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第二章 ねんがんのアルティメットブレイド

第11話 燃えて

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 それから数十分後。
 草原を抜け、峻険な山岳地帯に差し掛かり、居合い切りバグでの移動も難儀するほど、道が険しくなってきた頃。俺はふと足を止めた。というのも、進行方向上に見える村の様子がなんだかおかしいことに気づいたからである。
 
「……なあ、次の目的地って、まさかあそこか? 煙が上がってるんだが……」
 
 そう質問を投げかけると、時乃は冗談めかしながらそれに応えてくる。
 
「前にも言ったじゃん。魔王、躊躇無く村焼くよ、って」
「……ああー、なるほどなぁ……」
 
 思わず頷きながら、俺はその村の入り口へと歩みを進めていく。
 
 
 ――ただ。そこに広がっていたのは、想像していたよりもずっと酷い光景だった。
 倒壊した門、焼き尽くされた民家、炭と化す木々や草花。いまだ煙で燻され続けている家屋の前には呆然と立ち尽くす人がおり、割れた看板にもたれかかる人の腕には血が滲んでいた。どこからか泣き叫ぶ声も聞こえてくる。
 そして村の中央、溢れんばかりの水が湛えられていたのであろう噴水に、水は一滴も残されてはいなかった。
 ……泉の村と銘打たれたはずのその村の泉から、水が消える程の惨劇だった、と言うことなのだろう。
 
「……痛ましいな……」
 
 お気楽気分のままで来てしまった俺は、想像以上に重いこの状況を見て、それだけしか絞り出すことが出来なかった。
 
「うん……まあ、流石にこの光景に対してだけは、茶化したり出来ないね。いつもは画面越しで見てたけど、こうして手が届く距離で実際に目にすると、なんとも言えなくなるねえ……」
 
 対する時乃もまた、何度もプレイしてきているはずなのに、この惨状に関しては言葉少なめだった。
 そうしてしばらく沈黙が続いた後、ふと時乃が口を開く。
 
「……ねえ陸也、感傷に浸ってるとこ悪いんだけど、そこのおじいさんに話しかけてくれる? 今後に繋がるフラグになってるからさ」
 
 そうして指し示す先には、哀しそうな顔をした老人が立っていた。
 
 《……まさか、あやつが生まれ故郷にこんなことをするとはのう……。元はこの村で一番優しい青年じゃったというのに。あの日、黒光りする変な球を拾ってから、人が変わったように魔剣を求め、旅を繰り返すようになっていって……。あの時止めておけば、こんなことにはならなかったのかのう……》

「……魔王って、元は人間だったのか」
 
 一言そんな感想を述べると、時乃はこくりと頷いてから、少し補足を足してきた。
 
「そう。でも闇のオーブってのを拾ったときに精神も肉体も汚染されちゃったから、もう人格は残ってないの。だから魔剣の力を使って、こういうことしちゃってるってわけ」
「なるほどなあ」
 
 そう相づちを打った後、俺はその老人から離れながら質問を投げかける。
 
「で、ほかに話しかける奴はいるのか?」
「ううん、もういないね。ダンジョンの位置もこの先の滝の裏って分かってるから、別に聞かなくても大丈夫だし」
「そうか。なら、さっさと向かおう。……見ていて気分が良いものじゃないしな」
 
 そう言い残し、俺はそのまま村の外へと向かいかけた。
 ……と、ちょうどその時、道ばたで小さな子とすれ違う。
 
 《……ぱぱとままがいないの。ぱぱ、まま、どこいっちゃったの?》
 
「……よしよし。お兄さんがこれから仇を討ってやるから待ってな」
 
 NPCは返事をしないことを分かっていながらも、俺はしゃがんでその子の頭を撫でていた。するとそんな様を近くで眺めていた時乃が、表情を変えずに疑問を投げかけてくる。
 
「まさかとは思うけど……陸也ってロリコンだったりする?」
「違えよ! その……たまたま見かけた子に、つい感情移入しただけだって」
 
 不躾な質問に、俺は思わずいつもの調子で大きく否定してしまっていた。……ただまあ、辛気くさい雰囲気は、今のやりとりで少し吹っ飛んだ気はしたが。
 
「ふーん……まあいいけど」
 
 そう言いつつも、ちょっと納得がいっていなさそうな時乃を余所に、俺は膝を叩きながら立ち上がる。
 そうして、災禍の爪痕が残る辺りを見渡しながら、おもむろに言葉を紡ぎ出した。
 
「……なあ時乃。俺たちは何故このゲームをやらされてるのか、未だに分かってないよな?」
「え? ……うん、そうだね」
 
 一拍置いて頷きを返す時乃に、俺はなおも続ける。
 
「だから俺、結構斜に構えてたというか、真面目にプレイしようとは思ってなかったんだよ。そっちはちょっとは楽しんでたのかも知れないけどさ、俺はやらされてる感あったし。それでなくとも、ゲームに何マジになってんの、みたいなことを『黒幕』とかから陰で言われてたりするのも嫌だったから」
「……うん。で?」
「だけどまあ……こんなの見せられたら、悔しいけど、ちょっとくるじゃんか」
 
 そこでふと時乃に顔を向ける。時乃は何も口を挟まずに、ただ俺の話を真剣な表情で聞いてくれていた。
 
「魔王って……最後にはちゃんと倒せるんだろ? だったら、ちょっとはやってやろうかなって気にはなった。『黒幕』を問い詰めるっていう方針はもちろん変わらないが、それと同時にバグ技でも何でも良いから無双しまくって、スカッとした気持ちでゲームをクリアしたくはなったね」
「……そう。まあ、やる気を出してくれる分にはありがたいけどね、主人公をプレイ出来なくて、ただただ案内するしかない身としてはさ」
 
 時乃はそう言って肩をすくめるが、心なしか嬉しそうではあった。それに俺は少しだけ表情を緩めつつ、告げる。
 
「……長く話しちゃってすまん。それじゃ行こう」


  *** 


 《性懲りもなく、封印の鍵を求めてやってきたか! せいぜい抗うが……》

 ――ズバシュ!
 そんな小気味よい音と共に、俺は魔王の幻影体に居合い切りを当てていた。迷路の森と同じように、魔王の姿がぐにゃりとゆがみ消えてゆく。 
 
「あれ? この会話、すぐに斬って終了出来るって、先に言ってあったっけ?」
 
 その様を眺めていた時乃が、きょとんとしながら話しかけてくる。俺はそれに頬を掻きつつ、言葉を濁していた。
 
「……いやまあ、ちょっと気分的にな」
 
 時乃はそんな俺の態度に、ぱしぱしと瞬きを繰り返した後、ふっと笑う。
 
「……まあ、いいけどね。それじゃ、このダンジョンについて先に話しておくよ。水の洞窟って言うだけあって、ここは水位を絡めた謎解き要素があったりするんだけど……今から、結局それらをすっ飛ばすから」
「……えっ、飛ばす……?」
 
 以前のバグ技での飛翔を思い出しふと天を仰ぐが、しかし目に映るは天井ばかり。
 ……それもそのはず、いま俺たちがいるダンジョンは、滝の裏にあった下水道のような洞窟である。
 時乃はそんな俺のリアクションにふふっと笑う。

「こんなところでSfCなんてやったら、それこそ『天井に頭をぶつけた!』ってなるでしょ? やるのは壁抜けだよ。えっと……双眼鏡、出してくれる?」
 
 俺はその言葉に従い、双眼鏡を取り出しながら次の言葉を待つ。 
 
「そして、あそこの壁に背を向けた状態で、壁に向かって後ずさりしつつ双眼鏡をのぞき込む」
 
 その言葉通りに、俺は壁を背にして双眼鏡をのぞき込む。すると。
 
「おわっ‼ ……あれ? な、何か、真っ暗な所に踏み込んじまったぞ……?」
 
 すっ、と背中に感じていた感触がなくなった次の瞬間、俺はいつの間にか壁の外側に立っていた。
 
「それがいわゆる壁抜け、ってやつだね。簡単に説明すると、ここのダンジョンの壁は他と比べてちょっと薄いの。だから壁抜けしやすいってのがあってね」
「……なるほど」

 チラリと壁の境界線に目を向ければ、確かに紙のように薄いことが確認できる。
 
「そしてその双眼鏡をのぞき込むと、ほんの少しだけど、後ずさりしながらのぞき込むっていう専用のモーションが入る仕様になってるの。だから前のボスの時は、それを位置調整に使ったし、今回はそれを上手く活用して壁抜けした、ってこと」
「なるほどな。……で、仕組みは良いが、俺はこの後どうすればいいんだ? そもそもどこに立ってるのかすら分からなくて、ちょっと怖いんだが……」
 
 ……通常プレイではあり得ないことをしているわけだから仕方無いのだが、足場が全く見えないし、段々と不安にもなってくる。
 そんなわけで不安な声を上げると、時乃はキョロキョロと周囲を見渡しながらそれに応えていった。
 
「んーとそれじゃあ、ボス部屋は一番向こうだから、あっち側に向かって進んで行ってくれる? ちなみに足下真っ暗でも、特に落とし穴とかあったりはしないから、心配しないでいいよ」
 
 時乃の言葉に頷きつつ、俺は道なき道を進み始めてゆく。


  +++
 

 そうして進む事しばらく。
 時折洞窟内に戻って来たり、また壁抜けしたり……と、通常ではあり得ないルートを通りながらダンジョンを進んでいた俺は、ふと思ったことを口走っていた。
 
「……うーん。なんか同じ景色ばかりだし、暗いから特に気が滅入ってくるな……」
 
 ……こうやって壁抜けしつつ直進出来てるからいいものの、これを通常プレイで攻略していくとなると相当骨が折れるなと感じるぐらい、そのダンジョンは鬱屈と長かったのである。
 と、そんな事を思っていると、どこからともなく飛んできていた吸血コウモリを、舌を巻くエイムで仕留めていた時乃が、こちらに振り返ってきた。
 
「ひょっとして、迷路の森より同じ景色に見えてる?」
「見えてる」
「……それもそれでどうかと思うけどなあ、こんなに特徴的なのに……」
 
 そう言って少々呆れた表情を見せる時乃だったが、弓をしまいつつ、ふと何かを思い出したようで。
 
「あ、そうだ。ここもまたBGM良いんだよ。気分転換に聞いてみる?」
 
 そう言いながら、オプションウェアを操作する時乃。しばらくすると、またどこからともなく音楽が聞こえ始めた。

 ――初っぱなに透き通る音色で鳴り響いたのは、鉄琴のメロディだった。そしてそれを彩るフルートの音階。
 時折鐘の音なども鳴り響きながら進んでゆくその曲はある意味幻想的でもあったが、しかし心にぽっかりと穴が空いてゆくような、どことなく神妙な心持ちにもなってゆく。
 後ろで木琴がずっと一定のリズムを奏でており、それがなんだかこの洞窟の寂しさと奥行き感を物語っているかのようだった。

「へー。これもまた中々……」
 
 そう素直な感想が口から出てきてしまったのだが、しかし、すぐに疑念が鎌首をもたげてくる。
 
「で、この曲の名前は?」
 
 ……当然、これは聞かなければならないだろう。
 前例がある以上、この名曲の何もかもをぶち壊すタイトルかどうか、俺には聞かない選択肢なんて考えられなかった。
 
「名前? えっとね……」 
 
 時乃はそんな俺の思いを知らずに、タイトルを素直に答えてくれた。
 
 
「――暗黒洞窟シャランラー」

 
「………………」
 
 ――プチッ。
 俺は何も言葉を発することなく、オプションウェアをタップする。
 
「さ、行こうか」
「……? う、うん」
 
 曲自体は毎回気に入るのに、何故か必ずそれを止めてしまう俺がいたく不思議に見えるようで、時乃は首を思いっきりかしげながら後をついてくるのだった。
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