バグの伝説 〜古のアルティメットブレイド〜

山下六月

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第三章 魔剣の一撃

第17話 魔剣イビルグライン

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 ――だが、そう勇んだは良いものの。魔王の攻略は、遅々として進まなかった。
 
「あっ、陸也! もう下がって!」
「もうかよ⁉ まだ1発しか殴れてないんだぞ……⁉」

 苦々しくそう言い捨てながら、俺は渋々言葉に従い身を引く。
 するとその直後。魔王は不敵な高笑いを上げ、自分の周囲を霧の剣でぐるりと薙ぎ、衝撃波を発生させてきた。
 
「……またこれか」
 
 その空気の刃を何とか目前すれすれで回避すると、今度は急にその姿をゆらりと揺らがせ、もぐら叩きの如くあちこちへと瞬間移動をし始める。
 ……どうやらこの動き中、魔王は無敵なのだとか。だが逆に攻撃もしてこないので、戦闘中にもかかわらず、俺は時乃と言葉を交わすことが出来ていた。

「なあ、あの衝撃波、やっぱりダイビングロールで避けて接近していかないか? さっきと比べて、全然魔王に攻撃を与えられてないだろ?」
 
 焦れてそう提案する俺。
 
 ――そう。実は俺たちは、開始直後に限ってはかなり良いペースでHPを削ることが出来ていた。正直、これならものの数分で終わってしまうな、と油断するほどに。
 しかしある程度攻撃を当て魔王の攻撃パターンが変わってからは、嘘のように接近しにくくなり、こうしてもどかしい時間を過ごす羽目になっていた。
 ……いや、正直ダメージ覚悟で特攻すれば、もっと早く終わりはするだろう。ただ、今は絶対にゲームオーバーが出来ないと言う状況である。加えて、時乃がことさらセーフティーに動き始め、闇雲にダメージを貰う事をそもそも許してくれないのだ。

 もちろん、こうして適宜伺いを立ててはみている。だがそれでも、時乃は首を振るばかりだった。

「ダメ。あの衝撃波、見た目以上に攻撃判定が広いし長いの。初見だとタイミング間違って絶対被弾するから」
「……でも、別に即死するほどじゃないんだろ? 回復薬が足りてないってわけでもないんだし、一回食らって学習するって感じでも良いと思うんだが」

 そう食い下がるが、それでもやっぱり時乃は首を縦に振らない。
 
「あのさ、陸也は今、ライフ初期値なんだよ? このゲームって寄り道すればするほどライフ増やせるけど、そもそも寄り道自体にリスクも多いから、わたしが守ればいいって考えでここまで来てるんだよ? ……確かに、衝撃波一回で即死はしないよ。でもラストエリクサー飲む間に何か追加で喰らったら、それで本当におしまいなの。そこら辺、ちゃんと分かってる?」
「……」

 そんな正論に、俺が沈黙を返したその時。
 いつものように無駄に長く瞬間移動し続けていた魔王がようやく姿を見せ、次の攻撃モーションへと移ってゆく。俺も再度臨戦態勢を取るべく、時乃から離れた。
 
「……安定を取ったからライフが少ないってのは分かったが。なんで魔王、パターン変わった後は、弓も爆弾石も無効なんだよ……。ゲームの中に勝手に引き込まれて、生死賭けて戦う身にもなってみろっての」
「いや、どう考えても開発元、こんなシチュ想定してないでしょ……。そもそも飛び道具無効ってのはよくある設定だし。……突き刺し!」
「まあ、そりゃそうなんだが、なっ!」

 時乃が魔王の予備動作を見極め、攻撃パターンを知らせてくる。俺はそれを聞き、それに対応する回避行動をしっかりと入れていく。

「横薙ぎ! 後ろに避けて!」
 
 そんな声で間一髪その攻撃を避けた後。俺は魔王の動きが鈍ったとみて、またも時乃に問いかけた。
 
「今度は行けるか⁉」
 
 すると時乃はチラリとオプションウェアを確認し、一言。
 
「……ダメ! 今叩きに行くと反撃してくるから!」
「ああもう、そんなのばっかりじゃないか!」
 
 俺はそうがなり立ててしまっていた。すると時乃は仕方無いとばかりに大きく鼻息をつく。
 
「……この次のフェイント後の大振りを避けたら、弱攻撃を3発だけ当てに行って! 3発だけ!」
「それ以上殴れそうでもか?」
「そう! その後は飛び道具出してくるから、離れてないと避けられないの!」
 
 そんなゼロ回答に近い答えに、思わず片手で頭を掻く。
 ……だがそうやってみすみす攻撃チャンスを逃してしまっても面白くない。俺はタイミングを見極めて袈裟切りを躱すと、一気に肉薄していった。
 

 そうして、そんなちまちまとした一撃離脱を繰り返していくことしばらく。
 
「陸也、今! 裏回って強攻撃2回、その後すぐ離脱して‼」
 
 と、そんな感じで、時乃は次第に鬼気迫る声になっていきつつも、取るべき行動を的確に指示し続け、対する俺の方も今のところミスも無く、その指示をただこなすだけの時間が続いていた。
 今度も突き刺し攻撃を2回避けた後、俺は指示通りに魔王の裏側に回り込み、何度目になるか分からない斬撃を2度背中に当てる。すると魔王は唐突に高笑いを始めた。……また例の衝撃波か。
 俺は時乃からの指示を待たず瞬時に距離を取った、のだが。
 
「……ごめん陸也! 衝撃波、ダイビングロールで避けて特攻出来る⁉」
「は? ……いやいや、さっきと言っていること真逆じゃないか?」
 
 思わずそう言い返すのだが、時乃は構わず叫んでくる。
 
「後3回叩けばなの‼ ……お願い、早く‼‼‼」
「……ああもう、人使いが荒いな!」
 
 その声があまりにも切羽詰まった感じだったので、俺はひとまず追求は諦め、あえて魔王の範囲攻撃に頭から突っ込みつつ前転を繰り出した。
 眼前に迫る霧の刃。眉間を通り抜けてゆく衝撃波。
 ……ただ、一連の動作を終えてもなお、特に衝撃を感じることはなかった。どうやらまぐれながら、タイミング良く無敵判定を出せたようである。そうして俺は全く傷つくことなく魔王へ肉薄し、そして。
 
「っ……さすが陸也、ぴったり……‼」
 
 渾身の一撃を3発入れ、魔王が大きくのけぞるのと同時に、後ろからそんな歓声が聞こえてきた。
 ただ、そんな時乃とは裏腹に、魔王は憤怒の表情を見せてくる。
 
《フハハハハ、まさかここまでやるとはな。さすがはあの勇者の子孫と言ったところか。……よかろう、ならばこちらも本気を出してやろうじゃないか》

「おいおい時乃、今終わりって言ってなかったか?」
「その……第一形態は、って意味。……それより陸也、ついに例の攻撃が来るよ。準備はいい?」
「準備って言われても、一体何をしたら良いのか……」
 
 そう戸惑いながら振り返る俺に対し、時乃は真剣な顔のまま続けた。
 
「気持ちの準備! ……わたしがここまでお膳立てしてあげたんだから、絶対に耐えてみせてよ⁉ それに、そもそも耐えてこいつにトドメを刺さなきゃ、泉の村の仇も取れないんだからね‼ あと、そこからちょっと右に2歩動いて!」
 
 もはや忘れてかけていた泉の村のことを何故か持ち出し、そう檄を飛ばしてくる時乃。そしてまるでおまけのように付け足される指示に、俺はなんだかなあという表情を浮かべつつ従う。
 
 と、その時である。魔王が唐突に天を仰いだと同時に――胸のあたりから、ズルリと、剣の柄がせり出していくのが見えた。
 
「……!」
 
 思わずぎょっとしているその合間にも、剣はどんどんその姿を表してゆく。
 その剣は、刀身が赤黒く彩られ、いびつに波打ち、何より――脈打っていた。
 
「……な、なんだよ、ありゃ……」
 
 震え混じりの声が口をついて出る。時乃はそれにゆっくりと答えた。
 
「あれが、魔王が持っているイビルグラインって剣。陸也が持っているアルティメットブレイドと対になってる、いわば魔剣ってやつ……来るよ‼‼」
 
 時乃のその叫びを合図にしたかの如く、胸から突き出て宙に浮ききったその魔剣を、魔王はぐわりと掴んだ。そうして、1回、2回とそれを素振りすると、おもむろにその切っ先を俺の方へ向けてくる。
 ……そして。
 
「……え?」

 そんな声が漏れたときにはもう、俺の体は後ろへと吹っ飛んでいた。
 というのも。――魔剣の刀身がいきなりぐいんと伸び、触手のように蠢きながら、俺の左下腹部をものすごい速さでえぐっていったからである。
 体がくの字に曲げられた状態で吹っ飛ばされてゆく俺。その勢いはすさまじく、そのまま壁に腰を強打するまで止まれないほどだった。

「……陸也‼‼‼」
 
 悲鳴にも似た時乃の叫び声が響く。
 ……だが、このときはまだ、俺はそれほど痛みを感じてはいなかった。まだ、お腹をなにか強い力で押されたかなー、ぐらいの感触だったのだ。
 しかし。
 打ち付けられた壁からずるりと滑り落ち、床に尻餅をついた時だった。

 ――ズグンッ!

「……が、ぁ……っ」
 
 ……ちょっと待て。何だ、何だよこの痛みは。なんでこんな鮮烈な、まるで裂けるような痛みが襲ってくるんだ……⁉
 ――言うなれば下腹部を切っ裂かれ、はらわたをこねくり回されているような、そんな激痛。俺はそれに、もはやうめき声すら上げられなくなってしまっていた。

 ……いや、いやいや、おいおいおい何なんだよこれ、意味分かんないぞ。
 痛みに強いとか弱いとか、耐えるとか耐えられないとか、そういう次元の話じゃない。明確な意思を持って、俺をなぶりいたぶり、そして殺そうとしている。そんな殺意しか、もはや感じない。
 
「……っ、はひゅ……」
 
 呼吸さえままならなくなる。
 声が出せない。
 腕が動かせない。
 焦点が定まらない。

 そんな中、この正体不明の痛みの理由をどうしても知りたくて、必死に必死に目を凝らす。
 すると、遠くにたたずむ魔王が持つ魔剣が、ふとぼんやり見えた。その切っ先はまるで手のように5つに裂け、ウネウネと蠢いている。
 ……もしやあの剣は、切りつけた箇所をああやって遠隔でなぶれるのだろうか。
 だとすればこの激痛も少しは納得できるが、しかしそう解釈できたところで何になるのかというくらい、この痛みは到底耐えられるものではなかった。
 
「陸也! 陸也っ‼ しっかりして‼」
 
 いつの間にか駆け寄ってきていた時乃が、肩を抱きながらラストエリクサーを口に流し込んでゆく。だが俺は反射的に、それをでろりと垂れ流してしまっていた。痛みで体が何も受け付けてくれなかったのだ。
 
「あれほど『痛みに強い』って言ってたじゃない! ねえ陸也、何とか言ってよ‼」
「――小前田くん! 小前田くん‼」
「お願い……おねがいだから死なないで‼ ねえっ、りくやぁっ‼」
「――小前田くん‼ いやだよ! 死んじゃやだ……‼」
 
 なおも時乃の腕の中で揺さぶられ。
 ……俺はぼうっと、時乃の姿が誰かとかぶっているような、いやむしろ時乃の姿がほんの少しぶれているような、そんな錯覚を覚えていた。そしてそれを……ああ、痛みで本格的に頭がおかしくなってきてるんだな……と、何故か他人事のように捉えてもいた。
 
 と、その時である。俺を抱きかかえる時乃の背後に、ふと何かが映り込んだのは。
 ――それは、コウモリマントだった。いつの間にか魔王は俺たちの近くへと移動し、その禍々しい魔剣をゆらりと構えていたのである。

 ……そう。俺が悶絶してようが、今が戦闘中なことに変わりがない。
 しかし百戦錬磨であるはずの時乃は、持ち前の冷静さを完全に失っており、何故か周りが全く見えていなかった。
 
「……っ、ふ、う……」
「陸也、どうしたの⁉」
 
 俺は何とかその接近を伝えようと試みる。しかし、痛みが体全ての行動を遮断し、何も伝える事が出来ずにいた。
 
 ――まずい。
 ――時乃が魔剣の一撃をもろに食らってしまう。
 
 ありったけの力を振り絞り、叫ぼうとする。しかしそれでも、体は意に反して動こうとしてはくれなかった。
 痛みが脈打つ。
 か細い息が漏れる。
 悶えることすら許さないと言わんばかりのその苦痛に、しかし俺は歯を食いしばり、抗い尽くした。
 
 ……実際、これは死んでいてもおかしくない傷だと感じてはいた。
 だが、たとえ俺がこのまま死んでしまったとしても、時乃には絶対に死んで欲しくなかった。
 時乃には、この苦しみを絶対に味わって欲しくなかったのだ。

 
 ――そう、俺の痛みなんてどうでもいい。どうでもいいんだ。
 ――今ここで俺が時乃を守らなかったら、……っ‼

 
 そう心の中で発破をかけた、その瞬間。
 俺は左脇腹を押さえていた右手をほんの少しだけ、奥へとずらすことが出来た。
 ……そうして、握る。刀の柄を。
 左腕が時乃の肩を掴む。

 
「……っ、ぁあああああああ‼‼」

 
 ――それは、気迫だけで打たれた、渾身の居合い切りだった。
 ……もちろん、ゲーム上では何てことのない一撃と判定されたのだろう。だが、時乃を守るため、俺が苦痛に耐えきり死に物狂いで放ったその剣閃。それが弧を描き、おどろおどろしい魔剣を弾いたその様は……そのまま絵画として切り取られてもいいと思えるぐらい、ひどく印象的な一瞬でもあった。
 
 ――ガキィィン‼‼
 
 甲高い丁々発止の音が鳴る。
 ……眼前でそれを目の当たりにした時乃は、腕の中で大きく目を見開いていた。
 
「……りく……や?」
「……っ、ふ、ふーっ、はぁー、はぁ……」
 
 戸惑いながらかけられたその声に何も反応せず、俺はなお魔王だけを見据える。
 激痛が未だ俺を苛んでくる。
 汗が噴き出る。
 心臓が激しく鼓動する。
 ……だが、腕の中には、か弱い女の子を抱えてもいるんだ。痛みに悶えてる暇なんて、ない。――そんな暇が、あるはずもない‼

「陸也、だ、大丈夫なの……?」
 
 恐る恐る時乃がそう問いかけてくる。
 しかし俺はそれには答えず、ぶわりと汗をかきながら、腕の中の時乃へ異なる質問を投げかけていた。
 
「……時乃。こいつは、あと、何回、叩けば良いんだ」
 
 その質問に時乃は瞬きを繰り返したが、しかしそれでもタイムアタッカーらしく、瞬時の適応力と反応を見せてきてくれた。
 
「じゅ、18回。……攻撃を多段ヒット出来れば、最低6回」
「……くたばるなら、そこまでやってからだな。このまま時乃を一人置いていったんじゃ、死んでも死にきれない」
 
 一瞬それに、時乃は面食らった顔を見せる。だが、ふと目を落とした後、ゆっくり顔を起こしながら言葉を返してきた。
 
「……。……くたばるとか言わないで。お願いだから。……わたし一人だけで現実世界に帰るなんて、そんなの、そんなの絶対に嫌だから‼‼」
 
 ――時乃らしくない、目に涙を浮かべながらの激白。
 俺はそれに口の端をつり上げながら、軽く頷いて返す。
 
「……そうだな。ああ、分かった。訂正する、こいつを倒してからじゃないと、落ち着いて休めやしない」
 
 不思議と今のやりとりで、下腹部の痛みは少し軽減されたような気はしていた。
 ……これなら、何とか行けるか。
 俺は苦痛に顔をゆがませつつも、時乃をゆっくりと腕から解放する。
 
「うん、そうだね。まずは倒さないと」
 
 そんな俺の様子に目を配りながら手の甲でまぶたを擦った時乃は、その後ゆっくりと床から立ち上がった。そして足下に転がっていた弓を拾い上げ、構え、いつもの時乃らしい口調で、こう口にする。
 
「……行こう、陸也。今のを耐えきったなら、

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