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第2話 ハルスの街

第19話 勘違いメイドと勘違い奴隷商

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 そんな中、レイゲルが待ってましたと言わんばかりに俺と村人達の間に入り込んで話し始めた。

「では殿下!早速契約の儀式を行ってしまいましょう!」
「あ、ああそうだな。宜しく頼む」
「承知いたしました!それでは契約の儀式を行うまえに、奴隷契約について簡単に説明させて頂きます!今回は通常奴隷としての購入になりますので、アルス殿下から奴隷に対する命令は、無理の無い範囲のものとなります!ようするに、命を脅かすような命令は出来ないという事です!」

 レイゲルの言葉を聞いて、ホッとした表情を浮かべる両親達。別にそんな縛りが無くとも、子供達に命令すること何てない。しいて言えば、大人しくしていてくれと言うくらいだ。

「次に奴隷の購入価格ですが……労働力の無い子供になりますので、本来であれば金貨三枚程度ということになります」

 レイゲルはそう発言した後、俺の顔をチラリとみる。金貨一枚は、日本円で約一万円程度。つまり子供一人が三万円という価格なのだが、村人達にとって金貨三枚はとんでもない価値がある。

 しかし、適正価格で買い取っては意味が無い。より高値で買うことで、何かあるのではないかと思わせるのが大事だ。

「では一人金貨十枚で買おう。ルナ!ルイスから金を貰ってきてくれ!」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」

 そう言ってルナはルイスの元へ駆けていく。金貨十枚という言葉を耳にした両親達は、あまりの額にどよめきの声を上げ、目の色が変わっている。今は金に目が眩んでいるが、子供と離れてから、きっと後悔することになるだろう。自分の子供をこんなはした金で売ってしまったのかとな。

「取って参りました。皆様、こちらが購入代金になります。お確かめください」

 ルイスから金を受け取ったルナが、両親達に袋を渡す。男がその中身を確認し、無言で何度も頭を下げていた。それを確認したレイゲルが、鞄から六枚の洋紙を取出し、一枚ずつ子供達へと手渡していく。

「こちらが奴隷契約の書類になります!契約解除するためには、主人となるアルス殿下が契約を解除すると決めた場合、もしくは皆様が子供達を買い戻すことが出来た場合のみとなります!宜しいですね?」

 レイゲルが問いかけると、両親達は力強く頷いて見せた。金貨六十枚など、到底稼げる額では無いと思うのだが、何とかなると思っているのだろう。俺はあえて含みのある笑みを浮かべて見せる。ここで何かあると思わせぶりな素振りを見せるのもポイントだ。

「まずはお子様方から、真ん中に書かれた契約陣に一滴の血をお願いいたします!」

 レイゲルはそう言って小さなナイフを取出し、一番背の高い男の子へと手渡した。男の子は戸惑いながらも、自分の指先を傷つけ、洋紙の上に血を垂らしていく。

 血が洋紙に垂れた瞬間、ぼわっと薄く魔法陣が光った。他の五人も両親に手伝って貰いながら血を垂らしていく。全員それが終わると、レイゲルが洋紙を回収して今度は俺に渡してきた。

「ではアルス殿下!最後に貴方様の血を一滴ずつ、この六枚に垂らしてくださいませ」
「分かった。ちょっと待ってろ……」

 俺はルナからナイフを受け取り、剣先を人差し指に触れさせる。そのまま勢いよくナイフを横に滑らせると、指先から大量の血がドバドバと流れ始めた。

「ア、アルス殿下!大丈夫ですか!?」
「一滴などと言わず、好きなだけくれてやるわ!ハハハハハ!」

 若干引き気味のレイゲルと村人達を余所に、6枚の洋紙に血を垂らしていく。治療魔法があるからと調子に乗って、切りすぎてしまった。痛みで泣きそうだが、ここで泣いては今までの苦労が水の泡になる。

 俺は唇を噛み締め涙を堪え、平然を装いながら儀式を終わらせた。洋紙をレイゲルに渡した後、すぐさま背後で魔法を発動させ傷を癒す。

「これにて契約は終了となります!皆様お疲れさまでした!」
「アルス殿下!子供達の事、よろしくお願いいたします!」
「あ、ああ。皆も子供らを買い戻せるよう、必死に頑張るがいい」

 両親達に励ましの言葉をかけながら、わざとらしく口角を上げる。両親に憎まれるため、ひいては俺の未来のために、悪徳領主っぽい態度をとる。

 しかし、何故か両親達は嬉しそうにほほ笑んで子供達と抱擁していた。その様子に疑問を抱きながらも、配給も終わってしまったため、俺達は子供を荷馬車に乗せてトト村を去ることとなった。

 馬車の中。レイゲルが俺の顔を見つめながら満足そうに笑う。企みが上手くいったから、こんなにも喜んでいるのだろうか。だとすれば、ルナが不快そうにしていないのが気になる。

 一体何が起きているのか理解できないでいると、レイゲルが口を開いた。

「いやぁ流石アルス殿下ですな!これで村人達も安心して、自分達の仕事に集中できることでしょう!」
「……はぁ?何を言っているんだ、レイゲル。子供達を奴隷にとられてるんだぞ?不安に決まってるだろうが」

 妙な事を言うレイゲルに俺は反論するも、頭の中で両親達の笑顔が思い浮かぶ。あの顔は子供達の前で、気丈にふるまっていただけ。そうに決まっている。

 しかし、レイゲルは俺の言葉を否定した。

「あははは!何を仰いますか!子供達が誰に買われたかも分からない状況であれば、親も不安になるでしょうが、目の前でアルス殿下に買われたのです!寧ろ安心していますよ!」
「いやいやいや。俺が購入者だとして、そこに何の保証があるんだ?子供たちを酷い目に合わせるかも知れないじゃないか」

 あくまでも契約内容は、命に関わる命令は出来ないというもの。裏を返せばそれ以外なら何でも命令できるのだ。それが分からない程、親も馬鹿では無いだろう。だというのに、レイゲルはキョトンとした顔で、俺を見つめている。

「死にかけの所に食料を届けてくれた大恩人が、そんな真似するとは思わないでしょう!それに、村のために殿下自ら提案なされて、復興の支援を行ってくださった方ですから!心配などしておりませんよ!」
「いやそれは、子供達を奴隷にするために理由が必要だっただけだ!現に親だって子供達を奴隷にされて、泣いてたじゃないか!」

 レイゲルに反論しつつも俺は薄々気づき始めていた。あの時頭を過った妙な違和感の正体。もしかして俺は、全くもって無意味な事をしていたのではないかと。

 動揺する俺に、レイゲルは確かな答えを教えてくれた。

「そりゃ泣きもしますよ!殿下も仰っていたではありませんか!復興のためには資金が居るのです!食い扶持を減らすには、働き口の無い子供達を殺すか、奴隷にするしかありません!殿下が買い取ってくださったおかげで、子供達も助かっているのです!」
「そんな……馬鹿な……」

 レイゲルの言葉を聞き、俺は全てを理解した。

 全ては価値観のズレから生じたもの。この計画自体、根本から間違っていたのだ。奴隷=悪だという俺の価値観が、悪徳領主とは真逆の道へ進めてしまった。

 ショックから頭を抱える俺の隣で、ルナが誇らしげに胸を張る。

「レイゲル様。アルス様は照れ屋なのです。褒めすぎるのは控えた方が宜しいかと」
「おお、そうでしたか!これは失礼致しました!これからは気を付けます!」

 勘違いメイドと勘違い奴隷商人が笑いあう中、俺は一人真っ白になっていた。

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