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第019話:行商人からの依頼

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 野外キャンプは幾度も経験しているため、天幕の中で寝ることに不安はない。だが男と同じ天幕で、しかも二人きりで隣り合って寝るのは初めてであった。男勝りと言われている私でさえ、男の欲望は知っている。王女に必要な知識として、男を悦ばせる技も学んだ。もっとも、使ったことなど一度もないがな。

「スー、スー、フガッ」

 ユートは隣で、呑気に眠っていた。もし襲ってきたら陰嚢ふぐりを切り落としてやろうかとさえ思っていが、この男はまったくその気が無いようで、横になってほんの数分で眠ってしまった。私はそんなに魅力がないのだろうか?

「まったく、この男は……」

 半ば呆れながら、私は目を閉じた。緊張が解れたためか、一瞬で眠りに落ちた。




 同じテントの中で、王女と一緒に寝る。そのことに最初は緊張したが、気がついたら眠ってしまった。まぁ幾ら美人でもポンコツ過ぎるから手を出す気はない。旅仲間というプラトニックな関係で良いだろう。ムニャムニャと呑気に爆睡しているレイラをテントに残し、俺は外に出て伸びをした。夜が明けたばかりらしく、西の空はまだ暗い。少し寒い程だが、清々しい朝だった。

「さて、朝食を作りますか」

 徒歩が基本なので、ハイカロリーな朝食が良いだろう。となるとフレンチトーストが良い。栄養が偏らないように、柑橘系とベリー系の果物も添えよう。スープは昨日のコンソメ野菜スープが残っているので、それで良い。ポンコツ娘は食べる量が多いから、念の為、多めに作っておくか。

 まずは分厚目の食パンを用意する。四枚切りが丁度よい。それを六枚用意する。次に卵液を作る。卵八個、牛乳六〇〇ミリリットル、グラニュー糖を大さじ六杯、バニラエッセンスを適量だ。それらをボウルに混ぜ合わせる。食パンは、本当は耳を切り落としたほうが良いが、今回はそのままでやる。角バットに半分に切った食パンを並べ、そこに卵液を注ぐ。ヒタヒタになるまで注ぎ、パンに卵液を吸わせる。

「んんっ……おぉ、朝食だな?」

 レイラが起きてきた。胸元が少しだけ開けているぞ? まぁいいか。レイラにはテントの片付けを頼んでおく。適当に畳んで収納袋に突っ込んでおけば良いから簡単だ。
パンに卵液を吸わせている間に、フライパンを用意する。極弱火にし、バターを溶かす。完全に溶けてフチフチとしたら卵液を吸わせたパンを置き、蓋をする。フレンチトーストは「蒸し焼き」にすることでふっくらとした焼き上がりになる。両面それぞれ五分ずつだ。焼いている間に果物を切ったりスープを温めたりする。甘い香りが広がり、起きてきた他の連中もジッと注目している。

「さて、仕上げだ」

 焼き上がったフレンチトーストを皿に盛り、シナモンパウダーを振る。果物も添えていく。温め直したスープと一緒にトレイに置けば完成だ。

「ほい、カトー特製フレンチトーストだ」

 のじゃロリ駄女神め。今度は渡さんぞ!






 朝から「ケーキ」なのには驚いた。複雑な甘い香りに私の腹が鳴る。溶き卵を吸わせた白パンにナイフを入れると、スッと入っていく。卵液が滲み出るかと思っていたが、火が入っているためか殆ど出てこない。何らかの香辛料なのだろうか、表面に甘い香りのする粉が掛けられたソレが、私の口の中に入る。

「んふぅぅんんっ!」

 バターや砂糖の甘み、卵の旨味を吸収した柔らかなパンが私の口の中で弾ける。噛む程に甘み、旨味が広がっていく。何という複雑な香りと味のケーキなのだろうか。王宮でも式典の時には、牛の乳と砂糖を使ったケーキが出されることがあるが、ただ甘いだけの単調な甘味とは訳が違う。これほど複雑な味と香りのケーキを食べたのは、初めてだ。

「この果物の酸味がまた美味いな。甘いケーキによく合う」

「いや、これはケーキじゃないんだが……まぁ似たようなものか」

 南方のオレージの実だろうか。分厚い皮の中にある果肉が、甘酸っぱい果汁を吹き出す。野苺の甘みと酸味も最高であった。朝から果実というのは、実に贅沢な気分になる。私は夢中で食べていた。
 一方、ユーヤはまるで隠すようにしながらケーキを食べている。昨夜のアレは何だったのだろうか? 駄女神というのは、ユーヤの加護に関係しているのだろうか? 後で聞いてみよう。




「あの、少し宜しいでしょうか?」

 屋台の掃除をしていると、行商人が声を掛けてきた。俺は手を動かしながら、顔を上げて返事をする。出発まで余り時間がない。鉄板だけでも掃除しておかないと、後が面倒だ。

「掃除しながらでよろしければ……あ、私はユーヤ・カトーと申します。連れはレイラという女剣士です」

「ライオネル・ポルトと申します。王都グロレアと迷宮都市ドムとを往復するしがない行商人でございます。貴方様はひょっとしたら、グロレアの屋台でホットドックを売っていらっしゃった店主ではありませんか?」

「えぇ、そうですよ。まぁ狩人ギルドにも登録していましたし、ドムでは迷宮ダンジョンにも潜ってみたいと思います。特にこれといった職を持たない、気ままな旅人ですね」

「御冗談を。そのような気ままな旅人に、王女殿下が付いてくる筈がありません。あ、御安心を。殿下のことは誰にも申し上げません。この先も、パッと見て殿下と理解る人は、そう多くは無いでしょう」

「そうですか。有難うございます。それで、私への用件とは?」

「もし宜しければ、貴方様のお使いになられている食材を、少し売っていただけないでしょうか。もちろん、転売目的ではありません。お食べになられていた料理があまりに美味しそうだったので……」

 正直、食材はあまり売りたくない。肉や野菜は構わないが、醤油やソース、グルエースや出汁の素はこの世界には無い。見られればかなり面倒なことになる。それだったら俺が作って食わせたほうがいい。

「ふーん。でしたらこういうのはどうでしょう? お一人様一食あたり銅貨五枚で私が料理を作ります。皆様の手間は省けますし、私にとっても利益になります」

「銅貨五枚ですか。フム……」

 ポルト氏は顎に手を当てて考えた。ポルト氏は自分を含めて五人のメンバーである。全員が食べるとなると朝昼夕で一日銅貨七五枚、この先一ヶ月間と銅貨二二五〇枚になる。金貨ニ枚と銀貨ニ枚半だ。決して安くは無いが、毎回のキャンプの手間を考えると高い買い物ではないはずだ。

「解りました。まず今日の昼をお願いします。そこでもう一度、価格の交渉をさせて下さい」

「えぇ、構いませんよ。現物を見ないと決められませんもんね」

 原価率三割として銅貨一枚半、つまり一人一五〇円の食材で料理をすれば良い。大量に仕入れてアルティメット・キッチンに置いておけば可能なはずだ。肉はこれまでの狩りで手に入れた奴などもあるし、問題ないだろう。全員の支度が終わり、出発した。




「別に他人に作るのは構わないが、材料は足りるのか?」

 東に向けての移動途中でポルト氏からの依頼の件をレイラに話すと、材料の不安を口にしていた。まぁ確かに七人分の一ヶ月の食材量となるとそれなりになる。だが俺にはアルティメット・キッチンがある。何の問題もない。

「まぁ途中で村にも寄るだろうし、問題ないだろ。それより、時間があるときで構わないから、俺に剣を教えてくれないか? 迷宮に入る前に一定以上は使えるようになっておきたい」

 話題を切り替え、俺は剣を教えて欲しいと頼んだ。王都で使いやすそうなショートソードは手に入れているが、魔物との戦い方など知らない。するとレイラは少し考えて首を振った。

「教えるのは良いが、二人して近接戦闘をする必要はないだろう。ユーヤは元狩人なのだろう? 弓を使って遠距離から魔物を弱らせ、私が切り込んで倒したほうが良いと思う。無論、万一のために短剣程度は使えたほうが良いのは確かだ。連携を確認する傍ら、少し手解きしよう。さて、もうすぐ昼になるぞ。何を作るのだ?」

 せっかく「さすが剣姫、戦いの話になると凛々しいな」と思っていたのに、最後の緩んだ顔を見てガッカリである。まぁ俺も腹が減ってきたし、簡単に作れる「アレ」にしますか!
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