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第025話:女性向けのお土産
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翌日、俺たちはドムの街に住むという「魔法研究家」のことを訪ねる予定であった。白薔薇騎士団のエリシアから貰った紹介状を手に、まずは錬金ギルドに向かう。
錬金ギルドは、錬金術師や、魔法薬技師など魔法関連の職業に就く者が登録している。「魔法研究家」という聞き慣れない職種であっても、錬金ギルドで何かしらの情報が手に入るだろう。錬金ギルドの建物に入ると、何ともいえない臭いがした。恐らく魔物の素材や各種薬品の臭いだろう。
「魔法研究家…… メリッサのことだろうね」
受付にいた中年男性がそう応えた。話によると、ドムではそれなりに知られた魔法使いで、錬金術師と魔法薬技師の両方を兼ね備えているらしい。ただ相当偏屈な人物のようだ。
「いろいろな冒険者パーティーから誘われていたんだが、全部断ったそうだ。関心がないことには一切、関わらないそうだよ」
さすがに住所までは教えてもらえなかったので、ギルドに紹介状を託して帰ることにした。二日後には返事がもらえるとのことだ。それまで時間があるので、ドムの商店街を見て回る。特に見ておきたいのは食材類だ。
「やはり肉が多いな。ホーン・ピッグ、ビッグ・コッコ以外にも、エビル・バッファローというのもあるのか。これはダンジョンで手に入るのか?」
「いえ、東にある魔境です。比較的浅い場所にいる魔物です」
「ふーん。それぞれ一キロずつもらおうか。あとマーダー・グリズリー、ファントム・ダッグの肉も」
肉屋の店主に頼んで、それぞれ一切れずつ切ってもらい、湯にくぐらせて口に入れる。
「突撃猪は、イノシシ肉のような獣臭があったが、このホーン・ピッグというのは国産豚の味だな。ビッグ・コッコは鶏肉そのものだ。エビル・バッファローは、例えるなら米国産牛肉か?」
内臓は獣脂を取るために使われ、残ったカスは肥料に使われている。獣脂は木灰と混ぜられて、糊状の軟石鹸となり普及している。ファンタジー世界であっても、こうした発明は地球と同じだ。ただマルセイユ石鹸のような硬石鹸はまだ無いらしい。硬石鹸は塩生植物の灰から作られるため、内陸国には普及していないのだろう。
「牛の胃の周りにある網脂は無いようだな。こうした細かいところが、食文化の有無ということか……」
「話を聞く限り、ユーヤのいた場所は相当に貧しかったのではないか? だから色々と工夫して、食える物を探し、食える物を増やそうとした。ここは魔物がいるからな。肉は簡単に手に入るし、土魔法の魔道具を使えば農耕も楽だ」
街中であるため、異世界とはいわない。レイラもその程度は気が利くようだ。少しだけ見直し、その意見を考えた。確かにそうかも知れない。この世界は、動物性タンパク質が用意に手に入る。地球のような畜産業は、乳製品を手に入れるためくらいだ。最低限、飢えることがない世界だから、食文化が育たなかったのではないか? 無論、大陸中央にドンと構えている魔王軍の存在も大きいだろうが……
だが一方に疑問もある。文化というものは、前提が整って発展するものだ。たとえば絵画や陶芸などの芸術だ。これは生きる上で必ずしも必要なものではない。だから生きることに困らない貴族がパトロンとなって発展した。日本でも、安土桃山時代に大商人から茶道文化が生まれた。庶民が文化を愛でるようになったのは太平の江戸時代、そして生産性が飛躍的に向上した産業革命以降だ。
「肉が大量にあるのなら、もっと様々なメニューがあっても良いと思うんだがな」
首を傾げながら他の店を見て回る。昨日、デモンストレーションした八百屋は今日も繁盛しているようだ。肉や野菜、穀物類は多いが魚がない。また調味料も皆無と言って良い。岩塩、ハーブ、多少の香辛料はあるが味噌や醤油といった発酵食品類はない。またトマトケチャップやマスタードといったものも、材料はあるのに売られていないようだ。これは恐らく、保存技術の問題だろう。
「技術が追いついていないのか。なまじ収納袋があるから、瓶詰めなどの技術が生まれにくいのかもしれないな。魔法があるというのも良し悪しか」
せっかくなので、木苺やミント葉などを買っていく。
「ユーヤ、なにを作るつもりなのだ?」
「メリッサって名前からして、相手は女性だろ? どうせ二日間はやることがないんだ。土産にケーキでも用意しようかと思ってな」
「ケ、ケーキ! 私も食べたいぞ!」
たぶんそう言うだろうと思っていた俺は、肩を竦めただけだった。
宿に戻った俺は、アルティメット・キッチンを展開した。一緒に行きたいと駄々を捏ねたので、レイラも連れて行く。
「作るのはレアチーズケーキだ。まずは市場で仕入れた木苺をジャムにする」
ベリージャムの作り方は非常に簡単だ。ベリー、砂糖、蜂蜜、レモン汁を鍋に入れ、中火で煮立たせた後は弱火にし、一〇分程度で完成する。完成したら粗熱を取っておく。
次にレアチーズケーキを作る。使うのはグラハムクラッカー、クリームチーズ、生クリーム、ガーゼで水切りしたプレーンヨーグルト、ゼラチン、グラニュー糖、溶かしバター、レモン汁だ。まずゼラチンを水でふやかしている間に、チーズケーキの土台を作る。グラハムクラッカーをビニールに入れて綿棒で細かく砕いていく。ある程度細かくなったところで溶かしバターを入れて更に細かくし、型に敷き詰め、冷蔵庫で冷やしておく。
クリームチーズは軽く湯煎して、グラニュー糖を入れてクリーム状になるまで混ぜる。そして水切りしたヨーグルト、レモン汁を入れて混ぜる。生クリームは湯煎し、ふやけたゼラチンを入れて完全に溶かし、粗熱を取ってから加える。
完全に混ぜ合わさったら、それを網で漉して、土台に流し込む。冷蔵庫に入れて二時間後、ジャムを上から掛けて均等になるように広げてさらに冷やして完成だ。
相変わらずユーヤの料理は魔法のようだ。ケーキの切り口は、純白色と赤紫色が見事な層をなしている。私はケーキの先端部分にフォークを入れた。先から伝わるクリーミーなチーズの感触と、砕いた焼き菓子のサクッという音が、私の期待をかき立てる。
ゆっくりと口に入れると、チーズとは思えない程よい甘さが舌の上にとろけ、そこに木苺ジャムの甘酸っぱさが加わる。バターが加わった焼き菓子は濃厚な味と確かな食感で、ともすると儚げなケーキに存在感を与えてくれる。
「俺の好みだが、ケーキにはアイスティーのほうが合うと思うんだよな」
氷の入った透明なガラスのコップに、褐色の茶が注がれる。素晴らしい香りだ。そう。このケーキは確かに美味いが、香りが弱い。この紅色の冷たい茶がその香りを見事に補ってくれる。
「うん。やはりキームンはチーズに合う。ホットティーが一般的だが、冷たい菓子に熱い茶というのは、どうも俺の好みじゃない」
本当にこの男は、食に対するこだわりが尋常ではない。見たところ私と殆ど年齢差はないのに、どうしてこれほどの料理を知っているのだろうか?
「ユーヤは、元の世界では料理人だったのか? 普通の食事だけでなく、菓子まで作れるというのは尋常ではないと思うが?」
「それは、俺の育ちが原因だな。俺の母親は料理研究家で、三歳から徹底的に料理を仕込まれた。大学を卒業して家を出るまで、二〇年近く毎日料理をしていたよ」
そう言って、ユーヤは遠い目をした。
母親か。異世界にいきなり来ちゃったけど、両親は元気にしてるかな。いや、あの母なら大丈夫か。それなりに有名な料理研究家なのに、料理人に喧嘩売るようなことばかり言ってた強者だからな。曰く「料理は科学」だったっけ?
(「串打ち三年、裂き八年、焼き一生」とかバカなの? 死ぬの? 私に言わせれば「串打ち三回、裂き八回、焼き一日、それで駄目なら諦めろ」よ。教え方がしっかりしていれば、それくらいで客に出せる水準に達するわ)
実際、あの母親にかかるとたった一日で、素人の主婦が鰻の蒲焼き焼けちゃうんだよなぁ。
(祐也、貴男はどんな料理でも九〇点を取れるようにしなさい。料理とは「理を料る)」と書くのよ。理屈を押さえておけば、すぐに九〇点を取れるようになるわ。多くの料理人は、一〇〇点を取れる後進を育てようとして、一〇年も下働きをさせる。腕のいい料理人ほど、後進を育てるのが下手なの。それは、自分がどうやって一〇〇点を取れるようになったのか、理屈で語ることができないからよ)
「ユーヤ、おかわり!」
残念美女がもう一切れねだってくる。まったく、それでいて夕食はしっかり食べるつもりなのだ。太るぞ?
こうして土産を用意した俺たちは、二日後には予定通りアポイントを取り、魔法研究家メリッサのところに向かうのであった。
錬金ギルドは、錬金術師や、魔法薬技師など魔法関連の職業に就く者が登録している。「魔法研究家」という聞き慣れない職種であっても、錬金ギルドで何かしらの情報が手に入るだろう。錬金ギルドの建物に入ると、何ともいえない臭いがした。恐らく魔物の素材や各種薬品の臭いだろう。
「魔法研究家…… メリッサのことだろうね」
受付にいた中年男性がそう応えた。話によると、ドムではそれなりに知られた魔法使いで、錬金術師と魔法薬技師の両方を兼ね備えているらしい。ただ相当偏屈な人物のようだ。
「いろいろな冒険者パーティーから誘われていたんだが、全部断ったそうだ。関心がないことには一切、関わらないそうだよ」
さすがに住所までは教えてもらえなかったので、ギルドに紹介状を託して帰ることにした。二日後には返事がもらえるとのことだ。それまで時間があるので、ドムの商店街を見て回る。特に見ておきたいのは食材類だ。
「やはり肉が多いな。ホーン・ピッグ、ビッグ・コッコ以外にも、エビル・バッファローというのもあるのか。これはダンジョンで手に入るのか?」
「いえ、東にある魔境です。比較的浅い場所にいる魔物です」
「ふーん。それぞれ一キロずつもらおうか。あとマーダー・グリズリー、ファントム・ダッグの肉も」
肉屋の店主に頼んで、それぞれ一切れずつ切ってもらい、湯にくぐらせて口に入れる。
「突撃猪は、イノシシ肉のような獣臭があったが、このホーン・ピッグというのは国産豚の味だな。ビッグ・コッコは鶏肉そのものだ。エビル・バッファローは、例えるなら米国産牛肉か?」
内臓は獣脂を取るために使われ、残ったカスは肥料に使われている。獣脂は木灰と混ぜられて、糊状の軟石鹸となり普及している。ファンタジー世界であっても、こうした発明は地球と同じだ。ただマルセイユ石鹸のような硬石鹸はまだ無いらしい。硬石鹸は塩生植物の灰から作られるため、内陸国には普及していないのだろう。
「牛の胃の周りにある網脂は無いようだな。こうした細かいところが、食文化の有無ということか……」
「話を聞く限り、ユーヤのいた場所は相当に貧しかったのではないか? だから色々と工夫して、食える物を探し、食える物を増やそうとした。ここは魔物がいるからな。肉は簡単に手に入るし、土魔法の魔道具を使えば農耕も楽だ」
街中であるため、異世界とはいわない。レイラもその程度は気が利くようだ。少しだけ見直し、その意見を考えた。確かにそうかも知れない。この世界は、動物性タンパク質が用意に手に入る。地球のような畜産業は、乳製品を手に入れるためくらいだ。最低限、飢えることがない世界だから、食文化が育たなかったのではないか? 無論、大陸中央にドンと構えている魔王軍の存在も大きいだろうが……
だが一方に疑問もある。文化というものは、前提が整って発展するものだ。たとえば絵画や陶芸などの芸術だ。これは生きる上で必ずしも必要なものではない。だから生きることに困らない貴族がパトロンとなって発展した。日本でも、安土桃山時代に大商人から茶道文化が生まれた。庶民が文化を愛でるようになったのは太平の江戸時代、そして生産性が飛躍的に向上した産業革命以降だ。
「肉が大量にあるのなら、もっと様々なメニューがあっても良いと思うんだがな」
首を傾げながら他の店を見て回る。昨日、デモンストレーションした八百屋は今日も繁盛しているようだ。肉や野菜、穀物類は多いが魚がない。また調味料も皆無と言って良い。岩塩、ハーブ、多少の香辛料はあるが味噌や醤油といった発酵食品類はない。またトマトケチャップやマスタードといったものも、材料はあるのに売られていないようだ。これは恐らく、保存技術の問題だろう。
「技術が追いついていないのか。なまじ収納袋があるから、瓶詰めなどの技術が生まれにくいのかもしれないな。魔法があるというのも良し悪しか」
せっかくなので、木苺やミント葉などを買っていく。
「ユーヤ、なにを作るつもりなのだ?」
「メリッサって名前からして、相手は女性だろ? どうせ二日間はやることがないんだ。土産にケーキでも用意しようかと思ってな」
「ケ、ケーキ! 私も食べたいぞ!」
たぶんそう言うだろうと思っていた俺は、肩を竦めただけだった。
宿に戻った俺は、アルティメット・キッチンを展開した。一緒に行きたいと駄々を捏ねたので、レイラも連れて行く。
「作るのはレアチーズケーキだ。まずは市場で仕入れた木苺をジャムにする」
ベリージャムの作り方は非常に簡単だ。ベリー、砂糖、蜂蜜、レモン汁を鍋に入れ、中火で煮立たせた後は弱火にし、一〇分程度で完成する。完成したら粗熱を取っておく。
次にレアチーズケーキを作る。使うのはグラハムクラッカー、クリームチーズ、生クリーム、ガーゼで水切りしたプレーンヨーグルト、ゼラチン、グラニュー糖、溶かしバター、レモン汁だ。まずゼラチンを水でふやかしている間に、チーズケーキの土台を作る。グラハムクラッカーをビニールに入れて綿棒で細かく砕いていく。ある程度細かくなったところで溶かしバターを入れて更に細かくし、型に敷き詰め、冷蔵庫で冷やしておく。
クリームチーズは軽く湯煎して、グラニュー糖を入れてクリーム状になるまで混ぜる。そして水切りしたヨーグルト、レモン汁を入れて混ぜる。生クリームは湯煎し、ふやけたゼラチンを入れて完全に溶かし、粗熱を取ってから加える。
完全に混ぜ合わさったら、それを網で漉して、土台に流し込む。冷蔵庫に入れて二時間後、ジャムを上から掛けて均等になるように広げてさらに冷やして完成だ。
相変わらずユーヤの料理は魔法のようだ。ケーキの切り口は、純白色と赤紫色が見事な層をなしている。私はケーキの先端部分にフォークを入れた。先から伝わるクリーミーなチーズの感触と、砕いた焼き菓子のサクッという音が、私の期待をかき立てる。
ゆっくりと口に入れると、チーズとは思えない程よい甘さが舌の上にとろけ、そこに木苺ジャムの甘酸っぱさが加わる。バターが加わった焼き菓子は濃厚な味と確かな食感で、ともすると儚げなケーキに存在感を与えてくれる。
「俺の好みだが、ケーキにはアイスティーのほうが合うと思うんだよな」
氷の入った透明なガラスのコップに、褐色の茶が注がれる。素晴らしい香りだ。そう。このケーキは確かに美味いが、香りが弱い。この紅色の冷たい茶がその香りを見事に補ってくれる。
「うん。やはりキームンはチーズに合う。ホットティーが一般的だが、冷たい菓子に熱い茶というのは、どうも俺の好みじゃない」
本当にこの男は、食に対するこだわりが尋常ではない。見たところ私と殆ど年齢差はないのに、どうしてこれほどの料理を知っているのだろうか?
「ユーヤは、元の世界では料理人だったのか? 普通の食事だけでなく、菓子まで作れるというのは尋常ではないと思うが?」
「それは、俺の育ちが原因だな。俺の母親は料理研究家で、三歳から徹底的に料理を仕込まれた。大学を卒業して家を出るまで、二〇年近く毎日料理をしていたよ」
そう言って、ユーヤは遠い目をした。
母親か。異世界にいきなり来ちゃったけど、両親は元気にしてるかな。いや、あの母なら大丈夫か。それなりに有名な料理研究家なのに、料理人に喧嘩売るようなことばかり言ってた強者だからな。曰く「料理は科学」だったっけ?
(「串打ち三年、裂き八年、焼き一生」とかバカなの? 死ぬの? 私に言わせれば「串打ち三回、裂き八回、焼き一日、それで駄目なら諦めろ」よ。教え方がしっかりしていれば、それくらいで客に出せる水準に達するわ)
実際、あの母親にかかるとたった一日で、素人の主婦が鰻の蒲焼き焼けちゃうんだよなぁ。
(祐也、貴男はどんな料理でも九〇点を取れるようにしなさい。料理とは「理を料る)」と書くのよ。理屈を押さえておけば、すぐに九〇点を取れるようになるわ。多くの料理人は、一〇〇点を取れる後進を育てようとして、一〇年も下働きをさせる。腕のいい料理人ほど、後進を育てるのが下手なの。それは、自分がどうやって一〇〇点を取れるようになったのか、理屈で語ることができないからよ)
「ユーヤ、おかわり!」
残念美女がもう一切れねだってくる。まったく、それでいて夕食はしっかり食べるつもりなのだ。太るぞ?
こうして土産を用意した俺たちは、二日後には予定通りアポイントを取り、魔法研究家メリッサのところに向かうのであった。
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