上 下
66 / 67
第4章 憎しみの結末

第187話 幾多の憎しみを経て

しおりを挟む
 父上と久しぶりに会話をした後、俺は会場に向かってゆっくりと歩いていた。この殺意を胸に抱えたまま、試合など出来るはずが無い。どうにか心を静めなくては。

 そう思っていた俺のところに、救いの女神が訪れた。

「アレク!」

 先程試合を終えたアリスが、嬉しそうに笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。

「ねぇねぇ、私の試合どうだった!?」

 可愛らしく首をかしげながらそう問いかけられ、俺はギクリとする。実は試合を見ていないというのに、アリスの顔を見て益々嘘をつくことが出来なくなってしまった。

「凄かったよ!流石アリスって感じだった!これなら決勝まで勝ち残れそうだな!」

 アリスにそれを悟られないよう、全力の作り笑いで答える。俺の自慢の演技にアリスも騙されたのか益々笑顔になっていった。

「えへへへ……」

 その笑顔を見て、俺は父上との会話を思い出す。俺が奴の提案を受けなければ、彼女はまた悲しい思いをすることになるのではないのか?そんな考えが頭から離れない。

 兄が父と結託し、俺という駒を得て『カールストン家』の地位をより高いものにしようとしている。そのために、兄は地図を送ってきたのかもしれない。失った絆を取り戻すためにとか何とか言って、兄は俺に取り入ろうとしてるのだ。そうに決まってる──

「……アレク?」

 すると、心配そうな顔をしたアリスが顔を覗き込んできた。どうやら、考え事をしていたせいでうつむいてしまっていたらしい。俺は咄嗟に笑いながらアリスの頭をなでた。

「なんでもない。ちょっと考え事してただけだ」

 だがアリスは嬉しそうに笑うこともせず、黙ったまま俺の目をじっと見つめていた。

「……なにか、あったの?」

「いや?本当に何でもないんだ。心配かけちゃってごめんな」

 アリスの言葉に、俺は再び嘘をついた。彼女に嘘をつくたび心が音を立ててひび割れていく気がした。だがここで俺が本当の事を話したら、アリスは傷つくかもしれない。昔の様に、俺の家族がアリスを傷つけてしまう。

 そんなことになるくらいなら、俺は嘘をつくことを選ぶ。彼女を傷つけないための、優しい嘘を──

 だがそんな俺の気づかいに対し、アリスは寂しそうに笑った。

「……私って、そんなに頼りない?」

「え?」

 アリスはそう言うと、下を向いてしまった。そして静かに、ぽつりぽつりと話し始めた。

「アレクが私に何か隠してるの……気づかないとでも思った?」

「別に隠してなんて──」

「隠してるわよ……だって、アレクはいつも楽しそうに笑うじゃない。今のアレクは、全然楽しそうに見えないわ」

 アリスの言葉に、俺は何も言い返せずに口を閉じる。俺がアリスの表情や仕草から、彼女の気持ちをくみ取ることが出来るように、アリスも何か感じ取ったのかもしれない。

「アレクは凄く強いから、きっと私の力なんか必要無いんだと思う。……今抱えてる問題だって、私のために隠してくれているのかもしれない」

「そんなことない!アリスが居てくれたから、俺はオークキングに勝てたんだ!ダンジョン攻略だって、アリスが居たから凄く楽しいんだぞ!?」

 俺はアリスの言葉を必死に否定する。しかし、アリスは首を横に振って俺の言葉を否定した。

「私が居なかったら、もっと簡単に勝ててたはず。ダンジョン攻略だって、アレク一人の方がずっと楽に進めるわ。それは、一緒に居る私達が一番分かってる」

「そんなこと──」

 もう一度否定の言葉を述べようとした矢先、アリスの手のひらが俺の胸に触れた。

「分かってる……けど」

 アリスが顔を静かに上げる。彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちていった。

「分かってるけど……アレクと一緒に居たいの」

 一緒に居たい?何を言ってるんだ?一緒にいるじゃないか。そう答えようとしたが、アリスの瞳は『そうじゃない』と訴えて来た。

「私はずっとアレクに支えられてきた。このまま一緒にいても、アレクは昔と変わらず、ずっと私を守ってくれるわ。貴方は私の事を愛してるから」

 自分で行って恥ずかしそうに笑うアリス。だがそれも一瞬の出来事で、すぐに涙を浮かべて、その表情を崩してしまう。

アリスの白い手が俺の胸をギュッと握る。

「私は、アレクに守られてる私のままでいたくないの。貴方が私を支えてくれていたように、これから先、貴方を支えられるような人間になりたい」

 アリスの言葉に、俺はハッと息をのんだ。俺はアリスが大切なあまり、彼女の本当の気持ちを理解できていなかったのだ。

 学園でアリスが操られてからずっと、アリスはか弱い女の子だと、どこかで決めつけていた。だが本当の彼女は、この国のために自分の身を捧げることが出来るほど、強い女の子なんだ。

「アリス……」

 俺が名前を呼ぶと、アリスは両手を俺の背中に回して抱きしめて来た。その強さが、アリスの意志の強さなのだと直ぐに理解した。

「あなたを護る剣になりたい」

 アリスが一言発するごとに、抱きしめる力が強くなっていく。まるで言葉に力を籠める様に。決意と共につづられるアリスの言葉には、その重さの裏に、愛が込められていた。

 俺と一緒に居たい。守られる存在としてではなく、俺を守る存在として。

 アリスは願いを口にするのだ──

「私に、あなたを守らせてください」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。 応援本当に有難うございました。 イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。 書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」 から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。 書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。 WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。 この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。 本当にありがとうございました。 【以下あらすじ】 パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった... ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから... 第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。 何と!『現在3巻まで書籍化されています』 そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。 応援、本当にありがとうございました!

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。