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第010話:騎士団に目をつけられました

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 私の名はエリシア・ファーミリウス。ファーミリウス子爵家の三女で、白薔薇騎士団の団長を務めている。「剣姫」と呼ばれる王女のレイラ様の直属部隊である白薔薇騎士団は、女性しかいない。我々の役目は、レイラ様を守護することは無論だが、王都内の治安維持も行っている。もっとも、王都には警邏隊も存在しているため、見廻り時に現行犯で捕らえた罪人を引き渡すという程度だ。この日も、早朝の練武を終えた私は、部下三人を連れて街の見廻りを行っていた。

「おや? あの男は……」

 部下の声に、私も顔を向けた。黒髪の男が八百屋の店主と話している。銭を払い、赤い野菜「トメート」を手にするとその場で齧りついた。

「あの男が気になるのか?」

「いえ、最近街で話題になっている男です。ホットドッグという料理を出す屋台の店主なのですが、週に二日ほど狩人としても活動しており、その時は信じられない量の獲物を持ち帰るとか……」

「ほう。確かに、良い型位ガタイをしている。だが、その程度で話題になるのか?」

「噂では、収納袋を持っているとか…… 狩人ギルドの知り合いの話では、おそらく〈加護持ちギフトホルダー〉だろう、とのことです」

 加護持ちと聞いて、私は眉をピクリと反応させた。〈加護持ちギフトホルダー〉は、王国をはじめ各国が血眼になって探している。百万人に一人と言われるほどに希少で、最大国家であるエストリア王国でさえ、加護持ちは二人しかいない。一人は剣姫レイラ・エストリア王女、もう一人は神鋼鉄アダマンタイン級冒険者で名誉男爵でもあるオーデリック・ブラウンシュヴァイツァーである。

「ふむ…… 少し話をしてみるか」

 私は頷き、男の方へと歩を進めた。




「トメートか。トマトと比べると甘みが少なく、酸度が高いな。ソースには不向きだが、スライスしてピザなどには使えるか? 玉葱オニエラは殆ど同じだから、これは普通に使えるな。ニンニクや生姜も普通にあるか……」

「ちょっと良いか?」

 女性の声に反応して振り向くと、赤髪の秀麗な美女が立っていた。白銀に輝く鎧を着ており、どこかの騎士のように見える。

「失礼、私はエリシア・ファーミリウス。白薔薇騎士団の団長だ。貴殿に聞きたいことがある」

 口調まで騎士然としている。俺は背筋を伸ばして挨拶した。

「私はユーヤ・カトー、しがない屋台の店主です。それで、私に聞きたいこととは?」

「人前では少し憚られることだ。出来ればご同行願いたい」

「それは、時間が掛かることでしょうか? 明日の仕込みなどもあるのですが?」

「なに、疾しいことがなければ、すぐに済む」

 俺は頷き、美人女騎士の後ろに着いていった。左右と後ろに、剣を腰に刺した他の女騎士が立つ。美人に囲まれるのは嬉しいが、どうもピリピリしており、まるで連行されているような気分だ。

「あのー このように囲まれると、他の人の目が気になるのですが? なにせ屋台なので、悪い噂が立つと困るんですが……」

「そうか…… メリムたち、彼から少し離れなさい」

「ですが団長……」

「別に取り調べる訳ではない。少し雑談をするだけだ。そう気負う必要はない」

 美人女騎士さんの言葉に従い、美人たちが離れていく。俺はホッとして背中に話しかけた。

「えっと…… それで、何処に連れて行かれるのでしょう?」

「すぐそこだ。私たちが普段利用している茶屋がある。個室の部屋もあるので、話しやすいだろう」

 指差された方角を見ると、ティーカップから湯気が出ている絵が書かれた看板が見えた。




(フーン…… まずまずの味だな)

 出てきた茶は、紅茶ではなくハーブティーであった。個人的にはもう少し、香りが弱いほうが好きなのだが、その感想は胸にしまっておく。美人女騎士ファーミリウスさんは、茶を一口啜った後、率直に斬り込んできた。

「貴殿について噂を聞いた。加護持ちというのは、本当か?」

 俺は瞬きを二度した後、相手と同じように茶を啜って、返答した。

「大変申し訳ない言い方ですが、その質問は、愚かな質問ですね」

「なに?」

 ファーミリウスの眉が険しくなる。だが俺は平然と理由を説明した。

「加護持ちということが露見すると、国によって束縛され自由がなくなるとか…… だからたとえ加護を持っていても隠す場合が多いと聞いています。つまり持っていても、〈持っていない〉という返事になる。一方、持っていない場合は、持っていることを偽装するメリットもないので、やはり持っていないという返事になる。どちらであっても返事は同じです。愚かな質問というのは、そういうことです」

「騎士団の尋問に素直に答えない場合は、偽証罪となる。それを知っての返事か?」

「知りませんでした。これは〈尋問〉だったのですか? 雑談だと思っていましたが? 第一、どうやって嘘と本当を見分けるのです? 俺を連行して、加護持ちかを鑑定しますか?」

 力づくの鑑定は、王国の法で禁じられている。加護持ちが隣国に逃げた場合は、脅威となるからだ。ファーミリウスは黙ってしまった。それを放って、俺は茶を飲み終えると、席を立ち上がった。

「さて、ではもう良いでしょう? 明日の仕込みもあるので、そろそろこの辺で……」

 するとファーミリウスは慌てたように言葉を繋いだ。

「待たれよ。私の聞き方が悪かった。それは謝罪する。だが貴殿は誤解している。王国は加護持ちを束縛するつもりはない。現に、加護持ちの冒険者もいるのだ。ただ繋がりを持っておきたいだけだ」

「知ってますよ。たしか神鋼鉄アダマンタイン級の冒険者でしたよね? 名誉男爵だとか…… その人は、他国に行くことは出来るんですか? 好きなように国々を流れ歩き、気ままな旅をすることが出来るんですか?」

「そ、それは……」

 〈加護ギフト〉については、比較的簡単に知ることが出来た。王国でも最高位の冒険者が〈加護持ちギフトホルダー〉だったからである。名誉男爵として富も名声も得ているそうだが、貴族である以上、王国に縛られている。他国に行く自由は無い。

「〈加護持ちギフトホルダー〉を囲い込むために貴族にする…… 王国をはじめ、他の国々もそうしているそうですね? 仮に俺が〈加護持ちギフトホルダー〉だったとしたら、そんなやり方は迷惑この上ありません。俺は好きなように生きたいんですよ。お茶、ご馳走さまでした」

 俺はそう言って部屋を出た。ファーミリウスは黙って俺を見送った。




「なるほどの、加護持ちギフトホルダーと呼んでおるのか……」

 スキル「アルティメット・キッチン」で展開される異空間は、さながら高級料理店の厨房のようになっていた。高火力の六口コンロ、業務用オーブンとスチーム、シノザキ電機の業務用冷蔵庫と冷凍庫、スチールラックにはあらゆるスパイスが整然と並び、レストランなどで使われている電動ミンサーもある。
 厨房から少し離れた場所には木製のテーブルと椅子が置かれている。これは自前で買ったものだ。アルティメット・キッチンで手に入れられるのは「厨房機器や関係する什器および食材」に限られる。

「それで、妾に頼みとはなんじゃ?」

 椅子に座り、足をプラプラさせるのじゃロリに頭を下げる。

「頼む。スキルを隠すようなスキルを貰えないか?」

 ストローでシェイクをズズズッと吸いながら、ヘスティアは左手を翳した。

「ホレッ、隠蔽のスキルじゃ。これで良いか?」

 頭を上げた俺は、左右の手足を見た。特に変わった様子はない。

「要するに、他者に見抜かれないようにすれば良いのじゃろ? 女神の加護を隠すための加護を与えた。加護が消えたわけではないので安心せよ。それで、今日は何を食べさせてくれるのじゃ?」

 俺は腕まくりをして、ニヤリと笑った。




「今日はこの世界の食材で料理をしようと思う。ヘスティアの世界でも、工夫次第では旨い料理が作れることを証明してやる」

「キラーン(-ω☆)ホホゥ? それは楽しみじゃの」

 まずは玉葱である。この世界ではオニエラという野菜がそれに該当する。微塵切りにして鍋に入れ、茶色くなるまでよく炒める。中弱火なので少し時間が掛かる。その間に他の具材も刻む。トメートを湯剥きし、種を取って粗微塵にする。人参キャロティは摩り下ろす。市場で仕入れたキノコ類なども刻んでおく。鍋に赤葡萄酒、トメート、人参、キノコ、ニンニクガーリッケ月桂樹の葉ローリエを入れて火にかける。

「本来、トマトソースには人参は入れない。だがこの世界のトマトは酸度が高いからな。摩り下ろした人参を加えることで甘みが加わり、コクが出るはずだ」

 別のフライパンでも、玉葱を炒めておく。これは他に使うためだ。トマトソースを作っている間に、肉の仕込みに取り掛かる。ビッグカウの赤身肉、突撃猪の軟骨を用意する。それらを業務用ミンサーにかけて挽肉にしていく。

「牛豚の合挽肉だが、軟骨が入ることでコリコリっていう歯ごたえが出て、俺は好きなんだよね」

 タライに氷水を張り、ボウルを浸す。その中に茶色くなるまで炒めた玉葱、軟骨入りの合挽肉、スティングチキンの卵黄と塩を加える。

「香辛料は高いし、なによりナツメグが見当たらなかったからな。挽肉にする前の肉塊を牛乳に浸して臭みを消す方法もあるが、まぁ今日は良いだろう」

 氷水で冷やしながら手早く捏ねていく。まずは握るようにして全体を混ぜ、次にグルグルとかき混ぜるように捏ねていく。タネが出来上がったら楕円形の成形し、真ん中を少し凹ませる。

「トマトソースも出来てきたな。市場で仕入れた胡椒と岩塩で味を整えて完成だ」

 ミルを使ってガリガリと胡椒、岩塩を挽く。手早くかき混ぜ、味見する。

「可能ならコンソメキューブを使いたいが、まぁこんなもんだろ。では焼き始めますか!」

 鉄のフライパンにビッグカウの脂身を均し、成形したタネを並べて焼いていく。焼き目が付いたら引っ繰り返し、同じ様に焼き目を付ける。レードルでトマトソースを掬い取り、焼いている鉄鍋に入れる。ジュワァァッという音がすると、火を弱めにする。

「このまま弱火で二〇分、肉から出た脂が、トメートの酸味を程よく包んで旨味に変わるはずだ。月桂樹の葉が肉の臭みも消してくれるだろう」






 やがて煮込み終わる。崩さないように皿に移し、上からトマトソースを掛ける。

「ホイッ、煮込みハンバーグだ! 一応、ライスも炊いておいたぞ」

 ダイニングテーブルの上に料理が並べられる。ヘスティアはフォークとナイフを手にし、既に待ち構えていた。左手のフォークで肉を抑え、右手のナイフでカットする。切り口から透明な肉汁が溢れ出る。

「おぉぉ……美味そうじゃぁっ」

 口を大きく開けてパクリと一口すると、少女の顔に満面の笑みが浮かんだ。

「美味いのぉぉっ! トメートの酸味と甘みの中に、確かな塩味があって、それが肉の脂と混ざって良い味になっておる。それに歯ごたえも良い。軟骨がこんな味になるとは思わなんだ」

 自分でも食べてみる。確かに悪くはない。だが「旨味」が足りない。この異世界で、グルタミン酸やイノシン酸などの旨味成分をどう確保するかが今後の課題だろう。

「汝がこの世界に転移してから一月以上が経過したが、汝から見てここはどう見える?」

「まだ他の国を回っていないからなんとも言えないが、魔導技術というのは面白いな。魔石をエネルギーとして利用すれば、化石燃料のような環境汚染の心配もない。だが、魔力を使って機械を動かすのは限界だろう。魔力は〈送電〉できないからな」

「ふむ。食事についてはどうじゃ?」

「それについては、正直言って不満だ。いや、元の世界でも中世では貴族を除いて食事は貧しいものだったらしいから、それは仕方がないのかもしれないが、食材や調味料、料理道具などあらゆる面が不足している。〈食文化〉というものが無いのだろうな」

 俺の言葉にヘスティアも頷いた。

「そうじゃ。この世界には〈食文化〉が無い。いや、個々人を見れば美味いものが食いたいという欲求はあるし、そのために工夫や努力もしておる。じゃが、世界全体を見れば文化と呼べるほどには成熟しておらぬ。妾としては、汝に食文化確立を期待したいところじゃな。世界への貢献にも繋がるであろうし……」

「まぁ貢献になるかは知らんが、好きにやるさ」

 そう言ってハンバーグを口に入れた。
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