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第1章 ちょい悪徳領主への道

第4話 憂鬱な剣術稽古

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 授業の翌日。俺は騎士団の訓練場に来て剣の稽古を受けていた。今日は軽い稽古にするからと言われていた筈が、なぜか今、俺の前には剣を持ったレオン兄様が立っている。

「よし、アルスよ!どこからでもかかってくるがいい!」
「はい!行かせて頂きます!」

 レオン兄様の計らいで始まった剣の稽古。頭のネジが二本程外れてるレオン兄様は、なぜか初日から自分と一対一の模擬戦をしようと言い始めた。何年も鍛錬を続けて来た兄様と、剣を振り始めてたったの数時間の俺が戦うなんて、苛めみたいなものなのに。

 だが俺がそんな事を言った所で、兄様が模擬戦を取りやめることも無く、結局俺は兄様と戦う羽目になってしまった。

「てぇぇい!」

 木剣を手にレオン兄様へと突き進んでいく。そのまま兄様の右側半身目掛けて、力いっぱい木剣を振り下ろす。だが俺の剣が兄様に触れる直前、ガツンと鈍い音がしたかと思うと、握っていた木剣が後方に弾き飛ばされていた。

「なんだその軟弱な一撃は!もっと腰に力を入れんか!!さぁもう一度打ち込んで来い!」
「は、はい!」

 俺の渾身の一撃もレオン兄様にとってはそよ風に等しく、軽くいなされてしまう。俺は木剣を拾い上げ、もう一度レオン兄様へと向かっていく。

「やぁぁぁぁ!」

 再度木剣を振るうも、レオン兄様は俺の剣を思い切り吹き飛ばしてしまった。俺は木剣を拾い上げると、苦笑いを浮かべながら腰に戻した。

 これだけやれば兄様も俺に呆れてくれる。そう思ったのだが、兄様は真っ直ぐに俺を睨みつけていた。

「もう一度だけ言うぞ……本気でかかってこい!!」

 ぶち切れ寸前の兄様。このままひ弱な弟を演じれば、兄様の苛立ちは頂点に達することだろう。そして俺はボコボコにやられる。それはちょっと痛いから嫌だ。仕方がないがアレをやるしかない。

 俺は木剣を構えなおすと、兄様の後ろに立っていた兵士へ目を向ける。兄様より強くなく、しかし兵士の中ではそれなりの強さを誇る剣の使い手。その兵士に向け俺は魔法を発動させた。

(『模倣《トレース》』)

 自分の身体能力にかかわらず、対象の能力・動作を模倣する魔法。つまり俺は今、一時的に兵士と同じレベルの剣の使い手になったという訳だ。

「それでは兄様……参ります」

 剣を握りしめ、兄様の方へと足を踏み込む。相手に攻撃をするという意識が俺の中で芽生えた瞬間、魔法の効果が発動された。

 脚の筋肉が千切れそうになるほどの痛みと引き換えに、先程の速度とは比べ物にならない勢いで兄様との距離を詰めていく。予想外の俺の速度に驚きを隠せないレオン兄様。

「ふっ!!」

 兄様の身体目掛けて剣を振るう。それを払いのけるかのように兄様の木剣が俺の木剣とぶつかる。鈍い音が響いたものの、木剣はまだ俺の手の中にあった。その様子を見て、嬉しそうに笑うレオン兄様。しかし、もう既に俺の身体は悲鳴を上げている。

 辛うじて痛みの少ない左足を使い、後ろへ逃げて体勢を整える。右手から左手に木剣を移し替え、最後の攻撃をしかけた。

「はぁぁぁあ!!」

 先程と同じように剣を振るう。兄様もそれに反応し、俺の剣を振り払おうとする。兄様の剣が当たる直前、剣の軌道を無理やり変え、兄様の剣を空振りさせた。

 呆気にとられるレオン兄様。その隙に反対から再度剣を振り上げる。今度こそ当たる。そう思った矢先、兄様の剣が俺の剣を弾き飛ばした。

 カラカラと音を立てて転がる木剣。その音が、俺の魔法を中断させた。

「はぁ、はぁ、はぁ……参りました!」

 息を切らし膝をついて兄様にそう告げる。もう剣を握りなおす力も残っていない。そんな俺の肩を兄様がポンと叩いた。

「はははは!素晴らしい動きだったぞ、アルス!特に最後の一撃迄の流れ!まさか初めての戦闘で『騙し』を入れてくるとはな!」
「ありがとうございます!」

 どうやら兄様の機嫌は良くなったらしい。あのまま俺が『模倣』を使わずに戦っていたら。恐らくボコボコにやられていた事だろう。

 無事に兄様との模擬戦を終えてホッと胸を撫で下ろしたその時、兄様が傍に立っていた兵士に向かって叫んだ。

「やはり私の目に狂いはなかったな、デュークよ!アルスは私と同じく剣の才に恵まれているぞ!」
「仰る通りですな!アルス様はレオン様、フリオ様と同じく、武の才に満ち溢れたお方!その才覚でお二人を支えてくださることでしょう!」

 そう言ってニコリと笑う兵士とレオン兄様。他の兵士達も何故か歓声を上げたり、騒ぎはどんどん大きくなっていく。

「ははは……」

 俺は二人の言葉に何も言うことが出来ず、乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。とにかくここは極力発言を避けて、この場から立ち去るのが第一優先だ。

「レオン兄様。大変言いにくいのですが……兄様の剣をまともに受けてしまったせいで、両腕が痺れて動かないのです。申し訳ございませんが、治療を受けに行かせて頂いても宜しいでしょうか?」

 俺はそう言ってレオン兄様に頭を下げた。俺が剣を握れないのは、兄様の剣が素晴らしすぎた故にという事を強調する。その結果、兄の顔は誇らしげな笑みで包まれた。

「む?ぬはははは!それはすまなかったな!お前も将来は優れた剣士になるとはいえ、まだ私とやり合うには早かったようだ!稽古はこれまでにして、治癒士達に癒して貰うといい!」
「ありがとうございます!」

 兄様に頭を下げ、俺は足を引きずりながらその場を後にした。

 ◇

「いってぇぇぇぇー!痛すぎる!」

 自室に戻った俺は、部屋の中で一人叫び声をあげた。自分の身体能力を超えた兵士の能力を模倣した結果、足と手の筋肉が千切れかけるほどの損傷を負ってしまったのだ。
 
 俺は痛みを必死に堪えながら辛うじて動く右手を左手に向け、治癒魔法『小回復』を発動させていく。それから右腕・両足の怪我を癒し、体を元の状態に戻していく。

「はぁー……痛すぎて兄様達の前で泣くかと思った。でもまぁお陰で兄様に殺されずに済んだし、稽古も早めに上がれたから良かったけど」

 『模倣』の魔法は利便性が高い代わりに反動が大きすぎるのが難点だ。しかし身体がそれに慣れていけば、そのデメリットも無くなる。また、一度模倣した対象の能力は対象が近くに居なくても再現できるというメリットもある。

 これを上手く使いこなせれば、俺の身体能力も先程の兵士並みになれるだろう。まぁやる必要無いし、やる気もないけどな。

「あまり使いすぎるのも良くないな。さっきもそのせいで剣の才能があるとか勘違いされちゃったし。兄様達の前では制限するようにしよう」

 先日、クルシュ兄様が選任した魔術の教師にも才能があると言われたばかり。益々派閥への勧誘が過激になりそうで憂鬱になってしまう。どうにかこのクソみたいな場所から逃げる方法は無いモノか。

「あと五年もすれば俺も成人になる。そうなれば無理矢理でも派閥入りを迫られ、否が応でもどっちかの陣営につくことになっちまうからなぁ」

 そうなると相手側陣営からの嫌がらせが始まる。最悪、暗殺される可能性だってあるかもしれない。そうなる前に何とか手をうたなくては。

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