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season1
第2話 血闘・ヒーローの奇跡
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鬱蒼と生い茂る森の中へと単身、突入したアッシュ・ラックとグリージアは行く手を阻む木の枝を己の能力で切り裂きながら、研究所の跡地へとむかっていた。
その研究所は、元はマックス達の父親が会社を経営していた時、保有していた研究所の一部だったという事は、無線を介して聞いていた。
なんでも、危険なエネルギーを抽出する実験の際、大事故が起き、建物は半壊そのまま立て直す事はなく廃棄されたのだそうだ。以来は立ち入り禁止区域に指定されていた場所でもある。
今、その場所で一人の少年の命が危険に晒されているという事実に、焦りを隠しながらアッシュ達は急いでいた。
「ミランダが言うにはもうすぐのはずだ」
「ああ、気を引き締めていこう」
グリージアの言葉に、アッシュは首を縦に振った。
彼、グリージアはヒンメル・シティと呼ばれる、南アメリカに出来たMGDの本部がある街で、ヒーロー活動をしているA級クライムファイターだ。
主な仕事は第4フェイズになった暴走体の始末が彼の仕事だ。
暴走体とはミュータントが自身能力を制御できず怪物化してしまう現象だ。
1999年当時はこの現象が多発していしまったのが、原因で危険視され、ミュータント狩りを正統化する口実されてしまった事もある。
現在では、暴走体にランク付けされ1~2フェイズが救出対象になるが、3~4フェイズは自我を無くし完全に怪物化してしまうために抹殺対象されてしまう事になっている。
その第4フェイズとなったミュータントを狩るのが彼の役目であり、アッシュが彼を毛嫌いする理由の一つだ。
「よし、見えてきたぞ」
先行するグリージアの視界には、崩れた建造物が姿を現す。瓦礫の隙間から当時、使われていたであろう研究機材がその姿をのぞかせている。
ハンドサインで後ろのアッシュに止まるように指示をして、研究所の全体が見渡せる位置まで登り、折り畳み式の小型の双眼鏡を取りだす。
「見張りは?」
「どうやらいないようだ。だが」
「注意しろ…だろ? 分かっているさ」
その言葉を聞いたグリージアは首を縦ふり「行こう」と言って、崩れてない建物の屋根に飛び移った。
「さて、どこから入ったものか」
「ようこそ。灰色の幸運、そして灰の悪魔よ」
背後から聞こえた声に振り返る。そこにはミランダの話の中に出てきた赤い外套を着た男が立っていた。顔の部分は空間を歪めて隠しているようで、どんな顔をしているのかまでは一切不明のままだ。
しかし気配を完全に消し、奇襲に慣れている二人のクライムファイターの背後を取ったこの謎の人物に、アッシュとグリージアは少しばかりの戦慄を覚え、すぐさま身構える。
「まさかお前達が来るとはな、あの夫婦はどうした? よもや我が子を見捨てたわけではあるまい」
「悪いな、先に来させてもらったぜ」
「あの子を返してもらおうか」
フッと笑い外套の男はアッシュ達を見えない顔で見つめる。
「いいだろう。そんなにあの小僧に会いたいのなら、会わせてやろう」
男がアッシュ達の前に手を翳し、空を回転させるように手を動かすとアッシュとグリージアの周囲の空間が歪み、気が付けばそこは青白く発光する円形の装置が置かれた研究室へと変わっていた。
「あの一瞬で転移したのか? あいつは!?」
「情報通り、奴は空間を操るミュータントらしいな。しかも高度に使いこなしているか…たくッ始末の悪い奴だ」
グリージアが舌打ち交じりに悪態をつくと、後ろで動いている機械の方を見る。
「というか…ここは、閉鎖されてたんじゃないのか? 何で動いてんだよ」
「閉鎖されてても、電気系が使えるミュータントがいれば、機械ぐらいは動かせんだろ」
「ジャックみたいなやつか?」
「所でよ…あれって…デーヴィットじゃないか!?」
アッシュが奥の装置の前に倒れているパジャマ姿の少年を発見する。二人は慌てて、デーヴィットに駆け寄ると寝息を立てて、眠っているようだった。
「大丈夫だ。生きてる…」
「良かった…とりあえずミランダに報告するか」
「いや…待て! 誰か来たぞ!」
アッシュとグリージアはデーヴィットを再び床に寝かせ、臨戦態勢を取る。
人影三つ、その一つが喚きながら近寄ってくる。
どうやら、喚いているのは背の低い、初老の男性。しかし、その腕は氷の結晶に覆われ、常に冷気を放っている。
この街ではあまり見かけたことのないミュータントの老人は、外套の男と全身を鋼の鎧で身に纏った彫りの深い白髪の中年男性に激昂している。
「何故、奴らをここに招き入れた!! 計画を邪魔されんためにこの場所を選んだというのに! しかもあのヒーロー夫婦の息子だと!? ふざけるなぁ! 簡単に足がつく餓鬼を連れてきおってからに!! あの餓鬼の力を抽出する時間もないというのに!!」
「少しは冷静になれ。お前の能力のようにな、ドクター・スティーリア」
「黙れ。マグニティス。お前はどっちの味方だ!!」
「どっちも? 私はただ戦士と戦いたいだけだ。むしろ彼には感謝しているんだが? 何せあの灰の悪魔が来てくれたのだからな。うれしい限りだよ」
喜々として拳を握りしめ、グリージアを見つめる。
「はぁ…いつから戦闘をする対象がこいつから俺にすり替わったんだ?」
「言っただろう? 私は強い奴と戦いたいと、アッシュ・ラックも強いが、それよりもお前はもっと強い…」
その言葉聞いたアッシュの身体から、血液が気泡のように浮き出てくる。
彼の機嫌が悪い時によく起きる現象だが、今回はさらに機嫌が悪くなっているようで、気泡から鋭利な円柱形に変化を始めていた。
「舐めやがって、グリージアあんたは外套の男を頼む」
スーツの溝から大量の血液が噴き出し、もっとも得意とする獲物へとその姿を変えていく。
その手に収まるは長柄、槍と斧が一体化した鮮血のハルバードだ。
「こいつは俺が戦る!」
「はいはい…じゃあおっさん達は俺の相手をしてもらおうか?」
掌から長剣を抜き放つ。その凝固スピードは同じ能力でありながらアッシュよりも早く固まり、その形を作り上げる。
出来上がった剣を肩に担ぎ、ゆっくりと間合いを詰める。
一見スキだらけに見えるが一切の余念がなく、確実に彼らを討つために常時能力を発動させている。
「ドクター、ここは俺が受け持つ。はやく門をひらけ」
「分かっとるわい!」
外套の男がそういうと、ドクターは来た道を引き返し、廊下の奥へと消えていった。
「待ちやがれッ!」
「おっと、お前の相手はこの俺だ」
「邪魔だ! この顔なし野郎!」
外套の男は、振り下ろされた長剣を掴んだ直後、先ほどと同じ、空間転移を使いグリージア共々別の場所へと転移した。
「ふむ、グリージアと奴は、別の場所へ行ってしまったか…致し方ない。いつも通り、お前で遊んでやろう」
「行くぞぉッ!!」
ハルバードがマグニティスの頭上目がけて振り下され、火花が花弁の如く咲き乱れる。
斬撃を自身の鋼の籠手で防ぐと、そのまま能力を発動する。
鋼の籠手は、まるで生き物のように動き、姿を腕と一体化した片刃の剣へと変化させた。
「能力減退のハンデで、どこまでいけるか。試してやろう」
ハルバードを跳ね除け、脇腹に目がけて巨大な刃が切りかかる。
体制が崩された状態で逃げられない事を察したアッシュは素早く、能力を発動し、菱形の盾を作り斬撃を防ぐ。
押し負けぬように足を踏ん張り、ハルバードを分解し、マグニティスと同じように腕に纏わせ、巨大な直剣付きの籠手へと姿を変化させる。
盾で刃を払いのけ、脇腹に目掛けて鋭い一撃を叩き込む。
しかし、マグニティスは不敵に笑みを浮かべ、一切回避する様子を見せない。
狙いが分からないまま、剣はマグニティスの脇腹に吸い込まれていく。
だが、肉を貫く生々しい感触はせず、変わって金属にぶち当てたような硬い音が鳴る。
思わず、舌打ちをしたアッシュの視線の先には脇腹を防御するために、鎧から引き伸ばされた鋼が攻撃を防いでいたのだ。
「2㎝だ…」
「何?」
「かつてのお前ならば…もっと深く私の鎧に攻撃を叩き込めただろう…だが! 今のお前では私は倒せない!! 私のアイアン・クリエイトを攻略する事は出来ない!!」
激昂したマグニティスの掌から鉄の塊が飛び出し、アッシュの腹部に深々と突き刺さる。
後方へ勢いよく吹き飛ばされたアッシュは、何とか立とうとするが思いのほか、身体へのダメージが強く立ち上がることが出来ない。
そんな状態のアッシュに、ダメ押しかのように先程と同じ攻撃を体の全ての鎧を使って叩き込む。
雨の如く降り注ぐ鋼鉄の柱を、回避する事も出来ず、容赦なくアッシュの身体に叩き込まれる。襲い掛かる激痛に、必死に耐え続けるが、次第に強化スーツにヒビが入り、仮面の部分が割れ、その中からアッシュの顔が見える。
笑っている―あれだけの攻撃を叩き込まれていたというのに、不敵な笑みを浮かべ、さらに瞳は生気を失うどころかむしろ、ギラギラと強く鋭い眼光がマグニティスを捕らえている。
その時だった。突然、マグニティスの足元から鋭い騎槍が地面を突き破って出現、脇腹を覆う鎧を粉砕し、その肉を抉り取る。
「チィ…外したか…」
「グフッ…まさかずっとこれを狙っていたのか…」
「なぁに…ちょっと痛かったが…上手くいったぜ。さぁ第二ラウンドと行こうか」
再び立ち上がると、ファイティングポーズをとるアッシュ、その姿を見届けたマグニティスは腕を天に向けて、右腕を上げる。すると見纏っていた鋼鉄の鎧、全てが腕に終息し一つの騎槍へと姿が変わり、アッシュへとその槍先を向ける。
それは最大の敬意を込めた一撃、放たれた騎槍はアッシュの息の根を止めるために、凄まじいスピードで伸びていく。
アッシュも同様に血液を一点に集中させ、先ほどよりも強固な騎槍を作り上げ、自身に迫る鋼鉄の騎槍目掛けて放つ。
鋼鉄の騎槍と鮮血の騎槍、言葉にしてみれば勝敗は言うまでもない。だがこれはミュータント同士の戦い。相手の攻撃に合わせて、凝固する硬さを自由に操れるクリエイト能力、その力が今、限界を超えた男のミュータント細胞を刺激し大いに力を出していた。
ぶつかり合った鋼鉄と鮮血、二振りの騎槍が火花を散らす。力は拮抗して押し合い圧し合いを繰り返す。
「う、おおおおおおおッ!!」
「かああああああッ!」
二人の戦士の雄たけびが青く輝く研究所内に反響する。
凄まじい衝撃波は建物のヒビを更に大きくし、周りに落ちている壁のかけらを粉になるまで粉砕する。
体の至る所から血が流れ出ても、二人は止まるどころか。勢いは増すばかり、そして勝利の女神が微笑んだのは―
「ガハッ!」
マグニティスの方だった。鮮血の騎槍は粉砕されたが、鋼鉄の騎槍は心臓を大きく外れ、アッシュの肩に深々と突き刺さる。
「はぁ…はぁ…見事だ。アッシュ・ラック、最後の最後で戦士の意地を見せて貰った…これは、慈悲だ…」
先程よりは遥かに小さいな、だがそれでも人間を殺すのには十分な騎槍を作り出し、動けないアッシュに向けて放った。
だが勝利の女神に愛されずとも、運命の女神は彼の死を快くは思わなかったようだ。
突然、天井を崩壊し、その中から転移したはずのグリージアが十字架の盾で、馬上槍の攻撃を跳ね返す。
「無事か! アッシュ!!」
「グリージア…あの外套の男は…」
「すまん、逃げられた。それよりも大丈夫か…」
「大丈夫に…見えるか?」
「全然。まぁ後は俺に任せておけよ」
そういってグリージアは血液の盾を再構築し、再び長剣へと作り直し、アッシュの肩に突き刺さる槍を切り裂き、彼を解放した。
だが、その時だったデーヴィットがいる奥の装置が動き出す。青く眩い光を放ち始める。
「なんか、やばそうだ! アッシュ! デーヴィットを!!」
「グッ…わかってる!」
痛む体を強引に動かし、血の鎖でデーヴィットを捕まえたアッシュは、自分の方へと引き寄せ、少しよろめいたが何とか抱き止めた。
「デーヴィットは大丈夫だ!」
「よし! 後はこっちを!」
振り向くと、今までそこにいたはずのマグニティスが消え失せている
「あいつ! どこいった!」
「こっちだ。クライムファイター」
その声に振り向くと、先ほどの外套の男とドクター・スティーリア、そしてマグニティスが光を放つ装置の前に立っている。
「申し訳ないが、我々にも用事がある。ここらへんで退散させてもらうよ。もしかすると、もう出会う事はないかもしれないが」
「どこに行こうってんだ!」
「こことは別の世界にだよ! この世界では、君達の様な者が多くて我々の計画は進められないという事が分かったのでね。まぁ君達に追い掛けられては困るから、このゲートには少し細工をさせてもらった」
そういうと外套の男はドクターに指示を送る。すると今まで青く安定していた光は、凶暴な赤い閃光を放ち、ゲートの所々からも火花がはじけ飛ぶ。
「我々が去った数分後にこのゲートは爆発する。爆発の威力、そうだな…半径21キロメートルといった所か」
に、21!? 外套の男が言った驚愕の数値に、クライムファイター達は声を揃えて驚く。
「お前ら…この都市を吹き飛ばすつもりか!!」
痛む体を押さえながら、アッシュは激昂した。
「そのつもりだ。何せ、この街には邪魔なミュータントが何匹もいるからな…見ているだけでおぞましいよ。神に望まれずに生まれてきたカインの子らが、平然とした顔で、そこで生き、数を増やしていく…いいか。これは裁きなのだ…堕落したこの大都市ロサンゼルスに振り下ろされた神の裁きと知れ!!」
外套の男が、自分の言葉に酔いしれるかのように、大袈裟に腕を振り上げる。
だがその演説染みた様子に驚きを隠せていないのは、アッシュ達のようだ。腕をわなわなと振るわせて、ヴィラン達を見つめる。
あの時、まだ12歳だった少年の身に起きたおぞましい出来事が、フラッシュ・バックのように甦り、一人のクライムファイターの心を大きく揺るがした。
「…まさか…お前ら…ミュータント・ハンターか!!」
「まさしく、その通りだ!」
ミュータント・ハンター、それはミュータントと呼ばれる人の形をした怪物を、神の名の元に討伐する者達の総称だ。
手段は不明だが殺したミュータントから能力を奪い取る事が出来るため、誰がミュータントで、誰がミュータント・ハンターなのか判別する事が出来ず、現在でも犠牲者が増えているのが現状だ。
だが今、驚くべきは、まさか無関係なミュータントでもない人間達が大勢住んでいるこの都市を吹き飛ばそうとする過激派が、まだ存在していたという事だ。
「さて、そろそろ時間だ…さようなら。ヒーロー達よ。さようなら愛しきロサンゼルス。ああ、そうだ! 君達にこのゲートを壊されては溜まらないからな。彼の相手をしてもらおうか」
外套の男が手で、何かを合図すると、背後から暗がりからやせ細った上半身裸の男がゆらりと現れ、外套の男の隣に立ち。
「さぁ見せておくれ。全ては我らが神のために…」
「我らが…神の…た、め…」
男は自身の腕についている機械のブレスレットをアッシュ達に見せつけるようにかざす。青いクリアな部分には、何か液体が入っているようだ。
「あれは…まさか!! よせぇ!!」
「グリージア!?」
何かに気が付いたグリージアがダッと駆け出すも、時すでに遅く男はクリアな部分を押し、ミュータントを暴走させる劇薬「DEADEND」を体内に取り込んでしまった。
「ウウ、グアアアアアッ!!」
DEADENDが生々しい音を響かせながら身体の構造を変化させていく。
そこには、もう先ほどのやせ細った男はおらず、体をマグマのように光らせた筋骨隆々の大男がアッシュ達の前に立ちはだかる。
「くそ、やっぱりか!」
「おい! グリージア、これは一体どうなってんだ!」
「あの野郎が打ちやがった薬は、俺達の管轄で取り締まっているヤクだよ。何でも、強引にミュータント細胞を暴走させる薬らしいけどな。あれをばらまいたのは、お前らだったのか!!」
激昂したグリージアに対して、外套の男は挑発的な態度で煽る。
「ああ、君の街には、色々実験させてもらったよ…実に有意義な時間だった」
「テメェ! 叩き殺す!」
「おっと…」
外套の男に飛びかかろうとするも、大男の剛腕が防がれてしまう。
「はっはっは! 残念だったなぁ。では、今度こそ、さようならだ!」
「くっそ!」
「グリージア、まずはこいつからだ!」
「分かってる! アッシュ、分かっているな…こういう風に暴走した場合」
「ああ…可哀想だが、やるしかねぇ」
ミュータント・ハンター達を追う事を諦めたアッシュとグリージアは、己の残りの力を全て出し切り、先ほどよりも鋭い刃を持つ真紅のハルバードと真紅の長剣を作り出した。
「アッシュ、お前はうまく援護してくれ。そろそろ限界だろ…」
「なめんなや…おっさん…今日は、能力がうまく言う事聞いてくれんだ。こいつブッ倒して、街も救ってやる!」
「あっそ、じゃあ行こうか!」
二つの真紅の刃が円を描いて閃き、大男に斬りかかる。その光景を見ていたミュータント・ハンター達だが、1人だけ面白くなさそうに、二人の戦いを見つめている。
「せっかくの戦いに介入されてご機嫌ななめかな」
「黙れ…それよりもさっさと入った方がいいのではないか?」
「いや、もっと見ていたくてね。いいじゃないか。彼らの死にざ「不快である!」ほう…」
ピシャッと外套の男の言葉を遮ったマグニティス。
その様子はどこか苛立たしいそうに、今にも鋼鉄の騎槍を射出できる状態になっていた。
「向こうに着いたら、貴様らとの関係はそこまでだ」
「おや、同志が大勢集まるのにか?」
「貴様の同志だろう。私に同志などいない。そもそも別世界の侵略も興味がない。そんな事はお前達が勝手にすればいいだけの話だ」
「なるほど、あくまで協会には従う気はないと」
「そういう事だ。分かったらさっさといけい!」
外套の男は、呆れたようにスティーリアを伴い、ゲートの中へ入ろうとする。すると―
「もしも! 向こうの世界で私が貴様らを邪魔と判断した場合、その時点で貴様らは私の敵だ。ゆめゆめ、忘れるな!」
「そうか、では気をつけさせてもらうよ。さらばだ。マグニティス」
それだけ言うと外套の男達は、マグニティスを残し、この世界から消え去った。
マグニティスはゲートから目を離し、アッシュ達の戦いの行方に集中する。
アッシュは振り下ろされた拳を避け、腕に飛び乗る。
そのままの勢いでハルバードの斧の部分をぶち当てる。
しかし、鋼の様な身体には、その刃は通らない。
(もっと鋭く…鋭く! 鋭く!!)
アッシュの願いが通じたのか、いきなり斬りこんだ部分からおびただしい程の血液を噴き出す。
「おおおおおッ!」
雄たけびと共に、もう一人振り、斬りこみにぶち込むと今度はまるで、豆腐を斬るかのように、大男の腕を切り裂いた。
「切断出来た…そういえばさっきより傷の痛みが…まさか!?」
何かに気づいたアッシュが、自分の手を見ると、傷だらけだった手が自然に治っていくのを目撃した。
「治っ!」
「アッシュ! 危ねぇ!」
グリージアの言葉に、ハッと我に返ると片方の腕を失い、怒り狂った大男が飛びかかってくる姿が見える。
しかし、アッシュは避けない。ハルバードを投げ捨て、不敵な笑みを浮かべて構えを取る。
「何やってんだ! 早くどけ!」
「大丈夫だ! 行くぜ…」
低く構え、腰を引き、拳を作り、その上に掌を置く。
それは、この街の誰もが見慣れたアッシュ独特の構えだった。
「あれは…あいつ・・・あ~! もう! しゃねぇな! おらぁ!」
グリージアは、突撃する大男の目に、自身が持っていた長剣を投げつける。
見事に、大男の目を射抜く事に成功し、うまくアッシュの前で悶絶させる事が出来た。
そして、放たれるはある王の武器の名を持つ技、その名は―
「BLOODAXE!」
拳から精製された巨大な血斧を片手で振るい、大男の胴体を切り裂く。
胴体を真っ二つにされた男の上半身が崩れ落ち、時間差で下半身も倒れた。
すると見る見るうちに、元の優男へと戻り、そのまま絶命した。
「はぁ…はぁ…勝ったのか…」
久しぶりの感覚に手が熱く感じる。
二度と放てぬと思っていた技を放てたのだ。アッシュにとってみれば奇跡としか言いようがなかった。
その光景を見ていると、後ろからグリージアに抱き着かれた。
何事かと思い振り返ると、心底、うれしそうな顔で仮面越しから、一筋の涙が流れている。
「お前…こんな土壇場で能力が戻るとか、運が悪いのか、良いのか。どっちかにしやがれ!」
「うっせぇ! 俺だってまさか、能力が戻るとは思ってなかったんだよ!」
そんな風に大の三十路に近い男達がじゃれあっていると、どこからか。拍手を鳴らす音が聞こえる。
マグニティスがゲートを前にして、二人に対し、拍手を送っていたのだ。
「マグニティス…まさか一人だけ残っていたとはな…」
「見事だった! アッシュ・ラック、よくぞ戻ってきてくれた!」
マグニティスは懐から小さなリモコンの様な物を取りだす。
「お前が力を取り戻さねば、これを使う気はなかった…だが我が好敵手よ。お前が戻ってきた今、この街には存在してもらわねば困る!」
それだけ言うと、ボタンを押す。すると暴力的なエネルギー放出が、少しだけ弱まった感じがした。
「エネルギーが弱くなった。マグニティス、あんたは…」
「スティーリアが作ったゲートに少しだけ細工した。これで、時間稼ぎは出来る。とりあえず爆発の威力は半減しただろう。後はお前達の仕事だ。それを見事、止めて見せろ…そして私を追いかけてこい」
「…首を洗って待っていろ…必ず追いついてやる」
「楽しみにしている」
そう言い残し、スティーリアはゲートの中へと消え去った。
残された二人の上空でヘリの音がする。どうやらマックス達が到着したようだ。
「アッシュ! グリージア!」
白銀の鎧型のバトルスーツを身に纏ったマックスこと、ザ・ヒーローを筆頭にロサンゼルスとヒンメル・シティを代表するヒーロー達が一堂に会する。
「状況は?」
「実はな…」
今まであった事を簡単に説明すると、全員、ゲートの前に立って思案した。
「にしても…何であの白髪親父が、俺達に協力してくれたんだ?」
「マグニティスは戦闘狂だが、根っからの悪人じゃねぇ…ロサンゼルスが破壊されるのは快くは思わなかったんだろう」
雷の文様を刻んだウェットスーツを着込んだヒーロー『サンダーボルトⅡ』こと、ダニエル・ジャック・ハンターの問いにアッシュは自分の思い浮かぶ、マグニティスの事を吐露した。
「そんなもんかねぇ~んでよ。この機械どうすんだ? 時間ないんだろう?」
「ああ、そもそも後、何分で爆発するかもわかんねぇんだ」
「やっべぇじゃねぇかい! こうなったら俺様のサンダーでぶっ壊してやる!」
「ばっか! やめろ! 特にエネルギー系の攻撃は!」
そう言って、体から電気を迸らせようとしたサンダーボルトⅡを、アッシュやグリージアが必死になって止める。
「んだよ! じゃあどうすんだよ!! このままだと、ここいらぶっ飛んじまうぞ!」
「分かってる! でもお前がやったら下手したら爆発すんだろうが!」
その言葉に、サンダーボルトⅡも口ごもる。
最悪な事に今回集まった仲間達は全て、戦闘型。
残りは炎を出す奴。
風を起こす奴、
怪力夫婦。
特にこの二人はデーヴィットを抱えているため、おそらくは使い物にならないだろう。
技術系のミュータントなど一人もいやしない。
「あ~くそ、これどうなってんだよ。構造が分かんねぇと下手に手が出せねぇよ。今から技術班も呼べねぇし!」
【ならば、私に任せて貰えないだろうか?】
突然、全員の耳に優しげな女性の声が聞こえてきた。
しかし、あたりを見回しても女性らしき姿は見えない。
「おい! あれ見てみろ!」
何かに気づいたグリージアが叫ぶ。
全員が指さされた場所を見ると、何と、ゲートの地面が水のようになり、見る見る内に飲み込んでいくではないか。
「一体、何が…」
突然の事で、おどけているとゲートは水面に消え、次の瞬間、遠い場所で凄まじい爆音が鳴り響く。
慌てて、外に出るが、街には少し慌てだっているものの、特には被害が見受けられない。
「本当に何が起きたんだ? 奇跡…まさかな…」
「お、おい、お前ら!」
「今度は何だ! ジャック! な!?」
アッシュ苛立ったように振り返るとそこには、今までいなかったであろう。水色の髪をした見た事もない服装の女性が優しげな面持ちでアッシュ達を見つめている。
驚くべきは、彼女自身がまるで水のように半透明で、後ろの背景が透けて見えているのだ。
【貴公らを悩ませていた。あの門は私が海へと逃がした。安心していい】
「それは…ありがとう。じゃなくて! あんたは一体、何者なんだ!」
【私はフェロニーア、異世界ファンディアスを守護する存在。貴公らに言わせれば―神だ】
その言葉にアッシュを含めた全員が気を失いそうになったのは、言うまでもない。
その研究所は、元はマックス達の父親が会社を経営していた時、保有していた研究所の一部だったという事は、無線を介して聞いていた。
なんでも、危険なエネルギーを抽出する実験の際、大事故が起き、建物は半壊そのまま立て直す事はなく廃棄されたのだそうだ。以来は立ち入り禁止区域に指定されていた場所でもある。
今、その場所で一人の少年の命が危険に晒されているという事実に、焦りを隠しながらアッシュ達は急いでいた。
「ミランダが言うにはもうすぐのはずだ」
「ああ、気を引き締めていこう」
グリージアの言葉に、アッシュは首を縦に振った。
彼、グリージアはヒンメル・シティと呼ばれる、南アメリカに出来たMGDの本部がある街で、ヒーロー活動をしているA級クライムファイターだ。
主な仕事は第4フェイズになった暴走体の始末が彼の仕事だ。
暴走体とはミュータントが自身能力を制御できず怪物化してしまう現象だ。
1999年当時はこの現象が多発していしまったのが、原因で危険視され、ミュータント狩りを正統化する口実されてしまった事もある。
現在では、暴走体にランク付けされ1~2フェイズが救出対象になるが、3~4フェイズは自我を無くし完全に怪物化してしまうために抹殺対象されてしまう事になっている。
その第4フェイズとなったミュータントを狩るのが彼の役目であり、アッシュが彼を毛嫌いする理由の一つだ。
「よし、見えてきたぞ」
先行するグリージアの視界には、崩れた建造物が姿を現す。瓦礫の隙間から当時、使われていたであろう研究機材がその姿をのぞかせている。
ハンドサインで後ろのアッシュに止まるように指示をして、研究所の全体が見渡せる位置まで登り、折り畳み式の小型の双眼鏡を取りだす。
「見張りは?」
「どうやらいないようだ。だが」
「注意しろ…だろ? 分かっているさ」
その言葉を聞いたグリージアは首を縦ふり「行こう」と言って、崩れてない建物の屋根に飛び移った。
「さて、どこから入ったものか」
「ようこそ。灰色の幸運、そして灰の悪魔よ」
背後から聞こえた声に振り返る。そこにはミランダの話の中に出てきた赤い外套を着た男が立っていた。顔の部分は空間を歪めて隠しているようで、どんな顔をしているのかまでは一切不明のままだ。
しかし気配を完全に消し、奇襲に慣れている二人のクライムファイターの背後を取ったこの謎の人物に、アッシュとグリージアは少しばかりの戦慄を覚え、すぐさま身構える。
「まさかお前達が来るとはな、あの夫婦はどうした? よもや我が子を見捨てたわけではあるまい」
「悪いな、先に来させてもらったぜ」
「あの子を返してもらおうか」
フッと笑い外套の男はアッシュ達を見えない顔で見つめる。
「いいだろう。そんなにあの小僧に会いたいのなら、会わせてやろう」
男がアッシュ達の前に手を翳し、空を回転させるように手を動かすとアッシュとグリージアの周囲の空間が歪み、気が付けばそこは青白く発光する円形の装置が置かれた研究室へと変わっていた。
「あの一瞬で転移したのか? あいつは!?」
「情報通り、奴は空間を操るミュータントらしいな。しかも高度に使いこなしているか…たくッ始末の悪い奴だ」
グリージアが舌打ち交じりに悪態をつくと、後ろで動いている機械の方を見る。
「というか…ここは、閉鎖されてたんじゃないのか? 何で動いてんだよ」
「閉鎖されてても、電気系が使えるミュータントがいれば、機械ぐらいは動かせんだろ」
「ジャックみたいなやつか?」
「所でよ…あれって…デーヴィットじゃないか!?」
アッシュが奥の装置の前に倒れているパジャマ姿の少年を発見する。二人は慌てて、デーヴィットに駆け寄ると寝息を立てて、眠っているようだった。
「大丈夫だ。生きてる…」
「良かった…とりあえずミランダに報告するか」
「いや…待て! 誰か来たぞ!」
アッシュとグリージアはデーヴィットを再び床に寝かせ、臨戦態勢を取る。
人影三つ、その一つが喚きながら近寄ってくる。
どうやら、喚いているのは背の低い、初老の男性。しかし、その腕は氷の結晶に覆われ、常に冷気を放っている。
この街ではあまり見かけたことのないミュータントの老人は、外套の男と全身を鋼の鎧で身に纏った彫りの深い白髪の中年男性に激昂している。
「何故、奴らをここに招き入れた!! 計画を邪魔されんためにこの場所を選んだというのに! しかもあのヒーロー夫婦の息子だと!? ふざけるなぁ! 簡単に足がつく餓鬼を連れてきおってからに!! あの餓鬼の力を抽出する時間もないというのに!!」
「少しは冷静になれ。お前の能力のようにな、ドクター・スティーリア」
「黙れ。マグニティス。お前はどっちの味方だ!!」
「どっちも? 私はただ戦士と戦いたいだけだ。むしろ彼には感謝しているんだが? 何せあの灰の悪魔が来てくれたのだからな。うれしい限りだよ」
喜々として拳を握りしめ、グリージアを見つめる。
「はぁ…いつから戦闘をする対象がこいつから俺にすり替わったんだ?」
「言っただろう? 私は強い奴と戦いたいと、アッシュ・ラックも強いが、それよりもお前はもっと強い…」
その言葉聞いたアッシュの身体から、血液が気泡のように浮き出てくる。
彼の機嫌が悪い時によく起きる現象だが、今回はさらに機嫌が悪くなっているようで、気泡から鋭利な円柱形に変化を始めていた。
「舐めやがって、グリージアあんたは外套の男を頼む」
スーツの溝から大量の血液が噴き出し、もっとも得意とする獲物へとその姿を変えていく。
その手に収まるは長柄、槍と斧が一体化した鮮血のハルバードだ。
「こいつは俺が戦る!」
「はいはい…じゃあおっさん達は俺の相手をしてもらおうか?」
掌から長剣を抜き放つ。その凝固スピードは同じ能力でありながらアッシュよりも早く固まり、その形を作り上げる。
出来上がった剣を肩に担ぎ、ゆっくりと間合いを詰める。
一見スキだらけに見えるが一切の余念がなく、確実に彼らを討つために常時能力を発動させている。
「ドクター、ここは俺が受け持つ。はやく門をひらけ」
「分かっとるわい!」
外套の男がそういうと、ドクターは来た道を引き返し、廊下の奥へと消えていった。
「待ちやがれッ!」
「おっと、お前の相手はこの俺だ」
「邪魔だ! この顔なし野郎!」
外套の男は、振り下ろされた長剣を掴んだ直後、先ほどと同じ、空間転移を使いグリージア共々別の場所へと転移した。
「ふむ、グリージアと奴は、別の場所へ行ってしまったか…致し方ない。いつも通り、お前で遊んでやろう」
「行くぞぉッ!!」
ハルバードがマグニティスの頭上目がけて振り下され、火花が花弁の如く咲き乱れる。
斬撃を自身の鋼の籠手で防ぐと、そのまま能力を発動する。
鋼の籠手は、まるで生き物のように動き、姿を腕と一体化した片刃の剣へと変化させた。
「能力減退のハンデで、どこまでいけるか。試してやろう」
ハルバードを跳ね除け、脇腹に目がけて巨大な刃が切りかかる。
体制が崩された状態で逃げられない事を察したアッシュは素早く、能力を発動し、菱形の盾を作り斬撃を防ぐ。
押し負けぬように足を踏ん張り、ハルバードを分解し、マグニティスと同じように腕に纏わせ、巨大な直剣付きの籠手へと姿を変化させる。
盾で刃を払いのけ、脇腹に目掛けて鋭い一撃を叩き込む。
しかし、マグニティスは不敵に笑みを浮かべ、一切回避する様子を見せない。
狙いが分からないまま、剣はマグニティスの脇腹に吸い込まれていく。
だが、肉を貫く生々しい感触はせず、変わって金属にぶち当てたような硬い音が鳴る。
思わず、舌打ちをしたアッシュの視線の先には脇腹を防御するために、鎧から引き伸ばされた鋼が攻撃を防いでいたのだ。
「2㎝だ…」
「何?」
「かつてのお前ならば…もっと深く私の鎧に攻撃を叩き込めただろう…だが! 今のお前では私は倒せない!! 私のアイアン・クリエイトを攻略する事は出来ない!!」
激昂したマグニティスの掌から鉄の塊が飛び出し、アッシュの腹部に深々と突き刺さる。
後方へ勢いよく吹き飛ばされたアッシュは、何とか立とうとするが思いのほか、身体へのダメージが強く立ち上がることが出来ない。
そんな状態のアッシュに、ダメ押しかのように先程と同じ攻撃を体の全ての鎧を使って叩き込む。
雨の如く降り注ぐ鋼鉄の柱を、回避する事も出来ず、容赦なくアッシュの身体に叩き込まれる。襲い掛かる激痛に、必死に耐え続けるが、次第に強化スーツにヒビが入り、仮面の部分が割れ、その中からアッシュの顔が見える。
笑っている―あれだけの攻撃を叩き込まれていたというのに、不敵な笑みを浮かべ、さらに瞳は生気を失うどころかむしろ、ギラギラと強く鋭い眼光がマグニティスを捕らえている。
その時だった。突然、マグニティスの足元から鋭い騎槍が地面を突き破って出現、脇腹を覆う鎧を粉砕し、その肉を抉り取る。
「チィ…外したか…」
「グフッ…まさかずっとこれを狙っていたのか…」
「なぁに…ちょっと痛かったが…上手くいったぜ。さぁ第二ラウンドと行こうか」
再び立ち上がると、ファイティングポーズをとるアッシュ、その姿を見届けたマグニティスは腕を天に向けて、右腕を上げる。すると見纏っていた鋼鉄の鎧、全てが腕に終息し一つの騎槍へと姿が変わり、アッシュへとその槍先を向ける。
それは最大の敬意を込めた一撃、放たれた騎槍はアッシュの息の根を止めるために、凄まじいスピードで伸びていく。
アッシュも同様に血液を一点に集中させ、先ほどよりも強固な騎槍を作り上げ、自身に迫る鋼鉄の騎槍目掛けて放つ。
鋼鉄の騎槍と鮮血の騎槍、言葉にしてみれば勝敗は言うまでもない。だがこれはミュータント同士の戦い。相手の攻撃に合わせて、凝固する硬さを自由に操れるクリエイト能力、その力が今、限界を超えた男のミュータント細胞を刺激し大いに力を出していた。
ぶつかり合った鋼鉄と鮮血、二振りの騎槍が火花を散らす。力は拮抗して押し合い圧し合いを繰り返す。
「う、おおおおおおおッ!!」
「かああああああッ!」
二人の戦士の雄たけびが青く輝く研究所内に反響する。
凄まじい衝撃波は建物のヒビを更に大きくし、周りに落ちている壁のかけらを粉になるまで粉砕する。
体の至る所から血が流れ出ても、二人は止まるどころか。勢いは増すばかり、そして勝利の女神が微笑んだのは―
「ガハッ!」
マグニティスの方だった。鮮血の騎槍は粉砕されたが、鋼鉄の騎槍は心臓を大きく外れ、アッシュの肩に深々と突き刺さる。
「はぁ…はぁ…見事だ。アッシュ・ラック、最後の最後で戦士の意地を見せて貰った…これは、慈悲だ…」
先程よりは遥かに小さいな、だがそれでも人間を殺すのには十分な騎槍を作り出し、動けないアッシュに向けて放った。
だが勝利の女神に愛されずとも、運命の女神は彼の死を快くは思わなかったようだ。
突然、天井を崩壊し、その中から転移したはずのグリージアが十字架の盾で、馬上槍の攻撃を跳ね返す。
「無事か! アッシュ!!」
「グリージア…あの外套の男は…」
「すまん、逃げられた。それよりも大丈夫か…」
「大丈夫に…見えるか?」
「全然。まぁ後は俺に任せておけよ」
そういってグリージアは血液の盾を再構築し、再び長剣へと作り直し、アッシュの肩に突き刺さる槍を切り裂き、彼を解放した。
だが、その時だったデーヴィットがいる奥の装置が動き出す。青く眩い光を放ち始める。
「なんか、やばそうだ! アッシュ! デーヴィットを!!」
「グッ…わかってる!」
痛む体を強引に動かし、血の鎖でデーヴィットを捕まえたアッシュは、自分の方へと引き寄せ、少しよろめいたが何とか抱き止めた。
「デーヴィットは大丈夫だ!」
「よし! 後はこっちを!」
振り向くと、今までそこにいたはずのマグニティスが消え失せている
「あいつ! どこいった!」
「こっちだ。クライムファイター」
その声に振り向くと、先ほどの外套の男とドクター・スティーリア、そしてマグニティスが光を放つ装置の前に立っている。
「申し訳ないが、我々にも用事がある。ここらへんで退散させてもらうよ。もしかすると、もう出会う事はないかもしれないが」
「どこに行こうってんだ!」
「こことは別の世界にだよ! この世界では、君達の様な者が多くて我々の計画は進められないという事が分かったのでね。まぁ君達に追い掛けられては困るから、このゲートには少し細工をさせてもらった」
そういうと外套の男はドクターに指示を送る。すると今まで青く安定していた光は、凶暴な赤い閃光を放ち、ゲートの所々からも火花がはじけ飛ぶ。
「我々が去った数分後にこのゲートは爆発する。爆発の威力、そうだな…半径21キロメートルといった所か」
に、21!? 外套の男が言った驚愕の数値に、クライムファイター達は声を揃えて驚く。
「お前ら…この都市を吹き飛ばすつもりか!!」
痛む体を押さえながら、アッシュは激昂した。
「そのつもりだ。何せ、この街には邪魔なミュータントが何匹もいるからな…見ているだけでおぞましいよ。神に望まれずに生まれてきたカインの子らが、平然とした顔で、そこで生き、数を増やしていく…いいか。これは裁きなのだ…堕落したこの大都市ロサンゼルスに振り下ろされた神の裁きと知れ!!」
外套の男が、自分の言葉に酔いしれるかのように、大袈裟に腕を振り上げる。
だがその演説染みた様子に驚きを隠せていないのは、アッシュ達のようだ。腕をわなわなと振るわせて、ヴィラン達を見つめる。
あの時、まだ12歳だった少年の身に起きたおぞましい出来事が、フラッシュ・バックのように甦り、一人のクライムファイターの心を大きく揺るがした。
「…まさか…お前ら…ミュータント・ハンターか!!」
「まさしく、その通りだ!」
ミュータント・ハンター、それはミュータントと呼ばれる人の形をした怪物を、神の名の元に討伐する者達の総称だ。
手段は不明だが殺したミュータントから能力を奪い取る事が出来るため、誰がミュータントで、誰がミュータント・ハンターなのか判別する事が出来ず、現在でも犠牲者が増えているのが現状だ。
だが今、驚くべきは、まさか無関係なミュータントでもない人間達が大勢住んでいるこの都市を吹き飛ばそうとする過激派が、まだ存在していたという事だ。
「さて、そろそろ時間だ…さようなら。ヒーロー達よ。さようなら愛しきロサンゼルス。ああ、そうだ! 君達にこのゲートを壊されては溜まらないからな。彼の相手をしてもらおうか」
外套の男が手で、何かを合図すると、背後から暗がりからやせ細った上半身裸の男がゆらりと現れ、外套の男の隣に立ち。
「さぁ見せておくれ。全ては我らが神のために…」
「我らが…神の…た、め…」
男は自身の腕についている機械のブレスレットをアッシュ達に見せつけるようにかざす。青いクリアな部分には、何か液体が入っているようだ。
「あれは…まさか!! よせぇ!!」
「グリージア!?」
何かに気が付いたグリージアがダッと駆け出すも、時すでに遅く男はクリアな部分を押し、ミュータントを暴走させる劇薬「DEADEND」を体内に取り込んでしまった。
「ウウ、グアアアアアッ!!」
DEADENDが生々しい音を響かせながら身体の構造を変化させていく。
そこには、もう先ほどのやせ細った男はおらず、体をマグマのように光らせた筋骨隆々の大男がアッシュ達の前に立ちはだかる。
「くそ、やっぱりか!」
「おい! グリージア、これは一体どうなってんだ!」
「あの野郎が打ちやがった薬は、俺達の管轄で取り締まっているヤクだよ。何でも、強引にミュータント細胞を暴走させる薬らしいけどな。あれをばらまいたのは、お前らだったのか!!」
激昂したグリージアに対して、外套の男は挑発的な態度で煽る。
「ああ、君の街には、色々実験させてもらったよ…実に有意義な時間だった」
「テメェ! 叩き殺す!」
「おっと…」
外套の男に飛びかかろうとするも、大男の剛腕が防がれてしまう。
「はっはっは! 残念だったなぁ。では、今度こそ、さようならだ!」
「くっそ!」
「グリージア、まずはこいつからだ!」
「分かってる! アッシュ、分かっているな…こういう風に暴走した場合」
「ああ…可哀想だが、やるしかねぇ」
ミュータント・ハンター達を追う事を諦めたアッシュとグリージアは、己の残りの力を全て出し切り、先ほどよりも鋭い刃を持つ真紅のハルバードと真紅の長剣を作り出した。
「アッシュ、お前はうまく援護してくれ。そろそろ限界だろ…」
「なめんなや…おっさん…今日は、能力がうまく言う事聞いてくれんだ。こいつブッ倒して、街も救ってやる!」
「あっそ、じゃあ行こうか!」
二つの真紅の刃が円を描いて閃き、大男に斬りかかる。その光景を見ていたミュータント・ハンター達だが、1人だけ面白くなさそうに、二人の戦いを見つめている。
「せっかくの戦いに介入されてご機嫌ななめかな」
「黙れ…それよりもさっさと入った方がいいのではないか?」
「いや、もっと見ていたくてね。いいじゃないか。彼らの死にざ「不快である!」ほう…」
ピシャッと外套の男の言葉を遮ったマグニティス。
その様子はどこか苛立たしいそうに、今にも鋼鉄の騎槍を射出できる状態になっていた。
「向こうに着いたら、貴様らとの関係はそこまでだ」
「おや、同志が大勢集まるのにか?」
「貴様の同志だろう。私に同志などいない。そもそも別世界の侵略も興味がない。そんな事はお前達が勝手にすればいいだけの話だ」
「なるほど、あくまで協会には従う気はないと」
「そういう事だ。分かったらさっさといけい!」
外套の男は、呆れたようにスティーリアを伴い、ゲートの中へ入ろうとする。すると―
「もしも! 向こうの世界で私が貴様らを邪魔と判断した場合、その時点で貴様らは私の敵だ。ゆめゆめ、忘れるな!」
「そうか、では気をつけさせてもらうよ。さらばだ。マグニティス」
それだけ言うと外套の男達は、マグニティスを残し、この世界から消え去った。
マグニティスはゲートから目を離し、アッシュ達の戦いの行方に集中する。
アッシュは振り下ろされた拳を避け、腕に飛び乗る。
そのままの勢いでハルバードの斧の部分をぶち当てる。
しかし、鋼の様な身体には、その刃は通らない。
(もっと鋭く…鋭く! 鋭く!!)
アッシュの願いが通じたのか、いきなり斬りこんだ部分からおびただしい程の血液を噴き出す。
「おおおおおッ!」
雄たけびと共に、もう一人振り、斬りこみにぶち込むと今度はまるで、豆腐を斬るかのように、大男の腕を切り裂いた。
「切断出来た…そういえばさっきより傷の痛みが…まさか!?」
何かに気づいたアッシュが、自分の手を見ると、傷だらけだった手が自然に治っていくのを目撃した。
「治っ!」
「アッシュ! 危ねぇ!」
グリージアの言葉に、ハッと我に返ると片方の腕を失い、怒り狂った大男が飛びかかってくる姿が見える。
しかし、アッシュは避けない。ハルバードを投げ捨て、不敵な笑みを浮かべて構えを取る。
「何やってんだ! 早くどけ!」
「大丈夫だ! 行くぜ…」
低く構え、腰を引き、拳を作り、その上に掌を置く。
それは、この街の誰もが見慣れたアッシュ独特の構えだった。
「あれは…あいつ・・・あ~! もう! しゃねぇな! おらぁ!」
グリージアは、突撃する大男の目に、自身が持っていた長剣を投げつける。
見事に、大男の目を射抜く事に成功し、うまくアッシュの前で悶絶させる事が出来た。
そして、放たれるはある王の武器の名を持つ技、その名は―
「BLOODAXE!」
拳から精製された巨大な血斧を片手で振るい、大男の胴体を切り裂く。
胴体を真っ二つにされた男の上半身が崩れ落ち、時間差で下半身も倒れた。
すると見る見るうちに、元の優男へと戻り、そのまま絶命した。
「はぁ…はぁ…勝ったのか…」
久しぶりの感覚に手が熱く感じる。
二度と放てぬと思っていた技を放てたのだ。アッシュにとってみれば奇跡としか言いようがなかった。
その光景を見ていると、後ろからグリージアに抱き着かれた。
何事かと思い振り返ると、心底、うれしそうな顔で仮面越しから、一筋の涙が流れている。
「お前…こんな土壇場で能力が戻るとか、運が悪いのか、良いのか。どっちかにしやがれ!」
「うっせぇ! 俺だってまさか、能力が戻るとは思ってなかったんだよ!」
そんな風に大の三十路に近い男達がじゃれあっていると、どこからか。拍手を鳴らす音が聞こえる。
マグニティスがゲートを前にして、二人に対し、拍手を送っていたのだ。
「マグニティス…まさか一人だけ残っていたとはな…」
「見事だった! アッシュ・ラック、よくぞ戻ってきてくれた!」
マグニティスは懐から小さなリモコンの様な物を取りだす。
「お前が力を取り戻さねば、これを使う気はなかった…だが我が好敵手よ。お前が戻ってきた今、この街には存在してもらわねば困る!」
それだけ言うと、ボタンを押す。すると暴力的なエネルギー放出が、少しだけ弱まった感じがした。
「エネルギーが弱くなった。マグニティス、あんたは…」
「スティーリアが作ったゲートに少しだけ細工した。これで、時間稼ぎは出来る。とりあえず爆発の威力は半減しただろう。後はお前達の仕事だ。それを見事、止めて見せろ…そして私を追いかけてこい」
「…首を洗って待っていろ…必ず追いついてやる」
「楽しみにしている」
そう言い残し、スティーリアはゲートの中へと消え去った。
残された二人の上空でヘリの音がする。どうやらマックス達が到着したようだ。
「アッシュ! グリージア!」
白銀の鎧型のバトルスーツを身に纏ったマックスこと、ザ・ヒーローを筆頭にロサンゼルスとヒンメル・シティを代表するヒーロー達が一堂に会する。
「状況は?」
「実はな…」
今まであった事を簡単に説明すると、全員、ゲートの前に立って思案した。
「にしても…何であの白髪親父が、俺達に協力してくれたんだ?」
「マグニティスは戦闘狂だが、根っからの悪人じゃねぇ…ロサンゼルスが破壊されるのは快くは思わなかったんだろう」
雷の文様を刻んだウェットスーツを着込んだヒーロー『サンダーボルトⅡ』こと、ダニエル・ジャック・ハンターの問いにアッシュは自分の思い浮かぶ、マグニティスの事を吐露した。
「そんなもんかねぇ~んでよ。この機械どうすんだ? 時間ないんだろう?」
「ああ、そもそも後、何分で爆発するかもわかんねぇんだ」
「やっべぇじゃねぇかい! こうなったら俺様のサンダーでぶっ壊してやる!」
「ばっか! やめろ! 特にエネルギー系の攻撃は!」
そう言って、体から電気を迸らせようとしたサンダーボルトⅡを、アッシュやグリージアが必死になって止める。
「んだよ! じゃあどうすんだよ!! このままだと、ここいらぶっ飛んじまうぞ!」
「分かってる! でもお前がやったら下手したら爆発すんだろうが!」
その言葉に、サンダーボルトⅡも口ごもる。
最悪な事に今回集まった仲間達は全て、戦闘型。
残りは炎を出す奴。
風を起こす奴、
怪力夫婦。
特にこの二人はデーヴィットを抱えているため、おそらくは使い物にならないだろう。
技術系のミュータントなど一人もいやしない。
「あ~くそ、これどうなってんだよ。構造が分かんねぇと下手に手が出せねぇよ。今から技術班も呼べねぇし!」
【ならば、私に任せて貰えないだろうか?】
突然、全員の耳に優しげな女性の声が聞こえてきた。
しかし、あたりを見回しても女性らしき姿は見えない。
「おい! あれ見てみろ!」
何かに気づいたグリージアが叫ぶ。
全員が指さされた場所を見ると、何と、ゲートの地面が水のようになり、見る見る内に飲み込んでいくではないか。
「一体、何が…」
突然の事で、おどけているとゲートは水面に消え、次の瞬間、遠い場所で凄まじい爆音が鳴り響く。
慌てて、外に出るが、街には少し慌てだっているものの、特には被害が見受けられない。
「本当に何が起きたんだ? 奇跡…まさかな…」
「お、おい、お前ら!」
「今度は何だ! ジャック! な!?」
アッシュ苛立ったように振り返るとそこには、今までいなかったであろう。水色の髪をした見た事もない服装の女性が優しげな面持ちでアッシュ達を見つめている。
驚くべきは、彼女自身がまるで水のように半透明で、後ろの背景が透けて見えているのだ。
【貴公らを悩ませていた。あの門は私が海へと逃がした。安心していい】
「それは…ありがとう。じゃなくて! あんたは一体、何者なんだ!」
【私はフェロニーア、異世界ファンディアスを守護する存在。貴公らに言わせれば―神だ】
その言葉にアッシュを含めた全員が気を失いそうになったのは、言うまでもない。
応援ありがとうございます!
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