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第3章 楽園

第64話 家族計画

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 ソフィアと話がまとまった後、俺達はテントの外へ出て昼食の準備がされているであろう場所へと向かった。この温泉街で仕事に励んでいる者達は各々昼食を取るように指示してある。

 だが俺の側近達に関しては、出来る限り揃って食事を取るようにしていた。まとめ役を務めている彼等からの報告を一手に聞ける機会など食事の時くらいしかないからな。

 本来であれば使用人であるルイスとルナが俺と同じ席で食事を取ることは許されない。奴隷であるカイルとアンヌも同じだ。だがこの場に限っては、作業の効率化を優先して一緒に食事を取って貰っているのだ。

 ソフィアと二人でいつもの場所へと向かうと、ルナやカイル達が全員揃ってテーブルの前で待機していた。セレスティアもルイスの傍に立って食事を見つめている。

「よし、みんな集まったみたいだな! これから昼食を取りながら、今後の話をしたいと思うんだが、その前に……」

 そう言葉を切って、俺はセレスティアの元へと歩み寄る。皆はきっと彼女のことが気になっていたのだろう。俺の口から出る言葉を、固唾をのんで見守っていた。

「紹介しよう! 今日から俺達の家族になったセレスティアだ! 仲良くしてやってくれ!」

 セレスティアに手を向けながら、彼女の事を皆に告げる。俺の言葉を快く受け入れるかのように拍手をするソフィアとルイス。それ以外の面々は皆困惑しているようだった。

「因みに私がお母さんで、アルス殿下がお兄ちゃんになりました!」

 満面の笑みのソフィアから飛び出た一言でさらに困惑する面々。カイルとアンヌの二人は口を開いて俺とセレスティアを交互に見始める。ルナに至っては、俺の顔を物凄い目つきで凝視していた。
 
「事情は後で説明するから……とにかくこの場は皆受け入れてくれ!」

 困惑する三人に目配せをしながら語り掛ける。するとそれを察してくれたのかルナがスッと立ち上がり、セレスティアの元へと歩きはじめた。そしてルナはセレスティアの左手を優しく包み込み、穏やかな声で話かけてくれた。

「アルス様がお兄様なら、私はお姉様に立候補いたします。どうぞルナお姉様とお呼びください、セレスティア」

 ルナに声をかけられたセレスティアは、ルナの顔をジッと見つめていた。反応は示さなかったものの、彼女の心に何かしらの変化が起きているように見えた。

 そしてそんなルナの行動をきっかけに、後の二人が焦ったように行動を開始する。

 最初に動いたのはアンヌだった。ルナと同じようにセレスティアの元へと駆け寄ると、勢いよく彼女の手を包み込んだ。

「ず、ずるいですルナさん! 私だって妹が欲しかったんですよ! セレスティアちゃん! 今日から私がお姉ちゃんだからね! アンヌお姉ちゃんって呼んでね!」

 ルナとは打って変わってグイグイとセレスティアに詰め寄っていくアンヌ。アンヌの顔が近づいた時、セレスティアの方が僅かにピクリと震えた。

 それが恐怖から来るものなのかそれとも単に驚いただけなのかは分からない。だがアンヌの積極的な行動がセレスティアに反応をもたらしたのは確かだった。

 もう一押しだ、とカイルの方へ視線を向ける。だがカイルは俺とセレスティアを交互に見つめながら、ブツブツと何かを呟いていた。

「アルス様がお兄様?じゃあ俺は一体どうすればいいんだ?弟になればいいのか?いやでも、身長的に俺の方が兄って感じだけど……」

 カイルの呟きを耳にした俺は、静かに笑みを浮かべて見せる。「俺が兄に決まってるだろ」と言わんばかりの視線を送ると、カイルはハッとした顔をしたあと焦ったようにセレスティアの元へと駆け寄っていった。

「セレスティア!俺はアルスお兄様の『弟』でカイルお兄様だ!宜しくな!」

 アンヌ同様、セレスティアの手を勢い良く握って見せるカイル。三人に手を握られたセレスティアは、明らかに困惑したような表情を浮かべていた。

 ソフィアが提案した時は、なんて馬鹿な考えだと思っていたが、どうやら本当に彼女の心を動かしているようだ。

「私はルイスお爺ちゃんと言ったところでしょうな。これは可愛い孫が出来てしまいましたなぁ」

 最後にルイスがそう呟くと、場が和やかな雰囲気に包まれる。そんな俺達の様子をセレスティアは不思議そうな顔で見ていた。

「ありがとう皆!それじゃあ食事にしようか!」

 セレスティアの紹介も無事に終わり、俺達は食事を取ろうと席に着く。セレスティアも一緒に座るようルイスが促すが、彼女は困惑した様子で椅子の横に立ち尽くしてしまった。

 どうしたものかと考えていると、それを見ていたソフィアが、彼女の元へ歩み寄りそっと左手を手に取って椅子に座らせてあげた。

「はい、セレスティアちゃん!お母さんといっしょに食べましょうね!」

 ソフィアはそう言いながら自分の椅子をセレスティアの横へと持ってくると、彼女の眼を見ながら自分の口に食事を運び始めた。それを見ていたセレスティアが、ゆっくりと左手を動かし始める。そしてソフィアを真似るように食事を取り始めた。

 その様子を見ていた俺達は、一斉にホッと息を漏らしていた。ソフィアに任せれば大丈夫そうだと皆感じたのだろう。

 それから俺達も食事を食べ始め、それと同時にいつもの打ち合わせが始まった。

「食事をとりながらで悪いが、進捗の確認をしたいと思う。アンヌとカイル、二人の作業の方はどうだ?」

 アンヌとカイルの方を見ながら問いかける。二人には最初、ルイスと共に周辺の地図化を指示していた。それが終わってからは大工達との共同作業による温泉街の環境づくりを任せていたのだ。

「はい! 九割方は完了しています! あとは街道の整備と、外壁のチェックくらいです!」
「そうか。それじゃあそのまま進めて問題ないな」

 二人の返事を聞き、俺はルイスの方へと顔を向ける。彼には温泉街で働く人員の確保をして貰っていた。これは今回の計画の中で最も重要な問題であり、最も難しい問題でもある。

 だがルイスなら絶対に何とかしてくれるという信頼があったため、俺は少しも心配はしていなかった。

「ルイスの方はどうなっている?移動の手配は問題なさそうか?」
「はい。既に各方面に手配は完了しております。明日には第一陣がやってくるかと」
「それは良かった。その後の指導も頼んだぞ」

 俺の予想通り、ルイスは淡々とした様子で報告を終える。正直ここまでは概ね予想通りの報告だ。問題はルナに任せていた『例の件』について。

 それはルイスに任せていた問題の次に重要なモノであった。正直運要素が強い作戦ではあったが、上手く行けば子爵の人生を完璧に詰ませる事が出来る。

「ルナ、例の件はどうなっている。返事は来たのか?」

 心臓をバクバクさせながらルナに問いかける。ルナの返答次第では今から別の作戦を考えなければならない。そんな不安に駆られる俺をよそに、ルナはサンドイッチを口に頬張りながら喋り始めた。

「ふぁい……。来週にはこちらへ来てくださるそうです」
「本当か!? 良かった……粗相の無いように準備をしておいてくれ!」
「畏まりました」

 ルナの返答に俺は心の底から安堵した。これで今回のサイクス領住民救出作戦は、ほぼ完遂したと言っても良い。あとは何事もなく当日を迎えられればいいだけだ。

「いよいよ大詰めだ! 皆気を抜かないよう、最後まで頼んだぞ!」

 自分に言い聞かせるように口にした後、俺はサンドイッチを口いっぱいに頬張るのだった。

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