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第029話:え? 捨ててるの?

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 さて、ではバーベキューを始めようか。バーベキューをやる上で重要なのは、実はコンロなどの道具類ではない。炭を使ったほうが美味くなるのは確かだが、備長炭でもオガ炭でもOKだ。重要なのは「炭の置き方」にある。
よくある間違いは、コンロにドコドコと炭を並べるやり方だ。するとコンロ全体が同じ温度になり、どこに置いても焼けるようになる。その結果、焼きすぎて炭化した肉や野菜が大量に発生する。焼肉屋と同じ感覚で屋外バーベキューを考える素人にありがちな間違いだ。

「まぁ二人きりだしレイラは喰う量も多いからな。とりあえずツーゾーンでやるか」

 円形のバーベキューコンロの片側に炭を置き、着火剤を使って火をつける。火が付いたら、炭を足していき、火力を安定させる。ここが「焼き場」だ。炭を置いていない片側は「保温場」となる。

「次は肉だ。市場で買っておいたエビル・バッファローの肉を使う。厚さ2センチでカットして、筋を切っておく」

 バーベキューの素人がやりがちなことその2として、市販の焼肉セットを使うというものだ。悪くはないが、それでは本当に「屋外焼肉」になってしまう。俺が思うに、バーベキューは焼きながら食べるものではない。まず焼き、次に食べて、食べ終わってからまた焼く。焼肉屋の食べ方とは根本的に違うのだ。

「とりあえず肉の味を確かめたいな。塩胡椒だけで味付けして食べてみるか」

 ステーキよりは小さく、焼肉よりは大きく分厚く切る。これが俺式バーベキューカットだ。牛脂を馴染ませた網の上に肉を載せる。網は十分に熱せられていなければならない。そうしないとくっつくからだ。

 ジュゥゥゥッ

 草原の中に、肉が焼ける音と脂が旨味へと変わっていく香りが広がる。椅子に座っているレイラがソワソワしている。

「レイラ、箸は使えるようになったか?」

「う、うむ……使えないとユーヤの料理を十分に味わえないのだろう? まだ慣れないが、練習はしているぞ」

 レイラには箸の使い方を教えてある。箸が使えないと、出す料理に制限がかかるからだ。肉が焼けてきたらひっくり返す。念のため、タイムを載せておこうか。アメリカ産牛肉に近いと思うが、牛肉特有の匂いが強いからな。ミディアムレアくらいに焼いて、紙皿に乗せる。

「ほい。まずは肉を試す。そのあと、いろいろと焼こうか」

 ただ一切れなのに、レイラは瞳を輝かせていた。




 なぜなのだろう。肉一切れを焼いただけなのに、ユーヤが料理すると他とは全く違うように感じるのだ。ナイフとフォークでカットする。フワッと肉の香りがする。表面は焼けているのに、断面は赤いままだ。王宮の肉は、中まで白い状態なのに、これは生焼けではないか? 箸で一切れを摘み、そのまま恐る恐る食べる。

「んんんっ!」

 生状態かと思ったら違う。中もちゃんと火が入っている。それでいて驚くほどに柔らかい。噛みしめるたびに、岩塩と胡椒を包み込んだ肉の脂がジュワッと口の中に広がる。肉一切れで、ここまで味に差が出るものなのか。これは王宮への手紙にも書かなければなるまい。

「フム、やはりタイムはあったほうがいいな」

 そうなのだ。この肉は、味は深いのに特有の匂いが薄い。上に載っている香草のせいだろうか。さらに一切れ、口に入れる。ダメだ。肉汁と涎が口内に広がり、さらに腹が減ってくる。

「ユーヤ! もっと食べたいぞ! とりあえず、いまと同じ肉をあと百ほどくれ!」

 二口くらいで終わってしまうなんて、残酷ではないか! きっと岩塩以外にも、いろいろな味付けがあるはずだ。肉を食べ尽くすぞ! 肉肉肉ぅっ!




「あー、食べた食べた。満足だ!」

 外見だけは完璧な金髪碧眼美人が、草原に横たわってポンポンと自分の腹を叩いている。男を目の前にした年頃の女性の仕草ではない。こういうところが「色気がない」というのだ。まぁ、御淑やかすぎるのもこちらとしては肩が凝るし、これはこれで良しとしよう。

「せっかくダンジョンに入ったのに、バーベキューして終わりというわけにはいかないだろ。腹ごなしついでに、俺も少し狩ってみるか」

 ちょうど50メートルほど先にこちらを見つめる牛がいる。弓を絞る。カンッという音とともに、牛が倒れた。矢は正確に牛の眉間を貫いている。

「見事な腕だ。ユーヤは弓の才能があるぞ。どれ、私もいくぞっ!」

 俺たちはそれぞれに、ダンジョン第一層で牛を狩り続けた。




ドドンッという効果音が聞こえそうだ。ドムの冒険者兼狩人ギルドの解体作業場には、牛20頭が整然と横たわっている。眉間に矢を撃ち込まれた牛10頭、首を跳ね飛ばされた牛10頭だ。解体員たちの頬が痙攣しているように見えるのは気のせいだろうか。作業場に案内してくれた受付嬢は目が点になり、そして表情を険しくした。

「ユーヤさん、そしてレイラ様。その……」

「様付けはやめろ。私はもう王族ではない。レイラ・エスコフィエだ」

「わかりました。ではレイラさんも、次からはもう少し数を少なくするか、事前に仰ってください。これだけの数を解体するとなると、他の狩人の手も借りる必要が出てきますので……」

「フム、了解した。迷惑をかけてすまぬ。ところでユーヤ、さっきから何を見ているんだ?」

「いや、どうせなら解体の仕方も学ぼうかなとな。そうすれば、ギルドも楽だろう?」

 受付嬢がコクコクと頷く。俺は許可を得て作業場の中に入った。牛は天井のフックに吊るされ、表皮を剥がされ、内臓を取り出される。そして部位ごとに分けられていくのだが、気になった点がいくつかあった。

「聞きたいが、内臓はどうするのだ? あと胃の周りにある脂や舌は?」

 すると解体員たちは「お前は何を言っているんだ?」といった表情を浮かべた。

「内臓なんて臭すぎて食えねぇよ。舌は喰えなくはないがザラッとした感触があまり好かれてねぇから、孤児院や貧民街に寄付してるぜ」

 は? モツを捨てる? 獲れたての牛レバーをレバ刺しにすることなく捨てる? 牛タンは寄付するだと? 俺もまた「お前らは何を言っているんだ?」という表情を浮かべたと思う。

「あー、なるほどな。ダンジョンで幾らでも肉が獲れるから、手間がかかる部位は食べようとしてこなかったわけか。それにしても、一番旨い部位を捨てるとは…… 孤児院だったな。内臓と舌を取り分けておいてくれ。俺が届ける」

 別に孤児に同情したわけではない。だがここでプレゼンしても、文化を広めることにはならないだろう。自分たちがこれまで不味いと思って捨てていた部位が、工夫次第で実はメチャ美味かった、という衝撃を与えたい。まずは孤児院に行こう。孤児たちが旨い肉をタダで食えるなんて、痛快じゃないか。

 エビル・バッファローの売却価格は、一頭あたり金貨3枚、3千ルドラであった。20頭で6万ルドラになる。そこから解体手数料が2割引かれるため、俺たちの手に残ったのは4万8千ルドラ、日本円で約480万円である。収納袋があるから儲かったように見えるが、普通の狩人はダンジョン内で解体して、内臓などは捨ててしまうらしい。実際、内臓や舌は買い取り価格に含まれなかった。

「それにしてもユーヤ、本当に内臓なんて美味いのか? 王宮でも内臓料理なんて出たことないぞ?」

「そうか。ならジョエル料理長に手紙を書いてくれ。王族がホルモンを食べれば、きっと内臓料理という新たなジャンルが確立するだろう」

 歩きながらレイラと話す。途中で市場によって、岩塩、白小麦、タイム、屋台用の串などを仕入れる。小麦の値段がやはり高い。1キロあたり銅貨20枚、2千円だ。日本だったら、業務用小麦でキロ150円程度、思わず近代文明に感謝してしまった。

「下ごしらえは、モツ1キロあたり小麦100グラムを使う。つまり小麦1キロでモツ10キロを洗うことができる。岩塩と乾燥タイムを混ぜて即席のハーブソルトを作って上から掛けるか。モツの串焼き100グラムが100本作れるな。一本あたり銅貨3枚としたら、300ルドラか」

 この世界は1ヶ月が40日、1年=10ヶ月=400日だ。屋台の年間契約料が金貨8枚=8000ルドラだから、1日20ルドラの場所代がかかる。

「内臓の仕入れがゼロというのがいいな。1日300本を売れば900ルドラ。原価は小麦60ルドラと岩塩やタイムが40ルドラくらいか? あと場所代が20ルドラで合計120ルドラ。粗利益率はおよそ85%か。だがただの岩塩焼きならいずれ飽きられる。味も幾つか考えておく必要があるな」

 ブツブツと呟いているうちに、俺たちは街外れの孤児院に到着した。
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