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第2話 ハルスの街

第12話 聖母の秘密

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「……」

 追い詰められたソフィアは、動揺した素振りを見せるどころか、歪んだ笑みを浮かべて見せた。まるで聖母のように透明だった彼女の瞳が、悪魔に身を売った人間の如く暗くなっている。

 背筋が凍りそうになる中、黙り込む彼女にもう一度問いかけた。

「貴方が修繕費として見せてくれた資料と本来の額じゃあ、どう考えても一致しない。一体何に使ったんだ?」

 二つの数字を指さしながら、ソフィアの顔をじっと見つめる。それでもなお、暫く黙っていたソフィアだったが、言い逃れは出来ないと悟ったのか、ようやく口を開いて話し始めた。

「初めから、分かっていたんですね。私がゾルマから不正に金を貰い、何かに手を染めているということを」
「そうだ。それでも、子供を見る貴方の瞳が濁っていなかったから、こうして腹を割って話そうとしている。何をしてきたのか、正直に話してくれないか?俺なら、貴方を救えるかもしれない」

 オルトの時とは違い、俺は本心から彼女を助けたいと思っている。ソフィアが子供達に向けた瞳は、透き通るように青く輝いていた。

 そんな彼女が悪事に手を染めているというのが、俺には信じられない。きっとゾルマが無理矢理命じて、今もその泥沼から抜け出せなくなっているに決まっている。

 俺が彼女を助け出し、もう一度聖母のような彼女に戻って貰うのだ。

 俺の必死の願いが通じたのか、ソフィアは瞳を閉じて一度頷くと、歪ませていた口元を戻し穏やかな笑顔を浮かべてくれた。

「アルス様がそう仰って下さるのであれば……分かりました。ご案内いたします」

 そう言って立ち上がり扉を開けると、俺達に着いてくるよう手を扉の奥へと向けた。俺とルナは彼女の指示に従い、ソフィアの後ろについて扉の奥へと進んでいく。

 扉の奥に有った部屋は普通の小部屋だったが、更にその奥の扉を開くと地下へと続く階段が現れた。その階段を下っていくと、獣と血が混じったような匂いが漂い始めた。

 階段を下りた先には教会に似つかわしくない鉄の扉があった。ソフィアがその扉の鍵を開錠し、扉を開く。ここまでくれば否が応でも察してしまう。この先に有るのは、俺の予想をはるかに超えた何かだと。

 扉の先は夥しい血痕が部屋中に飛び散っていた。その他にも拷問器具のような物や、幾つもの檻が設置されている。その中には獣ではない何かが息絶えていた。

 ソフィアは部屋の奥へと進んでいき、布がかかった大きな何かに手を置いた。

「それではご覧ください!これが私の研究作品……『合成人魔獣』です!!」

 ソフィアが布をめくると、大きな檻が現れた。その中に居る『何か』を見て、俺は咄嗟に口を手で覆った。胃から込み上げてくる消化物を必死に抑え込み、檻の中に目を向ける。

 恐らく……人間だ。

 そう判断したのは生気を失ってはいるものの、成人男性と認識できる人間の顔があったから。その顔に獣の手足がくっつけられている。

「どうです、どうです!?素晴らしいとは思いませんか!?この曲線美!この筋肉!あぁぁぁ……さいっこう!!」

 吐き気を必死に堪える俺を余所に、ソフィアは光悦とした表情で檻の中の生き物を撫でまわし始めた。俺は喉元まで逆流してきた消化物を無理矢理飲み込み、ソフィアへ問いかける。

「……これは、一体何なんだ!?」
「これですかー!?私が創り出した『合成人魔獣ちゃん』ですよ!!人間と魔獣を合体させ、人間の知能と魔獣の強靭的な肉体を併せ持った、最高の生物です!!素敵でしょう!?」

 そう言いながら頬を擦り付けるソフィア。俺の予想を遥かに超えた彼女の所業に、頭が追い付けずにいた。

『兄様達から見限られるために、ちょい悪徳領主として悪政するぜー!』とか考えていた過去の自分をぶん殴りたい。ここは触れてはいけない禁忌の領地だったのだ。

 いや、もしかすると父上はここまで調べた上で俺に領主代理を務めさせようとしたのかもしれない。最悪の場合、第六王子である俺ならば切り捨てても問題は無いからな。

「ゾルマの資金を使ってやっていたのがコレか。てっきり孤児院の子供達を使って、違法な取引でもしてるんじゃないかと思ったよ」
「なーに馬鹿なこと言ってるんですか!!子供は未来の宝!!いつか私の実験を引き継ぎ、最強の『合成人魔獣』を創り上げる可能性を秘めているのですよ!?そんな宝を売るような真似するわけないじゃないですか!!」

 頬を膨らませて怒りを露にするソフィア。その瞬間だけは聖母のような瞳に移り変わる。

「……生きた人間を使った人体実験は、ドステニア王国では禁忌とされている。それを知らないとは言わせないぞ」
「勿論知ってますよー!でも安心してください!王国の人間を使ってるわけじゃないですしー、どっかの国の犯罪者ですから!この『試験体15号ちゃん』のベースは、どっかの国で女性30人を惨殺した犯罪者らしいですよ!」

 嬉々として喋り続けるソフィアに、俺は恐怖を覚えた。彼女は檻の中の生物を試験体15号と呼んでいた。つまり15人以上は、この狂気の実験の犠牲になっているということになる。

 マジでヤバすぎる。禁制の精力剤なんか、可愛く見えてしまうレベルでヤバすぎる。生きた人間を用いた人体実験なんて、やってみようと考えるだけで極刑だ。

 俺が焦りと動揺で体を震わせていた時、ルナが背後から小声で話しかけてきた。その手には隠し持っていた短剣が握られている。その短剣を俺の手に握らせた。

(アルス様、この女危険です。今ここで処分しましょう。アルス様なら殺せます)
(馬鹿か!そんなことしたら、領主就任早々に『孤児院の聖母』が失踪したと噂されて、俺の立場が終わるぞ!最悪エデナ教と敵対することにもなりかねない!そうなったら、父上は俺の首を切る!俺なら絶対にそうする!)

 俺がそう言うとルナは小さく舌打ちをして、ソフィアを睨みつけた。俺だってソフィアを処分した方が良いのは分かっている。

 だがソフィアの外面の良さが邪魔をする。彼女を排除しようとすれば、巡り巡って俺の首が飛ぶことになるだろう。孤児院での活動が、彼女の身を守るための盾となっている。もしもここまで考えていたとすれば、質が悪すぎだ。

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