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第023話:八百屋でデモンストレーション

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 迷宮都市ドムは街の中央にダンジョンの入り口があり、そこから放射状に発展した都市だ。冒険者ギルドはダンジョンに近いところにあり、冒険者や狩人の定宿もその近辺に点在している。
 一方、商工ギルドは繁華街のある大通りに面したところにある。これは行商人などが立ち寄りやすいようにしているためだ。繁華街には食品店、道具店が立ち並び、大勢の人々がそこで買い物をしている。

「郊外の森やダンジョンで肉が手に入るのは理解しているが、ミルクやチーズはどうやって入手しているのだ? 畜産をしなければ手に入らないはずだが?」

 食品店に並ぶハードチーズを一つ買う。香りはパルミジャーノチーズに近い。一キロで銀貨二枚とかなり高い。地球なら四千円程度で入手できるはずだ。レイラが俺の疑問に答えてくれた。

「畜産が無いわけではないぞ? 確かに肉は狩人が持ち帰るが、ホルスタンという牛がいてな。大量の乳を出す。郊外の農村では、農地を休ませるついでにそれを飼育しているそうだ。国祖アルスランが奨励し、そのおかげで王国の小麦生産高は飛躍的に上がったといわれている」

「なるほど。輪作しているわけか。地球人ならノーフォーク農法を知っていても不思議ではないか……」

「地球人?」

「いや、なんでもない」

 レイラの言葉を無視して、他の店を見て回る。ビッグコッコの卵が売られていたのでそれを買う。八百屋では、トメートなどの野菜類の他、南方産だというアボカドらしき果実なども売られていた。こうして見て回ると地球並みとは言わないが、食材はそれなりに多い。だから不思議に思えてくる。

「素材そのものは豊富なのに、食文化が無い…… なぜだ?」

 レシピが不足しているというのは回答にならない。地球でも、中世ではそれほど料理レシピは充実していなかった。現存する料理レシピの多くが、一八世紀以降に生まれたものだ。近代化によって農作物の生産高が増え、庶民が多様な食材を買えるようになった。その結果、数多くの料理が生まれた。
 だがエストリア王国では、多様な食材が一般向けに売られている。決して安くはないが買えない金額ではない。だが、アボカド一つとっても買い手がいないという。

「この果実は、少し高いのではないか? これ一つで銀貨一枚だと? これなら肉を買ったほうが良い」

「とは言いましても、南方でしか採れない貴重な果実ですし、運ぶのにも手間が掛かってますからね。バターのように濃厚な味わいで、食べればクセになりますよ?」

「ならばバターを買ったほうがずっと安い。ビッグカウのガーリケバターステーキ以上の味になるのか?」

「それは……」

 レイラが店主に詰め寄っている。何気ない会話の中に、ヒントがあるような気がした。この世界では、無尽蔵に肉が取れる。それが当たり前の世界なら、食べれない部位を食べれるようにしようという創意工夫は生まれないのではないか?

「待て待て。その果実を使って、ここで簡単な調理をしたいのだが、良いか?」

 不思議そうな表情を浮かべながら、店主は許可してくれた。




「作るのは、非常に簡単なサラダだ」

 収納袋からペティナイフを取り出して、アボカドを半分にカットして中の種を取る。皮を取り除いて五ミリ幅にスライスする。次にトメートを洗って一口大にカットする。それらを皿に盛り、葡萄酢とオリーブオイル、岩塩を混ぜて作ったドレッシングを掛け、先ほど買ったハードチーズをおろし金で細かくおろして振りかける。

「できたぞ。フレッシュトマトとアボカドのサラダ、粉チーズとオリーブドレッシングを添えて…… フォークを使って、トメートとアボカドを一緒に食べてくれ」

 レイラと店主は、白い皿に盛られた料理を食い入るように見つめていた。いつの間にか、店の周りには他の客も集まっていた。




 私の名はエルヴィン。迷宮都市ドムでしがない八百屋をしている。先代である父親は、街近郊から野菜を仕入れるくらいで満足していたが、私はもっと珍しい野菜を求めて行商人と契約し、南方や北方の野菜や果物を仕入れるようにした。もっとも、量は少ない。運ぶのに時間がかかるため、野菜が腐ってしまうこともあるからだ。
 南方産の果実「アボカド」を見つけたときは、心が踊った。森のバターと呼ばれているそうで、確かに舌に滑らかに溶けるような感覚がある。パンに塗って岩塩を振りかけて食べてみたら、思いの外美味かったので、仕入れるようにした。
 だが値段を高くせざるを得ないのが悩みだ。森のバターというが、エストリア王国ではバターも簡単に手に入る。バターの代用品にすらならない。このアボカドという食材をどのように食べるか、私自身も回答を見つけられずにいた。

 そんなとき、驚くほどの美女を連れた男が、私の店にやってきた。男の方は黒髪で、顔も普通だ。だが美女の方は違う。輝くような金色の髪と、透けるような白い肌、服の上からでも判る肉感的な肢体、そして見惚れるほどに整った顔立ち。私のみならず、街の男たちは彼女に釘付けになっていた。

「これなら肉を買ったほうが良い」

 そう指摘され、私は内心で肩を落とした。アボカドの欠点を指摘されたこと以上に、彼女の話し方が残念だったのだ。まるで男性のような話し方で、女性らしさが微塵も感じられない。「残念美女」という言葉が浮かんだくらいだ。

 店先で料理をしたいと言われたとき、少し迷った。私も何度か、アボカドを料理しようとしたが、煮ても焼いてもダメだった。だがレイラという残念美女は、男の言葉に瞳を輝かせた。どうやら男は料理人らしい。ひょっとしたら、私が思いつかない料理を作ってくれるかも知れない。そう期待して、許可した。

 出された料理は非常に簡単なものだった。言われるまま、アボカドとトメートを一緒に口にする。

「ムゥゥッ!」

 思わず唸ってしまった。アボカドの持つ滑らかな舌触りとトメートの酸味をオリーブ油と葡萄酢が包み込んでいる。粉状にしたチーズと岩塩が程よい塩味となり、アボカドの旨味を引き出してくる。

「これは…… 美味い!」

 驚くことに、黒胡椒が使われていた。なるほど。胡椒の風味とピリッとした辛味が、アボカドとトメートを見事に束ねている。簡単なように見えて、なんという完成度だ。

「やはりユーヤの料理は最高だな!」

「す、素晴らしい料理ですな!」

 私は二口目、三口目を求めて、フォークを伸ばしてしまった。

「胡椒は簡単には手に入りませんから、バジル葉を使っても良いですね」

 店先に並んでいるフレッシュバジルを手にした男は、その葉を三枚ほど千切って手のひらに載せ、パンッと両手で叩いてから細かく千切って皿に散らした。それを食べてみるとバジルの香りがアボカドの風味を際立たせている。胡椒とはまた違った味わいで美味い。バジル葉は郊外の農家が庭先で栽培しており、
安価で手に入る。これなら食事処でも出せるだろう。

「おいオヤジッ! そのアボカドってやつ、俺にも売ってくれ!」

 その声に、私は忘我の状態から戻った。料理を見ていた他の客たちが、アボカドを買い始めたのだ。私は男に視線を向けると、男はニッコリと笑った。こうなることまで、予想していたのだろう。

「ヘイッ! 只今!」

 私は男に一礼して、客対応に戻った。




「良いのか、ユーヤ? あんなに簡単に料理方法を教えて……」

「構わないさ。料理は万民のものだ。それに、アボカドの使い道はまだまだある。これを機会に、他にアボカド料理が生まれてくれれば、それに越したことはない」

 アボカドは使い勝手の良い食材だ。パンに挟んでも良いし、パスタのソースにも使える。工夫次第で、一つの食材から様々な料理が生まれ、さらに複数の食材と組み合わさって独自の料理体系が生まれていく。やがてこれが、地域料理となり食文化の形成に繋がる。

「そろそろ宿に戻ろう。夕食はなにがいい?」

「ユーヤの作るものならなんでも食べるが、先ほどのサラダ、もう一度食べたいぞ」

「ならレタスも買っていくか。アボカドのシーザーサラダを作ってやる」

 陽が傾き始めている。こうして、ドムの街での初日は終わった。
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