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第012話:ハーレム? ただの出張料理です

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「んー 眼福、眼福……」

 砂地の練兵場で、美女たちが剣を振っている。あるいは組手をしている。金髪や銀髪の美女たちが豊満な胸を揺らし、汗を飛ばす姿は実に良い光景であった。俺は目を細め、鼻を広げて麗しき女性たちの薫りを堪能しようとしたが、その前に首筋に剣が突きつけられた。いつの間にか、王女レイラが横にいたのである。口元に笑みを浮かべながらも、冷たい瞳を向けてくる。

「……何やら厭らしい顔つきをしておったが、貴殿は契約によって、ここで料理をするのだ。頸が惜しくば、騎士団たちに抱いた邪な心をすぐに捨てろ」

「わ、わっかりましたぁ~」

 そう言って俺は準備に取り掛かった。




「お断りします。王宮料理人など、興味がありません」

 王女の話とは「王宮料理人として国に仕えないか?」というものであった。冗談ではない。お気楽サラリーマンとは違い、絶対権力者である王や貴族たちにご機嫌取りなど、胃が幾つあっても足りない。

「私は気楽が良いのですよ。朝起きて何をするか、何を食べるか、どこに行くか…… 誰にも命令されること無く、全て自分の意志で決められる。そんな〈自由人〉でいたいのですよ」

「自由か…… 生まれにも地位にも縛られることの無い状態、という意味であったな。羨ましい限りだ。私など、生まれにも地位にも縛られ続けている」

 王女が自嘲気味にそう言ったので、俺は肩を竦めた。

「なに贅沢言ってるんですか。仕事や借金に縛られてないだけ、マシでしょう? この街の多くの人は、その日の食い扶持を稼ぐのに懸命なんですから」

「……そうだな。貴殿の言う通りだ。さて、雇われる気がないということは理解した。そこで、貴殿に〈依頼〉をしたい。我が騎士団に、美味いものを食わせてやって欲しいのだ」

 白薔薇騎士団は貴族の次女、三女で固められた三〇人ほどの騎士団だそうだ。貴族にとって娘というのは政略結婚の道具のはずである。だがそれに反発する跳ねっ返りの娘もいるそうで、そうした娘たちが集まって結成されたそうだ。設立の背景を考えても、陰口を言われたり白眼視されたりするのも、やむを得ないだろう。王宮や王族を守る「近衛騎士団」、王都に常駐する王国第一軍所属の騎士団などとは異なり、王国内に公式の役割もなく、「王女の玩具」としか思われていないらしい。

「男しかいない食堂で、肩身の狭い思いをしながら食事をしているのだ。彼女たちに、何か美味いものを食わせてやりたいのだ。どうであろうか?」

 元サラリーマンである俺は、この世界では「フェミニスト」の部類に入る。第一、美人騎士の存在は異世界モノの必須だ。三日後に、騎士団の訓練場で料理をするという依頼を快諾した。




「さて、では始めますか。まずは魔導コンロを用意する」

 訓練場の端に木製の机を出してもらい、そこに魔導コンロを八個ならべる。

「フム、それが〈収納袋〉か。かなりの容量がありそうだな?」

「そうですね。この訓練場くらいの容量はあるかもしれません」

 手を止めること無く王女に返事する。まずはスープづくりからだ。鍋に湯を沸かし、ぶつ切りにしたビッグカウの「テール」を入れて軽くアク抜きをする。砂地に湯を棄て、木桶に汲んでおいた水にテールを放り込む。三〇人前となれば、かなりの量だ。湯を沸かしている間に、野菜を切っていく。純粋な牛テールスープなら葱を刻む程度で良いが、せっかくなのでもう少し野菜を入れる。市場で買った玉葱と人参、ラディッシュを用意する。玉葱は薄切りに、人参はいちょう切りに、ラディッシュは輪切りにする。水を張った器に、それぞれを入れていく。無論、その間にテールの仕込みも忘れない。

「よし。グランシェフ社製、業務用圧力鍋召喚……」

 三〇リットルが入る業務用の圧力鍋を取り出し、魔導コンロに載せる。レイラは首を傾げた。

「奇妙な素材で出来た鍋だな。銀か?」

「いえ、これはステンレス鋼と呼ばれる素材です。まぁあまり知られていませんね」

 圧力鍋に水を張り、水洗いしたテールを放り込む。長ネギリーキの青い部分を入れ、火を付けた。テールスープは白濁させるため、圧力鍋を使っても時間が掛かる。加圧終了後、さらに煮込む必要があるからだ。その間にメインを用意する。

「自分で料理をすることはない私でも、貴殿が使っている道具の奇妙さは理解できる。一体どこで、そのような道具を……」

「詮索無用ですよ? コッチも商売ですから、教えられません」

 身体を動かした後に食べるべきは、高タンパク高脂質の旨いモノが良い。しかも訓練場という屋外で食べるとなれば、食べ易さも必要になる。となれば「丼モノ」が最も良いだろう。

「女性と言ってもみんな若くて体育会系だ。米も多めに用意したほうが良いな。五升炊き羽釜召喚……」

五升炊き用のアルミ製羽釜を取り出し、魔導コンロに載せる。魔導コンロは火力調整ができるため、ちゃんとした炊き方ができるだろう。無洗米五升、通常のより一割ほど多めの水を入れる。羽釜で炊く場合は、水が吹きこぼれることが前提であるため、炊飯器より多めに入れなければならない。

「スープを作っているのは理解したが、もう一品は何なのだ? パンの用意が無さそうだが?」

「作るのは、ビッグカウのカルビ肉を使った〈牛焼肉丼〉ニクマシマシです。丼モノと言って、コメという小麦とは違う穀物を使った料理です」

「コメ? どこかで聞いたことがあるな。それで、ビッグカウの肉を使うのか? 塩を振った肉ならよく食べているが……」

「まぁ、楽しみにしていてください」

 市場で「ラフランス」を見つけた時に、俺特製焼肉のタレを作ることは考えていた。梨、玉葱、ニンニク、ショウガを全て摺り下ろし、片手鍋に入れて水を加え、弱火に掛ける。沸騰したら三分ほどクツクツと煮て、旨味の強い溜り醤油、辛味を加えるためのカイエンヌペッパー、コチュジャン、蜂蜜、粗挽き胡椒を加える。焦げないように弱火にかけながら混ぜていく。最後に胡麻油を加えれば完成だ。熱の加わった醤油の香りが、訓練場に広がり、女騎士たちが手を止めた。

「何をしている! 手を休めるなっ!」

 騎士団長のエリシアが鋭い声を発した。だがそう言った本人の腹が「グゥゥッ」と鳴る。

「あっ…… クッ……」

 顔を赤くして腹を抱え、恨めしそうに睨んでくる。だが俺も構ってはいられない。羽釜の火力を調整しつつ、圧力鍋の様子も見なければならない。市場で買ったキャベットキャベツを千切りにし、水にさらす。ビッグカウのバラ肉を薄切りにする。それをボウルに入れ、冷ました焼肉のタレを掛けて揉み込むなど、やることが多いのだ。

「皆、料理が気になって仕方がなかろう? 今日は少し早めに終わろう」

 レイラが苦笑交じりにそう言うと、皆はホッとした表情を浮かべ、そして俺の側に駆け寄ってきた。若い女の汗の匂いに包まれる。だが料理中の俺は、そんなことには構っていられない。

「テールスープの白濁化完了、野菜投入。岩塩と胡椒で味を整えて完成。次に焼き肉だ。本当なら炭火焼きにしたいところだが、鉄鍋でいいだろう。牛脂を馴染ませたフライパンを三つ用意しておく。タイミングが重要だからな。そしてコメだ! 蓋を取るまであと三〇秒……大盛り用ドンブリ用意完了」

「速い……一つ一つの動作に意味があり、まるで流れるようにそれが繋がっていく……」

「なんだか、剣舞を見ているような気分だわ」

 美女たちがヒソヒソと話す。俺の動きはさらに加速する。布巾を手に、羽釜の前に立つ。

「三、ニ、一、今ッ!」

 木蓋を取り外すと、ピンッと立った米粒が整然と並んでいた。広がる蒸気とコメの美味そうな匂いが広がる。濡らしたシャモジで手早くコメを十字に切り、かき混ぜていく。混ぜ終わると再び蓋を置き、肉を焼き始める。ジュワワワッという音と肉の脂が溶ける香りに甘じょっぱさが加わり、食欲を増進させる。肉を焼きながら、ドンブリに炊いたコメを持っていく。無論、大盛りだ。盛ったコメに千切りキャベツを広げ、その上に焼肉のタレを掛ける。次にディスペンサーを使って、糸のようにマヨネーズをキャベツに掛け、最後に焼いた牛バラ肉をタップリと載せ、刻み葱をふりかけて完成だ。骨付きテールと野菜が入ったスープとドンブリをトレーに乗せ、木製のフォークとスプーンを置く。

「ホイッ! 待たせたな。カトー特製ビッグカウ丼とテールスープだ!」

 美女たちが、ゴクリと唾を飲み込んだ。






 ユーヤ・カトーはまるで魔法使いであった。たった一人で三〇人分の料理を作るなど、かなり厳しいことは私にも理解っていた。だからせいぜい、パンとスープくらいかと思っていたが、カトーは未知の道具を自在に操り、これまで嗅いだことも無いような、美味そうな香りを生み出した。三〇人がそれぞれ、訓練場の地面に座り、木のトレーを眼の前にしていた。私が手を付けなければ、彼女たちも手を出さない。だからすぐに食べ始めようと思っていた。だが目の前の未知の料理に、私は戸惑っていた。一体、どうやって食べれば良いのだ?

「肉の乗ったドンブリは、下にあるコメと一緒にフォークで口に掻き込んでください。テールは骨まで柔らかくなっていると思いますが、骨が喉に刺さるかもしれないので、気をつけてくださいね。あ、お替りもありますからね。では、いただきまーす!」

 カトーは両手を合わせて自作の料理の前に一礼すると、一気に食べ始めた。ドンブリを手にし、器の端を口にあて、ガツガツと掻き込んでいく。正直、あまり品の良い食べ方ではない。

「美味ぇぇっ!」

 満面の笑みを浮かべて食べている男に釣られ、私は意を決した。

「わ、私たちもいただこうか……」

 私は見よう見まねで、カトーと同じように食べ始めた。湯気を上らせる肉をかき分け、千切りにされたキャベットにフォークをつきたて、その下にあるコメと呼ばれる柔らかい食べ物ごと、肉を口に放り込む。その瞬間、私の脳髄に雷が落ちた。

「んんんっ!」

 焼いたはずの肉は柔らかく、肉の旨味が十分に感じられる。甘さと辛さが絶妙に調和した、これまで味わったことのないような塩気を持つタレと肉の脂の相性は抜群で、「岩塩味」とは全くの別物であった。黒っぽいタレがなんとも言えぬ芳ばしい香りを放ち、微かな辛味が脂の甘さを引き立てる。キャベットはシャキシャキとし、酸味のある白っぽいタレが、ともするとしつこくなる脂っぽさを中和させ、複雑な旨味が口いっぱいに広がる。コメと呼ばれる食べごたえのある穀物は、肉と同じ黒っぽいタレを吸っており、味の薄いコメの甘みを際立たせている。そしてそれらを口に入れて咀嚼すると、旨味が一体となり一つの完成された料理になる。

(ドンブリというのは、口の中で完成させる料理なのだな? 何という魅惑の料理なのだ! それに、この〈コメ〉という食べ物。これなら、あの子も食べられるのではないか?)

 そして私はスープが入った木製の器を手にする。食べやすく切られた野菜類、それに比べて大きめの骨付き肉がゴロンと入っている。ビッグカウの「尾」など初めて食べるが、薄味の中にしっかりとした肉の味が溶け込み、塩気の強いドンブリと抜群の相性となる。木のスプーンを使って、骨から肉を剥がすと、思いの外簡単に剥がれ落ちた。野菜、スープと共に肉を入れると、先程のドンブリとはまた違った優しい味わいが口内に広がった。
 ドンブリもスープも、あっという間に完食してしまった。正直、これならあと三杯は食べられるだろう。だが今回は、部下たちに美味いものを食わせるのが目的だ。私が食べ尽くす訳にはいかない。すると騎士団長がおずおずとカトー殿に問いかけた。

「カ、カトー殿……その……」

「あぁ、お替りですね? 良いですよ。まだコメはありますし、少し趣向も凝らしたいですからね」

 カトーは気が利くらしく、皆まで言わせずに器を受け取り、肉を焼き始めた。先程より少なめにコメを盛る。キャベット、肉と盛っていると、鶏の卵を取り出した。

「鍋に湯を張り、そこに卵を殻つきのまま静かに沈めて十二分すると、こうなります」

 そう言って卵を割り落とした。白っぽい塊が、ドンブリの中央にポトンと落ちた。茹で卵とは違う。かと言って、生でもない。「半生」と呼べば良いのだろうか?

「生卵は食あたりを起こす可能性がありますが、沸騰手前の湯の中でゆっくりと加熱することで、半生状態でも安全に食べることができます。卵にも少し、タレを掛けておきますね。スプーンを使って、卵を崩しながら食べてください」

 全員が、エリシアのドンブリに注目する。半生の卵を崩すと、濃い色の黄身が肉に広がった。コメ、肉、黄身をスプーンで一気に食べる。あの真面目なエリシアが、頬に手を当て、相好を崩して身悶えていた。それほどに美味いのだろうか? これは食べずにいられまい!

「カトー殿、私にも貰えぬか?」

 私は空になった食器を差し出した。
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