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第2話 ハルスの街
第53話 次回の作戦と迫りくる恐怖
しおりを挟む第五区画に建築されたコンサートホールにて行われたこけら落とし公演。それは『合唱団』とは名ばかりの、まだ歌を始めて間もない寄せ集め集団によるモノだった。それなのに、俺と心は感動で震え、昨日は最高の気分で眠りにつくことが出来たのだ。
「昨日の公園は素晴らしかったですね。設立して一ヵ月とは思えない程の歌唱力でした」
翌日。俺の部屋に掃除をしにやってきたルナが、公演の様子を思い返しながらそう口にした。彼女の言う通り、結成一ヶ月とは思えないほどの歌唱力であった。だがそれには理由がある。
それを知っている俺は、憔悴しきった顔を浮かべながら口を開いた
「アレは全部ジェリーの力のお陰だ……彼女、『引率者』と『歌姫』っていう固有のスキル持ってるんだとよ。元々いた国でも、歌の先生とかやってたみたいだぜ」
「そうだったのですか。それは素晴らしい才能ですね」
ルナはそう言ってジェリーを褒める。確かにその二つのスキルを持っていれば、あれだけのことが出来て当然かもしれない。もしかしたら工事が順調に進んだのも、『引率者』のスキルを持った彼女が現場で動いていたからかもしれない。
一般的に考えれば、彼女を奴隷に出来た俺は運が良かったと言えるだろう。だがちょい悪徳領主を目指している俺にとって、彼女のような素晴らしい才能を持った人材はむしろ邪魔になる。
そしてそんな邪魔な存在が二人も居るのだから、俺はもう完全にやる気を失っていた。
「スネイデルにしてもそうだ。あいつ、料理するようになってから『料理上手』とかいうスキル身に着けてたらしい。しかも、奥さんは『経営上手』のスキルに目覚めたってよ。こんな事ってありか……」
「だからあれほど美味しかったのですね。屋敷の中でも彼の料理を手本に、新しい料理を開発できないかと話が出ていました」
落ち込んで肩を落とす俺を横目に、ルナは口端からうっすらと涎を垂らしていた。きっとスネイデルの作った『ボアサンド』を思い出しているのだろう。昨日俺も出来立てほやほやを食したが、滅茶苦茶上手かったのを覚えている。
きっとこれからも美味しい料理を作っていく事になるだろう。とても喜ばしい事なのに、俺は素直に喜ぶことが出来なかった。
大きな溜息を零す中、部屋の扉がノックされる。小さく返事をすると、いつものようにルイスが扉を開けて入ってきた。
「アルス様、そろそろお時間でございます」
ルイスは一言目にそう告げた後、手に持っていた資料をペラペラめくりながら話し始める。
「本日は協会で工事の進捗報告及び、ジェリーと共に『合唱団』設立に関して正式な手続きを行う予定となっております。現在は有志での集まりとの事ですので、アルス様がお認めになられれば『エドバス領合唱団ハルス支部』となります。そうなると賃金も発生しますので、よくお考えになられた方が宜しいかと」
そう締めくくると、ルイスは持っていた資料を俺に手渡してきた。俺はそれを流し見した後、直ぐにルイスに返却する。本来なら俺が出向かなければならない用なのだが、そんな気力は身体の何処にも残っていなかった。
「今日は体調がすぐれん。代わりにルイスが行ってくれ」
「承知いたしました。対応についてはどういたしましょう?」
「工事についてはもう報告は要らん。自分の目で見て来たからな。それと、合唱団の認可についてだが、今後の入団は俺の許可なくさせないよう、一筆書かせてくせ。正式に認めるとなると、団員の厳選は必要になるからな」
ルイスにそう伝えると、俺は机の上に突っ伏して目を瞑った。オルトに会った所で、コンサートホール建築について奴の口から謝罪の言葉を聞かされるだけ。どうせ「私も知らなかったんです!」とか言われておしまいだ。
ジェリーの『合唱団』についても、民衆の前であれだけの歌唱力を見せつけられてしまったら、もう認可する他ない。
つまり俺が行こうがルイスが行こうが、結果は何も変わらないのだ。
「承知いたしました。では失礼いたします」
ルイスはそう言って頭を下げると部屋を出ていった。その直後、掃除をしていたはずのルナがその手を止め、心配そうな顔を浮かべながら俺の前までやってきた。
「アルス様、ご気分が優れないようであれば何か温かいお飲み物をご用意いたしましょうか?先日新しい茶葉を取り付けたのです。きっと気分も良くなることでしょう」
「……そうだな。それと何か軽く摘まめるような軽食も用意してくれ。今日は何もせずにゆっくり過ごしていたいんだ」
「畏まりました。すぐにご用意いたします」
俺の言葉を聞き、ルナが掃除道具をササッと片付けて部屋から出て行く。
失敗に続く失敗。正直ここからちょい悪徳領主になる道なんてあるのか?そう考えてしまう時もあった。だがこの程度の事で諦める俺ではない。
失敗から何も学ばない俺が悪いのだ。そもそも今回の作戦は、序盤の展開は理想通りだった。それ以降、ジェリーとスネイデルの行動により民衆から変に誤解を持たれてしまったせいで、作戦が失敗した。
という事は作戦自体は上手くいっていたと言っても過言ではない。問題は人選に有ったのだ。魔族だから人間には受け入れづらいだろうと安易な判断をしたのが間違い。
次はマジモノの犯罪者を採用するのがありかも知れないな。
そんな風に次回の作戦を練っていると、部屋の扉が突然開かれた。ノックも無しに何事かと目を向けると、ハァハァと荒い呼吸をしているルナが立っていた。
「どうした、ルナ。そんな慌てた顔して何かあったのか?茶葉が無かったのならいつものヤツでも問題ないぞ?」
「……ました」
「ん?」
良く聞こえなかったので再度聞き返す。ルナは息を整えた後、もう一度ゆっくり口を開いて話し始めた。
「……ルーミヤット子爵が来られました。移住者達の今後について、アルス様ご本人より話を伺いたいとのことです」
「はぁ?」
ルナの言葉に俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。会いに来た理由は分からなくもないが、子爵が何の連絡もせずに一国の王子である俺に会いに来るなんてあってはならない話だ。
「事前連絡もなくやってきて、会えるわけないだろう。オレットにでも頼んで追い返して貰え。ルナには俺に紅茶を注ぐという立派な仕事があるんだからな。オレットに頼んだらすぐに戻って来いよ」
軽くあしらうようにルナへ告げるも、彼女はそこから一歩も動こうとしない。その様子に違和感を覚え、俺はルナの瞳をジッと見つめた。この感覚、以前に似たようなことがあった気がする。
それを思い出した俺は恐る恐るルナへ問いかけた。
「もしかして……他に誰か来ているのか?」
その問いに大きく頷くルナ。それを目にした俺は即座にその場から立ち上がり、その誰かが待つ場所へと駆け出していった。
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