怠惰ぐらし希望の第六王子 悪徳領主を目指してるのに、なぜか名君呼ばわりされています

服田 晃和

文字の大きさ
上 下
39 / 57
第3章 楽園

第55話 迫りくる嵐の予感

しおりを挟む
 クルシュ兄様とルーミヤット子爵が来てから数日が経過した。

 既に俺が出した『移住拒否』の御布令はエドハス領全域に伝わっている。そのため、予想されていた二万人の移住者だけではなく、直近で移住してくる予定だった二千人の移住者達もエドハス領の地を踏むことはなかった。

「ひとまずこれで移住問題は落ち着いただろう。でも結局、クルシュ兄様が何のために動いたか分からなかったな」
「アルス様の事が心配になられたのですよ。大切なご兄弟なのですから」
「はぁ……そうだったら良いんだけどな」

 ルイスの言葉に俺は溜息を零しながら返事をする。クルシュ兄様が本当に俺の身を心配して行動してくれただけだったならどれほど良かったか。これがレオン兄様だったのなら余計な事を考えずに、言葉の意図を図ろうとしなくて済むのだが。

 あの腹黒クルシュ兄様だからな。何を考えてるのかさっぱり見当がつかない。

 そんな疑念を抱いていることなど知らないルイスは、淡々とした様子で会話を続けていた。

「本日のご予定ですが、他の街に割り振られた移住者達の状況確認のため、オックスの街へ視察へ伺う予定となっております」
「オックスか。確かあそこに向かわせたのは150人程だったよな?」
「はい。オックスはハルスに比べて小さな街ですから。150人でもギリギリだったようですが、全員無事に暮らしているそうです」

 そう言いながら手元の資料を確認していくルイス。オックスの街はこのエドハス領で二番目の大きさを誇る街だ。確か管理を任せているのは、どこぞの下級貴族だった気がするが、俺と違って悪徳領主を目指しているわけじゃないだろうし、きちんと管理してくれていることだろう。

 ルイスの報告を聞き俺はホッと胸を撫で下ろす。

「それはなによりだ。だがこの目で見るまでは安心できないからな。食料や積み荷は多めに積んでおくように」
「畏まりました」

 俺の指示を聞くとルイスは即座に部屋を出ていった。それと入れ替わる様に部屋の扉が力強くノックされる。ああ彼女が来たのかと察し、返事をしようとするがそれを待たずに扉が開かれた。

「アルス様!少しお時間を頂いても宜しいですかぁ!」

 笑顔のオレットがズカズカと部屋の中へと入ってくる。俺はその姿に呆れながら溜息を吐いた。

「はぁ……オレット!何度も言っているが、俺が返事をする前に扉を開けるな!何か重要な書類を見てたりでもしたら、お前のクビが跳ぶことになるんだぞ!」
「えへへーすいません!今度から気を付けます!」

 真面目な顔で訴えるも、全く気にしていない様子のオレット。正直腹が立って仕方がないが、ルナに続く古株という事もあり、結局俺の方が折れてしまう。まぁ他の貴族達には適切な対応をしているというのは知っているし、よく考えれば俺に心を開いてくれているという事だろう。

「そう言って何回同じ事をしてきたと思ってるんだ、まったく……それで、いったい何の用事だ?」
「あ、はいそうでしたぁ!ゾーイ、ミゲル、ルーシー、エリナがですね、『合唱団』の子供の部に加入したいそうなんです!いかがいたしましょうか!?」

 オレットは表情を変えぬままそう問いかけて来た。悪政のために購入して、ただ手元に置いておくだけとなっている奴隷の子達が何をしようと俺には関係のない話だ。だが外に出て俺の好感度を上げるような発言をされては困る。

 だから正直外には出したくないのだが、オレットを見ているとどうにもそれを拒むことが出来なかった。身体の前で組まれた彼女の手が、もじもじと動いているのが見えたのだ。

 メイドと言う立場上、求められてもいないのに主人に対して進言することなどあってはならない。だが彼女の仕草から、子供達を『合唱団』に加入させてやりたいという気持ちを隠しているのが伝わってきた。

「なるほどな。その四人が自分からやりたいと言い出したのなら加入させてやると良い。正直屋敷で遊ばせておくよりも子供達のためにはなるだろう」
「本当ですか!?それじゃあ早速四人に伝えてきますね!」
「ああ。ただし、今まで以上にちゃんと教育するように!外で変な行動するようなら、即刻退団させるからな!」
「分かりました!失礼しまぁす!」

 嬉しそうに返事をして去って行くオレット。その背中を見つめながら、ちょっと甘やかしすぎているかなと自問する。だが彼女達が辛い思いをしながら仕事するよりかはマシだろうと自分を納得させた。

 嵐のような存在のオレットが過ぎ去り、再び部屋の中が静まり返る。俺はオックスの街へと出かける用意をしようと席を立った。

 丁度その時、扉が再びノックされた。そして返事をする間もなくその扉が開かれる。またオレットか?と思ったが、入って来たのは奴隷のカイルだった。

「カイル?珍しいなお前がノックもせずに部屋に入ってくるなんて。そんな血相を変えて一体どうしたんだ?」

 普段と様子の違うカイルに俺は若干動揺する。だがそれ以上に慌てた様子のカイルは息を荒げながら俺の元へ駆け寄ってきた。

「ア、 アルス様!大変です!大変なんです!」
「だから何が大変なんだ!?とりあえず落ち着いて話をしろ!深呼吸だ深呼吸!」
「は、はい!スーハ―スーハ―……」

 俺に肩を掴まれたカイルは、冷静になろうとその場で深呼吸を始めた。ものの数分で落ち着きをとり戻したカイルは、俺に謝罪の言葉を述べて一歩後ろへと下がる。

「それで一体何があったんだ?アンヌが怪我でもしたのか?それとも、子供達がけがでもしたか?」

 落ち着き絵を取り戻したカイルに問いかけるも、カイルはぶんぶんとすご勢いで首を横に振った。そしてその後、とんでもない言葉を口にしたのである。

「暴動です!移住者達による暴動が起きました!『領主を出せ!』と屋敷の外に集まっています!そこの窓から外を見てください!」
「はぁ??暴動??あの移住者達が暴動って、そんな事あるわけないだろう──」

 カイルに言われ窓の外へと目を向ける。数日前まで俺に拝んでた奴等が暴動なんて起こすはずが無い。そう考えていた俺の目に飛び込んできたのは、杖を振り上げて怒号を上げている移住者達の姿だった。

 それを見て自然と俺の口角が上がっていく。原因は不明だが、俺の望んだ展開へ進んでいる。これはきっと神様が俺の願いを聞き入れてくれたに違いない。

「おいカイル、本当に暴動が起きてるじゃないか!」
「なんでそんなに嬉しそうにしてるんですか!屋敷前は今大変なことになってるんですよ!?ここは一旦裏口から避難してください!」

 この状況で笑っている俺に若干引きながらも、カイルは俺の手を引っ張って屋敷の外へと連れ出そうとする。俺はその手を振り払い、反対方向へと駆け出していった。

「何馬鹿なこと言ってるんだ!こういう時こそ俺の出番だろう!さぁ行くぞカイル!俺についてこい!」

 満面の笑みで走る俺。ようやく俺のちょい悪徳領主としての人生が始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。