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第四章 5月18日、12時15分
第23話 もう少しだけ待って
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「よっこい、しょ……っと」
時乃がそう息むと同時に、窓の形をしたような像がガコンという音を立て、ぐるり反転していく。すると、これまで風が吹き荒れていたエリアが軒並み無風になっていった。
「なるほど、あっちを先に動かしてから、最後の仕上げでここを動かすのか……」
その手際の良さに感心していると、時乃が疲労を抱えた表情で近寄ってくる。
「全く、敵が出てこないのはいいんだけどさ。こんな重たいもの、女の子が一人で押したり引いたりこねくり回したりするのって、辛い以外の何物でもないよ……」
そんなぼやきに、俺は苦笑する他なかった。
――ブラッディームーンなる修羅場をくぐり抜けた俺たちが辿り着いたのは、壁の至るところが碧色に発光し、どことなく厳かな雰囲気も感じられる洞窟だった。
時乃曰く、ここはギミック色が強めらしく、敵が出てこない代わりにウィンドウインドウなる像から発生する強風が行く手を阻むのだとか。なので頭を使って像を操作し、安全に進んで行きましょう……という建前、なのだが。
「でも、わたしは全部の答えを把握済だからね。像の操作も一人でやれるし、陸也は傷を癒やすことに専念出来るってわけ」
と、攻略前はそう豪語していた時乃。
しかし。
「……まさかVRだと、像の操作がこんなに面倒くさいなんて……。ていうか、なんで神聖な洞窟に扇風機があるんだって話だよ。教えはどうなってんの教えは」
「ついにゲームにまでツッコミ始めたな……。……そこまでしんどいなら、やっぱり俺が手伝……」
「あ、それは却下。何度も言ってるとおり、陸也を休ませるためにわざわざここを選んでるのに、手伝わせたら本末転倒でしょ?」
そうして何度か聞かされた台詞をまたもや吐いた後、時乃は腕をぐるぐると回しながら嘆息する。
「……はぁーあ。わたしがいつも操作してるのは、二段ジャンプに竜巻スピンまで繰り出せる、筋骨隆々のマリクなんだよ。こんな非力な子じゃないんだってゆーのに」
「……ちょっと待て、俺って実は二段ジャンプとか出来たりするのか?」
思わず驚きをあらわにすると、時乃は少し苦笑しつつ返してくる。
「バグ技を使えばね。ただ、多分陸也には出来ないよ。1フレーム技だから」
「……1フレーム技?」
「そ。ええと、このゲーム60FPSだから……猶予が0.0167秒しかない技」
「……は?」
ピンとこない数字を出され、思わず固まってしまう。すると時乃はくつくつと笑いながら続けた。
「そもそも、バグ技って基本そんなものだよ? 今まで陸也に教えてきたのは、簡単に再現できるものに限ってきてるしさ。……普段わたし達は、そういった細い細い針の穴を通すような技を駆使して、わずか数秒のタイムを削ったりしてきてるんだよ」
「そ、そうだったのか……。いや確かに、バグ技って難しいイメージがあったのに、使ってきたのは簡単に出来るものばかりで、ちょっと拍子抜けしてはいたんだが……」
「そりゃもちろん、こっちだって気を使うよ。紹介しようと思えば、わたしだって2回に1回ぐらいしか出せない技とかいっぱいあるし。……あ、でも、練習すれば陸也ならきっと出来るよ。だからほら、一度タイムアタックやってみない? このゲームから脱出できた後でいいからさ」
「……俺を修羅道に引きずり込もうとするな」
そうしてぐいぐい来る時乃を手で押し返せば、時乃は「楽しいのに……」などとぼそっと呟きつつも、何とか引き下がってはくれた。
が、そこで俺はふと考える。……ここはモンスターも出てこないし、こうして時乃とゆっくり話せてもいる。
そんな今だからこそ、例の話を切り出すチャンスなんじゃないか、と。
「……なあ時乃、ちょっといいか?」
「ん、何?」
「今、このゲームから脱出できた後でー、なんて言ってたが――このゲームから脱出する手がかり、実はもう少しで掴めそうな気がしてるんだ」
「……えっ、ホント⁉」
「ああ。あともうちょっとの所まで来てる。ただ肝心要の『黒幕』の動機がさっぱり分からなくてさ。……とりあえず思考をまとめていきたいのもあって、色々と話していきたいんだ。大丈夫か?」
「……うん。それはもちろん、問題ないけど」
時乃からのそんな承諾を得て、俺はゆっくりと言葉を紡ぎ始めてゆく。
「まずはどうしても引っかかってる点が1つ。それがこの痛み……つまり、魔王戦の時に受けた傷について、だ」
「まあ……そりゃそうだよね。『痛みに強い』って言ってた陸也が、これだけ引きずるぐらいだし。何かおかしいのは分かるけど」
「ああ、この痛みはまさに、何かおかしいんだ。これ以上はないとすら思っていた、小4の時の手術をはるかに超えるレベルだったしな。万人がプレイするであろうゲームに、なんで普通の人なら間違いなくショック死するであろう痛みが設定されてるなんて、あり得ないだろうし」
そうしてかぶりを振れば、時乃がぽつりと考えを口にする。
「その……デスゲームみたいにしたくて、致死量のダメージを受けたら致死量の痛みが出るようにした……とか?」
「俺も最初は漠然とそう考えたりはした。ただ……実はそうではなかったんだ。何故なら、そもそもこのゲームは、被ダメージでは痛みが発生しない仕様になっていたからな」
「……⁉」
驚きの表情を浮かべる時乃へ、俺はなおも述べてゆく。
「さっき俺は、ブラッディームーンとかいうやつで、かなりのダメージを負う攻撃を何発か貰ってたよな? 最初はピエロのブーメラン、それからゾンビの突進に……まあ細かく言ってもきりが無いが、それら全てで、衝撃こそ感じたが痛みは全く感じなかった」
「……た、確かにわたしも、特に感じはしなかったけど」
「だろ? それと序盤の森で、俺がマジシャンの岩攻撃を食らったこともあったよな? ダイビングロールを覚えるきっかけになったあの時も、特に痛みを感じることはなかったんだよ」
そこで一息ついた後、俺は唇に人差し指を当てつつ続けた。
「つまり、『黒幕』が何か細工をしたのは確実で、それもあの魔王戦での一撃だけをピンポイントで弄ったんじゃないか、って考えたんだ。……で、そう考えると、一つ気になる点が出てくる」
「気になる点?」
「……あの魔剣の一撃がものすごく痛いってことを、事前に知っていた人物が、一人いたってことだよ」
「……え? あ……っ」
時乃が息を呑む。
……ようやく、俺が何を言わんとしているかが分かったようだった。
「そう。その人物とは――時乃、お前だ」
――像が勝手に動いたわけでもないのに、何故か俺たちの間を、冷風が吹き抜けていったような気がした。
「時乃は魔王戦に至るまでに、何度かそんな警告をしてきてくれていたよな。さらには『痛みが長引くこと見越して、事前に攻略しやすい場所を見繕う』だなんて洒落た事をしてくれてもいる。これは一体……どういうことなんだろうな? 何で俺が痛みに悶えることを事前に知っていたんだ?」
鋭利な刃物を突きつけるように、問いを投げかける。
時乃はそれに、何も答えられずにいた。
「思えば、時乃の言動にはいろいろ不可解なところがあったよな。例えば、居合い切りバグ……CcDって言ったか? 雑魚敵はそもそも時乃が問題なく片付けられるはずなのに、雑魚敵を湧かせないためって名目で俺にやらせてたやつだ。あれを木こりの村へ向かうときには教えず、泉の村に向かうときに使わせて、火山へ向かう時には俺に早起きさせてまで逆に使わせなかった。……安全性を求めるなら、最初から教えて使わせるのが普通だろ? 何でこんなに指示がブレブレだったんだ?」
「……それは……」
「封印の聖域へのワープを拒否りかけて動揺してたのも、今にして思えば不自然だったよな。かと思えば野営地じゃ『8つの聖洞全部回っても良い、後は気持ちの問題だ』なんて言ってきてもいるし。まるで、魔王戦までは思い描いたシナリオ通りに進まなくなることに怯えてたが、やること終えた後は別にどうでもいい……そんなノリにも思えてくるんだが」
これまでの事を思い出し、不審な点をズバズバと追求してゆく。もちろん適宜間を作ってやってはいるのだが、時乃はやはりなにも答えてはこなかった。
「それにそもそも……時乃は魔王戦の後から、一回もオプションウェアを確認しなくなったよな?」
「……!」
「見るのが癖になってるとは言っていたが、それなら魔王戦後から一切チラ見しなくなったのは何故なんだ? そもそも癖とはいえ、意識すれば直せるはずだろう? それでも何回も目を向けていたのは……そこにライフ以外に、確認すべき事も表示されていたから。そうなんじゃないのか?」
喋り疲れて、大きく大きくため息をついた後。俺は動揺を隠し切れていない時乃にチラリと目を配る。
「何で細工したのが魔剣だけだったのかは、未だに分かってない。今あげた違和感の数々だって、実際の意図とかは全く分かってない。でもそれでも、何かが行われていたということだけは分かる。証拠もこれだけ積み上がってる。……なら後は、あれこれ考えたりするよりか、直接聞いた方が早いかなと思ってさ」
そうして俺は、改まって時乃へと向き直る。
「なあ、時乃。あえて聞くぞ? ――『黒幕』って、誰だか知ってたりするか?」
その問いに、時乃は何も答えなかった。
一言、知らないとも言えるだろうに、それすら時乃は口にすることが出来ずにいた。
……3秒、5秒、10秒。ただただ沈黙が場を支配していく。
そして、ようやく、意を決したかのように、時乃はやわく息を吸い込み、口を開いてゆく。
「……具合は、どうなの?」
「……具合?」
「お腹の、傷のこと。まだ痛むの?」
……しかして出てきた言葉は、自白でもとぼけるでもなく、何故か俺を気づかう言葉だった。
俺は思わず眉をひそめつつ、しかし無視するものでもないかと、一応はそれに応えてゆく。
「……まだ痛みの波はあるな。だからこそさっきは体ひねったり出来なくて、回避出来ずに被弾してたわけだし」
「……そう。なら……心苦しいんだけど、その痛みが引くまで、もう少し待って欲しいの」
「…………どういうことだ?」
本格的に顔をしかめてしまう。ただ時乃はそれでも真剣な表情は崩さずに、ぽつりぽつりと話し始めた。
「確かにわたしは、陸也がまだ知らないことを知ってる。それは認めるよ。……でも、今までそれを話さなかったのは、全部陸也の為なの」
「俺のため?」
……序盤に時乃から同じニュアンスの事を言われたことをぼんやりと思い出す。
「そう。……これだけは誓うよ。わたしは、陸也を貶めようなんて一切考えてない。陸也を純粋に助けたかったから、必死になって色々教えてきたし、露払いもしてきたし、気を使ってルートを組んでも来てるの。それもこれも全部、陸也を思ってのこと」
「……なら、俺が今『痛みが急に消えた』って言ったら、全部話すんだな?」
「……うん、もちろん。わたしが知ってること、全部話すよ」
「……」
思わずいぶかしげな目で時乃を見つめるが、時乃は構わず近寄り、懇願してくる。
「……お願い。だからひとまず、この約束で、納得して欲しいの」
その瞳を、俺はまっすぐ見据えた。
……透き通った、いつもと変わらないその瞳を。
「……………………」
時乃は一切、俺の視線から目を逸らそうとはしてこなかった。本当に本心から、もう少しだけ待って欲しいと、そう言外に告げてきているようだった。それを受け、俺は少し思考する。
……例えば、例えばだ。時乃が黒幕になにか弱みを握られていたり、人質を取られていて、このゲームのクリアを強要されていたりしたらどうだろう。時乃の一連の言動に、ある種の整合性がつくのではないだろうか。あるいはこの痛みの原因となった魔剣関連のイベントによって、今後このゲームから逃れられる一瞬が生まれるのかも知れない。
……何もまだ、俺の問いに答えられなかっただけで、時乃を黒幕判定するのは早すぎる……そんな気もしてくる。
「……分かった。どうやらそっちも事情があるらしいし、ひとまずそれで納得はしておく。……ただ、ちゃんと約束は守ってくれ。……いいな?」
一通り思考を巡らせた後、俺は結局そう答えていた。その答えに、時乃は心底ホッとした様子で頷く。
「うん。絶対に約束する」
その表情を見て、俺もまた一つ頷き返していた。
「……その……えっと。……それじゃあ、そろそろボスに向かおうか」
そうして沈黙が漂いだしかけたので、時乃はぎこちなくそんなことを口にしていた。俺もまたそれに一つ頷き、後をゆっくりと着いていくのだった。
時乃がそう息むと同時に、窓の形をしたような像がガコンという音を立て、ぐるり反転していく。すると、これまで風が吹き荒れていたエリアが軒並み無風になっていった。
「なるほど、あっちを先に動かしてから、最後の仕上げでここを動かすのか……」
その手際の良さに感心していると、時乃が疲労を抱えた表情で近寄ってくる。
「全く、敵が出てこないのはいいんだけどさ。こんな重たいもの、女の子が一人で押したり引いたりこねくり回したりするのって、辛い以外の何物でもないよ……」
そんなぼやきに、俺は苦笑する他なかった。
――ブラッディームーンなる修羅場をくぐり抜けた俺たちが辿り着いたのは、壁の至るところが碧色に発光し、どことなく厳かな雰囲気も感じられる洞窟だった。
時乃曰く、ここはギミック色が強めらしく、敵が出てこない代わりにウィンドウインドウなる像から発生する強風が行く手を阻むのだとか。なので頭を使って像を操作し、安全に進んで行きましょう……という建前、なのだが。
「でも、わたしは全部の答えを把握済だからね。像の操作も一人でやれるし、陸也は傷を癒やすことに専念出来るってわけ」
と、攻略前はそう豪語していた時乃。
しかし。
「……まさかVRだと、像の操作がこんなに面倒くさいなんて……。ていうか、なんで神聖な洞窟に扇風機があるんだって話だよ。教えはどうなってんの教えは」
「ついにゲームにまでツッコミ始めたな……。……そこまでしんどいなら、やっぱり俺が手伝……」
「あ、それは却下。何度も言ってるとおり、陸也を休ませるためにわざわざここを選んでるのに、手伝わせたら本末転倒でしょ?」
そうして何度か聞かされた台詞をまたもや吐いた後、時乃は腕をぐるぐると回しながら嘆息する。
「……はぁーあ。わたしがいつも操作してるのは、二段ジャンプに竜巻スピンまで繰り出せる、筋骨隆々のマリクなんだよ。こんな非力な子じゃないんだってゆーのに」
「……ちょっと待て、俺って実は二段ジャンプとか出来たりするのか?」
思わず驚きをあらわにすると、時乃は少し苦笑しつつ返してくる。
「バグ技を使えばね。ただ、多分陸也には出来ないよ。1フレーム技だから」
「……1フレーム技?」
「そ。ええと、このゲーム60FPSだから……猶予が0.0167秒しかない技」
「……は?」
ピンとこない数字を出され、思わず固まってしまう。すると時乃はくつくつと笑いながら続けた。
「そもそも、バグ技って基本そんなものだよ? 今まで陸也に教えてきたのは、簡単に再現できるものに限ってきてるしさ。……普段わたし達は、そういった細い細い針の穴を通すような技を駆使して、わずか数秒のタイムを削ったりしてきてるんだよ」
「そ、そうだったのか……。いや確かに、バグ技って難しいイメージがあったのに、使ってきたのは簡単に出来るものばかりで、ちょっと拍子抜けしてはいたんだが……」
「そりゃもちろん、こっちだって気を使うよ。紹介しようと思えば、わたしだって2回に1回ぐらいしか出せない技とかいっぱいあるし。……あ、でも、練習すれば陸也ならきっと出来るよ。だからほら、一度タイムアタックやってみない? このゲームから脱出できた後でいいからさ」
「……俺を修羅道に引きずり込もうとするな」
そうしてぐいぐい来る時乃を手で押し返せば、時乃は「楽しいのに……」などとぼそっと呟きつつも、何とか引き下がってはくれた。
が、そこで俺はふと考える。……ここはモンスターも出てこないし、こうして時乃とゆっくり話せてもいる。
そんな今だからこそ、例の話を切り出すチャンスなんじゃないか、と。
「……なあ時乃、ちょっといいか?」
「ん、何?」
「今、このゲームから脱出できた後でー、なんて言ってたが――このゲームから脱出する手がかり、実はもう少しで掴めそうな気がしてるんだ」
「……えっ、ホント⁉」
「ああ。あともうちょっとの所まで来てる。ただ肝心要の『黒幕』の動機がさっぱり分からなくてさ。……とりあえず思考をまとめていきたいのもあって、色々と話していきたいんだ。大丈夫か?」
「……うん。それはもちろん、問題ないけど」
時乃からのそんな承諾を得て、俺はゆっくりと言葉を紡ぎ始めてゆく。
「まずはどうしても引っかかってる点が1つ。それがこの痛み……つまり、魔王戦の時に受けた傷について、だ」
「まあ……そりゃそうだよね。『痛みに強い』って言ってた陸也が、これだけ引きずるぐらいだし。何かおかしいのは分かるけど」
「ああ、この痛みはまさに、何かおかしいんだ。これ以上はないとすら思っていた、小4の時の手術をはるかに超えるレベルだったしな。万人がプレイするであろうゲームに、なんで普通の人なら間違いなくショック死するであろう痛みが設定されてるなんて、あり得ないだろうし」
そうしてかぶりを振れば、時乃がぽつりと考えを口にする。
「その……デスゲームみたいにしたくて、致死量のダメージを受けたら致死量の痛みが出るようにした……とか?」
「俺も最初は漠然とそう考えたりはした。ただ……実はそうではなかったんだ。何故なら、そもそもこのゲームは、被ダメージでは痛みが発生しない仕様になっていたからな」
「……⁉」
驚きの表情を浮かべる時乃へ、俺はなおも述べてゆく。
「さっき俺は、ブラッディームーンとかいうやつで、かなりのダメージを負う攻撃を何発か貰ってたよな? 最初はピエロのブーメラン、それからゾンビの突進に……まあ細かく言ってもきりが無いが、それら全てで、衝撃こそ感じたが痛みは全く感じなかった」
「……た、確かにわたしも、特に感じはしなかったけど」
「だろ? それと序盤の森で、俺がマジシャンの岩攻撃を食らったこともあったよな? ダイビングロールを覚えるきっかけになったあの時も、特に痛みを感じることはなかったんだよ」
そこで一息ついた後、俺は唇に人差し指を当てつつ続けた。
「つまり、『黒幕』が何か細工をしたのは確実で、それもあの魔王戦での一撃だけをピンポイントで弄ったんじゃないか、って考えたんだ。……で、そう考えると、一つ気になる点が出てくる」
「気になる点?」
「……あの魔剣の一撃がものすごく痛いってことを、事前に知っていた人物が、一人いたってことだよ」
「……え? あ……っ」
時乃が息を呑む。
……ようやく、俺が何を言わんとしているかが分かったようだった。
「そう。その人物とは――時乃、お前だ」
――像が勝手に動いたわけでもないのに、何故か俺たちの間を、冷風が吹き抜けていったような気がした。
「時乃は魔王戦に至るまでに、何度かそんな警告をしてきてくれていたよな。さらには『痛みが長引くこと見越して、事前に攻略しやすい場所を見繕う』だなんて洒落た事をしてくれてもいる。これは一体……どういうことなんだろうな? 何で俺が痛みに悶えることを事前に知っていたんだ?」
鋭利な刃物を突きつけるように、問いを投げかける。
時乃はそれに、何も答えられずにいた。
「思えば、時乃の言動にはいろいろ不可解なところがあったよな。例えば、居合い切りバグ……CcDって言ったか? 雑魚敵はそもそも時乃が問題なく片付けられるはずなのに、雑魚敵を湧かせないためって名目で俺にやらせてたやつだ。あれを木こりの村へ向かうときには教えず、泉の村に向かうときに使わせて、火山へ向かう時には俺に早起きさせてまで逆に使わせなかった。……安全性を求めるなら、最初から教えて使わせるのが普通だろ? 何でこんなに指示がブレブレだったんだ?」
「……それは……」
「封印の聖域へのワープを拒否りかけて動揺してたのも、今にして思えば不自然だったよな。かと思えば野営地じゃ『8つの聖洞全部回っても良い、後は気持ちの問題だ』なんて言ってきてもいるし。まるで、魔王戦までは思い描いたシナリオ通りに進まなくなることに怯えてたが、やること終えた後は別にどうでもいい……そんなノリにも思えてくるんだが」
これまでの事を思い出し、不審な点をズバズバと追求してゆく。もちろん適宜間を作ってやってはいるのだが、時乃はやはりなにも答えてはこなかった。
「それにそもそも……時乃は魔王戦の後から、一回もオプションウェアを確認しなくなったよな?」
「……!」
「見るのが癖になってるとは言っていたが、それなら魔王戦後から一切チラ見しなくなったのは何故なんだ? そもそも癖とはいえ、意識すれば直せるはずだろう? それでも何回も目を向けていたのは……そこにライフ以外に、確認すべき事も表示されていたから。そうなんじゃないのか?」
喋り疲れて、大きく大きくため息をついた後。俺は動揺を隠し切れていない時乃にチラリと目を配る。
「何で細工したのが魔剣だけだったのかは、未だに分かってない。今あげた違和感の数々だって、実際の意図とかは全く分かってない。でもそれでも、何かが行われていたということだけは分かる。証拠もこれだけ積み上がってる。……なら後は、あれこれ考えたりするよりか、直接聞いた方が早いかなと思ってさ」
そうして俺は、改まって時乃へと向き直る。
「なあ、時乃。あえて聞くぞ? ――『黒幕』って、誰だか知ってたりするか?」
その問いに、時乃は何も答えなかった。
一言、知らないとも言えるだろうに、それすら時乃は口にすることが出来ずにいた。
……3秒、5秒、10秒。ただただ沈黙が場を支配していく。
そして、ようやく、意を決したかのように、時乃はやわく息を吸い込み、口を開いてゆく。
「……具合は、どうなの?」
「……具合?」
「お腹の、傷のこと。まだ痛むの?」
……しかして出てきた言葉は、自白でもとぼけるでもなく、何故か俺を気づかう言葉だった。
俺は思わず眉をひそめつつ、しかし無視するものでもないかと、一応はそれに応えてゆく。
「……まだ痛みの波はあるな。だからこそさっきは体ひねったり出来なくて、回避出来ずに被弾してたわけだし」
「……そう。なら……心苦しいんだけど、その痛みが引くまで、もう少し待って欲しいの」
「…………どういうことだ?」
本格的に顔をしかめてしまう。ただ時乃はそれでも真剣な表情は崩さずに、ぽつりぽつりと話し始めた。
「確かにわたしは、陸也がまだ知らないことを知ってる。それは認めるよ。……でも、今までそれを話さなかったのは、全部陸也の為なの」
「俺のため?」
……序盤に時乃から同じニュアンスの事を言われたことをぼんやりと思い出す。
「そう。……これだけは誓うよ。わたしは、陸也を貶めようなんて一切考えてない。陸也を純粋に助けたかったから、必死になって色々教えてきたし、露払いもしてきたし、気を使ってルートを組んでも来てるの。それもこれも全部、陸也を思ってのこと」
「……なら、俺が今『痛みが急に消えた』って言ったら、全部話すんだな?」
「……うん、もちろん。わたしが知ってること、全部話すよ」
「……」
思わずいぶかしげな目で時乃を見つめるが、時乃は構わず近寄り、懇願してくる。
「……お願い。だからひとまず、この約束で、納得して欲しいの」
その瞳を、俺はまっすぐ見据えた。
……透き通った、いつもと変わらないその瞳を。
「……………………」
時乃は一切、俺の視線から目を逸らそうとはしてこなかった。本当に本心から、もう少しだけ待って欲しいと、そう言外に告げてきているようだった。それを受け、俺は少し思考する。
……例えば、例えばだ。時乃が黒幕になにか弱みを握られていたり、人質を取られていて、このゲームのクリアを強要されていたりしたらどうだろう。時乃の一連の言動に、ある種の整合性がつくのではないだろうか。あるいはこの痛みの原因となった魔剣関連のイベントによって、今後このゲームから逃れられる一瞬が生まれるのかも知れない。
……何もまだ、俺の問いに答えられなかっただけで、時乃を黒幕判定するのは早すぎる……そんな気もしてくる。
「……分かった。どうやらそっちも事情があるらしいし、ひとまずそれで納得はしておく。……ただ、ちゃんと約束は守ってくれ。……いいな?」
一通り思考を巡らせた後、俺は結局そう答えていた。その答えに、時乃は心底ホッとした様子で頷く。
「うん。絶対に約束する」
その表情を見て、俺もまた一つ頷き返していた。
「……その……えっと。……それじゃあ、そろそろボスに向かおうか」
そうして沈黙が漂いだしかけたので、時乃はぎこちなくそんなことを口にしていた。俺もまたそれに一つ頷き、後をゆっくりと着いていくのだった。
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