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第3章 楽園

第58話 ガチの作戦

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 それから二週間後。俺は仲間を連れてサイクス領へと訪れている。目的は勿論、移住希望者の救出だ。そのためにまずは、ルーミヤット子爵の屋敷へとやってきていた。

「すまなかったな、ルーミヤット卿。私のせいで卿の領地をごたつかせてしまったようだ」
「いえいえ、そんなことはありません!!アルス様の聡明なご判断のおかげで、我が領地は平穏を取り戻しております!」

 突然の俺の来訪に冷や汗を垂らすルーミヤット子爵。本来であればアポ無し訪問など受け入れてもらえないのだが、これも王子だから出来る特権というやつだ。

 俺は動揺しまくるルーミヤット子爵に笑みをむける。そしてルナの用意した巾着袋を受け取ると、子爵の前へそっと押し出してやった。

「それは良かった。まぁこれは詫びの印だ……受け取っておけ」

 その巾着袋を見て一瞬目を見開く子爵。だが子爵はすぐにニヤリと笑うと、何も言わずそれを自身の懐へとしまい込んだ。賄賂というわけではないのだが、正式な書類を用意してるわけじゃないので、まぁそう思われても仕方ないだろう。

 俺にとっては、これからする話をスムーズに受け入れて貰うための手付金なのだが。

 ホクホク顔のルーミヤット子爵に対し、俺は作り笑いを浮かべながら問いかけていく。

「移住を希望した者達はどうなっている?無事に元の住処へ戻れたのか?」
「ええ、勿論でございます!数は少なくなりましたが……まぁ誤差の範囲でございます!ご安心くださいませ!」

 何も気にすることはない。そんな子爵の軽い返事に、俺は机の下で静かに拳を握りしめた。奴への怒りと自分への怒りが沸々と込み上げてくる。もう少し早く覚悟を決められていれば、救うことが出来たかもしれない。そう思うと、自分が情けなくて仕方がなかった。

 だが今は嘆いている暇はない。これ以上犠牲者を出さないためにも、冷静に、的確に、迅速に進めていかねばならないのだ。

「そうか……まぁいい。今日ここへ来たのは別に用があってだな。兄上から既に話は聞いているな?」

 そう問いかけると、子爵は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべてみせた。

「クルシュ殿下から!?い、いえ私はなにも聞いておりませんが!?」
「そうなのか?まさか場所を変えたのか……すまなかった。今の話は聞かなかったことにしてくれ」

 俺はワザとらしくそう呟きながら立ち上がり、部屋から出ていこうとする。ルナに目配せをして、彼女が抱えていた書類を荷物の中へと戻させる。それを見た子爵が、慌てて立ち上がって声を上げた。

「お、お待ちください、アルス殿下!いったいどのような御用件だったのです!?さ、さわりだけでもお聞かせ願いませんか!!」

 予想通り食いついてきた子爵を見て、俺は心の中で安堵の笑みを浮かべる。ここで子爵が何のリアクションも取ってこなければ、別の策を練らないといけなかった。それはかなり外道に近い策だったため、正直使いたくなかったのだ。

 だが当初の予定通り、子爵は食いついてきてくれた。これなら被害者は子爵と近しい存在だけで済む。

「私も噂で耳にしただけなのだがな……サイクス領に陛下の療養地を御創りになられるという話が浮上しているそうなのだ」
「国王陛下の療養地を……我が領内に!?」

 俺の話に子爵の眼の色が変わる。それもそのはず。陛下の療養地が自領に建設されるともなれば、それはとても名誉なことである。他の貴族達にも自慢出来、自領の活性化にもつながる最高の話題だ。

 まぁもちろん、そんな話は上がってない。全ては俺の作り上げた空想である。ただそれを子爵に信じ込ませるために、三週間働きづめで情報収集を行ってきたのだ。

「サイクス領にはベイブス山脈があるだろう?あそこは国内でも有数の活火山だからな。学者達の研究によれば、その周辺から温泉が湧く可能性があるらしい」
「温泉が!?確かにあそこは……」

 話を聞いてブツブツと呟き始めるルーミヤット子爵。奴なりに思考を巡らせているのだろう。サイクス領に関しては子爵の方が知識は上かもしれない。このまま考えさせてしまえば、俺の思惑に気付く可能性もある。

 そうならないために、俺は子爵に考える暇を与えないよう話を進めていく。

「ただクルシュ兄様から話が来ていないという事は、もしかすれば別の候補地が上がっているのかもしれんな。もしかすれば、サイクス領よりも良い場所なのかもしれん」
「そ、そんな……アルス殿下、どうにかなりませんか!?陛下の療養地建設ともなれば、我が領地の価値は跳ね上がること間違いありません!ど、どうかご助力を!!金なら幾らでも使っていただいて構いません!」

 目の前に降ってわいた幸運が他の誰かのモノになりそうだと知り、子爵は慌てて俺に向かって頭を下げ始める。

 自分の欲望のためなら、領民達から集めた血と汗の結晶を、湯水のように使う事をいとわない。そんなクズのような人間を目の前にし、怒りがこみ上げていくも、なんとかそれを抑え込む。息を整え、話を再開させる。

「そうだな……土地の整備と湯源の発掘が進められていれば、兄様達も他の候補地よりサイクス領を選択するかもしれん。手間がかからないとなれば、そちらの方が良いだろう」
「なるほど、そうですね!で、ですが良いのでしょうか?勝手に話しを進めたと知れば、クルシュ殿下もお気を悪くしてしまうかと……」

 俺の提案に賛同しつつも、不安そうな表情を浮かべるルーミヤット子爵。流石に自分の上司的立ち位置に居る存在を無視して仕事を進めるのには懸念があるのだろう。だがそこで悩んで止まってしまうのは困る。

「そんなことはないだろう。むしろ先を読んで事を進めたと、褒めてくださるはずだ」
「そ、そうですよね!早速職人達を手配せねば!」

 適当に言いくるめられたことにも気づかず、興奮気味に立ち上がるルーミヤット子爵。このまま進めば俺の作戦は完璧だ。だが懸念点がないわけじゃあない。

 こいつにそこまでの資金力があるかどうかだ。それがなければ意味がない。

「そうだな。だが金はあるのか?サイクス領も水害と魔物の被害に遭っていると聞いているが」
「アハハハ、問題ありませんよ!領民からは例年通りの納税額を収めて貰っておりますから!」

 そんな俺の不安をよそに、ルーミヤット子爵はそう言って笑って見せた。笑い事ではないのだが、ここまでこれればもう怒りも込み上げてこない。コイツはこれから、すべてを失ってしまうのだからな。

「それなら問題ないな。良ければ職人は私が紹介してやろうではないか。丁度腕のいい奴等が仕事を終えたばかりでな」
「本当ですか!?それは助かります!ぜひともお願いいたします!」

 俺の思惑にも気づかず感謝の言葉を述べるルーミヤット子爵。こうして、サイクス領住民救出作戦が開始されたのである。
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