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第036話:イケメンより一杯のシチュー

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 いま俺たちは、ダンジョン第九層にいる。第九層は天井の高い迷宮構造だが、壁がボワッと光っているため、松明とかは不要だ。ようするに「RPG的ダンジョン」と思えばいい。

「さすがのユーヤも、スケルトンは食材にはできないだろう?」

 第九層に出てくる魔物はスケルトンナイトという魔物だった。鎧を着て手にはミドルソードを持っている。心臓の位置に赤い光があり、それを貫くと倒せるそうだ。

「うーん、骨というのは煮込むことでスープが摂れるんだが、さすがにヒト型骨格は使いたくないな」

 攻撃はレイラとメリッサに任せ、俺は落ちた魔石を回収している。俺も戦えないわけではないが、そもそも俺は冒険者ランクを上げてツエ―したいわけじゃないし、このダンジョンに来たのも興味本位からだ。だから危険な戦いは「戦える人」に任せて、俺はのんびり冒険者ごっごすればいい。

「それにしても、貴方はまったく戦わないわね。いえ、最初からそう言ってたから別にいいけど、それじゃ強くなれないわよ?」

「いや、別に強くならなくていいから。そこそこでいいんだよ、そこそこで……」

 一〇層へと続く道の途中に広めの空間があるそうなので、そこでキャンプをすることにした。部屋へと続く一本道の途中で、メリッサがしゃがむ。

「この部屋に続く途中の道で、魔物が忌避する香を焚くの。そうする一晩くらいは安全に過ごせるわ。あら、でももう誰かいるみたいね。香の長さから見て、三〇分くらい前のものだわ」

道にはすでに香が置かれていた。どうやら目的の部屋は九層で活動する冒険者の休憩場所のようで、俺たち以外にもう一組、冒険者パーティーがいるようだ。部屋に入ると二〇代と思われる男と三人の女性がいた。

「お、メリッサじゃん!」

「あぁ…… アンタたちね」

 男が気軽に話しかけてくる。凄いイケメンだ。だがメリッサの態度は冷たい。深く聞かないほうがいいと思い、俺は彼らと反対側のほうに進み、腰を下ろした。

「ユーヤ、何を作るんだ?」

「そうだな。和食が多かったから、久々にパンにするか。となると、ビッグコッコのクリームシチューにしようか」

 キャンプ用にカスタムしたキッチンを召喚する。屋台のような外観だが、コンロが四つあり、下部には時間停止型収納庫もある。その光景に、男は唖然とした表情を浮かべた。

「な、なんだよソレ」

「アンタらはそっちでやってなさい。ユーヤ、気にせず料理して」

「そうか。では始めるぞ。まずはビッグコッコのモモ肉だ。シチューを作るとき、鶏モモ肉が固くなると悩む主婦がいるが、このレシピを使えばしっとり柔らかモモ肉のシチューができるぞ。一口大に切ったモモ肉に塩を振って白ワインで揉む。そして片栗粉をまぶして沸騰した湯に一〇秒間潜らせる。この作業をするだけで、柔らか肉のシチューができる」

 あとは普通のシチューと同じ作り方だ。ルーから作っても良いが、面倒なので某メーカーのルーを使う。具材は玉ねぎ、ニンジン、しめじ、ブロッコリーだ。ジャガイモを入れても良いが、今回はパンと合わせるので使わない。鍋に鶏油とバター、少し厚めにスライスした玉ねぎを入れて、しんなり透明になるまで火を通す。バターと玉ねぎの甘い香りが部屋の中に充満する。

(おや、あちらの女たちがチラチラ見ているぞ。食べているのは……あれはドライフルーツと塩漬けにして干した肉か? あんな食事では、喉が渇いて仕方がないだろうに)

 玉ねぎに火が通ったら、そこに鶏肉以外の具材を入れる。ポイントは、ニンジンの大きさだ。鶏肉と同じくらいの大きさにカットする。こうすることで鶏肉がメインになる。水と牛乳を鍋に注ぎ、ニンジンに火が通るまでクツクツと煮込む。最後に鶏肉と月桂樹の葉、生クリームを加えて火を止める。余熱で肉に火を入れることで、固くならずにすむからだ。

「あとは食べる量だけ別の鍋に移して温めばよし。その間にパンも焼いておくか」

 パンは鉄のフライパンで焼く。両面をこんがり焼いた後、とろけるチーズを少しまぶしてバーナーで炙る。そのまま食べても良し、シチューに浸しても良しのシチュー用パンの完成だ。あとは小鍋にシチューを移し替えて、食べる量だけ温める。

(あー、イケメン君。そんなに恨めしそうな目でこちらを見ないでくれ。別に食わせてやってもいいが、メリッサの態度から見ても、きっと嫌がられるだろうし……)

「ほい、完成だ。ユーヤ特製クリームシチュー! 飲み物は無糖のアイスティーでいいな?」

 折り畳みのテーブルと椅子を並べ、ランチョンマットを敷いてそこにシチューやグラスを並べる。うん、美味そうだ!




「な、なぁアンタ……」

「ダメよ。ハーレムパーティーを作りたいとか寝言を言う人には、ユーヤの料理を食べる資格はないわ」

 話しかけてきたイケメン君に、メリッサが冷たい眼差しを向ける。というか、ハーレムパーティーとか、思っていても口にするのはアホだろ。

「なに言ってるんだ! ソイツだってハーレムやってるじゃないか!」

「なにか勘違いしているようだな」

 レイラは礼儀正しくナプキンで口を拭って、イケメン君に険しい顔を向けた。レイラは少し怒ると、剣姫と崇められる絶世の美貌が浮かび上がる。

(ケーキ食べたときの顔とはえらい違いだな)

「ユーヤには、ハーレムなどという下衆な目的はない。私もメリッサも、ユーヤに乞われて一緒にいるのではない。むしろこちらからお願いして、一緒にいさせてもらっているのだ。ユーヤが生み出す数々の美食は、いかなる財宝にも勝る。それを食したいのならばユーヤに認められるか、対価を支払うしかない」

「ならカネを……」

「私がイヤ。女を侍らせてヘラヘラしている人と一緒に食事したくないわ。ユーヤはそうした厭らしい眼差しなんて向け無いもの」

 そりゃそうだろ。見た目JCと男性口調のクッコロポンコツ姫だぞ。こっちから願い下げだわ。嫋やかで慎ましく、それでいてボンッキュッボンッな女性が…… いや、そんなことよりハーレムという夢は男としては理解できなくはない。俺はそんな面倒なのイヤだがな。
 露骨に顔を歪めているイケメン君を見ると、少し哀れに思えてくるな。このままだと後ろの女性たちにもフラれかねんぞ。

「まぁまぁ、そう言うなよ。幸い、量はあるんだ。彼らにも食わせてやろう」

「……甘すぎるぞ、ユーヤ」

「まぁ、貴方がそうしたいのなら、私は何も言わないけど。ただアッチで食べてよね」

 俺はヘイヘイと返事をしながら、木製の器とスプーンを取り出した。扱いの違いを作るには、器を変えればいい。そうすればレイラもメリッサも、少しは留飲を下げるだろう。

「ほい、持っていけ。カネはいらん。袖振り合うも多生の縁と言うしな。食い終わったら器だけ返してくれ」

「……す、スマン」

 四皿が載ったトレイごと持って、イケメン君は素直に感謝を示した。うん、もとの性格も悪くないじゃないか。



 第9層まで進んだ俺たちは、適当なところで切り上げて地上へと戻った。収納袋から取り出した大量の獲物にギルドは戦々恐々としていたが、俺も手伝いながら解体した。

「ギルド長が許可をしてくださいました。ユーヤさんは明日から純銀シルバー等級です。またレイラ様は純金等級へと昇格です。メリッサさんもいますので、第10層以降に進むことが許可されています」

「へぇ。そりゃ有難いけど、なんでまた急に?」

(ユーヤ、おそらく父上が……)

 後ろからレイラがコソッと教えてくれた。「レイラ様」か。なるほど、王宮及び元王女への忖度といったところか。こういうのがあるから、王女と一緒に動くのは嫌だったんだがな。俺は目立たず普通に暮らしたいのに……
 手続きを終えた俺たちは、宿へと戻る途中に屋台街を見て回った。立ち食いしながら今後について話し合う。

「等級を上げてくれるのは嬉しいが、俺はしばらくダンジョンには入らんぞ。ちょっとやりたいこともあるしな」

「お、屋台か?」

「あら、だったら私は用なしかしら?」

 俺はメリッサに掌を差し出させ、そこに一粒を置いた。

「舐めてみろ。明日から、やりたいことの答えだ」

「岩塩? ではなさそうね」

 JCが舌を出してチロッと舐める。すると目を見開いた。

「砂糖? これは、氷砂糖ね! 本当に久々に食べたわ。でもこれをやりたいっていうのは?」

「ダンジョンに入る中堅級までの冒険者を対象とした、新しい〈ダンジョン飯〉の開発だ」

 成功したら、外食業界に新たな市場を生み出すことになるだろう。俺は意気揚々と、小麦粉が売られている店へと向かった。
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