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第2話 ハルスの街

第34話 頬を穿つ右手

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 おおよそこの場には似つかわしいと思えないその女性は、周囲をキョロキョロと見まわし始める。そして俺を見つけると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 その女性は一直線に俺の方へ近づいてくる。穏やかだった空気が、一変して緊迫した雰囲気に包まれていく。その女性は俺の前で歩みを止めると、思い切り抱きしめてきた。

「久しぶりだな、アルス!お前が領主代理になったと聞いて、激励に来てやったぞ!」
「シェスカ姉様!お久しぶりです!お元気そうですね!」

 俺が満面の笑みで返事をすると、シェスカ姉様は優しく頭をなでてくれた。

 彼女の名前はシェスカ・ドステニア。俺の父であるユリウス・ドステニアの弟、オーロフ・ドステニアの愛娘だ。つまり俺の従姉に当たる存在である。

 彼女はこの世界では珍しく、二十二歳の独身貴族だ。交際相手が居ないという点で、生前の俺と似ている為、俺は勝手に彼女に親近感を抱いていた。

 だからこの意気消沈したタイミングで彼女に会えたことは、俺にとって最大の幸福だったと言える。

「はははは!お前も意外と元気そうだな!その年で領主代理なんてまだ早いと思っていたが、案外上手くやれているみたいだな!」
「えへへへへ、そうですかね!ルナやルイス達に助けて貰っているんです!」

 姉様に褒められて俺は少し頬を染めながら、隣に立つルナの方へと顔を向けた。シェスカ姉様がそれにつられてルナの方へ視線を向ける。ルナは即座に頭を下げて、姉様に挨拶をした。

「お久しぶりでございます、シェスカ様。公務でご多忙の中、アルス様への激励に来てくださりありがとうございます」
「なに、少し暇が出来たから様子を見に来てやっただけだ!それにしても、相変わらずだなお前は!あまりアルスを甘やかしすぎるなよ?常にお前が傍に居られるとは限らないのだからな!」
「承知しております」

 シェスカ姉様に少し怒られたルナは、サッと後ろに足を引いて俺から距離を取った。

 俺達の距離を見て、姉様はどうやらルナが俺を甘やかしてると思ったらしい。寧ろ俺の方がルナの態度とか仕事内容を激アマで査定してやっているのだが。先程の件も、ルナだったから許してやっているのだ。もしオレットが勝手に指示していたとしたら、給料半分カットじゃ済まさない。

「アルスもあまりルイス達に頼り切るのは止めるんだぞ!領主としての経験を積める良い機会なのだ!失敗を恐れずに自らの判断で動いてみるがいい!たとえ失敗したとしても、それは将来の糧になる!分かったな!?」
「はい!将来、兄様達を支えられるように精一杯頑張ってみます!」

 姉様に渇を入れられ、俺は思っても無いことを口にする。その言葉に姉様は嬉しそうに頬を緩ませた。しかし、姉様の視線が俺の背後へと向けられた瞬間、その表情は一変した。

 怒りに満ちた瞳を浮かべた姉様を見て、俺はハッとする。この時俺は忘れていたのだ。

 彼女が最も毛嫌いしている存在。『奴隷を所有した貴族』になってしまっていたことに。俺の頭から手を離したシェスカ姉様はすぐに、二人の存在に気づいた。

「アルス……お前。奴隷を買ったのか!!」

 俺の胸倉を掴み激昂するシェスカ姉様。その瞬間、俺の背後にいたルナと姉様の護衛が間に割って入った。穏やかな空気が、緊迫した雰囲気に移り変わる。

「シェスカ様、これには理由がございまして──」
「貴様には聞いていない!アルス、私の目を見て答えろ!お前はこの二人の奴隷を買ったのか!」

 ルナの制止を振り払い、俺を睨みつけるシェスカ姉様。見たこともない姉様の表情に、俺は声を詰まらせる。結局、言葉を出すことが出来ず、頷くことしかできなかった。俺が頷いた瞬間、シェスカ姉様の右手が俺の頬にぶつかる。

「……馬鹿者が!」

 涙を流したシェスカ姉様が、外へ出ていく。

 ルナが間に割った入ったおかげで、物理的な痛みは殆ど感じなかったが、俺はその場に倒れこんだ。

 あのシェスカ姉様に嫌われた。

 悪徳領主として一花咲かせるどころか、俺の人生は今日この日を持って終わったのである。

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