ってみて、富塚君を見る。
とても残念そうにしてるのかと思ったら、案外。
「そうか……、じゃあ、何味が良い?」
とあっさり言って来た。
「それって……ケーキのこと?」
「他にある?」
「う……ない……」
私は別に変な事は考えてない! 自分を正して言う。
「チョコレートとか? ショートケーキっていう気分じゃないから」
「じゃあ、チョコレート味のケーキ買って来るわ」
「ホールは止めてね? 食べ切れないから」
「分かったよ。別にホールで買っても、家に持ち帰れば?」
「え? 良いよ~、きっと親にどうしたの? って言われるから」
それで会話が終わりそうだったけれど、私は言ってしまった。
「料理教室の先生、ケーキは作らないんですね?」
「あ? ああ……、甘いからね、ケーキ……。まあ、作りたいなら作りますけど?」
「良い。ちゃんとしたケーキが食べたいから」
「そう言う……」
それだと不貞腐れるんだ。
「富塚君って……」
「ん?」
かわいいね……って言いそうになってしまった。
危ない、危ない。
「子供みたい」
「何それー! 俺の方がお兄ちゃんじゃん!」
「そうなんだけど……、甘えたさんじゃん。富塚君、きっと可愛がられたんだろうね」
「誰によ?」
え……。うーん……と考える。
これは自分で墓穴を掘ってしまったか……。
「家族とか? 今まで付き合って来た人、後輩とかじゃないでしょ?」
「後輩はいたよ。まあ、最初は……」
誰だったの?
「言わせる気?」
横目で見て来て、止めに入った。
もう少しだったのに。
「電車来ちゃったね」
「そうだね……でも、家に来るんでしょ?」
「え……うん……」
何かもう逃げられない気がして頷いてしまった。
――二度目は誕生日前だなんて考えもしなかった。
練乳のようにべたっと糸を引くくらい、それは激しい甘さ……じゃないのはすでに分かっている。
こうも簡単に私は奪われてしまう。
「日下。もう良いよ、我慢しなくて……」
その言葉の方が甘くて、私は耐えられなくなる。
何でこんなにも私は、すぐに落ちてしまうんだろう。
決めたはずなのに、なのに、富塚君がそれを壊して行く。
いとも簡単に。
それを受け入れるにはまだ自分が足りてない気がして、私は……。
富塚君に従うしかなかった。
そして、仕事が始まって二日目。
私は完全に忘れていた。
富塚君の事で一杯一杯で忘れていた。
派遣の更新……その電話が来たのは仕事終わりの帰り道の途中。もうすぐで駅という所で、マナーモードにしてあったのに、何か来た? という虫の知らせでスマホを見たら、案の定、派遣会社からの電話。
それも私のこの仕事の担当さんから……。
出たくはなかったけど、出なくては仕事が……というかなりの怖さの中で出る。
ああ、それ以前の問題だった。
今回はちゃんとしてる……なんて思って、担当の人の話を聞く。
無事更新されました……と駅のホームに居た富塚君に報告する。
私ができることってこれくらいなのか……。
良かったね! と彼は言い、けど、そんなにはそう思ってなさそうで、本心はどう思ってるんだろう。
「ねえ、今日、家、行って良い?」
「え? したいの?」
何を? って言いたい。
「違います……。何か嫌だから」
「何が?」
「三十歳になった富塚君にいろんな人が『おめでとう』って言ってて、何か……」
「ヤキモチ?」
そう言って、富塚君が面白そうに笑った。
くそう、何でこんなにも楽しそうに笑えるんだ? この人。
「嬉しいな~、日下の誕生日、楽しみだな~、俺しか知らないでしょ?」
「え、うん、たぶんね」
「何か行きたい所とかないの?」
「誕生日に?」
「そう」
普通の人ならそこで豪華な食事とかサプライズプレゼントとか誕生日パーティーとかを所望するんだろうけど、私は。
「ケーキがあれば良い。あとは普段と変わらなくて良い。それが毎年の誕生日だから」
そう言ってみて、富塚君を見る。
とても残念そうにしてるのかと思ったら、案外。
「そうか……、じゃあ、何味が良い?」
とあっさり言って来た。
「それって……ケーキのこと?」
「他にある?」
「う……ない……」
私は別に変な事は考えてない! 自分を正して言う。
「チョコレートとか? ショートケーキっていう気分じゃないから」
「じゃあ、チョコレート味のケーキ買って来るわ」
「ホールは止めてね? 食べ切れないから」
「分かったよ。別にホールで買っても、家に持ち帰れば?」
「え? 良いよ~、きっと親にどうしたの? って言われるから」
それで会話が終わりそうだったけれど、私は言ってしまった。
「料理教室の先生、ケーキは作らないんですね?」
「あ? ああ……、甘いからね、ケーキ……。まあ、作りたいなら作りますけど?」
「良い。ちゃんとしたケーキが食べたいから」
「そう言う……」
それだと不貞腐れるんだ。
「富塚君って……」
「ん?」
かわいいね……って言いそうになってしまった。
危ない、危ない。
「子供みたい」
「何それー! 俺の方がお兄ちゃんじゃん!」
「そうなんだけど……、甘えたさんじゃん。富塚君、きっと可愛がられたんだろうね」
「誰によ?」
え……。うーん……と考える。
これは自分で墓穴を掘ってしまったか……。
「家族とか? 今まで付き合って来た人、後輩とかじゃないでしょ?」
「後輩はいたよ。まあ、最初は……」
誰だったの?
「言わせる気?」
横目で見て来て、止めに入った。
もう少しだったのに。
「電車来ちゃったね」
「そうだね……でも、家に来るんでしょ?」
「え……うん……」
何かもう逃げられない気がして頷いてしまった。
――二度目は誕生日前だなんて考えもしなかった。
練乳のようにべたっと糸を引くくらい、それは激しい甘さ……じゃないのはすでに分かっている。
こうも簡単に私は奪われてしまう。
「日下。もう良いよ、我慢しなくて……」
その言葉の方が甘くて、私は耐えられなくなる。
何でこんなにも私は、すぐに落ちてしまうんだろう。
決めたはずなのに、なのに、富塚君がそれを壊して行く。
いとも簡単に。
それを受け入れるにはまだ自分が足りてない気がして、私は……。
富塚君に従うしかなかった。
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