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第3章 楽園

第63話 人のために

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 ルーミヤット子爵が『温泉街』を発った後、俺とソフィアは仮設テントの中で『竜人族』の少女について話をしていた。

「すまなかったな、ソフィア殿。例の件で忙しいというのに、呼び出してしまって」
「いえいえ問題ないですよぉ!そっちはもう殆ど終わってますから!そんなことよりも……」

 ソフィアはそういって言葉を詰まらせると、優しい笑みを浮かべながら少女の前へと歩み寄った。身をかがませ少女の視線に合わせるように、自分の目を移動させる。その表情はまるで聖母のような美しさを放っていた。

「こんにちはぁ!私はソフィアといいます!あなたのお名前を聞かせて貰えますか?」
「……」

 優しく問いかけるソフィアに対し、少女は相変わらず反応を示さない。だがソフィアはそんなことなど気にも留めず、少女の左手にそっと自分の手を添えてやった。

 その瞬間、俺が先ほど少女の身体に触れてしまったときのように、少女の身体が僅かに震えた。男に触られるのが嫌なのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 誰だろうと、自分の身体に触れられることに恐怖心を抱いているのかも知れない。しかしソフィアは少女の手から自分の手を放さず、そのまま優しく包み込んであげていた。

「お腹は減っていませんか? 私達これからお昼を食べようと思っていたんです! ね、アルスお兄ちゃん!」
「そうだな。そろそろ昼時だったし……アルスお兄ちゃん!?」

 突如ソフィアの口から出た言葉に思わず声をあげる。そんな俺に対し、ソフィアは優しく微笑んで見せた。

「そうですよ! 今日から私がこの子の母親代わりになります! だから殿下は今日からアルスお兄ちゃんです! それとも、アルスお父さんの方が良いですか?」
「いや、普通にご主人様とかアルス様で良いんじゃ……」

 そう言いかけるも、俺は途中で口を閉じた。無言でこちらを見つめてくるソフィアの瞳が、笑っているようで笑っていなかったから。なんというかただならぬ圧を感じてしまう。「いいから私のいう事を聞きなさい」と言わんばかりの顔に、俺は大きく頷いた。

「分かった! 俺は今日からアルスお兄ちゃんだ! 気軽にお兄ちゃんと呼んでくれ!」
「わぁー良かったですねぇ! 今日から私たちは家族みたいなものですよ!」

 俺の返答に満足したのか、嬉しそうにほほ笑みながら俺と少女を抱き寄せるソフィア。ほのかに香る花の香りと柔らかな胸部が、俺の自制心を破壊していく。

「あとは貴女のお名前を考えなくてはいけませんね! 本当はちゃんとした名前で呼んであげたいのですけれど……」

 俺と少女から離れた後、少し困った表情を浮かべながら少女の顔を見つめるソフィア。確かに、名前がないのはかなり不便だ。

「アルスお兄ちゃん、何かいいお名前はありますか?」

 ソフィアに問いかけられた俺は、少女の方へ視線を向ける。折角名前を付けるのなら、ちゃんとした名前を付けてやりたい。だがどんな名前なら喜んでもらえるのか、俺には見当もつかなかった。

 少女を見てパッと目に付いたのはその髪の毛の色だった。前世でもこの世界でも見たことのない、晴れた日の空のように透き通った水色の髪の毛。俺にはそれがとても美しく見えた。

 どうせならそれを連想させるような名前にしてあげたいと、必死に知恵を絞る。その結果、俺の脳みそが絞り出した答えはこれだった。

「セレスティアなんてどうかな? 『星空』とか『天の青』って意味だった気がするんだけど。この子の髪の毛みたいに、綺麗な名前だと思うんだ」

 俺の提案を聞いて嬉しそうに手を叩くソフィア。どうやら彼女も納得の名前だったらしい。その後、ソフィアは少女の目を真直ぐに見つめながら、まるで本当の母親であるかのように話しかけた。

「素敵ですねぇ! 流石アルスお兄ちゃん! では今日からセレスティアと呼ぶことにしましょう! でももし、貴方が本当の名前を思いだしたらその時は教えてくださいね?」

 ソフィアが少女──セレスティアを再び抱きしめる。セレスティアは何の反応も示さなかったが、微かに瞳が揺らいでいるようにも見えた。いつになるか分からないが、ソフィアならきっとセレスティアの心を癒してくれる。そう思えた気がした。

「それじゃあお昼にするとしよう! ルイスはセレスティアを連れて他の者達を呼んできてくれ!」
「畏まりました。ではまいりましょう、セレスティア様」

 俺はもう一つの本題に入るため、セレスティアを連れてここを出るようにルイスに指示をする。ルイスもセレスティアを残してはいけないと察したのか、彼女の左手を優しく手に取り、テントの外へと連れだしていった。

 二人だけになった瞬間、優しかったソフィアの表情が一変する。まるで冷酷な死神のような彼女の冷たい瞳に、背筋が凍り付く。その瞳で俺を見つめながら、彼女は静かに口を開いた。

「それでぇ……殿下はどうするおつもりですかぁ?」

 先程までアルスお兄ちゃんと呼んでいたはずが、元の呼び方へと戻っている。それはセレスティアが居ないところでは、これまでの関係を続けていくという彼女の意志だった。

 どうするつもりか。その彼女の問いが何を意味しているのか、俺は直ぐに察することが出来た。恐らく彼女も俺と同じことを考えているはず。そして、その考えに対する答えは俺の中で決まっていた。

 だがそれはあくまでも全てが終わった後にすべきこと。今優先すべきは、ソフィアが考えていることではない。それは彼女も理解している筈。ただ込み上げてくる怒りによって、冷静に判断が出来ていないだけだ。

「俺がソフィア殿に聞きたかったのは、彼女の身体はどこまで元に戻るかってことだ。出来ることなら元の身体に戻してやりたい。どうにかならないか?」

 彼女の考えを訂正するように、逆にソフィアへ問いかける。彼女は少し黙った後、大きく息を吐いて見せた。自分を落ち着かせるためだったのだろうか、彼女の表情が少しだけいつもの感じに戻る。

 だがそれも僅かな間だけで、直ぐに悲し気な顔をうかべてしまった。

「そうですねぇ。ちゃんと見てないので分かりませんが……まず右腕は治らないと思います。完全に『欠損』しちゃってますからねぇ……翼については傷跡を見てみないと何とも言えません。治癒魔法の最上位である『奇跡の光』でも使えれば、その限りではありませんけれど」
「そうか……ありがとう」

 ソフィアの答えを聞き、俺は大きく肩を落とした。彼女の力ならもしかしてと思っていたが、どうにもならないらしい。その現実を知り、声が出なくなる。悔しい思いだけが募っていく中、ソフィアが力強い声で俺に伝えてきた。

「ですが、右腕は私が何とかして見せます!」
「何とかって……どうするつもりだ?」

 ソフィアの言葉に俺は思わず顔を上げて声を発した。治らないといっていた本人が何とかして見せると口にしたのだ。人を馬鹿にしているのかと、俺はソフィアを睨みつける。だが彼女は、優し気な笑みを浮かべながらこう口にした。

「殿下がおっしゃったんじゃないですかぁ!人のためになるような研究をしろって!ですから、セレスティアのために『義手』を作るんですよぉ!」

 ソフィアの口から出た言葉に俺は一瞬固まる。義手?『合成人魔獣』の開発ばかりしていた彼女が、義手を作るって?そんな信じられない言葉を耳にした俺だったが、ようやく頭が回り始めた。

「義手……そういうことか!流石ソフィア殿だ!」
「えへへへー、そうでしょそうでしょぉ!私に任せれば義手なんて直ぐに出来ちゃいますからぁ!」

 俺に褒められ、得意気に口を開くソフィア。だがその後また、彼女は悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。

「ただ翼の方は難しいかもしれません……なにせセレスティアは『竜人族』です。義翼を作ったとしても、それで飛べるようになるかは未知ですし、仕組みが分かりませんから」
「そうか。翼については俺の方でも考えてみよう。さっき後ろを見た感じだと、完全にもがれているわけじゃなさそうだったからな。治癒魔法で治るかもしれない。いや……俺が治して見せる!」

 落ち込んでいたソフィアの肩を叩き、今度は俺が力強く宣言して見せる。こうして俺とソフィアはセレスティアを救うために、行動を開始するのだった。
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