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2巻
2-3
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実技演習の翌日。
俺は装備を整え、Eランクダンジョンの受付へとやってきた。
四月の終わりともなれば、Eランクダンジョンに挑戦する二年生がかなりいるみたいだ。ざっと四十人以上はいる。
俺が受付の最後尾に並ぶと、こそこそ話し声が聞こえてきた。
「おい、あいつ一年生だろ? もうFランクダンジョン攻略したっていうのか?」
「聞いた話だと、歴代最速攻略者が出たらしいぜ。しかもたった一人で攻略したらしい」
「俺も聞いたぞ。もう既に『上級魔法』を使いこなしてるらしいぞ」
どうやら俺の話をしているみたいだな。まさか上級生にまで俺の名前が知れ渡っているとは。
俺は少し鼻を高くして聞き耳を立て、暫く悦に入った。
二十分程で俺の順番が回ってきた。ようやく受付が始まる。
「次の方! ステータスカードの提出をお願いします」
俺は言われた通りカードを提出する。
「……アレクさん。確認が取れました。一年生のようですが、Fランクダンジョンを攻略済みとなっていますので、Eランクダンジョンへの挑戦を許可いたします! 申し訳ありませんが規定ですので、名前、クラス、帰還予定日をお願いします!」
「はい。名前はアレク、所属クラスはSクラスで、帰還予定日は四日後です」
「ありがとうございます! ……登録が完了しました。カードをお返しします。続いてEランクダンジョンの説明を行わせて頂きますが、どうしますか?」
説明が聞けるなら聞いておいた方が良いだろう。
油断大敵、一瞬のミスが命取りになる世界だからな。情報は何よりも大切だ。
「是非お願いします」
「分かりました! Eランクダンジョンは十階層からなるダンジョンになります。五階層に中ボス及び転移の陣があります。一度五階層まで到達すれば、次回からは、受付横の転移の陣から行き来が可能です。そのため最初は、中ボスを倒すことを目標にするのが良いでしょう。何か聞きたいことはございますか?」
「ありません! 説明ありがとうございました!」
俺は受付のお姉さんに深くお辞儀をして、Eランクダンジョンの入り口へ歩いていく。
聞いた限りだと、間違いなく一、二週間で攻略出来るものではないな。単純に考えて、マッピングの量がFランクダンジョンの二倍だし、モンスターも強くなっているはずだ。
受付のお姉さんから聞いた情報を整理しながら、階段を降りていく。
先に入っていった二年生の姿はもう見えなくなっている。一年生とは違い、みんな真面目にダンジョン攻略をしているようだ。
俺はペンと紙を手に持ち、『探知』スキルを発動した。
どんなモンスターが出るのか確認しておきたいが、とにかく今は階段を探すことを優先する。人が少ない階層に行った方が、スキル収集も捗るってもんだ。
どうやら入り口付近のモンスターは既に狩り終えているらしく、『探知』に反応はない。
俺はペンを走らせマッピングしていく。
歩くこと三十分。ようやくEランクダンジョンで初めて、モンスターと遭遇した。
ゴブリンの小集団だが、Fランクダンジョンとは一味違う。
ゴブリンジェネラルにゴブリンメイジ、弓を手にしたゴブリンまでいる。
俺はそいつに『鑑定』を発動しつつ、剣を右手で握りしめ戦闘態勢をとる。
――――――――――――――――――――――――
【種族】ゴブリンアーチャー
【レべル】5
【HP】50/50
【魔力】100/100
【攻撃力】E-
【防御力】F+
【敏捷性】F+
【知力】E-
【運】F+
【スキル】
初級弓術
――――――――――――――――――――――――
「よし! 新スキルだ!」
『鑑定』の結果を確認した俺は、魔法を使わず、身一つで戦闘を開始する。
「ギャ! ギャッギャ!」
ゴブリンジェネラルが雄たけびをあげると同時に、メイジとアーチャーが攻撃を仕掛けてくる。
俺は攻撃の軌道を読み、右前方へと回避する。
今までの俺なら、すぐに魔法を発動していただろう。だが俺は、ライオネル先生との模擬戦で俺に足りないものを理解した。
俺には、純粋な戦闘力が圧倒的に足りていない。
敵の攻撃を回避するための反応速度や、攻撃を読むといった戦闘力は、スキルでは身につかない。
この先、魔力が尽き、魔法を発動することが出来ない状況で戦わなければいけない時が来るかもしれない。その時のために、純粋な戦闘力を身につけておく必要があるのだ。
ゴブリン達の攻撃を回避した俺は、すぐに体勢を立て直しゴブリンメイジに剣を突き刺す。
頭を貫かれたゴブリンメイジは動きを止めるが、その隙を、他の個体が狙っていた。
一発目を回避された時点で、次の矢を装填していたゴブリンアーチャーが至近距離で、俺目掛けて矢を放つ。
回避する時間がないと悟り、俺は死体となったゴブリンメイジの首を掴み、盾代わりにした。
俺はそのまま、ゴブリンメイジの亡骸をゴブリンアーチャーに投げつける。
避けることが出来ずに体勢を崩したゴブリンアーチャーの首元目掛け、俺は剣を振り下ろした。
しかしまだ戦闘は終わらない。
詠唱を終わらせたゴブリンジェネラルの魔法が飛んできている。
(回避不能、盾もなし。どうする)
俺は一か八か、握りしめた剣に魔力を通し、魔法目掛けて剣を振るった。
「オラァァ‼」
ゴブリンジェネラルが放った『火球』は俺の剣により切り裂かれ、左右後方へと飛んでいく。
自分の魔法がまさか切断されるとは思っていなかったゴブリンジェネラルは、驚愕の表情を浮かべて後ずさりする。
その瞬間を見逃さず、俺は足に力を込め、目にも留まらぬ速度で相手の前に移動し、胴体を真っ二つにした。
俺は周囲に気配がないことを確認し、剣を収め『解体』スキルを発動した。
新しいスキルは『初級弓術』しかないが、良い収穫になった。
『初級弓術』のスキル玉を体に取り込み、他のモンスターも『解体』していく。
現在の俺のステータスを確認しておこう。
――――――――――――――――――――――――
【名前】アレク
【種族】人間
【性別】男
【職業】解体屋
【階級】平民
【レべル】43(98734/116930)
【HP】2600/2600
【魔力】3100/3100
【攻撃力】C+
【防御力】C-
【敏捷性】B-
【知力】B
【運】A-
【スキル】
言語理解
収納
鑑定
上級水魔法(250/1500)
上級火魔法(334/1500)
中級風魔法(776/1000)
上級土魔法(87/1500)
上級回復魔法(110/1500)
魔力上昇(中)(711/750)
攻撃力上昇(中)(417/750)
防御力上昇(中)(425/750)
敏捷上昇(中)(652/750)
探知(大)(58/1000)
脚力上昇(大)(24/1000)
上級剣術(54/1500)
上級棒術(75/1500)
上級槍術(43/1500)
初級弓術(1/500)
毒耐性(中)(20/750)
物理耐性(中)(300/750)
威圧
剛力
凶暴化
統率(小)(1/500)
【エクストラスキル】
解体【レベル】3(21/30)
――――――――――――――――――――――――
『脚力上昇』は(中)から(大)に上がり、剣術、棒術、槍術も中級から上級に上がった。
棒術と槍術は使用したことがないので正直分からないが、『脚力上昇』が(大)になったのはかなり大きかった。走る速度が著しく上昇し、疲れにくくなったのだ。
さらに先程の戦闘時のように、一瞬の踏み込みに加わる力が大きくなった。
また、先日ゴブリンロードのスキル玉を入手し、『統率(小)』のスキルを手に入れたことで、無事に『解体』のレベルが2から3に上がった。
ようやくランクアップした『解体』だが、説明を見ると、正直、今の俺にはあまり意味がない内容だった。
――――――――――――――――――――――――
【エクストラスキル『解体』レベル3】
自身または契約者が討伐したモンスターを『解体』することが出来る。素材とスキル玉に『解体』することが出来、契約者の数だけスキル玉を入手出来る。また契約者にのみスキル玉を使用することが出来る。契約者の数は『解体』のレベルに依拠する。
――――――――――――――――――――――――
今までは俺が倒したモンスターでなければ『解体』は発動出来なかったし、モンスター一体から入手出来るスキル玉も一つだった。
だがこれからは、「契約者」が倒したモンスターにも『解体』が使えるようになり、さらにスキル玉の数も契約者分増えるというのだ。
しかし、そもそも友人がいない俺に契約者をどう作れというのだ?
まさか学園の生徒だけではなく、スキルまで俺を虐めてくるとはな。流石に悲しくなった。
俺が「契約者」ならぬ「友人」を作れるのはかなり先になるだろう。
ヴァルト? アイツは却下だ。
『解体』が終わり、俺は立ち上がった。
今回は新スキルも収穫出来たし、スキルを使わなくても十分に戦えることが分かった。
そのまま歩き出そうとした俺だが、左肩に違和感があることに気づく。
左肩に目を向けると服は焦げ、肌には少量の血がにじんでいた。どうやら先の戦闘で被弾していたらしい。
「かなり戦えたと思ったんだがな。俺もまだまだか」
回復魔法で傷を癒やし、ダンジョンの奥へと進んでいく。
もっと強くならなければ――
Eランクダンジョンに入ってから五日目の昼。
「よし。この辺にして、そろそろ帰還するか」
俺はキラーアントに刺した剣を抜き、鞘へとしまった。
今日は帰還予定の日なので、探索を早めに切り上げ地上を目指すことにしている。
これまでに地下四階までのマッピングを完了しており、次回は五階層の中ボスまで辿り着ける予定だ。
就寝時以外に魔法とスキルを使うことを禁止してきた甲斐あってか、初日よりは身体能力のみで戦えるようになっていると思う。
戦闘時には、あれこれ考えるより先に体が動くようになり、攻撃と防御の切り替えが速くなった。
その点において、かなりの収穫があったと言える。
しかし、良いことばかりではないのがダンジョンというものだ。
Eランクダンジョンにはゴブリン上位種、コボルド、フェザーウルフ、キラーアントが出現する。
油断しなければ負けることはないし、なかなかいいスキルを持っているモンスターが多い。
ただしキラーアントだけは大外れだ。
所持しているスキルが『強顎』『酸液』『巣作り』とかいう、人間には使用不可能なスキルばかり。
それなのに出現数はどのモンスターよりも多く、体も硬いときている。
「本当こいつらはウザいな。まぁ、アレじゃないよりましか」
俺はGのことを思い出し身震いする。一匹見つけたら百匹いると思えってじいちゃんが言ってたな。
『探知』を発動させて階段に向かおうとした時、倒したはずのキラーアントから魔力反応を感知した。
俺は振り返りキラーアントを見るが、身動き一つしていない。
見間違いかとも思ったが、『探知』には相変わらず反応がある。
と、その時だった。
ギシシシシシシシシシ‼
突然キラーアントが金切り声をあげた。俺は耳を塞ぎ周囲を警戒するが、何も起こらない。
「何だったんだ、一体……」
俺はキラーアントに剣でとどめを刺し、再び階段へ歩き始めた。
すると後方から何か音が聞こえてきた。急いで『探知』を確認した俺は驚愕する。
「嘘だろ……」
まだ視界には入っていないが、『探知』には数十匹のキラーアントの反応があった。
しかも全てここに向かってきている。
「ははは。あれか! 友達思いなんだなキラーアントは!」
いまだにこの状況を信じられない俺は、一歩一歩と後ずさりしていく。
やがて目の前に現れたのは、紛れもなくキラーアントの大群だった。その大群が粒子になっていく仲間を見つけ、俺の方へと顔を向ける。
「違うよ! 俺じゃない! 俺今来たばっかりだから!」
言葉が通じるわけでもないのに、嘘をついて必死に言い訳する俺。
そんなものは何の意味もなく、キラーアント達は怒りの鳴き声をあげた。
ギシギシ、ギシギシ、ギシギシ!
そして、俺目掛けて行進が始まった。
「ギャーー!」
俺は地図を広げて、急いで階段に向かって走り出す。
その間にもキラーアントの数は増えていき、百体以上になっていた。
階段まではまだ距離があり、このままでは追いつかれてしまう。
俺は必死に思考を巡らせる。
「何かないか! えっと……ん? ここって」
俺は手に持った地図に書かれたある場所を見つける。
それは間違えて入ってしまった、行き止まりへと続く長い一本道だった。
「ここだ!」
俺は階段を目指すことをやめ、地図に書かれた行き止まりへ向かう。
キラーアント達は鳴き声をあげて仲間を増やし続けていた。俺は全速力で走りながら魔力をためていく。
俺は行き止まりに辿り着いた瞬間、すぐさま向きを変え、両腕を構える。
俺の考えた通り、長い一本道にキラーアントの大群が密集し、迫ってきていた。
「俺の作戦勝ちだ! 渦巻く炎よ! 我が標的を灰と化せ‼ 『炎渦放射』!」
勿論、この長い一本道に人間がいないことは確認済みだ。
最大火力の魔法は一直線に放射され、数百体にまで増加していたキラーアントの大群を灰と化すことが出来た。
「あー怖かった! デカい蟻の集団とかトラウマもんだよ! 今度からキラーアントは死亡の確認必須だな」
俺は冷や汗を流しながら、『探知』で生き残りがいないことを確認する。
ラッキーなことに、この数のキラーアントを倒したおかげでレベルが一つ上がっていた。
本当は魔法を使わず今回の探索を終えたかったのだが仕方ない。
俺はひとまず行き止まりで魔力を回復させてから、いつも以上に『探知』に気を配り、階段を上がっていった。
Eダンジョンから帰還した翌日。
俺は毎週水曜の日課として、ネフィリア先生の講義終わりに、研究室で休ませて貰っていた。
今日は五月五日。何の日か知っているか?
そう、俺の記念すべき十三回目の誕生日である。
俺は学園の風習にのっとり、食堂でお昼を食べる予定だ。
まぁ誕生日を知っている人はこの学園に三人しかいないし、三人とも祝う気はないと思う。
ヴァルトは下手をしたら忘れているかもしれない。
やべ、なんか泣きそうになってきた。
「アレク君。どうかしたんですか?」
涙をこらえるために急に上を向いた俺を見て、アッポウジュースをごくごくと飲んでいたネフィリア先生が、不思議そうに話しかけてきた。
「い、いえ何でもないですよ! ちょっと目に虫が入ってしまって」
俺が涙を拭きながら笑顔で答えると、先生は心配そうな顔をしてくれた。
「そういえばアレク君、今日が何の日か知っていますか?」
先生はアッポウジュースを飲み干すと、俺に質問してきた。
今日が何の日か知っているかだって? も、もしかして先生は俺の誕生日を知っているのか?
ここは平常心で対応しよう。
「きょ、今日ですか? な、何の日なんでしょうねー!」
自分では普通に返事をしたつもりだったが、声は裏返り、二度も噛んでしまっていた。
そんな俺を見て先生はニヤニヤし始める。
「なんだアレク君も知っていたんですね! それならそうと言ってくれればいいのに!」
先生は椅子の横に置いてあった紙袋を、ガサガサとあさり始めた。
まさかその袋の中に俺の誕生日プレゼントが!?
俺は期待に胸を躍らせ、今か今かとプレゼントを待った。
「今日はなんと……新作アッポウジュースの発売日でしたー! ずっとこの日を楽しみにしていたんですよ! さぁアレク君も一緒に飲みましょう!」
「……わぁーい。嬉しいなー。飲みましょ飲みましょ」
俺のテンションが、最高潮から一気に最低まで下がった。期待してしまっていた分、余計に辛い。
その後、結局、ネフィリア先生とアッポウジュースを楽しく飲んで俺は食堂へと向かった。
誰も待ってはいないと思うが、少しだけ期待してしまう気持ちはみんな分かってくれるだろう。
食堂に着いた俺は、まず席を探すことから始めた。
今日は平日であり、生徒達は普通に食堂を利用していた。俺も今日は頑張って席を探す。
「あった! 隅っこだけどまぁ良いか!」
俺はやっと見つけた席に歩き出したが、すぐ近くに座っているアリスを見つけてしまった。
その席以外に空いている所はない。俺は仕方なく、そちらへと向かっていった。
■
五月五日。今日はアレクの誕生日だ。
私――アリスは別に、アレクの誕生日を祝うためにここに来たのではない。
私の誕生日会が開かれていた時、食堂の扉の前でアレクが持っていた小さな箱。あれは一体何だったのか、確認しに来たのだ。
私へのプレゼントではないのか? そんな考えが頭から離れなかった。
それにヴァルトが口にしていた『アレクも辛い日々を送ってきた』という言葉。
なぜアレクはカールストンの家名を名乗らないのか。
貴族であることを隠さなければ、学園で差別されることもなかったはずだ。
学園内で差別を受けるような道を、自分から選ぶことはしないだろう。
それなのに名乗らないということは、姓を名乗ることが出来なくなったのではないか。つまり、カールストン家の者ではなくなったのではないか。
ヴァルトの発言が正しければ、アレクは自分の意思でカールストン家を出たのではなく、何かしらの理由があって、家を出なければならなかったのではないか。
私は収納袋から手紙を取り出した。
あの日、『鑑定の儀』の後にアレクのお父様から渡された、アレクが私に書いたという手紙だ。
この手紙も、よく見ればおかしな点がある。
手紙を貰う二年前に、私は「アリス」と呼ぶようにアレクにお願いしているのに、「アリス様」なんて書くだろうか? 入学式の後に会ったアレクは、私のことを「アリス」と呼んでいたし。
心臓の鼓動がドンドンと速くなる。
昔カールストン家に行った時、アレクはいなかった。その時は、私に会いたくないからいないのかと思った。
それがもし違っていたら? 家に居場所がなく、どこか別の場所に身を置いていたとしたら? アレクのお父様の謝罪すら演技だとしたら?
私の推測が正しければ、この一か月の間、私はアレクに償いきれない程の仕打ちをしてきたことになる。一方的な思い違いで、アレクに辛い思いをさせてきたのだ。
だがこれはあくまで私の推測であり、事実ではないかもしれない。
アレク本人に聞いてみなければ、真相は分からない。だから今日私はここにいる。
「そういえば聞きました? 新入生最速ダンジョン攻略者の話」
「あー聞いた聞いた! その子ってうちのクラスの不正君でしょ?」
「そうそう! 一人で攻略したらしいよー!」
一緒に食事をしていたパーティーメンバーが、アレクの話をし始めた。
この子達は私を『剣聖』『ラドフォード家令嬢』としてしか見てくれない。一度も友人として見てはいないだろう。
「どうせ不正でしょ? 入学試験の時も不正したって噂だし」
「不正するために一人で行動してたとか? なんかありえそう!」
「ねぇねぇ! それさ、私達で尾行して不正暴いちゃえば退学になるんじゃない?」
「それいい! やりましょうよ、アリス様!」
私は「いいですね」と返事をしようとしたが、言葉が出なかった。
今までだったらすぐに返事が出来たのに。どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
「……私達もEランクダンジョンに行く必要があるのだけど。どうするの?」
やっとの思いで私が発したのは、彼女達の意見を否定するでもなく肯定するでもない言葉だった。
「あーそうですね。じゃあまずは私達も、Fランクダンジョン攻略しちゃいますか!」
彼女達は再び趣味の話に没頭していた。
どうもこの雰囲気は苦手だ。アレクの姿も見えないし、そろそろ食堂を後にしようとした時、少し離れた席にアレクがやって来た。
彼は私の顔をちらっと見ると、少し頭を下げてから食事を始めた。
■
(ふぅー。何とか座れたな)
俺――アレクはご飯を口に含んで一息ついた。
アリスと目が合ったけど、軽く挨拶したし大丈夫だろう。距離を取るのも大切だってネフィリア先生が言っていたし。
誰かが誕生日を祝いに来てくれるのを期待しながら、俺はご飯を頬張っていく。そこで予想外のことが起こった。
「おめでとう、と言った方が良いのかしら?」
アリスが俺に話しかけてきたのだ。
まさかアリスから誕生日をお祝いされるとは思ってもいなかった。俺は突然のことに焦りながらも返事をする。
「あ、あぁ。ありがとう」
「貴方が新入生で一番早く攻略したんですってね。流石だわ」
アリスの返事を聞いて、俺は心の中で肩を落とした。ダンジョン攻略の話をしていたのか。
「そうらしいな。なかなか手ごわい相手だったよ」
俺が当たり障りのない返事をすると、アリスは顔を下に向けて黙ってしまった。
あまり俺と会話をしたくないのか。
そう思い、俺が再びご飯を食べようとした時、ガタッと音がする。
顔を向けるとアリスが立ち上がり、俺の方へ歩いてきていた。
アリスと一緒にご飯を食べていた女の子達も、驚いた顔でこちらを見ている。
アリスは俺の傍まで来ると、不安そうな表情をして、真っすぐに俺の目を見て話しかけてきた。
「アレク……貴方に聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと? なんだ?」
「あのね……アレクは、その、私のこと」
その瞬間、アリスの胸元のネックレスが黒く光る。するとアリスは話すのをやめて、黙ってしまった。
「アリス? どうした?」
俺の呼びかけを無視し、アリスはスタスタと歩いていってしまう。話の途中だったのになんでだ?
一緒にいた女の子達が、アリスを追って急いで席を立った。
俺も後を追った方が良いか迷ったが、ネフィリア先生の言葉を思い出し、追うのをやめたのだった。
俺は装備を整え、Eランクダンジョンの受付へとやってきた。
四月の終わりともなれば、Eランクダンジョンに挑戦する二年生がかなりいるみたいだ。ざっと四十人以上はいる。
俺が受付の最後尾に並ぶと、こそこそ話し声が聞こえてきた。
「おい、あいつ一年生だろ? もうFランクダンジョン攻略したっていうのか?」
「聞いた話だと、歴代最速攻略者が出たらしいぜ。しかもたった一人で攻略したらしい」
「俺も聞いたぞ。もう既に『上級魔法』を使いこなしてるらしいぞ」
どうやら俺の話をしているみたいだな。まさか上級生にまで俺の名前が知れ渡っているとは。
俺は少し鼻を高くして聞き耳を立て、暫く悦に入った。
二十分程で俺の順番が回ってきた。ようやく受付が始まる。
「次の方! ステータスカードの提出をお願いします」
俺は言われた通りカードを提出する。
「……アレクさん。確認が取れました。一年生のようですが、Fランクダンジョンを攻略済みとなっていますので、Eランクダンジョンへの挑戦を許可いたします! 申し訳ありませんが規定ですので、名前、クラス、帰還予定日をお願いします!」
「はい。名前はアレク、所属クラスはSクラスで、帰還予定日は四日後です」
「ありがとうございます! ……登録が完了しました。カードをお返しします。続いてEランクダンジョンの説明を行わせて頂きますが、どうしますか?」
説明が聞けるなら聞いておいた方が良いだろう。
油断大敵、一瞬のミスが命取りになる世界だからな。情報は何よりも大切だ。
「是非お願いします」
「分かりました! Eランクダンジョンは十階層からなるダンジョンになります。五階層に中ボス及び転移の陣があります。一度五階層まで到達すれば、次回からは、受付横の転移の陣から行き来が可能です。そのため最初は、中ボスを倒すことを目標にするのが良いでしょう。何か聞きたいことはございますか?」
「ありません! 説明ありがとうございました!」
俺は受付のお姉さんに深くお辞儀をして、Eランクダンジョンの入り口へ歩いていく。
聞いた限りだと、間違いなく一、二週間で攻略出来るものではないな。単純に考えて、マッピングの量がFランクダンジョンの二倍だし、モンスターも強くなっているはずだ。
受付のお姉さんから聞いた情報を整理しながら、階段を降りていく。
先に入っていった二年生の姿はもう見えなくなっている。一年生とは違い、みんな真面目にダンジョン攻略をしているようだ。
俺はペンと紙を手に持ち、『探知』スキルを発動した。
どんなモンスターが出るのか確認しておきたいが、とにかく今は階段を探すことを優先する。人が少ない階層に行った方が、スキル収集も捗るってもんだ。
どうやら入り口付近のモンスターは既に狩り終えているらしく、『探知』に反応はない。
俺はペンを走らせマッピングしていく。
歩くこと三十分。ようやくEランクダンジョンで初めて、モンスターと遭遇した。
ゴブリンの小集団だが、Fランクダンジョンとは一味違う。
ゴブリンジェネラルにゴブリンメイジ、弓を手にしたゴブリンまでいる。
俺はそいつに『鑑定』を発動しつつ、剣を右手で握りしめ戦闘態勢をとる。
――――――――――――――――――――――――
【種族】ゴブリンアーチャー
【レべル】5
【HP】50/50
【魔力】100/100
【攻撃力】E-
【防御力】F+
【敏捷性】F+
【知力】E-
【運】F+
【スキル】
初級弓術
――――――――――――――――――――――――
「よし! 新スキルだ!」
『鑑定』の結果を確認した俺は、魔法を使わず、身一つで戦闘を開始する。
「ギャ! ギャッギャ!」
ゴブリンジェネラルが雄たけびをあげると同時に、メイジとアーチャーが攻撃を仕掛けてくる。
俺は攻撃の軌道を読み、右前方へと回避する。
今までの俺なら、すぐに魔法を発動していただろう。だが俺は、ライオネル先生との模擬戦で俺に足りないものを理解した。
俺には、純粋な戦闘力が圧倒的に足りていない。
敵の攻撃を回避するための反応速度や、攻撃を読むといった戦闘力は、スキルでは身につかない。
この先、魔力が尽き、魔法を発動することが出来ない状況で戦わなければいけない時が来るかもしれない。その時のために、純粋な戦闘力を身につけておく必要があるのだ。
ゴブリン達の攻撃を回避した俺は、すぐに体勢を立て直しゴブリンメイジに剣を突き刺す。
頭を貫かれたゴブリンメイジは動きを止めるが、その隙を、他の個体が狙っていた。
一発目を回避された時点で、次の矢を装填していたゴブリンアーチャーが至近距離で、俺目掛けて矢を放つ。
回避する時間がないと悟り、俺は死体となったゴブリンメイジの首を掴み、盾代わりにした。
俺はそのまま、ゴブリンメイジの亡骸をゴブリンアーチャーに投げつける。
避けることが出来ずに体勢を崩したゴブリンアーチャーの首元目掛け、俺は剣を振り下ろした。
しかしまだ戦闘は終わらない。
詠唱を終わらせたゴブリンジェネラルの魔法が飛んできている。
(回避不能、盾もなし。どうする)
俺は一か八か、握りしめた剣に魔力を通し、魔法目掛けて剣を振るった。
「オラァァ‼」
ゴブリンジェネラルが放った『火球』は俺の剣により切り裂かれ、左右後方へと飛んでいく。
自分の魔法がまさか切断されるとは思っていなかったゴブリンジェネラルは、驚愕の表情を浮かべて後ずさりする。
その瞬間を見逃さず、俺は足に力を込め、目にも留まらぬ速度で相手の前に移動し、胴体を真っ二つにした。
俺は周囲に気配がないことを確認し、剣を収め『解体』スキルを発動した。
新しいスキルは『初級弓術』しかないが、良い収穫になった。
『初級弓術』のスキル玉を体に取り込み、他のモンスターも『解体』していく。
現在の俺のステータスを確認しておこう。
――――――――――――――――――――――――
【名前】アレク
【種族】人間
【性別】男
【職業】解体屋
【階級】平民
【レべル】43(98734/116930)
【HP】2600/2600
【魔力】3100/3100
【攻撃力】C+
【防御力】C-
【敏捷性】B-
【知力】B
【運】A-
【スキル】
言語理解
収納
鑑定
上級水魔法(250/1500)
上級火魔法(334/1500)
中級風魔法(776/1000)
上級土魔法(87/1500)
上級回復魔法(110/1500)
魔力上昇(中)(711/750)
攻撃力上昇(中)(417/750)
防御力上昇(中)(425/750)
敏捷上昇(中)(652/750)
探知(大)(58/1000)
脚力上昇(大)(24/1000)
上級剣術(54/1500)
上級棒術(75/1500)
上級槍術(43/1500)
初級弓術(1/500)
毒耐性(中)(20/750)
物理耐性(中)(300/750)
威圧
剛力
凶暴化
統率(小)(1/500)
【エクストラスキル】
解体【レベル】3(21/30)
――――――――――――――――――――――――
『脚力上昇』は(中)から(大)に上がり、剣術、棒術、槍術も中級から上級に上がった。
棒術と槍術は使用したことがないので正直分からないが、『脚力上昇』が(大)になったのはかなり大きかった。走る速度が著しく上昇し、疲れにくくなったのだ。
さらに先程の戦闘時のように、一瞬の踏み込みに加わる力が大きくなった。
また、先日ゴブリンロードのスキル玉を入手し、『統率(小)』のスキルを手に入れたことで、無事に『解体』のレベルが2から3に上がった。
ようやくランクアップした『解体』だが、説明を見ると、正直、今の俺にはあまり意味がない内容だった。
――――――――――――――――――――――――
【エクストラスキル『解体』レベル3】
自身または契約者が討伐したモンスターを『解体』することが出来る。素材とスキル玉に『解体』することが出来、契約者の数だけスキル玉を入手出来る。また契約者にのみスキル玉を使用することが出来る。契約者の数は『解体』のレベルに依拠する。
――――――――――――――――――――――――
今までは俺が倒したモンスターでなければ『解体』は発動出来なかったし、モンスター一体から入手出来るスキル玉も一つだった。
だがこれからは、「契約者」が倒したモンスターにも『解体』が使えるようになり、さらにスキル玉の数も契約者分増えるというのだ。
しかし、そもそも友人がいない俺に契約者をどう作れというのだ?
まさか学園の生徒だけではなく、スキルまで俺を虐めてくるとはな。流石に悲しくなった。
俺が「契約者」ならぬ「友人」を作れるのはかなり先になるだろう。
ヴァルト? アイツは却下だ。
『解体』が終わり、俺は立ち上がった。
今回は新スキルも収穫出来たし、スキルを使わなくても十分に戦えることが分かった。
そのまま歩き出そうとした俺だが、左肩に違和感があることに気づく。
左肩に目を向けると服は焦げ、肌には少量の血がにじんでいた。どうやら先の戦闘で被弾していたらしい。
「かなり戦えたと思ったんだがな。俺もまだまだか」
回復魔法で傷を癒やし、ダンジョンの奥へと進んでいく。
もっと強くならなければ――
Eランクダンジョンに入ってから五日目の昼。
「よし。この辺にして、そろそろ帰還するか」
俺はキラーアントに刺した剣を抜き、鞘へとしまった。
今日は帰還予定の日なので、探索を早めに切り上げ地上を目指すことにしている。
これまでに地下四階までのマッピングを完了しており、次回は五階層の中ボスまで辿り着ける予定だ。
就寝時以外に魔法とスキルを使うことを禁止してきた甲斐あってか、初日よりは身体能力のみで戦えるようになっていると思う。
戦闘時には、あれこれ考えるより先に体が動くようになり、攻撃と防御の切り替えが速くなった。
その点において、かなりの収穫があったと言える。
しかし、良いことばかりではないのがダンジョンというものだ。
Eランクダンジョンにはゴブリン上位種、コボルド、フェザーウルフ、キラーアントが出現する。
油断しなければ負けることはないし、なかなかいいスキルを持っているモンスターが多い。
ただしキラーアントだけは大外れだ。
所持しているスキルが『強顎』『酸液』『巣作り』とかいう、人間には使用不可能なスキルばかり。
それなのに出現数はどのモンスターよりも多く、体も硬いときている。
「本当こいつらはウザいな。まぁ、アレじゃないよりましか」
俺はGのことを思い出し身震いする。一匹見つけたら百匹いると思えってじいちゃんが言ってたな。
『探知』を発動させて階段に向かおうとした時、倒したはずのキラーアントから魔力反応を感知した。
俺は振り返りキラーアントを見るが、身動き一つしていない。
見間違いかとも思ったが、『探知』には相変わらず反応がある。
と、その時だった。
ギシシシシシシシシシ‼
突然キラーアントが金切り声をあげた。俺は耳を塞ぎ周囲を警戒するが、何も起こらない。
「何だったんだ、一体……」
俺はキラーアントに剣でとどめを刺し、再び階段へ歩き始めた。
すると後方から何か音が聞こえてきた。急いで『探知』を確認した俺は驚愕する。
「嘘だろ……」
まだ視界には入っていないが、『探知』には数十匹のキラーアントの反応があった。
しかも全てここに向かってきている。
「ははは。あれか! 友達思いなんだなキラーアントは!」
いまだにこの状況を信じられない俺は、一歩一歩と後ずさりしていく。
やがて目の前に現れたのは、紛れもなくキラーアントの大群だった。その大群が粒子になっていく仲間を見つけ、俺の方へと顔を向ける。
「違うよ! 俺じゃない! 俺今来たばっかりだから!」
言葉が通じるわけでもないのに、嘘をついて必死に言い訳する俺。
そんなものは何の意味もなく、キラーアント達は怒りの鳴き声をあげた。
ギシギシ、ギシギシ、ギシギシ!
そして、俺目掛けて行進が始まった。
「ギャーー!」
俺は地図を広げて、急いで階段に向かって走り出す。
その間にもキラーアントの数は増えていき、百体以上になっていた。
階段まではまだ距離があり、このままでは追いつかれてしまう。
俺は必死に思考を巡らせる。
「何かないか! えっと……ん? ここって」
俺は手に持った地図に書かれたある場所を見つける。
それは間違えて入ってしまった、行き止まりへと続く長い一本道だった。
「ここだ!」
俺は階段を目指すことをやめ、地図に書かれた行き止まりへ向かう。
キラーアント達は鳴き声をあげて仲間を増やし続けていた。俺は全速力で走りながら魔力をためていく。
俺は行き止まりに辿り着いた瞬間、すぐさま向きを変え、両腕を構える。
俺の考えた通り、長い一本道にキラーアントの大群が密集し、迫ってきていた。
「俺の作戦勝ちだ! 渦巻く炎よ! 我が標的を灰と化せ‼ 『炎渦放射』!」
勿論、この長い一本道に人間がいないことは確認済みだ。
最大火力の魔法は一直線に放射され、数百体にまで増加していたキラーアントの大群を灰と化すことが出来た。
「あー怖かった! デカい蟻の集団とかトラウマもんだよ! 今度からキラーアントは死亡の確認必須だな」
俺は冷や汗を流しながら、『探知』で生き残りがいないことを確認する。
ラッキーなことに、この数のキラーアントを倒したおかげでレベルが一つ上がっていた。
本当は魔法を使わず今回の探索を終えたかったのだが仕方ない。
俺はひとまず行き止まりで魔力を回復させてから、いつも以上に『探知』に気を配り、階段を上がっていった。
Eダンジョンから帰還した翌日。
俺は毎週水曜の日課として、ネフィリア先生の講義終わりに、研究室で休ませて貰っていた。
今日は五月五日。何の日か知っているか?
そう、俺の記念すべき十三回目の誕生日である。
俺は学園の風習にのっとり、食堂でお昼を食べる予定だ。
まぁ誕生日を知っている人はこの学園に三人しかいないし、三人とも祝う気はないと思う。
ヴァルトは下手をしたら忘れているかもしれない。
やべ、なんか泣きそうになってきた。
「アレク君。どうかしたんですか?」
涙をこらえるために急に上を向いた俺を見て、アッポウジュースをごくごくと飲んでいたネフィリア先生が、不思議そうに話しかけてきた。
「い、いえ何でもないですよ! ちょっと目に虫が入ってしまって」
俺が涙を拭きながら笑顔で答えると、先生は心配そうな顔をしてくれた。
「そういえばアレク君、今日が何の日か知っていますか?」
先生はアッポウジュースを飲み干すと、俺に質問してきた。
今日が何の日か知っているかだって? も、もしかして先生は俺の誕生日を知っているのか?
ここは平常心で対応しよう。
「きょ、今日ですか? な、何の日なんでしょうねー!」
自分では普通に返事をしたつもりだったが、声は裏返り、二度も噛んでしまっていた。
そんな俺を見て先生はニヤニヤし始める。
「なんだアレク君も知っていたんですね! それならそうと言ってくれればいいのに!」
先生は椅子の横に置いてあった紙袋を、ガサガサとあさり始めた。
まさかその袋の中に俺の誕生日プレゼントが!?
俺は期待に胸を躍らせ、今か今かとプレゼントを待った。
「今日はなんと……新作アッポウジュースの発売日でしたー! ずっとこの日を楽しみにしていたんですよ! さぁアレク君も一緒に飲みましょう!」
「……わぁーい。嬉しいなー。飲みましょ飲みましょ」
俺のテンションが、最高潮から一気に最低まで下がった。期待してしまっていた分、余計に辛い。
その後、結局、ネフィリア先生とアッポウジュースを楽しく飲んで俺は食堂へと向かった。
誰も待ってはいないと思うが、少しだけ期待してしまう気持ちはみんな分かってくれるだろう。
食堂に着いた俺は、まず席を探すことから始めた。
今日は平日であり、生徒達は普通に食堂を利用していた。俺も今日は頑張って席を探す。
「あった! 隅っこだけどまぁ良いか!」
俺はやっと見つけた席に歩き出したが、すぐ近くに座っているアリスを見つけてしまった。
その席以外に空いている所はない。俺は仕方なく、そちらへと向かっていった。
■
五月五日。今日はアレクの誕生日だ。
私――アリスは別に、アレクの誕生日を祝うためにここに来たのではない。
私の誕生日会が開かれていた時、食堂の扉の前でアレクが持っていた小さな箱。あれは一体何だったのか、確認しに来たのだ。
私へのプレゼントではないのか? そんな考えが頭から離れなかった。
それにヴァルトが口にしていた『アレクも辛い日々を送ってきた』という言葉。
なぜアレクはカールストンの家名を名乗らないのか。
貴族であることを隠さなければ、学園で差別されることもなかったはずだ。
学園内で差別を受けるような道を、自分から選ぶことはしないだろう。
それなのに名乗らないということは、姓を名乗ることが出来なくなったのではないか。つまり、カールストン家の者ではなくなったのではないか。
ヴァルトの発言が正しければ、アレクは自分の意思でカールストン家を出たのではなく、何かしらの理由があって、家を出なければならなかったのではないか。
私は収納袋から手紙を取り出した。
あの日、『鑑定の儀』の後にアレクのお父様から渡された、アレクが私に書いたという手紙だ。
この手紙も、よく見ればおかしな点がある。
手紙を貰う二年前に、私は「アリス」と呼ぶようにアレクにお願いしているのに、「アリス様」なんて書くだろうか? 入学式の後に会ったアレクは、私のことを「アリス」と呼んでいたし。
心臓の鼓動がドンドンと速くなる。
昔カールストン家に行った時、アレクはいなかった。その時は、私に会いたくないからいないのかと思った。
それがもし違っていたら? 家に居場所がなく、どこか別の場所に身を置いていたとしたら? アレクのお父様の謝罪すら演技だとしたら?
私の推測が正しければ、この一か月の間、私はアレクに償いきれない程の仕打ちをしてきたことになる。一方的な思い違いで、アレクに辛い思いをさせてきたのだ。
だがこれはあくまで私の推測であり、事実ではないかもしれない。
アレク本人に聞いてみなければ、真相は分からない。だから今日私はここにいる。
「そういえば聞きました? 新入生最速ダンジョン攻略者の話」
「あー聞いた聞いた! その子ってうちのクラスの不正君でしょ?」
「そうそう! 一人で攻略したらしいよー!」
一緒に食事をしていたパーティーメンバーが、アレクの話をし始めた。
この子達は私を『剣聖』『ラドフォード家令嬢』としてしか見てくれない。一度も友人として見てはいないだろう。
「どうせ不正でしょ? 入学試験の時も不正したって噂だし」
「不正するために一人で行動してたとか? なんかありえそう!」
「ねぇねぇ! それさ、私達で尾行して不正暴いちゃえば退学になるんじゃない?」
「それいい! やりましょうよ、アリス様!」
私は「いいですね」と返事をしようとしたが、言葉が出なかった。
今までだったらすぐに返事が出来たのに。どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
「……私達もEランクダンジョンに行く必要があるのだけど。どうするの?」
やっとの思いで私が発したのは、彼女達の意見を否定するでもなく肯定するでもない言葉だった。
「あーそうですね。じゃあまずは私達も、Fランクダンジョン攻略しちゃいますか!」
彼女達は再び趣味の話に没頭していた。
どうもこの雰囲気は苦手だ。アレクの姿も見えないし、そろそろ食堂を後にしようとした時、少し離れた席にアレクがやって来た。
彼は私の顔をちらっと見ると、少し頭を下げてから食事を始めた。
■
(ふぅー。何とか座れたな)
俺――アレクはご飯を口に含んで一息ついた。
アリスと目が合ったけど、軽く挨拶したし大丈夫だろう。距離を取るのも大切だってネフィリア先生が言っていたし。
誰かが誕生日を祝いに来てくれるのを期待しながら、俺はご飯を頬張っていく。そこで予想外のことが起こった。
「おめでとう、と言った方が良いのかしら?」
アリスが俺に話しかけてきたのだ。
まさかアリスから誕生日をお祝いされるとは思ってもいなかった。俺は突然のことに焦りながらも返事をする。
「あ、あぁ。ありがとう」
「貴方が新入生で一番早く攻略したんですってね。流石だわ」
アリスの返事を聞いて、俺は心の中で肩を落とした。ダンジョン攻略の話をしていたのか。
「そうらしいな。なかなか手ごわい相手だったよ」
俺が当たり障りのない返事をすると、アリスは顔を下に向けて黙ってしまった。
あまり俺と会話をしたくないのか。
そう思い、俺が再びご飯を食べようとした時、ガタッと音がする。
顔を向けるとアリスが立ち上がり、俺の方へ歩いてきていた。
アリスと一緒にご飯を食べていた女の子達も、驚いた顔でこちらを見ている。
アリスは俺の傍まで来ると、不安そうな表情をして、真っすぐに俺の目を見て話しかけてきた。
「アレク……貴方に聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと? なんだ?」
「あのね……アレクは、その、私のこと」
その瞬間、アリスの胸元のネックレスが黒く光る。するとアリスは話すのをやめて、黙ってしまった。
「アリス? どうした?」
俺の呼びかけを無視し、アリスはスタスタと歩いていってしまう。話の途中だったのになんでだ?
一緒にいた女の子達が、アリスを追って急いで席を立った。
俺も後を追った方が良いか迷ったが、ネフィリア先生の言葉を思い出し、追うのをやめたのだった。
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