3 / 17
1巻
1-3
しおりを挟むその日の夕方、渚のスマホに樹から、仕事を終えたら会社近くのコンビニの駐車場で待っていろとメールが入った。
予想通り、渚に残業の心配はない。しかし、樹は定時で仕事が終わるのだろうか。
もしかしたら、コンビニの駐車場でしばらく待ちぼうけを食うのでは……
そんなことを考えながら、課員のデスクからコーヒーカップや湯呑みなどを片づけていた定時直前。初任給も出たし飲みに行かないかと、俊一をはじめとした同僚たちが話す声が、渚の耳に入った。
もしかしてと覚悟したとき、渚にも俊一から声がかかる。
「相沢ー、仕事終わったら……」
「んーとっ、きょ、今日は、仕事が終わったらまっすぐ帰らなくちゃ。両親がいないから留守番してなくちゃならないんだ」
「……なんだそれ。小学生かよ」
「い、いいでしょうっ。人の家庭事情に口出ししないでよ」
不自然な言い訳に聞こえたのか、怪訝そうな顔をする俊一から視線を逸らし、渚はそそくさとオフィスを出る。そのまま給湯室へ移動し、片づけも終了だ。
それ以上は突っこまれることもなく、定時に会社を出た渚は、急いで指定されたコンビニへ向かった。
来るのは樹のほうが遅いだろう。そう思っていたが、コンビニの駐車場に到着すると、樹はすでに自分の車の前で待っていてくれた。
「は、早いね。樹君」
「給料日だから絶対に飲みに行こうって誘われると思ってさ。二時間前に会社を出て、外の仕事を済ませて直帰するって連絡入れておいたんだ」
「わあっ。ズルいですねー、課長」
「今夜は渚が優先だからな」
助手席のドアを開けながら樹が見せてくれるのは、渚が大好きな極上の微笑み。渚はこの顔に弱い。見惚れてなにも言えなくなる。
ときどき、彼はわかっていてこんな表情をするのではないかと思ってしまう。
二人を乗せた車が走り出す。気持ちがふと緩み、渚はハアッと大きな息を吐いてしまった。
「……おなかすいた……」
彼女の呟きを聞いて、樹はクッと喉を震わせる。笑いを噛み殺しているらしく、肩が小刻みに震え出した。
「ちょっと樹君、笑わないでよ」
「だってお前……、いきなりそんな切なそうに腹減ったとか言われたら、笑うだろう、普通」
「腹なんて言ってないっ。おなかって言ったのっ」
「同じだろう」
「同じじゃないものっ」
同じだが認めたくない。それに、好きな人の前では女の子らしくしていたい渚としては、せめて言い訳をしたいところだ。
「だって、お昼ちゃんと食べられなかったんだよ。おなかすくでしょ」
今度は小さく息を吐いて、渚は助手席にもたれかかる。前方へ目を向けると、フロントガラスを流れる景色が視界に入ってきた。
そういえば、どこへ食事に行くのだろう。肝心なことを聞いていなかった。
(ファミレス、かなあ。大学の頃よく連れてってもらったハンバーグレストランとか?)
そんなことを考えていると、笑いがおさまった樹が口を開く。
「どうせ渚のことだから、飯連れてってもらえるー、わーい、とかワクワクして昼飯食えなかったんだろう」
「そっ、それはぁ……」
「当たりだろ」
「……なんでわかるの……」
言い当てられてしまい、渚は拗ねる。すると運転席から伸びてきた手が、彼女の頭をコンッと小突いた。
「生まれたときから見てるんだ。お前がやりそうなことはすぐわかる。お前のことを一番よく知ってるのは俺だぞ」
ほわっと、渚の頬が温かくなる。赤面してしまったことを悟られるのが恥ずかしくて、助手席の窓側へ顔を逸らした。
「そっ、そんな言いかたしたら、うちのお父さんとお母さんに怒られるんだからね。『生まれたときからなら負けない』って」
「そのうち、おじさんとおばさんを追い越すからいいんだ」
楽しげに笑う彼の声を聞きながら、渚はなにも言えなくなる。
親を追い越すくらい渚を知ると口にした樹。彼は話の流れとノリで言ったのかもしれないが、渚としては意識してしまう言葉だ。
(なんか、今日のわたし、考えすぎじゃない……?)
助手席の窓ガラスに、ちょっと困った顔をする自分が映っている。運転席の樹がチラリと渚に視線をよこして微笑んだ様子も見えて、彼女の頬はさらに染まった。
――気のせいでなければ、今夜の樹はどこか違う……
「着いたぞ」
樹に声をかけられ、改めて窓の外に目を向ける。外に見えるのはファミレスでもハンバーグレストランでもない。もっと大きな建物だった。
「樹君……。ここ?」
「ここだけど?」
そこは、結婚式や各種展示会、イベントなどでもよく使われる大きなホテルである。
一瞬まさかと思ったが、彼はためらうことなく駐車場へ入っていく。
「限定ディナーバイキングの予約が取れたんだ。コース料理なんかより、好きなものをちょこちょこ取って食べるほうが好きだろう?」
「うん。まあ、好きだけど」
「目移りして食いすぎたら動けなくなるぞ。ケーキバイキングに連れてったとき、腹苦しくて動けなくなったことがあっただろう」
「こっ、高校生のときの話でしょうっ」
笑いながら樹が車を停める。昔の話を持ち出されて食ってかかってはみたものの、渚はシートベルトを外しつつ控えめな声を出した。
「でも、ここ、高級ホテルでしょ。そこの限定ディナーって……。バイキングでも高いんじゃないの? ファミレスとかでよかったのに」
「そういうことは気にしないで素直に奢られろ。せっかくのディナーが不味くなるぞ。……それに……」
シートベルトを外し、樹は申し訳なさそうな顔をする渚の頭を、軽く小突く。
「今夜は特別だから。いいんだよ」
小突かれた頭に手をあてたまま、渚は車を降りる彼の姿を見つめた。
(特別?)
特別とはどういう意味なのか。確かに渚にとっては特別な日である。七年前の約束を果たせるかもしれない日なのだから。
樹も、渚が社会人になって無事に一カ月目を迎えられたお祝い、くらいに思ってくれているのだろうか。
ぼんやりと考えていると、樹が助手席のドアを開けた。
「ほら行くぞ。俺も腹減った」
「あ、うん」
よくわからないけれど、考えるのはあとでもいい。今はとりあえず、空腹を満たすことと、樹に欲しいものを聞くことが先決である。
ディナーバイキングだというので、そのままレストランへ向かうのかと思ったが、ホテルへ入ると、樹は渚をロビーで待たせた。
「ちょっとそこで待ってろ」
そう言って彼が一人向かったのはフロントだ。遠くから彼の様子を眺めていたところ、対応したフロントの男性からなにかを渡され記入しているのが見えた。
限定ディナーというくらいだ。予約のチェックをするために、フロントで受付をしなくてはならないのかもしれない。
渚はロビーのソファにちょこんと座り、豪奢なシャンデリアがかかる天井を仰ぐ。
ここ〝シフォン・ヴェール〟は、ブライダル関係に力を入れている一流ホテルで、ブライダルフェアなどがよく行われている。
ホテル内の各種レストランや、カフェの限定メニューを掲載した広告がたびたび新聞に入っているので、渚もよく知っていた。
(今月のチラシは見たけど、限定ディナーバイキングなんて企画載ってたっけ?)
考えているうちに樹が戻ってきた。「行くぞ」と促され、彼について行く。
エレベーターに乗るのかと思えば、樹はロビーから二階へ続く豪華な曲がり階段のほうへ歩いて行った。
「樹君、エレベーター……」
「会場が二階なんだ。ここから行こうぜ。なんかこの階段、外国の映画に出てくる階段みたいで趣があるだろう? 上がってみたくないか?」
金糸で刺繍がされたベージュの絨毯が敷かれた広い階段に、凝った細工が施された手すり。確かに外国映画などで、ドレスアップした紳士淑女が下りていきそうな雰囲気がある。
「本当だね。なんか、いかにも会社帰りですっていうスーツ姿で歩くのが申し訳ない感じ」
「こういうとこ、ウエディングドレス姿の嫁さんをお姫様抱っこして下りていったら、かっこいいだろうな」
「いっ、樹君、なんか発想がロマンチックだよっ」
からかいながらも、渚は樹の言葉にドキドキしてしまう。そのシーンを想像したら、自分がスーツ姿であることが、少し悔しく思えた。
二階へ上がると、両開きのドアが片方だけ開いたホールが目に入る。ドアの前に立つのは、ベストスーツに蝶ネクタイの男性従業員。
樹が彼へ近づき、内ポケットからカードらしきものを出して見せると、「こちらへどうぞ」と中へ促された。ここが限定ディナーの会場らしい。
室内には丸いテーブルが二十台ほど。壁側に並べられたテーブルには、色とりどりの様々な料理が並べられている。落ち着いた照明の中、流れるのはピアノの音色。案内されたテーブルにはキャンドルライトがともり、ロマンチックな雰囲気が漂う。
限定と名が付くだけあって、特別感たっぷりだった。
「渚、カクテルかなんか飲むか?」
「あ、うん。甘いのがいい」
「苦いの苦手だもんな」
樹がテーブルに呼んだウエイターにアルコールを注文する。そのあいだ周囲を見回していた渚は、客のほとんどが若い男女のカップルであることに気づいた。
(週末のカップル限定とか?)
そのカップルという枠の中に自分たちも入るのだと思うと、急に恥ずかしくなってしまう。
その考えを振り払おうと頭をぶんぶんと振り、ハッとした。
「い、樹君、車なんだし、アルコールは……」
「ん? なんだ?」
気づいたがもう遅い。彼は注文を済ませ、ウエイターはすでにテーブルを離れている。
だが、まだアルコールが運ばれてきたわけではない。今ならば取り消すことができる。
「車で来てるんだから、お酒は駄目だよ。ソフトドリンクにしよう? わたしもお酒は飲まないから」
「いざとなったらタクシーで帰るよ。……まあ、大丈夫だとは思うけど」
「大丈夫って……。樹君がお酒に強いのは知ってるけど、酔ってる自覚がなくても、飲んだら運転しちゃ駄目だよ」
「酔っても、醒めたあとなら運転していいんだろう? 飲酒運転はしないさ」
「……それはそうだけど……」
飲んでから一時間や二時間で、アルコール分がすっかり抜けるものではない。渚は、彼がなんと言おうと帰りはタクシーを利用して帰ろうと、固く心に決めた。
そんな渚を、樹が促す。
「それより、料理取ってこよう。たくさん食えよ」
「うん、ごちそーになりまーす」
「デザートばっかり取るんじゃないぞ。ちゃんと食えよ?」
「大丈夫だよ。少しずつ取って全種類食べる」
「……五十種類あるんだぞ」
「ひぇっ」
渚がふざけて戦く。立ち上がった樹は、彼女の後ろへ回り椅子を引いてくれた。
「食べられないものを取ったら回せ。食ってやるから」
「う、うん」
さっきから感じている疑問が、またもや渚の胸に湧き上がる。
(樹君、なんとなくいつもと違う?)
渚に優しく接してくれるのはいつものこと。それこそ、本当の兄妹であったなら『よいお兄さん』と言われるレベルだろう。
しかし今日の彼の優しさは、どこか甘ったるい。
(気のせい?)
渚の頭は疑問でいっぱいになりかけた。しかし、ズラリと並ぶ料理を改めて見た瞬間、その鮮やかさと豪華さに心を奪われる。
樹の態度は気になるが、それでなにか困っているわけでもない。特に深く考える必要はないはずだ。渚は他に、考えなくてはならない大切なことを抱えている。
「ほら渚、皿」
「はーい」
渚は皿を受け取り、ひとまず気持ちを食欲へ傾けた。
それから一時間半ほど経った頃、メニューの半分ほどで白旗を上げた渚は、椅子の背もたれに深く寄りかかり、息を吐いた。
少しずつとはいえ、やはり五十種類にチャレンジするのはきつい。
「まだ半分食べてないのに、もったいないなぁ。でもおなかいっぱい」
「おなかいっぱいとか言いながら、目の前にケーキだのアイスだのを置いていたら世話ないな」
「食後のデザートは別のおなかに入るんだってば」
「牛かっ」
渚が食後のデザートに選んだのは、アップルパイのバニラアイス添え。これは、実はふたつ目のデザートだ。
樹が選んでくれた甘口のスパークリングワインは、デザートにもとてもよく合う。そのせいで、いつになく少々飲みすぎてしまっている気がした。
ハーフボトルを注文したので、樹も同じものを飲んでいる。ソフトドリンクやビールはグラスでもらえるが、ワインはボトルでの注文になるらしい。ハーフでも渚一人では飲みきれないので、つきあってくれているのだろう。
「樹君、ビールとかにすれば? 甘くて物足りないんじゃない?」
「そんなことないぞ。渚と同じ酒で酔えたら最高」
「そ、そう?」
いちいち彼の言葉を意識してしまう。やっぱり今日は自分がおかしいのかもしれない。
「なんならまた連れてきてやるよ。全種類食べられなくて悔しいんだろう?」
「えっ、本当に?」
「メニュー内容は変わっているかもしれないけどな。その前に、このプラン自体が継続していればの話だが」
「じゃあ、今度はわたしが奢るよ。樹君にはいっつも美味しいもの食べさせてもらってるし」
ちょっと張り切ったところで、渚は本日の目的を思い出した。今度は奢るという話をする前に、彼が望むプレゼントを聞かなくてはならない。
「あ、あのね、樹君。わたし、今日聞きたいことがあって……」
言いながら、渚は座り直し背筋を伸ばす。樹は、口につけていたグラスをテーブルに置いて身を乗り出した。
「そういえば朝、なんか聞きたいって言ってたな」
「うん、これなんだけど、覚えてる?」
渚は首の後ろに手を回し、襟に隠れたチェーンを引く。ブラウスの首元から上がってきたそれをつまみ、そこに下がった指輪を取り出した。
樹が、ちょっと驚いた顔をする。だが彼はすぐに目を細め、とても嬉しそうに微笑んだ。
「なんだよ渚。そんなところに着けて歩いていたのか」
渚の鼓動が大きく跳ね上がる。表情のみならず、彼の口調も嬉しげに聞こえたからだ。
「覚えているに決まってるだろう。ちょうどよかったよ。俺の話も、それに関することだったんだ」
「そうなの?」
そういえば、樹も渚に確認したいことがあると言っていた。もしかして彼は、昔プレゼントした指輪を、渚がちゃんと持っているのか聞きたかったのではないか。
樹にもらったという嬉しさのあまり、渚は指輪を大切に大切に扱い、指にはめることはおろか人前に出したこともない。持ち歩いているという事実に、自分一人で満足していたところがある。
樹としては、せっかくプレゼントしたのに着けている場面を見たことがないと、不満に思っていたのかもしれない。
もしくは、喜んでいたように見えても気に入ってもらえていなかったと、不安だった可能性もある。
「わたしね、これをこうやってチェーンに通して、たまに首にかけていたの。指に着けて傷が付いたらイヤだって、そんなことばかり考えちゃって……」
「そうか。大事にしてくれていたんだな」
「もちろんだよっ」
嬉しそうな顔をする樹に、渚は大袈裟なくらい大きく頷く。着けたところを見せたことがないのは気に入らなかったからだとは、間違っても思われたくない。
渚は、指輪をブラウスの上に出したまま本題に入った。
「これをもらったとき、わたし、樹君に言ったことがあるんだけど……。樹君は覚えてないよね……」
「初任給が出たら、同じように思い出に残るようなものをプレゼントするって話だろう?」
渚は目を見開いて樹を見た。
「樹君……。覚えていてくれたの?」
「もちろん。あのときは指きりもしたしな。今夜、俺が確認したかったのもその話についてだ」
「そっかあ、じゃあちょうどよかったね」
二人揃って同じことを考えていたようだ。
なにはともあれ、樹が指輪の件を誤解しているのではないとわかり、渚はホッと安心した。
「でね、わたしずっと考えていたの。でも、樹君が欲しがるような思い出に残るプレゼントが思いつかなくて。……ううん、樹君の趣味とか好きなものとかはわかっているつもりなんだけど。今欲しいもの、って考えると……」
「それで、直接聞こうと考えたわけ?」
「うん。あっ、でも、昔も言ったと思うけど、車とかパソコンとか、そういう高価すぎるものは指定しないでね」
「うーん、そうだなあ……。今、俺が欲しいものは、それよりもっともっと高額かもしれない」
「もうっ、冗談はやめてよぉ」
ある程度高額だというのならば焦りようもあるが、車よりも高額と言われると冗談としか思えない。渚はアハハと笑いつつ、溶けてしまいそうなアイスクリームとアップルパイをひと口分フォークに取った。
「でさ、樹君が今欲しいものってなに?」
渚はフォークを口へ持っていく手前で顔を上げ、樹を見る。すると、彼は黙って指先を渚へ向ける。
(はい?)
渚は大きな目をぱちくりとさせた。
なんだろう、彼の指先はこちらを向いている。
まさか口の手前で止まっているアップルパイが欲しいのだろうか。それとも渚の後ろになにかあるのだろうか……
渚は彼の指先を辿るように背後を振り向く。しかし、そこには壁しかない。
改めて樹を見る。彼は相変わらず彼女へ指先を向けていた。そして、極上の微笑みを浮かべながら言ったのである。
「俺、渚が欲しい」
――刹那。渚の思考は停止する。
そして次の瞬間、彼の言葉が頭の中に反響した。
――俺、渚が欲しい。
持っていたフォークが落ちる。アップルパイとフォークは、溶けて柔らかくなってしまったアイスの中へ埋まった。
「……は……い?」
「俺が今一番欲しいのは、渚。いや、今じゃなくて昔からずっと、一番欲しかったのは渚なんだ」
この言葉を、どう取ろう……
樹とは、仲の良い兄妹みたいに育った。渚は幼い頃から樹に恋心を抱いていたが、樹は渚を本当に妹のようにしか思っていないと思っていたのだ。
そんな彼から、渚が欲しい発言。
色々な思惑がぐるぐると頭を回り、考えがまとまらない。
やがて辿り着いた結論に、渚の身体が固まった。
(つ……つまり樹君は、わたしとエッチなこととかをしたいって……そう言ってるの!?)
常に渚を気遣ってくれる優しい樹の姿を思い浮かべ、渚は自分が弾き出した結論を否定する。
(い……いや……、樹君は、いきなりそんないやらしいことを求めてくる人じゃ……)
しかしそんな彼女に、決定的な一撃が加えられた。
腕時計を確認した樹が、スーツの内ポケットから出したカードを顔の横に掲げて言ったのである。
「まあ、この話は部屋でゆっくりしようぜ」
「……へ……や……?」
よく見れば、彼が持っているのはホテルのマークと部屋番号が入ったカードキーだ。
樹は食事の席に着く前、従業員にもこのカードを見せていた。ホテルへ入ってすぐにフロントへ向かったのは、バイキングの予約受付に行ったのではなく、宿泊の受付をしていたのではないのか。
渚が欲しいという告白のあとに、この展開。
おまけに彼は、渚の両親が旅行中で、彼女が外泊をしても支障がないことを知っている。
――樹は、本気だ……
「バイキングは二時間の時間制限があるから、そろそろ出ないと。アップルパイを食いたかったら、ルームサービスで注文してやるよ。それ、もうアイスが溶けてるだろう」
「いや、あの、……樹君……」
「なんだ、遠慮するな。なんなら他のケーキとかも注文していいぞ」
「いや、だから……」
「話はあとあと。ほら、行くぞ」
立ち上がる樹の姿を、渚は呆然と目で追う。とはいえ、ただ座っているわけにもいかず、戸惑いながらも腰を上げる。すると、右手を素早く樹に取られた。
手を繋いでしまった……
照れくさくなりつつ彼に顔を向けると、樹はまたもや極上の微笑みをくれる。
「思い出に残る、いい夜にしような。渚」
(ちょっと待ってえ!!)
心で叫んだって、樹には届かない。
渚はそのまま、引きずられるようにバイキング会場をあとにした。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。