異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第017話:王女様をテイムしました

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 我が娘、レイラの報告を聞いて、余は深い溜め息をついてしまった。この娘は昔からこうだ。一本気なのは悪いことではない。男勝りの性格も良かろう。だが「向こう見ず」なのは困ったものだ。

「お前は何を考えているのだ? 男と共に、二人きりで迷宮ダンジョンに向かうなど、それがどのような意味を持つのか理解しておるのか? お前はもう二度と、王女としては扱われなくなるぞ」

「ですが父上、カトーを繋ぎ留めるにはこうする以外に……」

「まずそれが間違っておるのだ。繋ぎ留める必要がどこにある? 仮に彼の者が〈加護持ちギフトホルダー〉であったとしても、それだけで揺らぐほど王国は弱くない。マルコのための料理は、王宮料理人たちの創意によって解決できるであろう。彼の者の望みが自由であるならば、お前が同行するのは迷惑以外の何者でもないと、なぜ解らぬ?」

「……クッ」

 娘は俯いて、唇を噛んでいる。強情な娘がヘソを曲げたときの癖だ。こういう時は大抵、兄のウィリアムが妹を庇ってきた。恐らく……

「父上、一つ宜しいでしょうか?」

 ほら来た。王子でなかったら商人になっていたと言われるほど、軽薄で言葉巧みな息子である。仕方がない。丸め込まれることを覚悟で発言させるか。
 発言を許すと、ウィリアムは妹に顔を向けた。

「レイラ、お前がそこまで彼にこだわる理由はなんだろう? お前は、彼の何を〈惜しい〉と思ったんだい?」

「カトーは、加護を持っています。それを利用して、恐らくもっと多くの料理を作ることができるでしょう。マルコが喜ぶような、様々な料理を引き出すことが出来ればと思っていました」

「フーン。つまり料理の〈作り方〉だよね? だったらお前が同行する必要は無いじゃないか。彼に依頼して、作り方を手紙で送ってもらえばいい。手紙一通につき金貨一枚でも支払えば、十分じゃないかな?」

「なっ……それは……」

「お前は、彼と一緒に、迷宮に行きたいんだろう? なぜ、そこまでして同行したいのかな?」

「………」

 娘が頬を微かに染めている。余は不安を覚えた。いや、有り得んだろう。向こう見ずな娘だが、筋道立てて物事を考えることはできるはずだ。まさかそんな理由で……

「……たいのだ」

「ん?」

 娘の小声に、ウィリアムは面白そうに問い返した。娘は顔を真赤にして叫んだ。

「た、食べたいのだ! 私自身が、カトーの料理を食べたいのだ!」

 余は思わず、右手で顔を覆って天を仰いだ。




「ヒィッ……ヒィィッ……笑えるぅぅっ!」

 いやはや、本当に飯のためだったとは。僕は腹を抱えて爆笑してしまったよ。確かにカトーの料理は美味かった。だけどたった数度の飯で餌付け・・・されてしまったとはね。我が妹ながら、本当にポンコツだと思うよ。だけどまぁ、そこまで本気なら、良いんじゃないかな。

「ウィルよ。何をそんなに笑っておる。レイラを翻意させぬか」

「父上、無理ですよ。レイラがここまで開き直ってしまったら、もう動かせません。王女の地位を捨ててでも付いていくでしょう。落とし所を考えたほうが良いでしょう」

 父上も肩を落として溜息をついている。そりゃそうだ。ただ美味いものを食いたいからってだけで、男に付いて行くなんてね。犬猫じゃないんだから。だけど、僕の勘だけど、カトーは何だかんだ言って、受け入れるような気がするね。

「カトーに依頼しては如何でしょう。王族として見聞を広め、かつ武人として剣技を磨くために、共に迷宮に連れて行って欲しいと。キチンと金銭を積んで依頼すれば、引き受けるような気がします」

「だが長期に渡って若い男女が一緒に動くのだ。どのような過ちがあるかも知れん。いや、たとえ過ちがなかろうとも、周囲はそう見ないだろう」

「このままでも、妹の貰い手など見つからないでしょう。ならばいっそ、カトーに降嫁させてしまってはどうです? カトーもまた加護持ちで、少なくとも暗い未来は無いでしょう。王家としても繋がりを持つことができますし、レイラも自分の望みを叶えられる。悪くないと思いますが?」

 僕の言葉で、父上は考え込んでしまった。レイラを無理に繋ぎ止めることもできるだろうけど、それはそれで問題が起きそうなんだよね。だったら本人の希望通りにしてしまったほうが良いと思うよ。まぁ貴族どもがグダグダ言うだろうけど、そこは父上から一喝してもらうしか無いかな。

「レイラよ。仮にカトーと共に行くのであるならば、たとえ一時的であっても、王族としては扱えぬ。一介の平民となるのだぞ? その覚悟はあるのか?」

「無論、そのつもりです。元より王族という肩書は、私には重すぎるものでした。気軽に市井を歩き、仲間と共に酒場で騒ぎ、人々の中で生きることが私の望みでした」

「お前が作った騎士団はどうするのだ? 女だけの騎士団ということで、白眼視されていよう。お前の保護が無くなったら、彼女たちはどうなる?」

 おっと、そうだったね。そこは僕が引き受けよう。美しい花園は出来るだけ残したいしね。

「父上、それは私が引き受けましょう。元々、白薔薇騎士団は各貴族の次女、三女から構成されており、嫁入り前の社交場的位置づけにもなっておりました。騎士団長のファーミリウス嬢はレイラに似て男勝りの気丈な女性ですが、他の団員はそれほどでも無いでしょう。名前はそのままに、位置づけを徐々に変えていけたらと思います」

「……余には何となく、お前の中に邪さがあるような気がするのだが?」

 いやいや、それは勘ぐり過ぎでしょ。僕だって無遠慮に「花摘み」はしないよ。花は眺めて愛でるものさ。まぁ、摘まれることを望まれたら、その限りではないんだけどね。

「エリシアにも、定期的に手紙を書くようにします。万一にも、下劣なる欲望で荒らそうものなら、エリシアの友人として、我が手で去勢します」

 ……妹よ、お前もか?




〈諸事情により、五日後に閉店いたします。これまで御愛顧を頂き、誠に有難うございました〉

 この張り紙を貼った日は、半ばパニックになっていた。文盲の人でさえ、仲間内から聞いたらしく押しかけてきた。たかがホットドッグ屋だと思っていたけれど、王都の人々には思っていた以上に愛されていたようだ。閉店を止めるべきか、心が揺れなかったと言えば嘘になる。

「カトーさん! 絶対に勿体無いですよぉっ! これだけ人気なのに、止めちゃうなんてぇっ!」

 ギルド嬢からも止められたが、俺は食い物屋で生涯を終えたくない。せっかく異世界に転移したのだ。もっと広い世界を見て回りたいと思っていた。

「王国東部の迷宮都市〈ドム〉の狩人ギルドへの紹介状です。ドムの狩人ギルドでは、中級以上の狩人なら地下二階まで、迷宮ダンジョンに入ることを認めています。カトーさんならすぐにでも上級狩人、そして冒険者になれるでしょう」

 狩人ギルドで紹介状を受け取る。ついでに知り合った狩人たちにも、別れの挨拶をする。

「俺達もひょっとしたら、ドムに行くかもしれねぇ。その時はまた、美味いモノ食わせてくれ」

「ウム。できれば酒も欲しいの!」

「アンタはノンビリ屋なんだから、気をつけなさいよ?」

 上級狩人パーティー「明星」のメンバーと握手を交わす。行商隊に同行する形で、およそ一ヶ月を掛けてドムへと行くつもりだ。一人旅なので、食事は全て神スキルで出せばいい。そう思っていた。

「……で、なんで王太子殿下までここに居るんですか?」

 出発前日、買い出しも全て終えて宿に戻ると、重厚な馬車が宿前に停まっており、数名の騎士が宿を封鎖していた。俺の姿と名前を確認すると、礼儀正しく宿内に通される。そこに王太子と王女がいた。

「いやぁ。どうしても妹が君と一緒に行きたいって、毎夜泣いていてね。兄としては、妹の恋路をなんとか成就させたいと思ってさ」

「なっ……兄上! 私は泣いてなどいません! それに、こ、こ、恋路など……」

 ポンコツ王女が顔を真赤にしている。アレ? なにその恋路って? 俺たちにそんなフラグ、あったっけ? そう思って話を聞いていると、要するに俺の作る料理に惚れ込んでしまったらしい。

「君が承知してくれるのなら、陛下は勅命を持って、レイラを王族から外すそうだよ。真純金オリハルコン級以上の冒険者にならない限り、再び王宮に戻ることは出来なくなる。彼女は、それだけの覚悟をしているんだよ。君はそれをどう受け止める?」

「受け止めるって言われましても……」

 なんで受け止めなきゃならんのよ? そんなポンコツ王女の個人的欲望に、俺を巻き込まないで欲しいな。迷惑だわ。そう言おうと思ったら、ヘラヘラ笑っている軟派な王太子の表情が一変した。

「一つ言っておく。レイラは国王陛下の大事な娘であり、僕にとっても大事な妹だ。妹の覚悟に対して、中途半端な返事をしてお茶を濁そうなどとはするなよ? 無理なお願いであることは理解っている。だがこちらも相応の礼をもってお願いしているんだ。もし舐めた返事をしたら、君が加護持ちギフトホルダーだろうが関係ない。エストリア王国は国力を尽くしてでも、君を物理的に抹殺するよ?」

 そんな無茶な! とは言えなかった。眼の前の男から、鬼気迫る気配を感じたからだ。これが〈殺気〉という奴だろうか。「承知しなかったら殺す」と脅されているのだ。俺は唾を飲み込んだ。

「兄上、これ以上ユートを脅すな。申し訳ない。ただ私は決して、遊び半分でユートに付いていくと言っているのではない。いや、確かにユートの料理に惹かれたのは事実だが、以前から思っていたのだ。私の加護を活かすためには、王族の身分を捨てる必要があるとな」

 金髪のポンコツ王女が真剣に見つめてくる。俺は腕を組んで瞑目し、数瞬考えた。冷静に考えれば、悪い話ではない。俺は剣が使えない。だから迷宮都市で学ぶ必要があると思っていた。だが目の前の王女は、剣姫と呼ばれる加護持ちギフトホルダーだ。彼女から剣を学べるだろうし、迷宮ダンジョン探索も楽になるかもしれない。元王族である以上、余計なトラブルを生みかねないが、それもまた一つの刺激と考えることも出来るか。なにせ、俺にとってはこの異世界自体がトラブルなのだから。

「解りました。そこまで仰るのなら、とりあえず迷宮ダンジョンは一緒に行きましょう。その後の予定はありませんが、国外に出る場合は、改めて考えることにしましょう」

 俺は諦めて、彼女を受け入れることにした。


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