上 下
62 / 67
第4章 憎しみの結末

第183話 恋敵の思惑

しおりを挟む
 準々決勝が終わり、ヴァルトは担架に乗せられて治療室へと運ばれていった。盛り上がりを見せる会場の中から、ニコが走り出していくのを見つけ、ゆっくりと反対の出口に向かって歩き出す。

 俺の勝利という形で終わったが、その内容は不本意なものだった。『威圧』を使ってしまえば、俺よりもレベルが低いヴァルトに負けるはずが無いのだから。だがしかし、あのままヴァルトを放っておくことは出来なかった。

 ヴァルトが回復して、ニコとイチャイチャし終えた時を見計らって謝りに行くとしよう。

 俺が溜息を零しながら会場の出口を潜り抜けると、そこにはハロルド殿下の姿があった。次の試合が行われるにはまだ時間があるはずなのに、なぜここにいるのか不思議に思っていると、ハロルド殿下が俺に声をかけて来た。

「準決勝進出おめでとうございます。流石、フェルデア王国の英雄といったところでしょうか。素晴らしい魔法でした」

「ありがとうございます」

「このまま君が勝ち進めば、決勝は私と君との戦いになりそうですね」

 殿下の言葉に俺は一瞬戸惑いを見せる。ハロルド殿下が勝ち進んだとしても、準決勝ではアリスと戦うことになる。多分だが、殿下がアリスに勝つことは難しいだろう。

「その時は是非とも全力で挑戦させて頂きます」

 無難な返答をする俺に対し、ハロルド殿下は苦笑いを浮かべて見せた。

「ははは。実際そうなればいいんですが……君が考えている通り、私が決勝に進むことは難しいと思いますよ」

「そんなことはないと思いますが……」

「遠慮しなくてもいいです。昔から私は勝負事に縁が無くてね。私が『敗北者』と呼ばれていることは、君も知っているでしょう?」

 殿下が『敗北者』と呼ばれる理由。それは彼が俺と同じように、望まれた職業では無かったからである。だからといって、その気持ちを理解できるなどと口にすることは出来ない。

 俺は貴族の跡継ぎになれなかっただけなのだ。皇帝になることが出来ない殿下とは訳が違う。どんな言葉をかけたらいいか悩んでいた俺に、殿下は手を差し出してきた。

「実は君の身の上話を耳にしてね。君も私と同じように、『職業』のせいで家督相続権を失ったそうじゃないか。苦労している身として、君の気持ちは痛い程分かるよ。だからこそ、君とは友人になりたいと思っているんだ!」

「私如きが殿下の御友人などと……」

「私が良いと言っているのだから気にすることは無い!どうかな、アレク」

 期待を込めたその眼差しに、俺は殿下の申し出を断ることが出来ず、恐る恐る握手を交わした。

「殿下がそう仰るのであれば」

正直、つい先日まで恋敵だった相手とすぐに友人になれるとは思っていないが、それでも殿下の身の上を考えると、少しでも力になってやりたいと思ってしまう。

「ありがとう!公の場で無ければ、私のことは是非ともハロルドと呼んでくれたまえ!」

「分かりました、殿下」

 了承の意として、俺は殿下に頭を下げる。それを見て嬉しそうに笑顔を作るハロルド殿下。この笑顔からはアリスやユウナが言ったような、人物は想像できなかった。
 
 俺が殿下の行動に何か裏があるのではないかと疑心暗鬼になっていると、殿下はハッとした顔で俺に問いかけてきた。

「そういえば聞こうと思っていたことが有ったんだ。アレクはどうして剣術も魔法も使えるんだい?普通の職業であれば、どちらかのスキルしか使えないはずだと思うんだが」

 殿下の問いかけに、俺は思わず視線を横に逸らす。幾ら友人になったとはいえ、隣国の皇族だ。『解体屋』のスキルについて少しでも情報を与えてしまえば、我が物にしようとするかもしれない。殿下が俺のスキル玉を使えば、皇帝の座に手が届く可能性もあるのだから。ここは慎重に答えなくては。

「殿下は何か勘違いをしておられるようで……私が使っているのは魔法スキルのみです。剣は日々の鍛錬の賜物ですよ」

 もちろん嘘なのだが。殿下が俺の情報を全て把握しているとは限らない。親しい人には上級剣術が使えることも話してはいるが、そこまで調べているとは考えにくい。

 殿下が帝国にお帰りになるまでの間、俺は剣がそこそこ使える魔法使いを演じることにした。

「そうなのか?君の剣技はどう見ても『中級剣術』以上のものだと思ったんだが……」

 俺の目を見つめながら言葉を切る殿下。その瞳は、俺が嘘をついていることを『知っている』と言わんばかりに、薄暗く曇っていた。背筋がゾクゾクする感覚に襲われ、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてきた気がした。

 俺が口を割らないと悟ったのか、殿下は諦めたように息を吐き、寂しそうに微笑んだ。

「はぁ……君がそう言うのなら仕方ない。やっと希望の光を見つけたと思ったんだけどね」

 殿下の言葉に俺の胸が痛む。『敗北者』と呼ばれた殿下が、わらにでも縋る思いで俺に声をかけてくれたのかもしれないのに。申し訳ない気持ちで胸が詰まる。

「もし気が変わったら教えてくれるかい?私は気長に待つことにするから」

 殿下はそう言い終えると帝国側の控室の方へと歩いて行ってしまった。ガクリと肩を落とし、悲しそうに歩くその背中が見えなくなるまで俺はその場に立ちすくんでいた。



~ハロルド視点~

 下等な人間と触れた手の平を洗い流し終えた時、後ろから声がかかった。

「どう?彼の情報は手に入った?」

 誰もいないはずの場所から聞こえた声に、私は静かに返事をする。

「残念ながら、相手も馬鹿ではないらしい。何一つとして教えてはもらえなかった。この私が友になってやると言っているのにも関わらずにな!!」

「あっそー。それじゃあ計画は変更しない方向でいいね?」

「当然だ!!貴様らこそ、役目を果たすこと忘れるなよ!」

「はいはい。それじゃあ頑張ってねー」

 ネアはそう言うと音もなく私の背後から存在を消してしまった。利用されているとも知らずに、馬鹿な奴だ。私が皇帝になった暁には自らの手でその首を断ってやろう。

「この私こそが、世界を支配すべき人間なのだ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奴隷を買うために一億円貯めたいので、魔王討伐とかしてる暇ありません~チートって金稼ぎのためにあるもんでしょ?~

服田 晃和
ファンタジー
 四十歳という若さで死んでしまった、童貞の男がいた。  容姿が悪かったから?度胸が無かったから?そんな理由で童貞だったわけではない。  そんな男が奇跡に巡り合い、神の計らいによって世界「ヴァリタリア」へと転生する。  男が新たな生を掴む際、神は一つだけ頼みごとをした。  『三十年後に現れる魔王を倒してください。そのために己を鍛え、多くの仲間と出会い、絆を結んでください』と。  そして神は男に素晴らしい能力を授けたのだった。  十八歳という若い体を手に入れた男は、それからの二年間神の言う通り必死に己を鍛えぬいた。  多くは無いが仲間とも出会い、絆を深めた。そして最早人類には敵なしというほどまでの力を手に入れたのであった。  なぜ男は魔物に襲われ何度も死にかけながらも、男は必死に戦い続けたのだろうか。  神様に望まれたたった一つの願いを叶えるために?  『いやいやそんな高尚な人間じゃぁないよ、俺は。俺の願いはただ一つ。そう──  『運命の奴隷』にあって、イチャイチャラブラブ人生を送る事だ!!  魔王なんざしったこっちゃねぇぇ!!  こうして神の願いを無視した男の異世界生活が始まるのであった。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。 応援本当に有難うございました。 イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。 書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」 から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。 書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。 WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。 この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。 本当にありがとうございました。 【以下あらすじ】 パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった... ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから... 第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。 何と!『現在3巻まで書籍化されています』 そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。 応援、本当にありがとうございました!

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。 強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。 死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。 再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。 ※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。 ※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。