47 / 53
第四章
4-1
しおりを挟む第四章
一
刀を脇にさした、男たちの足音が近づいてきた。
わしと、登紀子は門前にひかえ、草むらの中に身を潜め、奴らが過ぎゆくのを待つ。「確かに、こっちの方へ来たと思ったんだが」「いずれにせよ、早く捕まえねえと」「今のうちに、やっちまわなあ」「そうだ。殺される」ひそひそと、つぶやきながら、数人の男たちは、草むらの前を通り過ぎ、闇の奥へと消えてゆく。それをしばらく見送ったあと、登紀子はゆっくりと立ち上がって伸びをした。わしもそれに続いて、起き上がる。
「もう面倒くさい」
「昏倒じゃすませんぞ。あいつら腹が立つ」
「駄目よ。お母さん達が狙われたらどうするのよ」
「喰えばいい」
「それじゃあ、意味が無いじゃない。馬鹿鬼」
登紀子は、赤茶色の髪をかきあげながら、闇の中を歩きはじめた。その後に続いて「それで、今日はどこじゃ」と、言って鼻を鳴らした。
「香取群。なんと、前にも起こったところだわ」
京也から受け取った地図を広げて、「千葉県」と書かれている部分を指さし、嬉々とした声を上げた。わしは、ため息をついて、登紀子を睨みつける。
「いまからか」
「ええ、やっちゃんの本領発揮よ」
「次にその呼び方をしたら、放り出す」
「はいはい、照れ屋なんだから」
「芸は上がらぬが、口の達者な娘じゃ」
「あら、女は愛嬌なのよ」
「どこに可愛げがあるんじゃ」
せせら笑うと、尻尾を踏まれた。相変わらず乱暴な娘である。痛んだ尻尾をおさえながら、しぶしぶ登紀子を背に乗せて、跳躍する。街灯の上を飛び越えると「大胆ねえ」と言って、口笛を吹かれた。わしは、小さく鼻を鳴らし、速度を上げる。
ところで、こうして夜な夜な、街を徘徊し、面倒な連中に追われ、こそこそしているのには、よんどころのない事情がある。京也の言っていたように、近年で群発的に地震が発生するようになり、地震学教室は戦々恐々とし、それを煽りたてる新聞記事によって、人々は乱心していた。そこで、また懲りもせず、坂島の家に相談に来た京也に触発され、なんと登紀子は、とんでもない提案を持ちかけたのだ。
「地震を食い止めることって、できないのかしら?」と、愉快そうに笑って言った。もちろん、京也は唖然として、すぐに難しい表情で「それは、状況にもよるだろうが、」と、言葉を濁した。わしは、ハッとして、起き上がると京也を、じとり、と睨みつけた。
「貴様、余計なことを言うなよ」
「うん。と、言うことはできるのね」
登紀子は暴れるわしの尻尾をつかんで、無理に座らせた。喉を鳴らせて、威嚇をしてみるが、札を額に貼りつけられ、動けなくなる。京也はそれを黙って見守りながら、苦笑を浮かべた。
「できない、と言うこともない」
「教えて」
「否、しかし、僕じゃ専門的なことはわからない。可能性としてあげられることは、いくつか、あるかもしれないが」
おずおずと、申し訳なさそうに話す京也に、しびれを切らした登紀子は、不機嫌そうに眉間に皺をよせ「良いから、早く話しなさい」と、言った。京也は、登紀子の迫力に気圧されて滔々としゃべり始める。何弱者め。
「まず、大きな振動になる前に、無理に発生させて震動の規模を小さくする、と言うやり方がある。プレートのずれで、発生する地震には、こちらのほうが良いと思う。海沿いの地盤は、波の勢いで、じょじょに上の地盤の下にもぐりこみ、それが元に戻る時の反動で、大きな揺れが発生する。地盤の陥没も同様だ。その時は、大きな津波も起こる」
「他のは?」
「あとは、断層のずれによって起こる地震だが、こっちは発生の可能性が、いまのところ低い。発生地の熱エネルギーや振動数と、逆の周波や熱エネルギーを発生させ、ぶつけあうことで相殺する、と言うことも可能かもしれないが、そんな莫大なエネルギー、どうやって作りだせば良いのか。いまの科学技術では、早急な対処はできないよ。登紀子」
京也は、黒い前髪をかきあげ、残念そうにため息をついた。それに対して、登紀子は双眸の奥に不気味な色をひそませ、口元を歪めた。「ふふ」とにやつきながら、動けなくなっているわしの顔を、見つめてきた。嫌な悪寒が、背の毛を逆立てる。
「大丈夫よ。科学なんか、最初っからあてにしてないもの」
「やめろ。そんな目でわしを見るな」
「なによ馬鹿鬼。いつもの虚勢はどうしたの。さあ、言ってみせてよ。最強の鬼に不可能はない、って」
「脚色をするな。そんなこと一度も言ったことないぞ」
「うるさいわね」
面倒くさそうにうなると、わしの鬚を引っ張ってきた。それでも登紀子の顔を睨みつけた。何と言う非情な娘なのか。わしは歯ぎしりをして、舌を打った。
「ふざけるなよ、貴様ら。たかだか人間と、土地の破裂ごときのために、わしの生命力を枯渇させるつもりか。この魔女、般若、鬼女」
「そうね。でも、お父さんが居たらきっと、同じことをやろうとするわ。それもあんたに頼らず、力もないのに、一人でね。違って?」
違わないだろう。わしは、ぐっと、押し黙って登紀子の微笑みを睨みつける。悪魔と言うのは得てして、このように相手の弱い部分を平気でつついてくるのに、違いない。そういうところだけは、まったくタイマの生き写しである。
「馬鹿ね。悪魔は嬉々として、傷をえぐり返すのよ。死なないように、じわじわ、痛めつけるのよ」
「うるさい。人の考えを勝手に読むな、魔女」
話をそらそうと、懲りもせず悪態をついてみるが、登紀子は動じることなく、両手で頬をつつみ、にっこりと笑った。
「さあ、どうするの?八枯れ。言っておくけど、あんたがやらないと言っても、私はやるんだからね」
そう言った登紀子の鮮やかな笑みを見つめながら、盛大なため息をついた。どうするも、こうするも、おそらくわしに決定権など、はじめから無いのだろう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる