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第2話 ハルスの街
第54話 子爵と共謀
しおりを挟むルナと共に屋敷の中を走り玄関の扉を開ける。そこに立っていた人間の顔を見て、俺はより一層足を動かしてその人の元へと駆けて行った。
「お久しぶりです、クルシュ兄様!お元気にしておられましたか!?」
馬車から降りたばかりの兄様に声をかける。すると兄様はクスリとほほ笑みながら俺の頭をなで始めた。
「すこぶる健康だよ、アルス。そんなことより、今日は何の連絡も無しに来てしまってすまないね。領主代理を務めている弟の身が心配になって、つい来てしまったんだよ。迷惑だったかな?」
「そんなことありません!兄様のお顔を見れて、私も嬉しいです!長旅お疲れの事でしょう!さぁどうぞこちらへ!」
兄様の問いかけに作り笑いを浮かべながら答えた。なぜこのタイミングで兄様がやって来たのか、さっぱり分からない。もしかしてルーミヤット子爵に頼まれて同行したのかと思ったが、そのルーミヤット子爵の姿が何処にも見えない。
ひとまず安心した俺は兄様を案内しようと屋敷に向かって歩き始める。その直後、兄様がわざとらしい声を上げた。
「ん?もしや、そこに居るのはルーミヤット卿ではないか?」
「え?あ──」
兄様の声で俺もルーミヤット子爵の存在に気付く。子爵と目が合うと、彼は一目散に俺の元へ駆け寄ってきた。そのままの勢いで足に縋りつき訴え始める。
「アルス殿下!どうかお願いいたします!私の話を聞いてくださいませ!このままではサイクス領の住民達が皆エドバス領へ移住してしまうかもしれないのです!どうかお話だけでも!」
子爵の姿を見て、俺は内心焦っていた。アポなしで突然やってきたうえに、王子である俺の身体に触れる。そんなことを子爵如きがするなんて、許されるはずが無い。そしてこういう行動を最も毛嫌いするのがクルシュ兄様だからだ。
俺は恐る恐る兄様の顔に視線を向ける。きっと鬼の形相でルーミヤット子爵を睨んでいるに違いない。そう思ったのも束の間、兄様はまるで捨て猫に向けるかのような瞳で子爵を見つめていた。
「何か事情がある様子。アルス、少し話を聞いてやってはどうだ?」
「えぇ?で、ですが、事前の連絡もなしにそんなことをしては……」
予想外の兄様の対応に動揺してしまい狼狽える。その間にも兄様は優し気な笑みを浮かべながらルーミヤット子爵の肩にそっと手を置いていた。
「今日偶々こうして会えたのも何かの縁。私も同行し、卿の話を聞こうではないか。良いなアルス?」
「え?……兄様がそう仰るのであれば」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます、クルシュ様!アルス様、ありがとうございます!」
兄様のお陰で話が出来ることになり感謝の涙を流すルーミヤット子爵。その一連の流れを思い返し、俺は違和感を覚えていた。
◇
応接間へ到着した俺は、兄様と共にルーミヤット子爵の話を聞き始める。子爵の話を聞いて、真っ先に兄様が反応を示した。
「なるほど、サイクス領からの移住者が増加しているという話か。確かに、この人数が移住するとなれば、サイクス領にとっては痛手だろう」
「そ、そうなのです!ですので、どうかアルス様!移住拒否の御布令を出して頂けませんでしょうか!」
まるで示し合わせていたかのような会話に、俺は自分が覚えた違和感の正体が何だったのか確信していた。
恐らく、兄様とルーミヤット子爵は繋がっている。先程の流れも兄様が子爵と話を合わせて、一芝居打っただけなのだろう。その結果ルーミヤット子爵は俺と直接話が出来る状況を作れた。
そうなると、兄様にとって子爵の話はメリットがあるものだと考るのが必然。わざわざ俺の屋敷にまで出向いて、面倒な子芝居を打ってまでこの場を作り上げたのだから。
しかし、子爵の話は全くもって平凡且つ、対処しなければ俺にも非が出るような内容の物だった。
「移住希望者二万人か……流石にこの人数はエドハス領でも受け入れられないからな。早急に移住拒否の御布令を出そう」
「ありがとうございます、アルス様!!これで私も安心して領地へ戻ることが出来ます!」
俺の言葉にルーミヤット子爵が頭を下げる。この話を通して、兄様に何の利があるのか全く分からないが、俺にとっては子爵から話を聞けて良かった。まさか兄様は本気で心配になって来てくれたとでも言うのか?
すると横で満足気に笑っていたクルシュ兄様が口を開いた。
「良かったな、ルーミヤット卿。この事を領民達に伝えるといい。そうすれば移住騒ぎも静かになる事だろう」
「そ、そうですね!一刻でも早く領民達に伝えねば!申し訳ございませんアルス様!無礼とは存じますが、失礼いたします!」
用済みといわんばかりにルーミヤット子爵を追い出す兄様。子爵もそれを察して部屋から出ていく。その背中を見守った後、兄様は静かに息を吐いて見せた。
「ふぅ。ようやく邪魔者が居なくなったな!久しぶりに兄弟みずいらずで話をしようではないか!」
「は、はい!そうですね!」
兄様の一言に心臓が飛び跳ねる。今までの話はきっかけでしかなく、これからの時間が重要だったのだ。それに気づいた俺は、兄様にバレないよう拳をギュッと握りしめていた。
しかし兄様はその後、他愛も無い苦労話をして帰って行ってしまったのだった。結局兄様の目的も分からず悶々とする俺だったが、約束した通り『移住拒否の御布令』をエドハス領全域に通達したのだった。
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