怠惰ぐらし希望の第六王子 悪徳領主を目指してるのに、なぜか名君呼ばわりされています

服田 晃和

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第3章 楽園

第62話 絶望への道

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「ああそうでした、アルス殿下!私、殿下へ献上品をご用意させていただいたのです!『温泉街』とやらがあまりに素晴らしく、すっかり忘れておりました!今持ってまいりますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか!?」

 予想外の内容に思わず安堵の息が零れそうになる。まさかコイツが俺に献上品を用意していたとは。まぁ冷静に考えたらそのくらい用意するか。『温泉街』の開発と計画の進捗が不安過ぎて考えてもみなかった。

「そ、そうか。気を遣わせたようですまないな」
「いえ!それでは持って参ります!」
 
 子爵はそういうと使用人と共に仮設テントを出ていった。それから数分もしないうちに、子爵達が戻ってきた。だがヤツは何も手に持っていない。献上品とやらはどこにあるのだと不思議に思い、ヤツの周囲に目を配る。

 すると子爵の後ろに続くように歩いていた使用人の手から、一本の鎖が地面へ垂れているのが見えた。その鎖は仮設テントの外へと繋がっている。

「お待たせして大変申し訳ございません!こちらが今回、殿下へ献上させていただく品になります!」

 子爵の声に合わせ、使用人が鎖をグイっと引っ張った。それにつられるように外から何かが中へと入ってきた。それを見て、俺とルイスは目を見開き固まる。だがそんな俺達の様子に気付くことなく、子爵は得意気に話を続けた。

「コレはなんと、あの『竜人族』の奴隷でございます!いやぁ苦労しましたよ!なにせあの『竜人族』ですからね!飛べないように翼をもいでありますが、『血』には何も問題はありません!それに──」

 連れてきた女の子を俺の前へと押し出しながら、子爵は長々と何かを話していた。そんな吐き気のする言葉など耳に入るわけがない。俺の視界には鎖に繋がれた彼女の姿しか映っていなかった。

 王子に献上するとあって、服や身体は綺麗にされている。だがそれは上辺だけの話だ。『竜人族』といえば、美しく荘厳な竜の翼を背中に生やし空を自由に飛び回る姿から、天の使いとも言われる存在。

 そんな彼女の両翼は見る影もない程無残にもがれていた。それだけではない。彼女の右腕が、肘から先が無くなっていたのだ。言い表すことの出来ない感情が、腹の底から湧き上がってくるのが分かった。

 自分の唇が小刻みに震えている。

「これが……献上品だと?」
「え、ええ!殿下は魔族の奴隷を集めているとお聞きしましたので!それに、コレはあの『竜人族』でございますから!きっと殿下のお役に立つことでしょう!」

 抑えきれずに口から零れ出た俺の言葉に反応するルーミヤット子爵。ヤツが女の子に触れるたびに、チャリチャリと鎖が揺れる音が俺の耳を汚す。

 彼女の瞳は、完全に光を失っていた。まるでこの世には希望など存在しないとでもいうように。

 その瞳と目が合った瞬間、俺は自然と拳に力を入れていた。コイツは生きて良い人間じゃない。ここで俺が殺したとしても、誰も文句は言わない。そう、俺は王子なのだから。

 いくつもの言い訳が頭の中を過る。だがその言い訳がまとまる暇もなく、俺は子爵に殴り掛かろうと拳を振り上げていた。

 その瞬間──

「ルーミヤット様。アルス様は今、喜びのあまり声も出ないご様子。アルス様に代わり、お礼申し上げます。この度は誠にありがとうございます」

 俺の隣でルイスが頭を下げたのだ。なぜこんな男にルイスが頭を下げなきゃならないんだ。そう思いながらルイスの方へ顔を向ける。だがルイスと目があった時、その真意を汲み取った俺は静かに拳を下げた。

「そうでしたか!それほどまで喜んで頂けるとは!苦労して用意した甲斐がありました!」

 ルイスの言葉を素直に受け取り、笑みを浮かべるルーミヤット子爵。俺はヤツの前に歩み寄ると、もう一度手を差し出した。

「このような品を貰えるとは思ってもみなかった……礼を言わなければならないな。感謝するぞ、ルーミヤット卿」
「滅相もございません!殿下に喜んで頂いて私も大変うれしく思います!」

 再び握手を交わす俺とルーミヤット子爵。握りつぶしたい気持ちを必死に抑え、作り笑いを浮かべた。そのまま使用人から彼女の首と繋がっている鎖と鍵を受け取る。

「それでは私はこれにて失礼させて頂きます!クルシュ殿下にも宜しくお伝えくださいませ!」

 そう言って子爵達は今度こそ仮設テントを出ていった。俺とルイスはそんな二人の事など気にも留めず、受け取った鍵を使ってすぐさま彼女を鎖から解き放ってやる。だが彼女は一切の反応を示すことなく、ただそこに立ち尽くしたまま俺の顔を見つめていた。

「ルイス……もう我慢しなくていいよな?」

 ルイスにそう問いかけながら、上着を脱いで彼女の肩にそっとかけてやる。俺の指先が彼女の肌に触れた瞬間、カタカタと体が震え始めた。

 それだけで彼女が今までどんな目にあってきたのか想像がついた。だが俺にはその全てを想像することは出来ない。

 彼女が味わってきた苦しみも痛みも、分かち合うことは出来ない。

 だが彼女の代わりに、手足を動かすことは出来る。意思をもって行動することは出来る。

「わかる範囲で構わない。子爵に聞いて彼女に関わった人間を全員洗い出せ」
「承知いたしました」
「それとソフィア殿を呼んで来てくれ。この子を彼女に見て貰いたい」

 俺のお願いに無言で頷くルイス。その背中を見送ったあと、俺は静かに拳を振るわせていた。
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