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第3章 楽園

第60話 救済と制裁を

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「こ、これはいったい……」

 ベイブス山脈の麓にやってきたルーミヤット子爵は、目の前に広がる光景を見るや否や、その場で固まってしまった。一ヵ月前まで、そこにはただの森林が広がっていたはず。だが今自身の前にあるのは、活気で賑わう豊かな街の姿だった。

「アルス殿下!これはいったいどういう事ですか!?ここは陛下の療養地になさるという話だったはず!これでは一つの街ではありませんか!」

 聞いていた話と違うと言わんばかりの表情で、子爵は俺の元へ詰め寄ってきた。

『療養地』にするという事で、自分の領地の開発を一任していた地が、傍目から見て、『療養地』などとは言えない現状になっているのを目の前にすれば、怒る気持ちも分からなくはない。

 だが俺はそんな子爵を前にしながら、余裕の表情で語り始めた。

「何を言っている、ルーミヤット卿。ここは立派な『療養地』になる予定だぞ?」
「そ、そうなのですか!?し、しかし療養地と言えば、人目を避けるのが普通ではありませんか!これでは陛下の御身の安全を確保するのも難しいのでは!?」

 もっともな意見を述べるルーミヤット子爵。確かに、街に領民達が滞在するとなれば陛下の身が危険にさらされる可能性も考えられる。領民に紛れて、他国から暗部が送られてくることもあるかもしれない。

「確かに、普通の療養地と言えばそういうものなのだろう。だがここは、陛下の体を癒すだけではなく心までも癒して貰うための場所にしたいのだ」
「心……ですか?」

 俺の話を聞いて頭の上に疑問符を浮かべるルーミヤット子爵。彼のように他人の心を思わない人間には、陛下が普段の業務でどれほど心身ともに疲労しているのか分からないのだろう。

 俺はこの地を移民救出作戦の要として利用するつもりでいる。だがそれと同時に本気で陛下の『療養地』として創りあげたいとも思っているのだ。

「この場所にいる間は、陛下には『国王』という立場を離れ、一人の人間として過ごして頂きたいと考えている。そのために、私はここへ『温泉街』を作る予定なのだ」
「『温泉街』!?そ、それはいったいどのような場所なのでしょう!?」

 聞きなれぬ言葉を耳にし、驚きの顔を浮かべるルーミヤット子爵。そんな彼には是非ともこの地を楽しんで貰い、満足して貰いたい。そうすれば彼は俺達が何をしようと、気づかないでいてくれるだろう。

 だが残念ながら街は未完成。射的も金魚すくいも輪投げも、まだ完成してはいない。仕方がないので、俺の言葉だけで夢を膨らませてもらうことにしよう。

「温泉で身体を癒し、食事で腹を満たす。そして童心に戻れるような体験をして頂くことで心を癒して貰うのだ。そのためにも、色々と考えているのだよ。完成したら、ルーミヤット卿には一番に視察を頼むことになると思うが、よろしく頼むぞ」
「な、なるほど、それは名案でございます!流石はアルス殿下!視察については勿論お任せください!で、ですが問題の安全面に関してはどうするおつもりで?この規模の街となると、警備にかかるお金が……」

 そう言ってチラチラと俺の顔を見るルーミヤット子爵。いかにも守銭奴の彼らしい考えだ。『療養地』とはいえ、余計な金を使いたくないのだろう。

 だがまぁその点は俺も同意できる点はある。プロジェクトを進めるうえで、省けるところは省くに越したことはない。その考えがコイツと一致しているのは腹立たしいが、その辺はちゃんと考えている。

「その点は問題ない。画期的な技術を用いて、十分な安全を確保するつもりでいるからな。陛下だけでなく、ここで生活する者達へ危害を加えるような真似は出来ないようにする。そうしないと意味がないからな」
「そ、そうですか!それなら安心ですな!いやぁーまさか我が領でこんな素晴らしい街が誕生することになるとは!まったく、アルス殿下には頭が上がりませんなぁ!」

 金の心配がないと聞いて、安堵の表情を浮かべるルーミヤット子爵。余程心配していたのか、俺が真横に居るというのに盛大に息を吐いて見せる。

 その心配を少しでも領民達に分けてやれないものかと思うが、それは無理な話か。それが分かっているから、俺もこうして全力でコイツを貶めることが出来るのだから。

「ひとまず現場視察はこれくらいで良いだろう。卿をここへ呼んだのは視察の他にもう一つ理由があってな。この療養地の今後について話をまとめておきたかったんだ」
「療養地の今後についてですか!?こ、ここまで完成されているとは思っていませんでしたので……私に出来ることがありますでしょうか!?」

 俺が子爵にそう告げると、子爵は少し動揺した様子で俺に問いかけてきた。「私にできることがあるか?」だと?そんなのあるはずない。この『温泉街』は、俺と俺の仲間で立ち上げた最高の街だ。

 お前のような人間が触れていいわけないだろう。お前に出来ることと言ったら、俺達の掌の上で華麗なタップダンスを披露するくらいだ。

 能天気な子爵を前に、腹の奥から沸々と苛立ちがこみ上げてくる。それを必死に抑え込み、俺は慎重に言葉を選びながら子爵へ話し始めた。

「療養地の開発については私に任せて貰って構わない。卿に話しておきたいのは、この地が生む莫大な利益の取り分についてなどだ」
「ば、莫大な利益!?いったいどういうことです!?……まさかアルス殿下!陛下が療養なさる際に、滞在費を頂くおつもりなのですか!?」

 俺の言葉を耳にし、見当違いな考えを思い浮かべるルーミヤット子爵。俺は表情を崩すことなく、ただ静かに首を横に振ってヤツの言葉を否定した。

「そんな馬鹿な話があるか。俺が言っているのは、この地を観光地として開放した際に得られる利益のことだ。この温泉街を陛下の療養地としてだけ利用するのは勿体ないからな」
「ここを観光地にですか!?そ、そんなこと許されるのでしょうか!?」

 俺の口から告げられた驚愕の内容に、子爵は思わず目を見開いてみせた。確かに子爵の言う通り、陛下の『療養地』が観光地として開放されるなんてこと、あっていい筈が無い。その点は彼の言う通りだ。

 理由は勿論、陛下の安全が確保出来ないからだ。『療養地』といえば基本的に外部との接触は極力避けるのが通例。その真逆を行こうというのだから、子爵が驚くのも無理はないだろう。

 だがその点に関しては、解決できる絶対的な自信が俺にはあった。

 だからこそ俺は得意気に子爵へ提案を持ち掛けているのだ。

「問題はない。その為に準備をしているのだからな。さぁ奥でじっくり話そうじゃないか」

 そういいながら子爵の背中を押し、二人で仮設テントの中へと入っていく。そこで俺達は密談を行い、正式な契約を取り付けたのだった。



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