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1巻

1-2

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「なんだか様子が変だと思っていたけど、そんなことを考えていたのね。分かったわ」

 内心ハラハラしていたが、呼び方変更は案外あっさり受理された。
 お母様は俺にニッコリと微笑む。

「あとで魔法の本を持ってきてあげるから、頑張るのよ。分からないことがあったら少しはママが教えてあげられると思うから」

 お母様が部屋から出ていこうと扉を開けると、そこにはまたサーシャが立っていた。

「あら、サーシャ」

 サーシャはピンクの目で俺の方をじっと見つめている。
 別の部屋に行ったと思っていたけど、また戻ってきてくれたのか? その上ずっと待ってくれてたなんて、なんていじらしいんだ。
 俺はサーシャの可愛さに脳内で悶絶もんぜつした。
 するとお母様がクスッと笑い、サーシャを抱き上げる。

「サーシャ、よく頑張ってお兄ちゃんと遊ぶのを我慢できましたね。今日から少しならアルお兄ちゃんの部屋に入っても大丈夫ですよ」

 お母様は俺が寝ているベッドの上に、サーシャを座らせた。

「アル、サーシャのことをよろしくね。ママは本を取ってくるわ」

 こうしてお母様が部屋を出ていき、俺とサーシャの二人きりになる。
 よく見ると、サーシャは手に絵本を抱えていた。ニコニコしながら、それを差し出してくる。

「アルお兄ちゃん、ご本読んで」

 ご本!? そういえば俺、こっちの文字が読めるのだろうか?
 絵本の表紙には、騎士とお姫様が描かれている。開いてみると、見たこともない文字が書かれていた。なのに不思議と意味が理解できる。
 自動翻訳キターーー!!
 って、今更か……しゃべる言葉も普通に通じたもんな。
 アル君の記憶のおかげなのかよく分からないけど、とりあえずホッとした。これなら魔法の本だって読めるだろう。
 頭の中ではしゃいでいると、俺を見ていたサーシャが首を傾げる。

「お兄ちゃん、まだ頭痛いの……?」

 まずい、今度は三才児に不思議そうにされている。顔に出てたのかな。
 俺は咳払せきばらいをすると、絵本の朗読を始める。


「むかしむかし、ある国に美しいお姫様がおりました。お姫様は優しく、誰からも愛されておりました。その国には勇敢な騎士団がありました。お姫様はいつしか、騎士の一人と愛しあうようになりました。しかし王様が二人の仲を認めなかったので、お姫様と騎士は一緒に城から逃げることにしました」

 サーシャは夢中で聞いている。
 しかし、駆け落ちの物語か。なんだか、おとぎ話っぽくない絵本な気がする。
 そう思っていると、お母様が部屋に戻ってきた。
 お母様はサーシャを抱っこする。そして俺に別の本を手渡してきた。

「アル、初級魔法の本を持ってきたわ。ママの大切な本だから、丁寧ていねいに使ってね」

 俺は本を両手で受け取り、心の中で叫ぶ。
 魔法の本キターーー!!
 本の表紙は動物の革らしきものでできており、ずっしりとした造りになっている。古びているが光沢こうたくがあり、長い間大事に使われてきたことが感じられる。

「ありがとうございます、お母様。一生懸命勉強します」

 お母様は笑顔で言う。

「アルが魔法のお勉強に目覚めてくれて嬉しいわ。ママの癒しの魔法は、みんなからすごいと言われていたのよ」

 お母様は少し得意げな様子だ。
 へえ~、お母様の魔法って、ほかの人から見てもすごかったんだな。
 そういえば、意識不明の重体だった俺を、二日でほぼ完治させちゃったんだもんな。そんなに威力があるんだから、本当に聖女様なのかもしれない。
 俺は真面目な顔をして、お母様に告げる。

「身をもって実感しています。お母様の癒しの魔法のおかげで、こんなに元気になりましたから。僕もお母様を見倣みならって、頑張って勉強しますね」

 すると、お母様も真面目な顔になった。

「ただし、読んでお勉強するだけよ。実際に魔法を使ったらダメですからね。危ないから、部屋の中では絶対に魔法の呪文を口に出さないこと」

 マ、マジか……練習できないなんてかなりガッカリだけど、最初に火の魔法を失敗したんだから仕方ないよな……とにかく、ここは素直に従っておこう。

「はい、分かりましたお母様。気を付けて勉強します」

 俺の返事を聞くと、お母様はそのままサーシャを連れて部屋から出ていった。
 一人になったところで、俺はひざの上に本を載せる。読むだけだと念を押されてしまったとはいえ、憧れの魔法の本だ。ワクワクしながら、早速ページをめくってみる。


  魔法はなぞが多く、原理の解明はされていない。


 最初からいきなりこれかよ! 教科書的なもののはずなのに、こんなことで大丈夫なのか?
 そう思いながらも、更にページをめくっていく。


  魔法は、イメージ・魔力・呪文の詠唱えいしょうが揃うことで発動する。
  イメージや込める魔力の量によって、結果は異なる。
  なお、魔力の量は人によって違う。
  鍛錬たんれんで増やせるが、増やせる上限もまた人によって違う。上限に達すると増えなくなる。
  魔法の上達には、イメージを鮮明にすることや、魔力の流れを感じ取ることが重要となる。
  それらのためには、練習と努力が必要。
  注意!  魔力を使い切ってはならない。命を落とす危険があるので、絶対に無理はしないこと。


 うーん、なんだか分かったような、分からないような……できれば具体的なイメージ方法とかを教えてもらいたいんだけどな。これだけじゃ練習と努力のしようがないではないか。
 続けてページをめくると、火魔法・水魔法・土魔法・風魔法の呪文が並んでいた。
 火魔法はお母様に禁止されてしまったから、とりあえず水魔法から見ていくか。
 俺は水魔法の欄の最初の呪文を眺める。


  ここに集まり我に水を与え給え……ウォーター


 呪文を唱えるのは禁止なので、頭の中でイメージしてみる。
 水道もないのに水を出すには、どんな方法が考えられるだろう。俺としては、空気中の水分が集まって水になるというイメージが一番シックリくるかも……
 んんん……!?
 そう思いながら目をらしたら、俺の体からもわもわと何かが出ていくのが見えた。
 火魔法を使った時は意識してなかったけど、これが本にあった魔力の流れというやつなのか?
 同時に俺のイメージした通り、空気の中からじわじわとにじみ出すようにして小さな水の粒が現れた。しかも空中に浮かんでいる。
 えっ、待て待て! 俺は呪文を唱えてないぞ!? なのに、水魔法っぽいことが起きてないか!? なんでこうなったんだ!?
 そうこうしているうちに、水の粒はどんどん大きくなり、野球ボールくらいのサイズになってしまった。
 動揺していると、水の球が布団の上に落ちてきて弾けた。俺は慌てて本をガードする。本は無事だったが、布団は水びたしになった。
 なんだよ、魔法ってこんなに簡単に発動するのか? 本には練習と努力が必要って書いてあったから、てっきりもっと長い時間をかけなきゃできないものだと思ってた……
 それにしても、この布団どうしよう。転生初日といい、二日間連続で布団を濡らしてしまった。
 魔法を使わないと約束した手前、正直に告白するのは気が引ける。
 そうだ。昨日と同じで、水を飲もうとしてこぼしたことにしよう。
 そう考えていると、タイミングよくお母様が部屋に入ってきた。

「アル、お勉強は……あら、布団をどうしたの?」
「これは……お水を飲もうとしてこぼしてしまいました!」

 俺はシミュレーション通りに答えた。
 怒られるかと思いきや、お母様は特に気にした様子もなく、床に下りるように言う。そしてテキパキと濡れた布団を移動させ、窓から干してくれた。

「早く言ってくれてよかったわ。前のアルなら絶対に黙ったままだったのに。本当に成長しているのね。偉いわ」

 危なかった。魔法を使ったことはバレずに済んだみたいだ。
 しかし、こんなことで褒められるなんて……アルよ、お前はかなりのやんちゃ坊主だったようだな。
 なんとも言えない気持ちになっていると、お母様が明るく口にする。

「あ、そうそう。夕方にはパパが帰ってくると思うわ。村の安全のために、泊りがけで森の見まわりをしていたのよ」

 森……そういえば転生初日にも、森で大変なことが起きてるって聞いた気がする。


 夕方になり、ひづめの音が聞こえてきた。窓の外を覗いてみると、馬に乗った人影が見える。
 アル君の記憶によれば、あれはうちの馬のシルバーだ。それに乗っているのが、アル君のパパのジェイ。この辺りを警備する騎士をしているらしい。
 金髪を後ろで結んだ青い目のイケメンで、百八十センチくらいの長身だ。ちなみに遺伝なのだろう、アル君もジェイと同じく、金髪で目が青色だ。
 しばらくするとドアが開き、今世のお父様が革鎧かわよろいのまま入ってきた。

「アル、大丈夫か? お前のそばにいられなくて悪かったな。だが騎士である俺は、村の安全を守るのが仕事なんだ。分かってくれるな」

 よし、第一印象が肝心だ。
 そう考えた俺はできるだけ姿勢を正して、お父様に応える。

「お父様、僕こそ心配をおかけしてごめんなさい。これからは言いつけを守って、お父様のような立派な大人になれるよう努力します」

 お父様はギョッとした顔をする。

「……お前、本当にやんちゃ坊主のアルなのか? 急にお父様なんて呼ばれたらビックリするだろ」

 はい、また疑われてしまいました。でも中身が二十八才だから、これに慣れてもらうしかない。
 しかし、母、妹、父と連続で怪しまれてしまっているな。
 こんな調子でうまくやっていけるんだろうか……ほかにもまだ兄が二人いるんだよな。
 そう思って肩を落としていると、お父様が優しく頭を撫でてくれる。

「……まあ、アルが元気そうで安心した。目が覚めないから、このまま死んでしまうんじゃないかと気が気じゃなかったんだ。治ってくれて本当によかった」

 お母様だけでなく、お父様も優しいみたいだ。俺、絶対に親孝行する。
 感動を噛みしめていると、お父様が不安げに言う。

「これからは危ないことはするなよ。当分安静にしておけ。あと、元気になっても、しばらく森には近付くな。村人が森で襲われて大怪我をしたんだが、襲ったものの正体が未だに掴めないんだ」

 森が危ないって、そんなことが起きていたのか……逆にちょっと興味が……いやいや、今は幸せに暮らすことが第一だ。お父様の言いつけを守ろう。
 自分に言い聞かせていると、お父様が尋ねてくる。

「さっきソフィアから聞いたが、アルは魔法の本を読み始めたんだってな? 俺は身体強化魔法だけは使えるが、ほかの魔法はさっぱりだ。だけどアルならソフィアの血を引いているから、勉強すれば使えるかもな」

 お父様はどことなく寂しそうな様子だ。

「お前は棒を振りまわしてやんちゃばかりしていたから、てっきり俺のように剣術を習って騎士を目指すと思っていたが……まさか魔法師まほうしを目指すとはな」

 ハッ……そういえばアル君は、騎士に憧れていたんだよな。
 俺は慌てて否定する。

「お父様、僕は魔法使いを目指しているわけではありません。魔法も剣も使える立派な大人になりたいのです。元気になったら僕に剣術も教えてください」

 すると、お父様は目を輝かせた。
 よし、喜んでもらえたみたいだ。それに俺は、本当に剣術も使えるようになりたいんだ。だって、せっかく剣と魔法の世界に来たんだし。

「俺の剣の訓練は厳しいぞ、途中で逃げ出したら二度と教えないからな。それでもいいんだな?」

 俺はお父様の言葉に、元気よく答える。

「はい、お父様! 絶対にやりとげる所存ですので、よろしくご指導ください」
「アル……なんかお前、変わりすぎじゃないか?」

 お父様は唖然とした様子でそう言ったが、すぐに「いやいや、今のアルはものすごく聞き分けのいい子じゃないか。親にとっては喜ばしいことだ」と自分に言い聞かせるように呟いて頭を振った。
 その後、改めて俺に向き直る。

「すまんすまん……じゃあ元気になったらビシビシ鍛えるから、そのつもりでいろよ」

 お父様は部屋を出ていった。
 入れ替わりに、今度はお母様が入ってくる。手に持ったトレーには、シチューの入った器が載っていた。

「さあアル、温かいうちに食べちゃいましょう」

 そう言って、昨日みたいにシチューを木のスプーンですくい、何度も口に運んでくれる。
 そうだ、お母様にさっきのことを報告しておこう。

「僕が元気になったら、お父様から剣術の稽古けいこをつけてもらえることになりました」

 お母様はとても嬉しそうにしてくれた。

「それはよかったわね、アル」

 お母様の笑顔を見ると、俺も笑顔になる。それに、魔法の勉強も頑張ろうという気持ちになる。
 というわけで、お母様がいなくなったあと……俺は再びペラペラと魔法の本をめくってみた。
 部屋の中でバレずに練習できる魔法、なんかないかな。安全で、迷惑をかけないやつ。
 しかし、めぼしいものを見つけられないまま最後のページになってしまった。
 そこにはこう記されていた。


  魔法師を目指す若人わこうどよ、上達への近道はない。
  ひたむきな努力と練習あるのみだ。
  君が魔法を習得し、世界を平和に導いてくれると私は信じている。
      賢者アールスハインド


 ええ、もう終わりか。これじゃ、今、練習できる魔法はないな……と思った瞬間、ひらめいた。
 あるじゃん、部屋でもできる安全な魔法。しかも体験済みのやつ。
 俺は自分の頭に両方の手のひらをかざして、お母様のヒールをイメージしてみる。
 呪文は確か……俺の怪我が治りますように、この者の怪我を癒し給え……ヒール。
 こっそり練習したいので、今回も呪文は唱えず、イメージだけだ。
 すると、魔力が流れる感覚があった。手に温かい光が集まり、それが頭から流れこんでくる。
 信じられないことに、ヒールも発動できたみたいだ。
 自分で自分にヒールをかけると、一度自分から出ていった魔力がヒールになってまた体に戻ってくるって感じみたいだ。
 意味があるのか分からないけど、なんか楽しくなってきた。
 グルグル~グルグル~、と調子よく循環じゅんかんさせる。
 しばらくやり続けていたけど、なんとなく怖くなって途中でやめた。
 だって、これが本当にヒールなのか、俺にははっきり分からないしな。
 もしヒールじゃないなら、本に書いてあった魔力切れとかいうのにならないか心配だ。死ぬ危険があるって注意書きされてたけど、もう一回死ぬのはいやだ。
 だけど、本当に発動できてるとしたらすごいよな。お母様は何年もかけて練習したって言ってたし。
 もしかして、今世の俺って普通じゃないのかな。
 ここまでラノベのテンプレが続いてるけど、俺もテンプレのチート持ちだったりして。


《その通りです。普通ではありません》


 ん? 今、誰かの声が聞こえた気がする……
 しかも、前にもこんなことがあったような……
 俺はキョロキョロと辺りを見まわしてみたが、誰もいなかった。多分、空耳だったのだろう。


 ▢ ▢ ▢ 


《……見守ってはいても、気付かれないようにしないといけませんね。危ないところでした》

 彼女は小さく呟いた。

《それにしても……魔法を無詠唱で使える人は普通いません。中でも治癒の魔法は特殊な系統で、適性のある人は少ないのです。しかも癒しの魔法をループしたことで、魔力量が急激に増え、髪の色が徐々に変化していますね。ループで魔力量が増えることを知っていたとは思えないのですが、本能的な行動でしょうか……わたしがちょっとだけ贔屓ひいきしてしまったとはいえ、さすがというほかありません。まだあんなに小さくて可愛い姿だというのに……》

 彼女はコホンと咳払いをしてから続ける。

《しかも、前世の記憶を取り戻してしまうなんて……》

 転生者の男は、アルフレッドの体に途中から自分の魂が入りこんだのだと解釈していた。
 しかし実際は初めからアルフレッドとして転生しており、頭を打ったショックで潜在意識にあった前世の記憶が呼び覚まされたのだ。

《ただ、本人はまだそれに気付いていないようですね……》



 3 あの子、魔法が使えるの 


 この世界に来て三日目、やっとベッドから解放された。
 ただしお母様から体調を心配され、まだ家から出ないように言われている。
 というわけで、家の中でできることがないか探してみる。
 まずは親孝行その一として、食堂を掃除することに決めた。
 実はヒールのループをやっているうちに、いつの間にかウォーターの微妙なコントロールができるようになったんだよな。それを実践するのに、掃除はちょうどいい。
 俺はウォーターをスプレーのような霧状きりじょうにして、床をまんべんなく湿らせる。
 家の一階はタイルを敷きつめたような石造りの床だ。そのせいで、石の間に細かい土や砂がたくさん溜まっている。ホウキで掃くとそれがほこりとなって舞い上がり、そこら中が汚れてしまう。
 しかしこの魔法で適度に床を湿らせておけば、土埃や砂埃が固まってどろみたいになる。だから掃除がしやすいのだ。
 掃除が終わったところで報告に行くと、お母様はとても喜んでくれた。

「ありがとう、アル。ママすごく助かるわ」

 よしよし、親孝行は順調だ。
 手伝いが終わると、もうやることがない。風呂場でウォーターの練習でもしよう。
 風呂場に着くと、周りに誰もいないのを確認してからウォーターを発動する。
 本を読んだ時と同じように、水が出るイメージをする。
 すると手より少し先の空間から、水が出始めた。水量としては勢いの弱い水道くらいのものながら、十分間ほどジョロジョロと出し続けられた。
 そうして魔法を練習していると……ふと背中に気配を感じる。
 振り返ると、そこにはポカンと口を開けたお母様がいた。


 ▢ ▢ ▢ 


 私はソフィア。最近アルの様子が少し変だけど、成長だと思って見守っていたの。
 今日も掃除をお手伝いするって言ってくれたわ。せっかくだからお願いしたけど……六才で綺麗きれいにお掃除するのは難しいはず。後始末をするつもりで食堂を見に行ったの。
 そしたら、驚いてしまった。私がするよりも綺麗になっている。
 あの子、一体どうやって掃除したのかしら。いつも一階の掃除に使っているおけ雑巾ぞうきんはそのままなのに。不思議に思っていたら、アルがお風呂場に行く気配けはいがした。
 気付かれないようにそっとあとをつける。
 すると、お風呂場でアルがしゃがみ、無言のまま両手をかざした。
 またたに、手からジョロジョロと水が出始める。
 開いた口がふさがらない。まさかもう水の魔法を使っているなんて。
 魔法の本を渡してから、まだ二日しか経っていない。なのに制御の精度も魔力量も、普通では考えられないレベルだわ。
 すぐに魔力がなくなるだろうと思って見ていたら、十分間も続いていた。
 魔力切れは命に関わるのでやめさせなければと一歩近付いたら、あの子が振り向いて目が合う。

「お母様? いつからそこにおられたのですか? 声をかけてくださればいいのに……ビックリしてしまいました」
「アル、あなたいつの間に水の魔法が使えるようになったの? そういえば……もしかして、お布団を濡らしたのも、魔法のせいだったの?」

 アルは気まずそうにもじもじしている。

「……お母様に貸してもらった魔法の本はすごいですね! 呪文は口にせず、読んだだけなのに水の魔法が使えるようになりました。まさに魔法の本だったんですね」

 この子なかなかうまいこと言うわね。魔法みたいに魔法が使えるようになる本ですか……
 そんな魔法の本は見たことも聞いたこともありません!
 それに、今のがウォーター? 水が連続で出続けるなんておかしいわ。あんなに連続で魔法を使ったら、普通の子供は魔力切れで倒れてしまうのに。

「あなた、もしかしてお掃除の時も何か魔法を使った?」
「ごめんなさい。すごく小さなお水をいっぱい作って、埃が飛ばないようにしてお掃除しました」

 そんなことができるの⁉ 私にはできないわ……
 あの本にだって、そんな魔法の使い方は書いていなかったはず。

「ママに教えて。あなたの使った魔法はどんな呪文を詠唱したの?」

 アルは口ごもっていたが、ようやく答える。

「呪文は……ないんです。頭の中で小さなお水がいっぱいできるよう考えたらできちゃいました」

 呪文の詠唱をしない? そんな魔法師には会ったことがないわ。
 まるで言い伝えにある、賢者アールスハインド様みたい。
 私の想像をはるかに超えていて、どうしたらいいか思いつかない。



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