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第031話:新鮮な卵が手に入ったら?

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 私の名はアルフレッド、迷宮都市ドムの「街頭調査官」だ。西方諸国最大の国であるエストリア王国には、街頭調査官という特殊な仕事がある。各貴族の州都や王家直轄領の主要都市に配置されており、月に一度、農作物や衣類などの物品価格から医療費、宿泊費まで十数点の価格を調査し、報告するという役目だ。エストリア王国の国祖アルスランは、物価上昇率というものを重視していた。前年と比べて、全体的に2%から3%の物価上昇率を良しとされ、通貨発行量が決まる。
 金銀などの鉱物資源は、鉱山からも採掘できるが、ダンジョンからも得ることができる。冒険者が持ち帰る金塊は純度が高い。それらはギルドを通じて王都に集められ、王立貨幣局で通貨が鋳造される。国祖アルスランは内政能力が高く、エストリア王国は豊かになった。だがそれでも、児童拉致による違法な奴隷売買、盗賊の横行、疫病の流行などの可能性がある。そうした人災、天災の可能性をいち早く掴むのも、我々の役目だ。私はこの仕事に非常に誇りを持っている。

 三ヶ月前、王都で小さな変化があった。高級食材を異様なほどに安く売る屋台が出たのだ。放置すれば、他の屋台も無理をして値下げをしかねない。値を下げれば販売量は増えるため、利益が出る範囲での値下げならば問題はないが、無理をした値下げは経済に悪影響を及ぼす。
 その屋台は明らかな不当廉売であり、是正勧告をすべきではないかという意見も、行政府内には出たらしい。だが屋台の店主には違法活動は見られず、その屋台も短期間で店じまいをしたため、結局は問題にはならなかった。

「ホットドッグという料理、私も食べたかったな。さて、今日の昼は何にするか……」

 私の密かな愉しみは、街頭調査をする中で思いもよらない掘り出し物を見つけることだ。屋台の料理であったり、あるいは名もなき果物であったり…… そうしたものをきちんと報告し、必要があれば行政府が支援する。そうすることで、エストリア王国に新たな名産品や産業が生まれる。この国はそうして発展してきたのだ。

「ん? この匂いは?」

 昼時、屋台横丁を回っているとこれまでにない匂いがした。見てみると、男たちが何人か集まっている。どうやら串焼きのようだが、肉が微妙に白く見える。脂身だろうか?

「ドムの街の新名物、ホルモン串焼きです! 美味しいですよ~」

 子供たちの声が聞こえる。孤児院の屋台のようだ。孤児院は運営費を賄うために、各ギルドで多少の優遇を受けることができる。たしか屋台出店料も減額されていたはずだ。それにしても、奇妙な肉を売っているな。これは確かめてみなければなるまい。

「岩塩と香草が掛かっているのはわかるが、この肉は……」

 ホルモンという聞きなれない肉らしいが、とりあえず食べてみる。すると思わず、むぅっと唸ってしまった。肉からはしっかりと脂が染み、普通の肉とは違う旨味を出している。それにこの弾力のある歯ごたえが面白い。肉のように簡単に噛み切ることはできないが、大きさが一口大なので問題ない。
 そしてスープも売られていた。レンズ豆とトメート、玉ねぎ、そしてホルモンが入ったスープである。これも人気のようだ。一緒に食べてみると、この串焼きとの相性が抜群だ。トメートの酸味が、口内の脂をさっぱりと洗い流してくれる。これなら幾らでも食べることができる。

「これが銅貨三枚だと? 安すぎないだろうか?」

 だが孤児院が不当廉売などできるはずがない。とすれば、この価格で利益が出ているのだ。ふと、三ヶ月前に王都で話題になった屋台を思い出した。店主は若い男だったそうだが、突然、店じまいをして何処かに消えたという。ひょっとしたら、この屋台にも関係しているのではないだろうか。少し調べてみようと思った。




 俺たちはいま、ダンジョン第三層に来ている。ビッグコッコというデカいニワトリが出る階層だ。普通のニワトリの三倍はあるだろう。それがコケーと叫びながら襲ってくる。

「青い空と草原の中で、デカいニワトリが襲ってくる…… シュールだな」

「ビッグコッコは巣の周りをうろつく習性がある。おそらく卵も手に入るぞ。卵は肉以上に高値で売れる。この階層でポイントを稼いで、ユーヤは上級狩人を目指すべきだ」

 ビッグコッコはニワトリと同じで空を飛ぶことはできない。だが跳ぶことはできる。ヒトの腰ほどもある大きさで跳びあがって襲ってくるのは、結構な恐怖だ。

「単純な動きではないか。躱して首を刎ねればいい」

 レイラは相変わらずの強さで、パスパスとビッグコッコの首を飛ばし、血抜きをしてくれる。もうここは彼女に任せたほうがいいだろう。俺は回収と卵捜索をするか。

「卵の大きさも三倍か。ダチョウほどではないが、かなり大きいな。これ一つで二人前のチャーハンが作れそうだ。それに獲れたてなら卵かけご飯TKGやマヨネーズもいけるだろう」

 ビッグコッコの肉と卵は需要が高いらしく、ギルドからは幾らでも獲ってきていいと言われている。獲るのはレイラに任せて、俺は料理の支度に入りましょうかね。恩恵アルティメット・キッチンより厨房を召喚!

「せっかくの鶏肉だ。そして新鮮な卵もある…… チキン南蛮にしようか!」

 まずはマヨネーズを作る。卵黄、塩、穀物酢、レモン汁、マスタードを混ぜ合わせ、そこにキャノーラ油を少しずつ加えながら混ぜていく。全体がポテッとしたら最後に白コショウを加えて完成だ。このマヨを使ってタルタルソースを作る。
 みじん切りにした玉ねぎに塩を振り、水抜きをする。キュウリのピクルスとパセリもみじん切りにしておく。固ゆで卵を入れる場合もあるが、今回は「甘酢ダレ」も加わるので入れない。マヨネーズの十分の一の量で、トマトケチャップと砂糖も加える。

「甘酢ダレだな。鹿児島産黒酢を200cc、濃口と薄口しょうゆがそれぞれ100㏄、みりん50cc、三温糖150グラム、塩と唐辛子を適量で…… 混ぜ合わせて軽く沸騰させたところに、少量の水溶き片栗粉を加えれば、甘酢ダレの完成だ」

 米酢を使ってもよいのだが、俺の個人的な意見としては鹿児島産黒酢を使ってほしい。米酢ほどに酸味がきつくなく、爽やかな旨味がある。中国産は使わないほうがいいぞ。アレはまた別の調味料だ。水溶き片栗粉はほんの少しでいい。「餡」を作るわけではないからな。次は鶏肉に取り掛かる。

「市場で買ったビッグコッコは、一人前に切り分けられているのか。まぁ鍋の容量にも限度があるから、今回はこれを使おう」

 本場宮崎県では、鶏肉に小麦粉をまぶした後、溶き卵に潜らせて油で揚げる。そのあと甘酢ダレにも浸すため、サクサクなどはない。むしろフワッとした食感なのだ。だが俺式チキン南蛮は違う。やはりザクザクな歯ごたえが欲しい。そこで韓国のヤンニョムチキンの調理法を使う。

「牛乳におろしニンニクとおろしショウガを入れ、鶏肉を15分浸す。そのあと米粉と片栗粉を入れてドロッとした衣の下地をまとわせる。別のバッターに米粉、片栗粉を広げ、そこに水を少し加えてダマを作る。このダマが、ザクザクの触感を生み出す。下地をまとわせた鶏肉にさらに衣をつけて160度の油で揚げる。衣が薄く色ずいたら取り出し、油の温度を180度にしてもう一度揚げる」

グーという音が聞こえた。気が付くとレイラがいつの間にか戻ってきて、食い入るように料理を見つめている。そうかそうか。そんなに食いたいか。

「おのれ…… 得体のしれない臭気を振りまきおって……」

 揚げ終えた鶏肉は甘酢ダレに潜らせ、まな板に載せる。躊躇なくそれを切る。草原の中に、ザクザクザクッという音が鳴る。葉野菜を盛った皿に形が崩れないように鶏肉を載せ、上からたっぷりとタルタルソースをかける。

「完成、ユーヤ式チキン南蛮! 炊きたてご飯と一緒にどうぞ!」





 揚げた鶏肉というのは、私も食べたことがある。だがユーヤの料理は一般的な料理とは一線を画してきた。今回もまったく別の料理に仕上がっているに違いない。私は期待しながら箸で肉を一切れ摘まんだ。

「このソースはなんだ? 黒っぽいタレの上に、白いタレが掛かっている。どれ……」

 口に入れた瞬間、私は思わず箸を落としそうになってしまった。爽やかな酸味と適度な甘み、そして圧倒的な旨味のある白いタレ、程よく塩気の効いた複雑な旨味のある甘酸っぱいタレが混然と混ざり合い、私の頬を締め上げる。噛んだ時の食感も凄い。普通、揚げ鶏肉は肉が固いはずだが、ユーヤが作ると簡単に噛み切れてしまう。それでいてところどころにザクザクという食感がある。これは衣の食感だ。それが、タレを吸って柔らかくなった衣の中に、確かな存在感を示している。

「ご飯と一緒に食べてみろ。旨いぞ」

 言われるまでもなく、私も炊いたコメを口に入れた。この微かにトロミのある黒く甘酸っぱいタレだ。このタレが、ジューシーな鶏肉と刻んだ酢漬け野菜が入った白いタレをつなぎ合わせ、コメとの相性を抜群にしている。

「旨い! ただの揚げ鶏が、これほどの料理になるのか!」

 この黒いタレはともかく、白いタレは作れるのではないか? 王国にも卵や酢、油はある。酢漬け野菜も普通に作られている。この「たるたるソース」というタレ一つで、料理の革命が起きるに違いない!

「タルタルソースは白身魚のフライなどにも使えるぞ。マスやナマズなどの川魚があったら、フライにして食べてみるのもいいな」

 なんでこの男は、人が食事をしている最中に別の料理の話をするのだ。食べている矢先に腹が減ってきてしまうではないか!
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