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61話 優木坂詠は青井夜空を信じていたようです
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親子連れ。子供同士。友達グループ。そして恋人たち。
老若男女を問わずに、誰もが幸せそうな表情を浮かべながら、喧騒を連れて私の前を通り過ぎてゆく。
天川神社の境内前。
大鳥居の下で、その光景を見送りながら、私――優木坂詠は一人佇んでいた。
鳥居の奥には境内に続く参道が伸びていて、等間隔に立ち並ぶ石灯籠が放つ小さな灯りと、その隙間を縫うように、所狭しと並んだ屋台から発せられる煌びやかな明かりが、黄昏時の夕闇を照らしていた。
屋台で売られる様々な食べ物や飲み物の香りが混ざり合って、辺り一面に漂っている。
「フゥ――……」
そんなお祭り独特の華やかさの中にあっても、私の周りだけ妙に静かに感じる。
賑やかなはずのこの場所で、たった一人でいる自分がとても寂しく思えた。
手元の腕時計に視線を落とす。
今は午後六時ちょっと過ぎ。
とはいえ、時間を確認したところで、それほど意味はなかった。
だって、待ち合わせ時間は決めていない。
それどころか、きみが来るかどうかもわからない。
「――ッ」
しゃがみ込みたくなった。
自分の身体を必死で両の足で支える。
怖い。
きみは来ないかもしれない。
私が今こうしていることは、ただの徒労かもしれない。
そう思うだけで、私は不安に押し潰されそうになる。
でも、それでも。
ここで待つって決めた。
夜空くんと約束をしたから。
一緒に夏祭りに行こうって。
現在となっては、約束と言うにはあまりに頼りない、か細い糸のような繋がりだけど。
亜純さんにお願いをして。
文とお母さんにも助けてもらって。
その糸が夜空くんのもとへ繋がっていることを信じて、私はこの場所に立っている。
結局私に出来ることは、信じることだけだ。
だから、待つ。
きっともうすぐ来るはずだから。
その時が来たら、笑顔で迎えよう。
これまでのことなんて、なんでもなかったみたいに。
全然気にしていないよって。
そんな風に、いつものように笑うんだ。
大丈夫。きっと笑ってみせるから。
そう心の中でつぶやいて、もう何度目かわからないけれど、自分で自分を鼓舞して、再び前を見据えた。
「詠――?」
そのとき、私の名前を呼ぶ声がした。
私は声の方へ振り返る。
「やっぱり詠だー!」
「ヨミヨミも来てたんだー」
「波美ちゃん……秋穂ちゃん……」
視線の先には、浴衣姿の二人の少女が近づいてくる姿が見えた。
「どうしたのー? 待ち合わせ中?」
「あ、えっと。そんな感じ……かな」
二人が私の格好をまじまじと見つめてきた。
「てか、詠、めっちゃ浴衣似合ってるじゃん」
「ホント、かわい~!」
「ありがとう。波美ちゃんと秋穂ちゃんも似合ってるよ」
「もしかして、彼氏待ちですかー? ヨミヨミも意外と隅に置けないからなぁ」
「そんなんじゃ……ないよ。もう、からかわないで」
当たり障りのない会話を二人と交わす。
「波美ちゃん達は二人?」
「んーんー、クラスの他の奴らもいるよ」
「そうなんだ」
話しながら、ちらりと波美ちゃん達の背後を確認する。
するとそこには、数人の男女の姿があった。
全員が見知ったクラスメイト達だった。
女の子たちは皆浴衣を着ていて、楽しそうに笑い合っている。
その輪の中心にいるのは、黒野くんだった。
私の姿に気づいた黒野くんが、こちらに向かって手を上げて近づいてきた。
波美ちゃんたちと入れ違いになる。
「や、詠ちゃん」
「黒野くん、こんばんは」
「浴衣綺麗だねえ。とっても似合ってる。可愛いよ!」
「ありがとう……」
「今日は一人? 誰かと待ち合わせ?」
「えっと……」
言葉に詰まる。
どうしよう。
何か言わないと。
「……」
だけど、なんて言えばいいのか分からなくて、結局口籠ってしまった。
「もしかして、青井のことを……待ってんの?」
「え……?」
不意打ちを喰らい、思わず声を上げてしまった。
どうして分かったんだろう。
「ふぅん……」
そんな私の反応を見て、黒野くんはニヤリと笑う。彼らしくない、少し意地の悪い表情のような気がした。
でも、そんな表情は一瞬。
「詠ちゃん。もしよかったら、アイツが来るまででいいからさ。俺たちと一緒にお祭り回らない?」
「え……?」
「せっかくのお祭りだし。皆で回った方が楽しいじゃん。一人ぼっちだと寂しいでしょ? それにさ、詠ちゃん可愛いから、一人で居たらナンパとかも心配だよ」
「でも」
「青井が来たら、そのタイミングで合流すればいいんだし。それに俺さぁ。クラス会の日にアイツとトラブっちゃったから、仲直りしたいんだよねぇ。そういうのもあって、仲直りのキッカケを探しててさ」
そう言って、黒野くんは頭をかきながら、はにかむように笑った。
「ね、だからさ。一緒に行こ?」
そう言って、黒野くんは私に手を差し伸べた。
にっこりと、彼らしい爽やかな笑顔を浮かべながら。
私はその手を見つめる。
「私は――」
黒野くんに返事を返そうとした、その時。
「詠」
私の背中。後ろの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
聞き慣れた声。
だけど久しぶりに聞く声。
ずっと、聞きたかったその声。
私は声の方を振り向く。
その姿を見たとき。視界に映る他の全部が色を失った。
そこにいたのは、ただ、きみ。
きみだけが、私の瞳に映っていた。
「夜空……くん」
無意識のうちに、名前を呼んでいた。
胸の奥底から、抑えきれない感情が溢れでる。
「詠」
もう一度、はっきりと私の名前を呼んだ後、きみはゆっくりと私のもとへ歩み寄ってきた。
そして、私のすぐ目の前まで来て立ち止まる。
きみの顔は汗でびっしょり。頬は真っ赤に染まって、肩で息をするように、荒々しく呼吸をしていた。
そんなきみは、真剣な表情でまっすぐに私を見据えた。
「俺はきみが好きだ」
老若男女を問わずに、誰もが幸せそうな表情を浮かべながら、喧騒を連れて私の前を通り過ぎてゆく。
天川神社の境内前。
大鳥居の下で、その光景を見送りながら、私――優木坂詠は一人佇んでいた。
鳥居の奥には境内に続く参道が伸びていて、等間隔に立ち並ぶ石灯籠が放つ小さな灯りと、その隙間を縫うように、所狭しと並んだ屋台から発せられる煌びやかな明かりが、黄昏時の夕闇を照らしていた。
屋台で売られる様々な食べ物や飲み物の香りが混ざり合って、辺り一面に漂っている。
「フゥ――……」
そんなお祭り独特の華やかさの中にあっても、私の周りだけ妙に静かに感じる。
賑やかなはずのこの場所で、たった一人でいる自分がとても寂しく思えた。
手元の腕時計に視線を落とす。
今は午後六時ちょっと過ぎ。
とはいえ、時間を確認したところで、それほど意味はなかった。
だって、待ち合わせ時間は決めていない。
それどころか、きみが来るかどうかもわからない。
「――ッ」
しゃがみ込みたくなった。
自分の身体を必死で両の足で支える。
怖い。
きみは来ないかもしれない。
私が今こうしていることは、ただの徒労かもしれない。
そう思うだけで、私は不安に押し潰されそうになる。
でも、それでも。
ここで待つって決めた。
夜空くんと約束をしたから。
一緒に夏祭りに行こうって。
現在となっては、約束と言うにはあまりに頼りない、か細い糸のような繋がりだけど。
亜純さんにお願いをして。
文とお母さんにも助けてもらって。
その糸が夜空くんのもとへ繋がっていることを信じて、私はこの場所に立っている。
結局私に出来ることは、信じることだけだ。
だから、待つ。
きっともうすぐ来るはずだから。
その時が来たら、笑顔で迎えよう。
これまでのことなんて、なんでもなかったみたいに。
全然気にしていないよって。
そんな風に、いつものように笑うんだ。
大丈夫。きっと笑ってみせるから。
そう心の中でつぶやいて、もう何度目かわからないけれど、自分で自分を鼓舞して、再び前を見据えた。
「詠――?」
そのとき、私の名前を呼ぶ声がした。
私は声の方へ振り返る。
「やっぱり詠だー!」
「ヨミヨミも来てたんだー」
「波美ちゃん……秋穂ちゃん……」
視線の先には、浴衣姿の二人の少女が近づいてくる姿が見えた。
「どうしたのー? 待ち合わせ中?」
「あ、えっと。そんな感じ……かな」
二人が私の格好をまじまじと見つめてきた。
「てか、詠、めっちゃ浴衣似合ってるじゃん」
「ホント、かわい~!」
「ありがとう。波美ちゃんと秋穂ちゃんも似合ってるよ」
「もしかして、彼氏待ちですかー? ヨミヨミも意外と隅に置けないからなぁ」
「そんなんじゃ……ないよ。もう、からかわないで」
当たり障りのない会話を二人と交わす。
「波美ちゃん達は二人?」
「んーんー、クラスの他の奴らもいるよ」
「そうなんだ」
話しながら、ちらりと波美ちゃん達の背後を確認する。
するとそこには、数人の男女の姿があった。
全員が見知ったクラスメイト達だった。
女の子たちは皆浴衣を着ていて、楽しそうに笑い合っている。
その輪の中心にいるのは、黒野くんだった。
私の姿に気づいた黒野くんが、こちらに向かって手を上げて近づいてきた。
波美ちゃんたちと入れ違いになる。
「や、詠ちゃん」
「黒野くん、こんばんは」
「浴衣綺麗だねえ。とっても似合ってる。可愛いよ!」
「ありがとう……」
「今日は一人? 誰かと待ち合わせ?」
「えっと……」
言葉に詰まる。
どうしよう。
何か言わないと。
「……」
だけど、なんて言えばいいのか分からなくて、結局口籠ってしまった。
「もしかして、青井のことを……待ってんの?」
「え……?」
不意打ちを喰らい、思わず声を上げてしまった。
どうして分かったんだろう。
「ふぅん……」
そんな私の反応を見て、黒野くんはニヤリと笑う。彼らしくない、少し意地の悪い表情のような気がした。
でも、そんな表情は一瞬。
「詠ちゃん。もしよかったら、アイツが来るまででいいからさ。俺たちと一緒にお祭り回らない?」
「え……?」
「せっかくのお祭りだし。皆で回った方が楽しいじゃん。一人ぼっちだと寂しいでしょ? それにさ、詠ちゃん可愛いから、一人で居たらナンパとかも心配だよ」
「でも」
「青井が来たら、そのタイミングで合流すればいいんだし。それに俺さぁ。クラス会の日にアイツとトラブっちゃったから、仲直りしたいんだよねぇ。そういうのもあって、仲直りのキッカケを探しててさ」
そう言って、黒野くんは頭をかきながら、はにかむように笑った。
「ね、だからさ。一緒に行こ?」
そう言って、黒野くんは私に手を差し伸べた。
にっこりと、彼らしい爽やかな笑顔を浮かべながら。
私はその手を見つめる。
「私は――」
黒野くんに返事を返そうとした、その時。
「詠」
私の背中。後ろの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
聞き慣れた声。
だけど久しぶりに聞く声。
ずっと、聞きたかったその声。
私は声の方を振り向く。
その姿を見たとき。視界に映る他の全部が色を失った。
そこにいたのは、ただ、きみ。
きみだけが、私の瞳に映っていた。
「夜空……くん」
無意識のうちに、名前を呼んでいた。
胸の奥底から、抑えきれない感情が溢れでる。
「詠」
もう一度、はっきりと私の名前を呼んだ後、きみはゆっくりと私のもとへ歩み寄ってきた。
そして、私のすぐ目の前まで来て立ち止まる。
きみの顔は汗でびっしょり。頬は真っ赤に染まって、肩で息をするように、荒々しく呼吸をしていた。
そんなきみは、真剣な表情でまっすぐに私を見据えた。
「俺はきみが好きだ」
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