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第3章 金と友と癖

第31話 カイ

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「……助かった。アンタがいなきゃキツかった」

 シーフロッグに囲まれていた冒険者がそう呟いた。

 何とかあの状況を打破し、入り江の崖上まで退くことが出来た。そこから下を見下ろし、ついさっきまで俺達が居たところへ視線を向ける。するとそこにはもう既に大量のシーフロッグが集まってきていた。

 あまりの多さに吐き気を催しながらも、俺は軽く笑いながら返事をした。

「気にすることないさ。そっちも地元の奴らに騙された口だろ?アイツらもちゃんと教えてくれりゃあいいのにな」
「ああ。穴場だと聞いて来てみたが、まさかここまで数が多くなるとは思わなかった」

 そう言ってシーフロッグを睨みつける冒険者。彼と言うべきか彼女というべきか、風貌からは区別がつかなかった。

 サイズ大きめのグレー色のコートで身を包んでいるせいで、性別は分からない。わざわざ口もコートで隠しているところを見ると、敢えて分からないようにしているのだろう。

 冒険者は女性に対して差別が起きやすい職種だ。また男性であっても華奢な体つきだと、馬鹿にされる。多分この冒険者はそう言った差別にあってきたのだろう。

 少し可哀想だと思いながらも、俺は何も気にしていないといった様子で話を続けた。

「とりあえずアイツらが海に退くまでここで休もう。その後、死体回収できる分だけ回収して、帰らねぇか?雨も酷くなってきそうだし」
「……そうだな。今日はここまでにするとしよう」

 俺の提案を聞いて冒険者はコクリと頷いた。それから三十分程でシーフロッグは海に戻っていき、俺達は無事に死体を回収してギルドへと戻ったのだった。

 ◇

 ギルドへ戻ってきた俺達は、シーフロッグの死体を買い取って貰い早々に晩酌の席へと着いていた。テーブルの上には金貨が五十枚以上並べられている。

「あぁぁぁぁ染み渡るうぅぅぅ……仕事後の一杯は格別だぜぇぇ!!」

 仕事終わりに飲む一杯は格別だが、今夜は視界に映る『冒険者達』を肴に出来るのが最高だ。俺達は十数匹のシーフロッグを買い取って貰ったというのに、他の奴らは良くて四匹。終いには一匹も狩れなくて、喚いてる奴らも居た。

「アイツら見てると、地元の奴らの言った通り本当に穴場だったんだなぁ!!他の連中、四、五匹しか狩れてないぜ?」
「そうみたいだな。アイツらに文句でも言ってやろうかと思ってたが、そうもいかないな」

 そう言いながら彼は酒を口に運んだ。ギルドへ戻ってきた時は「アイツらぶん殴ってやる」と苛立っていたが、今はもうその怒りも収まっているようだ。

 コートは着たままだが、口元が見えたことでようやく性別が分かった。中世的な顔立ちだが、どちらかというと男性よりだ。よって俺は男性と判断する。これなら仲良くなれそうだと、俺は彼の前に右手を広げて突き出した。

「自己紹介がまだだったな!俺はユウキ!一応オルテリアを拠点に活動してるBランク冒険者だ!よろしくな!」
「……カイだ。ランクは同じBランクだ」

 カイは俺の手をとって握手を交わしてくれた。カイはソロの冒険者みたいだし、パーティーに勧誘されることは無いだろう。まさかクアベーゼに来て初日で飲み仲間が出来るとは。これはフルラに感謝しないといけないな。

「カイはどうしてクアベーゼに来たんだ?やっぱ出稼ぎが目的か?」
「……ああ。ユウキも出稼ぎか?」
「まぁそうだなー!あと、向こうでちょっと色々あってな!面倒になったからちょっと避難してきたんだ!」

 俺がそう言うと、カイは「そうなのか」とだけ言って飯を食い始めた。カイの反応を見るに、どうやら俺の二つ名はこの地まで届いていないらしい。これならほとぼりが冷めるまでの間、クアベーゼで過ごすのも悪くない。

「カイはいつまでクアベーゼに居るつもりなんだ?繁忙期が終わるまでか?」
「いや……一ケ月ほどでここを発つつもりだ。他に行きたいところもあるしな」
「じゃあ俺と同じくらいだな!お互い頑張って稼ごうぜ!」

 一ヶ月毎日この稼ぎを続けられれば、三十日×金貨五十枚で金貨千五百枚。つまり大金貨十五枚分の稼ぎになる。またこれで運命の奴隷ちゃんに一歩近づけるわけなのだが──

「ただなぁ……あの蛙とやり合うのしんどいんだよなぁ!ぬめぬめしてて気持ち悪いし!数も滅茶苦茶多いしさー!」
「全くだ。それに俺はユウキと違って火力が低いからな……余計にしんどいぜ」

 カイはそう言ってため息を零した。確かにカイを救出した時も、俺が大半のシーフロッグを殲滅して、カイは何とか数匹倒した程度だった。武器も小ぶりな剣だったし、長時間一人で戦い続けるのは無理があるだろう。

「カイは明日からも、あの入り江で狩るつもりか?」
「……できればそうしたいが、今日みたいになると流石にキツイからな。明日からは浜辺の方で狩るかもしれない」

 そういうカイの表情は少し悔しそうだった。自分の力が足りないことを悔やんでいるのだろう。正直俺も一人であの量を狩り続けるのはしんどい。体力的にではなく、精神的な問題だ。

 何か良い方法は無いものか──

 ふと視界の端にあるものが映った。それは俺が今日まで避け続けたモノ。金策に走ってきた日々において、非効率極まりないモノだ。

 しかし今この状況においてその選択をする事は、とてつもなく効率的なものだった。

 俺は机を叩きその場で立ち上がる。突然立ち上がった俺を見て驚いているカイに向かって俺は一つの提案をした。

「なぁ、カイ!だったら俺と二人で狩らないか!?二人だったら今日みたいになる前に離脱できるだろ!」
「……確かにそうかもしれないが、取り分はどうする?狩った狩ってないでもめるのがオチだ」

 カイは呆れたように息を吐いた。もしかしたら過去に取り分で揉めたことがあるのかもしれない。その気持ちも分からなくない。俺もそうなるのが嫌でパーティーを組んでこなかった口だ。

 だが今回ばかりは、絶対にそうはならないと確信している。なぜなら──

「チッチッチ!絶対に揉めない方法があるぜ!お互いのマジックバックに入る分だけ狩って、撤退すりゃ良いんだよ!そうすりゃどっちが多く狩ったとか文句言う必要ないだろ?」

 俺の提案を聞いてカイは眉をピクリと動かした後、顎に手を当てて悩み始めた。そしてすぐに理解したのか、今度は申し訳なさそうに視線を動かしながら話し始めた。

「一理あるが……本当にいいのか?ユウキが良ければお願いしたいが、今日の報酬金を見る限り、そっちの容量の方が少ないと思うが」
「ああ、それは気にするな!一人でやって疲労溜めるよりも、二人で効率よく安定したペースで狩る方が絶対に稼げるからな!」

 俺がそう言うとカイはホッとしたように顔を緩めた。俺が自分よりも稼げない事で不安を感じていたのだろう。だがそんな心配は必要ない。何故なら、敢えて稼ぎを調整しているのだから。

 俺は『異空間収納』を使えばほぼ無限に死体を回収できる。稼ぎも上限はほぼ無いといっていいだろう。だがそんなことすれば、また『二つ名』をつけられてしまう可能性がある。

 俺は並みの冒険者よりもちょっと多めに稼げればいい。つまり、今回はカイと協力して他の出稼ぎ連中よりも多く稼げればいいのだ。

「そうか。それじゃあよろしく頼む」
「おお!明日から一ケ月よろしく頼むな!」

 カイが差し出してきた手を握り返し、俺達は笑みを交わす。

 こうして俺は、異世界にやってきて初めての疑似パーティーを組んだのだった。
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