上 下
12 / 65
戯れ始まり

座りながら

しおりを挟む
 お茶のイベント会場に着いたのはお昼近くだった。少し迷ってしまった……と富塚君は落ち込んでいたけれど、車の中での私の宣言のおかげかすぐに元気になり、茶摘みなんてやらないよ! と言った。
「じゃあ、何でそんなラフな格好?」
「たまたまだよ、日下はやりたかったの? 茶摘み」
「いや、茶摘みより食べてる方が良いし」
「俺もそう、ここでしか食べれない地元料理が気になってさ……。ほら、ここ、やっぱ茶畑が近くにある所だからさ、仕事的にも」
「やっぱり! やっぱり、富塚君は仕事人間だ!」
「は? 日下は違うの?」
「違うよ、休みの日とか仕事終わったら、一切考えないようにしてるもん!」
「じゃあ、俺もそうしようかな……。そうすると自然とどうやって日下と仲良くなるか? になるんだけど、それでも良い?」
「えっ、いくら私が車の中でそういう宣言をしたからって、すぐには! すぐなわけないよ!」
「だよねー、だから、こうやって少しずつ触れ合う機会を増やしてるんでしょ? 今」
「触れ合うって……」
 ドキドキして来てしまった。富塚君は言った、私のペースで良いって。だから、こうして前と変わらずやろうとしてるのに!
 心を乱されている。ちょっと、あとほんの少しで……。
「あ! あれあれ、あれが気になってたんだ……」
 そう言う富塚君が行ってしまう方を見れば、お茶を使った食べ物がたくさんあった。
「茶葉の天ぷらだって! それにこっちはお茶のご飯! やっぱ、違うよねー、うちの会社のイベントと。こっちの方が日本に限定されてて良い」
「そういえば、何であの会社って、世界各国のお茶も扱ってるの? それ以外の商品もあるよね? 一応全て何とか茶っていう味というか、風味とかモチーフになってはいるけど……」
「社長がやりたい! って言ったからだよ。だから、今みたいにいろんなやつに手を出してんの、うちの会社」
 何か疲れたように言う富塚君、仕事場では見せない姿だからか、ちょっと新鮮だ。
「疲れた?」
「ううん、平気。何か心配させちゃった?」
「あ、いや……あんまり普段見ない姿だから。少し、帰りどうするのかなって」
「ああ……、大丈夫。ちゃんと送ってくから。それに今は」
 目の前の飲食コーナーか……。
 富塚君は手当たり次第に食べ物やら飲み物を買って行く。お金大丈夫? と心配してしまうくらいだったけど、何か楽しそうだ。
 食べられる所を探して座り、食べ始める。
 買った物全部半分こでは割り勘だと思うのだけど、富塚君は自分が味見用として買った物だからと私からお金をもらってくれなかった。
 それにしても、別に向かい合って座っているわけではないのに良く分かってしまう。富塚君の隣は何だか良いということに。居心地が良いのか、隣に居ても嫌にならない。数日前の富塚君の家で動画を見せてもらった時もそうだった。ああ、私、もう完全にそういう状態……。
 ふと富塚君を見れば、手が止まっていた。
「食べないの?」
 デザートで私が食べたいと言ったお茶のパフェを富塚君は一口も食べないで終わりにしてしまっていた。もったいない。
「日下が全部食べて良いよ」
 そう言って全部よこして……、こうなったら!
「じゃあ、私、このパフェ代は払うね? 全部食べるわけだし」
 そう言って何とかパフェ代だけは払うことができた。
「富塚君って、甘い物苦手なの?」
「まあ……、たくさんは食べたいなって思わないよね……」
 そう言って、スマホを弄り出す。
「もう……。明日からまたゲーム?」
「そうかな……。あ、そうそう昨日、課長から聞いたんだけどさ、日下の隣の席の育休中の人、やっぱ辞めるみたい。それで他の課から人が入るか、もしくは新たな派遣を入れるらしい。別にいらないとは思ったんだけどね、何かいろいろ移動とかもあるらしくて、そのうち、そうなるらしいよ」
「それ困る!」
「だから先に教えてあげたんじゃん。まあ、まだ確定とは言えないやつだけど、たぶん、日下が更新した後の事だと思うけど。今の話聞いて、それで更新しない! とか言い出さないでね? 日下が居るの含まれてるわけだから」
 ちらっと富塚君が私の顔を見て来たけど、むすっとしてしまう。怒りますよ! 怒った? って言われる前にそうなる。
「どうしてそんなこと言うの?」
「うん? 思い出したから。それとも知らないまま、俺、知ってたんだ……ってなる方が良い?」
「どっちもヤダ!」
 子供っぽく言ってしまった。
 それでも富塚君は変わらず、スマホを弄りながら言う。
井村いむらだけはやめてほしい。あいつ、使えないから」
「井村さんって誰?」
「後輩かな……、俺の。まあ、でも、ちょっとの間しか一緒に働いてないしな……。時々、食堂とかで顔合わせるけど」
「食堂って?」
「日下知らないの? いつもどこでお昼食べてるっけ?」
「自分の机の所」
「ああ、相楽さんと一緒? 別に相楽さん真似して電話番とかしなくて良いんだよ? 相楽さんとか梅沢さんは好きでやってるんだし」
「え?」
「ほら、夏とかになるとさ、駐車場とかに行くの面倒、エアコンのある所が快適って思ってる人達だから。だから、あの二人はずっと電話番みたく居るだけで、あんまりっていうか、全然電話来ないでしょう? 来たとしてもそれぞれが持ってる携帯の方に直接来るからね。あそこ居るのつまんなくない?」
「富塚君って、ちょっとひどい」
「そう? 別に素直な気持ちなんだけど」
「それ、最悪……」
「じゃあ、そう思う日下は優しいね。俺はあんまり興味ないから、そういう電話番しなくちゃいけないの! とかいう義務感。それから逃げれば良いんじゃない? 日下は電話取ったりするの大丈夫なの?」
「いや、実は苦手。できれば、車の中でお昼食べるとかしたい……」
 けど、ペーパードライバーの電車通勤ではそれは叶わない。
「だから、食堂なんだよ」
「富塚君はあそこのベランダで食べてるんじゃないんだね?」
「まあ、あそこは気分転換で、食べてるの知られたら怒られるし、食堂ならテレビ見れるよ」
「別にテレビは見えなくても良いよ。スマホあればいろいろ分かるし」
 そう言って溶け始めてしまったパフェを食べる。もっと早くに食べ始めたかった。
「美味しい?」
「うん、前に飲んだ爽やかなあったかいお茶と違って、これは冷たくて甘いね。抹茶アイス美味しいよ?」
「じゃあ、一口だけ食べようかな……」
 え?! それって、私が食べた所の近くを捨てないで持っていたプラスチックの小さいスプーンで取って、富塚君が食べる。
「うん、美味しい……」
 うーん……。
「無理してるでしょ?」
「してないって」
「本当?」
「本当、日下、それ食べたら帰る?」
「え? まあ、見るのないしね……」
「それともうちに来る?」
「え!?」
「嫌?」
「何の為に?」
「仲良くなる為に」
 さらっと言えてしまう富塚君、ずるい!
「行ってもやることないって言って、またずるずるとゲームとかしよ……って言うのナシだからね?」
「じゃあ、良い事でもする?」
「何? それ、とっても嫌な気がする」
「大丈夫だって、まだ何もしないよ」
「何それ!! どういうこと?!」
「日下がちゃんと更新するようにしてやる」
「うわぁ……、そう言われてもね……、きっとそんな電話が派遣会社から来たら、まあ、やっとくか……で私、更新すると思う。良いのないから、最近」
「そんな感じ? 毎回」
「そうだよ、いつもは数か月で終わるからね。きっと今回もそうだと思ってたんだけど」
「じゃあ、更新するごとに良い事しよ?」
「何? 良い事って」
「そうだな……日下がしたいことをする」
「それ良い事?」
「違うなら、どっか行く」
「何か強引」
「じゃあ、家でゴロゴロして家族について話す」
「はい? 家族? 自分の?」
「いや……、お互い思い描いてる、もしくはあれだ」
「何?」
「俺、たぶん、来年くらい社員旅行のどこ行くか? のやつに選ばれるんだよね。だから、その下準備手伝ってもらう」
「それ、仕事……」
「違うよ、日下、これは社員やパートのおばさん達が楽しみにしてる会社のイベントの一つだよ」
「うわぁ……、それ富塚君には関係あると思うけど、私には全然関係ないよね? 相楽さん言ってた!」
「またしても、相楽さん!! もう、あの人……」
 何か言いたそうだったけど、富塚君は言わなかった。
 パフェを食べ終わる頃には私は富塚君の家に行くことになっていた。何でかと言えば、まだ帰るには早いからだ。
 母には料理教室の先生が! ぜひにって!! ということになっているので、夜遅くになっても何も問題ないはず。いや、むしろ、夜に帰った方が親が寝静まっているかもしれなくて、面倒な質問もして来ないだろう。
 帰りの車の中はやっぱりラジオに支配されていた。行きの時に聞いた富塚君の実家で飼っている犬の話で再び盛り上がり、そして、高校の頃の成績の話に何故だかなった。
「富塚君の高校頃の成績、見てみたいかも」
「何故、そんなことを言う?」
「いや、興味本位だよ?」
 あるかなぁ……なんて言って、スムーズに帰って来れた富塚君の家で発見したのは高校の頃のジャージと教科書、その間に挟まれていたのは私が求めていた高校三年生の時の成績表!
 富塚君は今、懐かしいと言って現国の教科書を私の隣でパラパラ見てるし、チャンス!
 富塚君のお母さん! これいらないなら自分で処分しなさい! と送ってくださってありがとうございます! とお礼を心の中でして、ちらっと見てしまった。
「あ! これになら私、勝てるっ!!」
「アホくさ……」
 うわ、バレてしまった……と思うより早く、富塚君の手が伸びて、私の手からその成績表をどっかにやったと思ったら、何か天井が見えて、その成績表がちゅうを舞い、え、ちょっと……。
 ん? 私の唇に富塚君の唇が重なっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...